44話 転生者につき
話に乗ってあげる悪役令嬢ヨミちゃんだ。
ふふふとちっこいおててで口元を隠しながら教壇に向かう。そして、背伸びをして、うんせと教壇によじ登り、ムフンとポーズをとっちゃう。
両手をピシリと掲げて、片足もあげちゃって、グリ娘のポーズ! 落ちそうになるから、平と和は支えてね。
「よく分かったね! 妾こそが古代日本より転生せし元大魔導士の那月ヨミ! 古代日本の王女であらゆる属性を使いこなした大魔導士だったんだけど、さつま芋を喉に詰まらせて死んじゃったの!」
小粋なオチまでつける天才ぶりだ。座布団ください。そのはしゃぎっぷりは子供そのもので、もはやおっさんの自我は遠く彼方で、きっとカセットテープに封印されて、どこか物置に仕舞われたに違いない。
「さぁ、跪け! ヨミ王女の御膳ランチの前である!」
寒いギャグを口にするところは、少しおっさんの意識が残っているかもしれない。
「へへーっ、ヨミ王女!」
「転生者であらせられるとは思いませんでした」
「バンザイ、ヨミ姫!」
ノリの良いクラスメイトたちが頭を下げて敬ってくれる。入学二日目で早くも息のあってきたクラスメイトたちです。
「こわっ! 怖いぞ、このクラス。なんだ、精神支配の魔法でも使われているのか? それとも魅了の邪眼とかか!?」
「主にお金ですぅ。配当金の説明が行われる予定だったのぅ」
「一番効き目のある能力じゃねーか! 配当金ってなんだ? ここは学園だぞ! まだ二日目だろ!」
クラスメイトたちを見て、和の言葉になぜかドン引きして後退る武。学芸会だとでも思ってよ。那月ファンドは元本保証はしないけど、配当金は高い予定なんだ。
「ご、誤魔化される可能性は考えていたが、予想の斜め上、いや、もう次元の違う世界線にいっているような感じがするが、ま、まぁ、良いだろ。いや、よくわかんねーけど」
気を取り直したのか、ヨミちゃんへと武は不敵な笑みを向けてくる。
「へへっ、俺も転生者なんだ。マナのない皆が同じ能力の世界に生きていた男だ。そこにはマナの大小で差別なんか起きないし、科学の力で世界は平和だった」
プロゲーマーの私のいた世界線とは違う世界らしい。そんな世界は無かったよ。マナが無いだけで、能力による差別はあったし、肌の色の違いだけで差別する人もいた。そして、科学の力で平和なんか無かったよ。核ミサイルの存在を忘れたのかな。
だが、話を盛っているだけなのはわかる。前の世界の方が良かったとマウントを取りたくなるだろう。
しかし、この話し方……少し引っかかるな。
「ふっ、貴方の名前を聞いていてもよろちくてよ! 改めて名乗りなしゃい!」
噛んじゃった。だが、武はその言葉を待っていたのか、フフンと顔を斜め上に持ち上げる。
「俺は23区の大貴族の一つ、御雷家の長男にして、無能者として追放されて、本家にザマァをする予定だった御雷武だ! 本当はこのクラスに入る予定だった、羨ましいぞ、那月ヨミ!」
追放ザマァを期待していた模様。なんとなく気持ちはわかるよ。
「では、武君。何のようですか?」
「あぁ、お前が転生者か確かめに来たんだ」
「同じ転生者ですわにぇ、おーっとっとっと」
フンフンと鼻を鳴らして、仲間だねと親指をグッと立てるけど、なぜかビミョーな顔になる武。
転生者かどうか確かめているのだろう。転生者………転生者ねぇ。
僅かに目を細めて武の様子を観察する。
この会話、実を言うとなかなか考えられている。転生者だなんだのとクラスの中で堂々と会話する痛い子供に見えるが、これはカモフラージュに見えるのだ。
なんのカモフラージュかというと、『高天ヶ原派閥』への誘いに見える。身分差のない世界を作りたいと遠回しに言っているように見えるんだ。
設定資料は読んでいる。『高天ヶ原』と『葦原』の派閥争い。御雷武は『高天ヶ原』派閥だった。こんなへんてこな性格ではなかったが。実際に名前を聞かないと、設定資料に書いてある容姿だけだとわかんないことが判明したよ。設定資料だと虎刈りにしてたのに、ボサボサ頭だし、
「ねぇ、和ちゃん。これ私が『高天ヶ原』派閥に誘われてるのかな?」
「うん、天女の家門が入れば大きな力になると思うからねぇ。御雷武は奇人だって噂だけど、『高天ヶ原』派閥の魔法使いとしての将来は嘱望されているんだよぉ。その御雷家が直接誘いに来たんだというアピールだと思う」
貴族だけはあり、和も貴族同士の争いは知っている。というか、貴族で知らない人はいないだろう。
「おい、目の前で俺の噂話をするなよっ! まるで俺が痛い男に聞こえるだろ!」
「ぇ………だって、いつも外地区やスラム地区で犯罪が行われていないか彷徨いて、助けに入っているって噂だよぅ。『やれやれ、また子猫ちゃんが襲われてるぜ』って、野良猫の喧嘩にも割って入ってるんだって」
「野良猫の喧嘩にまで割って入らねーよ! 俺の噂ってどんなことになっているわけ!」
野良猫の喧嘩には加わっていないらしい。
「あと『この世界はいつも物騒だな。俺の力が必要なようだ』。とか、歩きながら呟いているって」
「………」
