41話 的あてのその後につき
「そんなことをしてたんだ、ヨミちゃん」
「うん、ちょっとした雑用をしていたよ。やっぱり地位が高いほど、同じ仕事をしていても稼ぎが違うよね」
「スラム街でもヨミちゃんは同じようなことしてたけど、そんなに稼げたのは初めて聞いた。高校の先生って、馬鹿なんだ」
もう窓の外はとっぷりと暮れて真っ暗で、ホウホウとフクロウがなく時間、私と瑪瑙ちゃんは自室で今日あったことを話していた。
瑪瑙ちゃんはソファに座り、私はベッドでゴーロゴロ。
テーブルの上には千両箱が置いてあり、小判が溢れていて、メイドズが穴が開くのではと思うほどに強烈な眼力を送っている。視線で小判を盗める勢いだ。
「ヨミお嬢様、小判を磨いてもよろしいでしょうか?」
「あげないよ? それでも良いならお願いするけど」
「黄金色の輝きは心を幸せにするんです」
ヒャッホーと飛び上がって、大喜びで小判を磨き始めるメイドズ。まぁ、磨いているだけでも幸せになれるというのは、なんとなくわかるかも。自分の物ではなくても、触っているだけで嬉しくなるものだよね。観光地の金塊とかと同じ扱いだ。
瑪瑙ちゃんが千両箱を見て驚いたので、今日のちょっとした雑用を説明したところである。体力もないのに、ヨミちゃんは働きすぎだよね、疲れちゃった。
「すっごい大金だよね〜。もう一生働かなくても良いんじゃないかな?」
せっせと小判を磨き始めたメイドズたちからそっぽを向いて、ダラダラと汗をかきながら瑪瑙ちゃんは言う。どうやら大金すぎて拒否反応が起きちゃったようである。スラム街ではこんな大金見たことなかったから無理もない………。
「そこまではないよ。中年のおっさんなら、その金で十分かもしれないけど、ヨミちゃんは若いから全然足りない」
ヨミちゃんは若い。こんな端金では贅沢に暮らしていけないよ。コロンコロンと転がって、掛け布団に丸まってミノムシに変身する。パタパタとちっこい足を振ってスリーブヨミちゃんだ。掛け布団って、ふわふわして暖かくて好きだよ。
瑪瑙ちゃんがベッドに来て、ぽすんと座るとミノムシヨミちゃんをほっこりとした顔で撫でてくる。
「ヨミちゃんは前よりもふんわりするようになったね。前はどことなくいつも緊張していたけど」
「以前は覚醒していなかったからね。今は新たなる力を手に入れて、自信ができたの」
名付けて悪役モードを手に入れたのだ。
「高山病って、そういえばたくさん酸素を吸えばいいんだって。知ってた?」
「噂には聞いてるけど、もっと高みに登った時に酸素はもらうよ。で、入学式の後はどうだったの?」
高山病の話はおいておいて、瑪瑙ちゃんたちのイベントを所望するよ。
だが、予想では楽しかったと答えると思ってたのに、渋い顔となった。おろろ、どうやら酷いイベントだったようだ。ぷっくりと頬を膨らませて、ミノムシヨミちゃんの上に覆いかぶさってくる。むぎゅう。
「ヨミちゃんはサッサと帰ったから知らないだろうけど、あれからAクラスからDクラスまで全部のクラスで大乱戦だよ。大混戦で渾沌の世界になったんだよ」
ヨミちゃんを枕にバタバタトビウオのように跳ねて甘えてくる瑪瑙ちゃんだが、全部のクラスが乱戦となったの!?
