43話 プレイヤーにつき
楽しかった入学式を終えて、次の日だ。空には雲一つなく気持ちの良い青空の下、ヨミちゃんはスキップをしながら学園に入る。
正門前には風紀委員や先生が立っている。その中には無上先生もいたので、ぽてぼてと近づく。
「おはようございます、無上先生!」
「がきがぎぎぎぎ」
無上語で挨拶を返してくれる優しい無上先生。目は血走り、強く噛んだ唇からは血が流れている。斬新な朝の挨拶だね。歯軋りが酷くて、歯が欠けちゃうかも。
「お、落ちこぼれがっ! よくもまぁ、あんなことをしでかしたものだっ!」
「問題になりましたか?」
「んぎぎぎ、なってない。貴様の思惑通りになっとらん!」
良かった。やっぱり問題にはできなかったらしい。
「覚えていろよ、那月ヨミ。貴様の思い通りになるのも昨日までだ。今日からは魔法担当がつくからな。くくくく」
悔しげながら、見下ろして含み笑いをしてくる頑張り屋の無上先生へと笑顔を向ける。
「あぁ、無上先生が魔法担当の先生になったんですね、よろしくお願いします」
「そのとおりだよ、コンチクショー! 問題にはならなかったが、私にとっては問題となったわ! 覚えていろよ、新たなる召喚石が手に入ったらギャフンと言わせてやる! リボ払いでの支払い計画が終わったらな!」
号泣しながら無上先生は去っていった。やる気のある先生だ。きっとこれから生徒に教えるための予習をするつもりなんだろう。
「わぁ、早くも魔法の担当ができたんだね」
「少なくとも校長は無能じゃないみたいだよ。きっとEクラスの規則がガバガバなことに気付いて、慌てて規則を変えたんだと思う」
隣を歩く瑪瑙ちゃんが感心した声をあげるけど、ヨミちゃんとしても少し驚いている。まさか昨日の今日で対処するとはね。悪役令嬢の的あて壊れちゃったよイベントがスキップされちゃった。
「あ、おはよ〜、瑪瑙ちゃん」
「ちょこちゃんおはよ〜」
「雨屋さんだ、おはー」
ふわふわピンク髪のヒロインちゃんな可愛らしい瑪瑙ちゃんの周りに生徒たちが集まってきて、挨拶を交わす。早くも人気者になっていて、親友としても鼻が高いよ。
「姉御。押忍!」
「お疲れ様です!」
「鞄お持ちしましょうか」
ツヤツヤ青髪の悪役令嬢な可愛らしいヨミちゃんも人気者だ。廊下に並ぶ平たちが背筋を伸ばしてお辞儀をしてくる。とりあえず悪ふざけをするクラスメイトは蹴っ飛ばしておこう。
これ、悪役令嬢? ヨミちゃんは悪役令嬢らしいかな?
◇
「あ〜、この私が魔法担当の無上だ。普通なら貴様らは感涙し、四肢を投げ出し平伏するところだが、特別に講義してやる。誰もついてこれなくとも私は知らないからな。しっかりと聞くように。もはやEクラスは魔法の授業において、義務も責任もないからな、先生の責任が発生する!」
授業を数コマ終えて、魔法の時間。無上先生が壇上に立ち、気に食わないと表情に出してクラスの皆に宣言した。
「マジかよ……」
「今までEクラスに魔法の担当がついたことなんかあった?」
「あんな簡単なことで、先生がつくなんて…、さすがは姉御っ!」
意外な展開にざわつくクラスメイトたちに無上先生は荒々しく壇を叩く。
「忌々しいがまともに講義をしないと、どこかのどれかが足を掬おうとしてくるからな! 真面目に教えてやる! では、魔人の成り立ちから教えてやる、そこのお前、人種を言ってみろ!」
なぜかヨミちゃんを睨みつけながら、講義を始める。なんで睨んでくるのか不思議だよ。
「はい。世界には3種族があります。『神人』『亜人』『魔人』です」
しゃちほこばって答えるクラスメイトだが、そのとおり。
『神人』とは、大多数の人類が対象だ。魔法を使えず、魔石の影響も受けない完全なる人間。神に愛されし人類。それ即ち『神人』。マナは流せるので魔道具とかは使えるんだけどね。
『亜人』とは、3割くらいの人類が対象だ。魔法は使えないが、魔石の影響を受ける人間。魔物となれる可能性を持つ人類。それ即ち『亜人』。
『魔人』とは、ほんの一握りの人類が対象だ。魔法が使えて、魔石の影響は受けない人間。世界の理を歪めて、人類を魔物の手から守る守護者。それ即ち『魔人』。
格差的には『神人』『亜人』『魔人』となる。『魔人』が、身分的には一番低い。対外的には。
これ、あれだ。江戸時代の『士農工商』みたいな感じ。農民が一番偉いんだよという表向きの建前。農民というか、『神人』を一番上に持ってくるだけ、これを決めた人は思い切りが良くて頭が良い。
「そのとおりだ。建前上は『魔人』が一番下だな。事実、大昔は『魔人』は道具扱いとされていたと記録されている。しかし、人類が魔物に圧されて滅亡寸前になると、立場が変わった。『魔人』に頼らないといけない状況となって逆転したわけだ。『神人』は今も身分上は変わらないが、実際は『魔人』の下にいる」
自慢げに話す無上先生。意外とまともに説明をするので、授業となると夢中になる性格らしい。
「無上先生、昔は魔導兵器が魔物との主戦力だったと聞いています。今は無理なんですか?」
クラスメイトの一人が手を挙げると、ハッと鼻で笑う無上先生。
「魔導兵器はとにかく金がかかる。魔法付与、魔法装甲、魔導武器、封印した電子回路など、戦闘において魔導兵器は消耗品であり、生命を持たない魔導兵器は最高級のオリハルコンやヒヒロイカネを使っても、Cランクの魔物を倒せるかどうかというところだ。君はCランクの魔物を倒すのに数十万両の金をかけたいと思うかね?」