痛い呟きは本当の模様。
和と武が漫才をしているが、この会話は派閥への勧誘に見えるのだ。転生者云々は、差別をしない『高天ヶ原』派閥のアピールということになる。かなり痛い子に見えるけどね。
でも、これは上手い作戦だ。『プレイヤー』を探すにあたり、どうやっても話は漏れるだろう。本人たちは秘密にしていても、不自然な会話や集まりをしていれば、違和感を感じて調べる者もいるはず。本当に他の世界からの人間なのではと思われる可能性がある。
───いつも真面目な優等生たちが、転生云々を話していればという前提条件がつくけど。
厨二病で奇人だと有名な男が口にしていても、あぁ、またアホなことを口にしているなと、堂々としているからこそ、カモフラージュの派閥勧誘だと思われて、それ以上は不思議には思うまい。
この男がそこまで考えたのだとしたら、油断できない相手だが……アホみたいだから違うだろう。誰かが他の『プレイヤー』が入れ知恵したに違いない。
この話に乗ってもよい、いや、『プレイヤー』として情報交換をしたいと思っていたから、渡りに船だと思っていたけど……。違和感を感じる。
なんで『転生者』なんだ? 和に自分の噂を聞いて頭を抱えている武は役どころになりきっている? それなら『転生者』という言い方はするまい。
『転生者』ってのは、前の自分が死んで新しい世界でやり直す輪廻転生のことだろ? 私たちは元の世界に身体はあるし、伊崎曰くエンディングに辿り着けば、元の世界に戻れるらしい。それなのに、さっきの口調だと過去のことだと割り切っている風だ。
おかしい。
なので、私が『プレイヤー』だということは秘密にしておく。状況を再確認する必要があるな。
「真面目な話に戻るけど、派閥争いはノーサンキューだよ。雨屋区は今はそれどころじゃないし、那月一門も足場を固めるので精一杯なんだ」
おふざけは止めて真面目に答えると、黒歴史を和から教えられて、羞恥で顔を真っ赤にしていた武が眉を顰める。
「いや、転生者なら『高天ヶ原』派閥に入れよ。これからの日本を良くしていこうぜ」
「……ごめん、真面目な話をしてるんだけど」
困った顔のヨミちゃんだ。ふざけるのはやめてと、抗議の顔だ。
「う、うーん………チートスキルはないのか? お前はEクラスの魔法使いじゃねーだろ。いや、本当に転生者じゃねーのか? たしかにここまで近づいても、魔力をほとんど感じねー」
ズイッと顔を近づけてきて、武は困惑した顔になる。転生者だと決めつけていたのだろう。でも、ここまで堂々と転生、転生者言う展開はアニメや小説とかでも無かったよ。秘密にせずに堂々とした態度の方が反対に良いのか。
とはいえ、この男は人の魔力を感じることができるのか。要注意だな。
「今、『高天ヶ原』派閥に入れば、良い修行方法を教えてやるぜ? ダンジョンだって、金になるところを案内してやる」
ニヤリと笑う武。普通の勧誘だな。
「まぁ、転生者の可能性は雨屋瑪瑙の方が高かったか。あっちは天照が誘っているはずだから、一緒に入らないか?」
手を伸ばして誘ってくる武の姿は主人公っぽい。僅かに口元を緩めていなければだけど。こいつアレだ、ハーレム主人公とか目指しているだろ。
「瑪瑙ちゃんが入っても、私は入らないよ。唯我独尊のヨミちゃんなので」
下心に苦笑して、指し伸ばされた手をペチリと叩く。天女の瑪瑙ちゃんを誘うのは当たり前だ。でも、那月ヨミは自由を愛するんだよ。エンディングにも関係するだろうし。どちらかの派閥に入るなんて、エンディングルートを潰すようなものだ。
「連れねぇなぁ。まぁ、それじゃ、今度の休みにダンジョン探索に付き合わないか? Eクラス全員参加で良いぜ。金になるし、訓練にもなる。危険な敵は俺や同じ参加者が倒すからよ」
「やけに都合の良い話だけど、私は『高天ヶ原』派閥には入らないよ?」
「それは俺達のフレンドリーな活動を見てからにしてくれ。きっと仲間に入れてくれって言うはずだからな」
自信満々な笑みを見せる武。わかるよ、きっとプレイヤーが多くいて、前の世界でのゲームのような和気あいあいとした付き合いなんでしょ。身分差のない派閥だというアピールだろう。
ちらりと平へと視線を向けると、肩をすくめて私と武の間に体を滑り込ませる。
「おいおい、そういうのは委員長たる平を通してくれ。委員長たる平太郎にな」
「おぉ、それならどうだ? 天照区の薬草ダンジョンを攻略する予定なんだ。なぜかヒールハーブが学校の備品からなくなったみたいだからな。補充の依頼を受けてるんだ」
「わかった、その依頼を受けよう」
間髪入れずにオーケーする平。その顔にダラダラと脂汗が流れる。挙動不審だけど、なにかあったのかな?
「それじゃ、土曜にな!」
「あぁ、ヒールハーブをガッツリ採取してやるぜ!」
用事は終わって、武は去っていく。
ふむ………ダンジョン攻略か。楽しくなりそう。
───それにしても、あいつは設定資料を見ていないのか? 『血と殺戮の傀儡師』である『那月ヨミ』の名前に反応しないとは、一体全体どういうことだろう。