「うん、最初は楽しく魔法を的に向けて撃ってたんだ。でも、誰かが馬鹿をやったのか、いつの間にかお互いに向けて魔法を撃ち合ってたの」
「ふーん………Aクラスだけではなく、他のクラスも全部か。それはおかしいね」
眉をピクリと震わせて、身振り手振りで乱戦が行われたと可愛らしく表現をする瑪瑙ちゃんを眺める。
ふんわりとしていた性格のヨミちゃんに、プロゲーマーの自我が浮かび上がる。違和感を感じての出動だ。
伊崎から貰った設定資料と違うな。今回のパターンなら、高天ヶ原と葦原の対立が深まるイベントだったはず。
だが、それはあくまでもAクラス同士の戦いで終わっていたはずなのだ。それなのに魔法を撃ち合ったのが全クラスとは少しおかしい。クエスト自動作成とはいえ、メインストーリーはよほどストーリーが変化しなければ、発生するのが自然なんだ。
「何者かが介入している? 他のクラスの撃ち合いはどうやって起こったか知ってる?」
多少真剣に考えねばなるまいと、ミノムシからスポンと脱皮して、ソファへと座る。真剣な顔になった私を見て、瑪瑙もたんに面白がっているだけではないと気づいて起き上がると、佇いを真剣なものに変える。
「そういえば、周りも見ていたけど、急に隣に魔法を撃った感じだった。特に諍いがあったようには見えなかったし、へんてこな空気にはなってはいなかったのに、変だったって覚えてる」
顎に人差し指を添えて、ピンク髪の美少女は眉を顰めて考え込む。可愛らしい姿にほっこりするけど、内容は安心できない。
イベントでも、お互いに言い合ってギスギスした雰囲気から、撃ち合いへと変わるのだ。唐突にってのは変だ。
「それは精神魔法による誘導が考えられると思う?」
「うーん、私はまだまだ魔法の勉強をし始めたばかりだからよく分からないよ。ヨミちゃんの方が詳しいんじゃないの?」
「ふみゅ。……たしかに詳しいけど、そこまで大規模な精神魔法を使えば、誰かが気づくはずなんだ。呼び水として数人に使えば争いを起こさせるのは簡単だけど、出席していた全クラスとなると、ちょっと思いつかないよ」
精神魔法はとにかく破られやすいし、感知しやすい。生徒たちだけならまだしも教員もいたのだ。気づかないわけがない。
しかもEクラスを除く全てのクラスが対象だったのだ。そして、マンモス学校で全クラスというのは、同じ場所ではなく、離れたグラウンドで魔法の練習をしていたと言うことだ。無上先生もグラウンドは全て授業で埋まっていると言っていた。
「それじゃ、自然に諍いが起きたの? コノヤローとか?」
瑪瑙ちゃんが手をぶんぶん振るので、苦笑しちゃう。
「その可能性は極めて少ないよ。そんな偶然があるなら、それは必然。何者かの意図した行動となる。全クラスでの同時発生の諍いの可能性。天文学的確率だよ」
一年生だけで60クラスはあるんだ。無理だね。
トントンと膝を指で叩いて考え込む。ならば魔道具かというと……そこまで広範囲かつ強力な魔道具も伊崎から貰った設定資料には存在していない。
魔法でもない。魔道具でもない。さて、真実はどこにあるのかな、ワトソン君。
「何個か方法はあるかな。強力な効果ではないうえに、広範囲の効果が発揮できる方法」
「おぉ、高山病のかっこいいバージョンヨミちゃんだ。なになに、なにかあるの?」
身を乗り出す瑪瑙ちゃんへと、フンスと胸を張り答える。たぶん当たっている方法だ。
「魔物のスキル、いや、この場合は亜人のスキルだと思う。恐らくは本来はバフ系統となるスキルを使ったんだよ。『戦意高揚』とか『狂戦士』とか『恐怖軽減』や『応援』だね。これらは戦闘においてステータスを高める効果があるけど、その分意志が薄弱となる。そこに『悪意』や『煽動』を合わせれば、暴動とかも起こせるんだ」
バフもデバフもスキルだと、マナが自然すぎて気づきにくいんだ。亜人の優位なところと言えるだろう。
本来のヨミちゃんルートで、民衆へとたびたび使われていた手法……。