「でも、古代日本文明は、Sクラスも倒せる魔導兵器を製造していたという噂ですけど………」
「そんなものはお伽噺だ。その証拠に一体でもSクラスを倒せる魔導兵器が見つかったことがあるかね? 見つかるのは剣や杖などの魔導武器ばかりだ。ただの伝説だよ、ただの伝説。魔物との戦闘は剣や杖、そして魔法だ」
「えーっと、もしもそんな魔導兵器が見つかったらどうなるんでしょうか?」
「時代が変わるだろうな。まぁ、そんなことはあり得ない! Aクラスを倒せる魔導兵器でも良い。もしもそんな魔導兵器が見つかったら、目でスパゲティを食べてやろうではないか、ブハハハ」
どこかの眼鏡小僧のような提案をして馬鹿笑いをする無上先生。予想していた答えだったのか、クラスメイトも食い下がることはなく、おとなしく手を下げる。
その後は魔法の成り立ちや、マナの意識の仕方など普通の授業をして、魔法の授業は終わるのであった。
キーンコーンカンコーンと鐘の音がして、無上先生は思い出したかのように伝えてくる。
「そういえばゴールデンウィークはオリエンテーリングだ。魔法を使えるようになった生徒たちが23区に分かれて、各区の増えた魔物を討伐する。貴様らは埼玉県との県境の冒険者区だ。他のクラスも参加するが、足を引っ張らないようにな! まぁ、最前線で他のクラスの魔人の強さを見て思い知るんだな! ブハハハ!」
心底楽しそうに大笑いをして、無上先生は教室を出て行く。あの先生は人生楽しそうで羨ましいよ。そして、なぜかゴールデンウィークはこの世界でも存在する不思議ファンタジー。
「ぼ、冒険者区って、廃地区よりも危険な場所だよねぇ」
「だな。『貴族地区、内地区、外地区、スラム地区、廃地区』は人が住める地区。だけど冒険者区は、便宜上、区と分けられてるけど、人類の生息域を超えた未踏地。やばいところだって噂だ」
和が怯えた顔をして、後ろ手に平が諦めたかのように半眼で答える。
「地球の7割が『冒険者地区』だもんね。でも、危険ではなく未踏地というのが肝だよね。ようは強い魔物や弱い魔物もいて、実際に人類が住める地もあるという噂だよ。廃地区の隣にある冒険者地区は危険な魔物はいないはずだよ。常に間引きされてるからね」
まさに冒険者の世界。未踏地には古代研究所や軍基地もあり、見つけたら一攫千金の場所でもある。毎年少なくない冒険者たちが行方不明となり、怪しげな集団の基地も密かに建設されているという噂だ。
今回は魔法使いは頼りになるよというデモンストレーションだ。毎年、魔物を間引きしてその行いを新聞などで宣伝するわけ。魔人の立ち位置を明確にするためとはいえ、涙ぐましい努力だよ。
「でも、危険ではないと言っても、少しは戦力アップをしないとね。だから皆でどこかのダンジョンで訓練を───」
「おいっ、少し話がある!」
ヨミちゃんがお願いをしようと口を開くと、教室のドアがガラリと開く。
誰だよ、これから作戦を練ろうとしている時にと、唇を尖らせて入ってきた人を見る。あれ、昨日のなんちゃって無能者だ。
金髪碧眼の二枚目の男子だ。格好いいけど、整いすぎたキラキラした顔は、小説とかで召喚された勇者を思い起こされる。ちなみに主人公はその横で同じく召喚されたハズレジョブで追放されちゃう男子というパターン。
「お前だよ、那月ヨミ! お前に用がある!」
教室を見渡してヨミちゃんに気づくと、足音荒く近づいてくる。なんだか怒っているようにも見えるけど、なにかしたっけ?
「てめえっ! 無能者じゃねーだろ。本当はSSランクの最高の魔法使いだろ! わかってんだよ、羨ましい。俺もEクラスで活躍したかった! ザマァに憧れていたのに、俺の役どころを奪いやがって! この俺様、御雷武がこの世界の主人公になる予定だったんだ!」
悔しげに顔を歪めて激昂する男子。御雷武………なるほど、設定資料にあった主要キャラの一人だ。ということは、やっぱりこいつはプレイヤーか。
それなら情報交換をしておきたい。話に乗ってあげるかな。
「ふっ、そうですわっ! おーっとっとっと、よくぞ私の潜在能力を見抜きました」
扇を開いて口元を隠しながら、お菓子の名前を連呼するヨミちゃんである。失敗しちゃったと赤面しつつ、武を見る。
「はんっ、そうだろうよ。だろうと思った! そして、だ。『お前は転生者だな』?」
「転生者?」
いきなりのセリフに、コテリと小首を傾げちゃうヨミちゃん。その様子を見て、武は得意げにニヤリと笑う。
「はっ、引っ掛かったな! 今の言葉は日本語だ。それがわかるということは、お前は転生者。日本からやってきた選ばれし者だ!」
「むむ!」
ファンタジー世界に転生した日本人を見分けるために使われるテンプレネタを使ってきたらしい。『日本語』がわかるということは、即ち日本からやってきたという証拠に他ならないからだ。
「え、転生者って……」
「なんだ、こいつ?」
惜しむらくは、この世界も日本語を使っていると言う点だね。和も平もクラスメイトたちも日本語がわかるから戸惑っているよ!
………まぁ、良いや。何かの暗喩かもしれないから乗ってあげるか。
悪役令嬢ヨミちゃんらしくね!