知らないはずなのに知っている未来の知識が浮かび上がる。
まてよ、そうか。ゲームの設定資料でも、そんな手法を使う集団がいたな。
一つの設定を思い出して、指をパチリと鳴らしちゃう。
「瑪瑙ちゃん、クラスごとにリスみたいな亜人がいなかった?」
「亜人? そりゃ、ランクの高い亜人はクラスには何人かいるけど、リスかぁ。うーん、覚えてないけど、なにか意味あるの?」
そりゃ、覚えてはいないか。それにその亜人の特殊能力は有名だから、姿格好は変えている可能性が高い。隠れていたかもしれないしね。
「あるんだ。リスのような亜人は臆病栗鼠の亜人の可能性が高い。かの亜人は臆病だから戦闘時には仲間同士力を合わせて戦うために広範囲の『戦意高揚』を使うんだ。そして他にも『意志薄弱』を使うから、敵としては厄介なんだよね」
このコンボは抗議などで集まった神人の集団によく効くのだ。これを使われて、結構な数の暴動が起きた。火事や店への強盗、鎮圧時に殺された人間とか、かなりの被害がでた。
「しかもこの魔石は結構簡単に手に入る。まぁ、コンボで使っても効果は薄いんだけど、薬品や他のスキルなどに合わせれば暴動とかも起こせるんだよ。今はまだまだ流行っていないから、誰も気づかなかったんだ」
少ししたらこの方法は広くテロリストたちに伝わり、多用されることとなる。これを防ぐ対応方法が生まれるまでは、悲惨なことになったわけだ。
「ほへぇ〜。そんな悪いことをする人がいるんだ」
興味津々に瑪瑙ちゃんが私を見てきて、メイドズは床に小判を並べてその上で寝そべっている。
私は悪戯そうに微笑むと、人差し指をちこんと立てる。
「いるんだよ。その名は『自然魔法派』。文明を捨てて、亜人となって生きようというテロリスト集団だよ。世界の理を歪める魔法使いの魔法がこの世界に害悪を与えて瘴気を発生させて、魔物を生み出す『魔溜り』を作り、『ダンジョン』が発生していると言っているんだよ。だから魔法使いを毛嫌いして、駆逐しようとしているんだ」
危険なる集団だ。よくあるテンプレテロリスト集団とも言えるけどね。まぁ、設定資料を読んだ限り、魔法のせいというのは間違っていないらしいけど。魔法が無ければ生きていけないんだから仕方ないんだ。
「魔物に血縁を殺された力のない者や、魔法使いの横暴に酷い目に合わされた者たちが、このテロリスト集団に参加している。ようは文明を捨てて魔物になって生きていこうという教義だから、人気はないけど、その分狂信者が多い」
本来の悪役令嬢ルートのヨミちゃんも出会ったことがある。まぁ、血と殺戮の傀儡師と出会って可哀想にとしか言えないけど。
ゲーム的には本ストーリーがあって、ランダムクエストで拠点殲滅とかがあった。
人気のない場所に拠点を作るのが得意で、訓練施設なども拠点に構えたりもしていたものだ。
「たぶん、誰かが介入したんだ。デモンストレーションの可能性が高い」
もしかしたらプレイヤーかもしれない。こういうストーリーの修正って、だいたいそんな感じだ。
「デモンストレーションだとすると、次は魔法使いの虐殺にうつるはず………。直近だとオリエンテーションかぁ」
ゴールデンウィークにオリエンテーションがある。きっとチャンスに違いない。もしも先生たちが気づいていないとしたら……。面白いことになるだろう。
「そうなると私も準備しないとなぁ。でも人形遊びできる場所がないんだよね」
危うく戦闘検証はバレそうになったし。最初に見に来たのが行商人で助かったよ。他の家門とかならヤバかった。
………人気のない訓練施設が欲しいけど、今は拠点制圧もできる戦力は無いし……。
「仕方ないなぁ、ぶっつけ本番でお人形遊びをしようかな」
準備だけはしておかないといけない。今度のお休みにお人形作りをやろうかな。
まぁ、一つだけ策は思いついたけど、どうやって展開するか、悪役令嬢の腕の見せ所かな。




