40話 換金につき
那月ヨミとは何者なのか。肩までのばした青髪はサラサラで天使の輪っかもできている。海よりも深い青い瞳は見るものを魅了し、桜色のちょこんとした唇が笑みを浮かべると小顔も相まって、小狐のように可愛らしい。
高校一年生になるのに、背丈は130センチに届いておらず、本人の言では14歳だが、極めて年齢が怪しい美少女だ。
そんな可愛らしい娘が目立たないように行動をするのは不可能だと私は冷静に判断した。なので、本来のヨミちゃんのまま行動し、その幼く悪戯好きでがめつい性格で行動した。
他者からはお金持ちになったアホな娘が、調子に乗っていると思われるだろう。廊下で踊ったのも、その布石である。
本当だよ、布石だよ。ちょっとヨミちゃんの本来の性格に押されちゃってるけど。踊りって楽しいよね。
なので、一反との取り引きも、スラム街あがりの子供がちょっとひねった方法で小銭を稼いだとしか思われないだろう。
実を言うと、一反には会ってみたかった。あんなに酷い目にあったのに、この区に店を構えるとは思っていなかったし、どういう思惑か気になったのだ。
他の区のスパイかなと考えたが、出会った時は雨屋家が没落しそうな時だ。この区に来る必要はない。それなのに、店を構えるとは、なんらかの商人の勘が働いたに違いない。
もしもできる男なら、取引をしてみても良いだろう。目端の利く後ろに誰もいない商人の知り合いが欲しかったんだよね。
なので、一反がどういう態度をとるか期待している。
ヨミちゃんは己の奇行を存分に発揮して、本来の狙いはその中に含めた。それをどうとるかな?
「ほな、由来はテキトーに聞いときます。で、鑑定は誠実に行うんで。まぁ、もーしわけあらへんがEランクの方の話はマトモにはきけまへんので、勘弁しほしいねん」
ニコニコと揉み手で一反はヨミちゃんへと、なかなか考えた答えを出してきた。ふむふむ、よきかな、よきかな。
「なら、売り物を持ってきて欲しいんだけど。軽トラにたくさんあるから」
「ほいさ。それじゃ店員に持ってこさせます。まぁ、その間、昼飯でもどないです? お知り合いになれた記念に奢ります」
「それじゃ、遠慮なく」
気前の良いことを言う一反に、なぜか答えたのは財布も軽いし、性格も軽い石英お兄ちゃんであった。
ま、良いんだけどさ。
◇
段ボール箱が運ばれる中で、ヨミちゃんたちはご飯を奢ってもらった。
「ラーメンって世界最強だよね。特に出前のラーメンの少し伸びた感じが味わい深いと思うんだ」
「そうっすね。このビミョーに美味くないのが特別感があるというか」
ちっこいお口に麺を運んでチマチマと食べる。醤油ラーメンをヨミちゃんは選びました。石英も同じく醤油ラーメンと、オマケに餃子だ。ヨミちゃんは小柄な身体なので、胃もちっこい。だから餃子を食べる余裕がないんだよね。
「奢ってもらって、それはチィと酷いと思うんやけど。それに斜向かいのラーメン屋から運んできているから伸びてないやろ。それになにより………」
グルメな兄妹を見てジト目になりながらため息を吐く一反。バンとテーブルを叩くと、ピシッと人差し指を突きつける。
「この娘はどれだけ食べるん!?」
メカクレ少女へと。
「えへへ。奢りって聞いたのでぇ。ここは食べなくちゃって」
頬を染めて照れながら、ズズズとメカクレ少女は麺を頬張る。どこかの掃除機みたいな吸引力である。
その横には空の丼が山のように何杯も重ねられて、それでもメカクレ少女は食べる勢いは留まることはない。
前言撤回、小柄な身体でもたくさん食べる人っているんだね。どこにそのエネルギーは向かってるの? 装甲? 装甲部分なのかな? というか、明らかに胃の容量を超えている。これがファンタジーってやつか。
「まぁ、これから稼ぐ金額を考えるとたいしたことはないでしょ」
「あ、お代わりお願いしますぅ。このメニューの端っこからここまで全部ぅ」
「………たぶん、たいしたことはないでしょ、うん」
もしかしたら利益を上回るかもと恐れちゃったよ。
「それよりも素材を鑑定してよ。良い品質だと思うよ」
私はもうお昼は良いや。お腹いっぱい。そろそろ商談に入ろう。
「そやな。うーん、たしかに全部高品質や。ここまで高品質な素材は滅多に見たことないけど、どないして手に入れたん?」
一つ一つ丁寧に素材を確認して、一反が感心する。そうでしょう、そうでしょう。なにせ最高峰の学府て使用されている素材だからね。
「学校の錬金術準備室に仕舞われていたのを全部持ってきたの」
「ブーッ、ゲヘッ、ガハッ、マジかよ。ヨミっち、これ全部盗品なのか?」
ニコニコとご機嫌なスマイルを見せて答えると、なぜかラーメンを食べていた石英が吹き出して、鼻から麺を出して咳き込む。汚いなぁ、もぅ。
「そんなわけないでしょ。廃棄許可証は貰ってきたよ。初級ポーションの実験で失敗した素材だから売るなり売るなりしていいてっさ」
「そ、そんなことしたのかよ! でも、これを知ったら返却しろって言うんじゃないか?」
「だから、手早く換金しておくんだよ。問題はないんだけどね。素材があるとないとでは、話の持っていき方にも面倒くささが倍増するから」
「いやいや、絶対に返却しろっていうぜ。それか弁償しろって」
焦る石英の言葉もわかるけど、そこは問題はない。椅子にもたれかかり、これから成長する予定の胸をフンスと張る。
「それが大丈夫なんだ。ゴミ扱いのEクラスは魔法担当の先生がいない。その為、魔法の授業は義務も責任も全て生徒に帰属するようになってるんだ。だから、生徒たちが廃棄と決めれば捨てられる。しかも念の為に廃棄許可証を貰ってきたしね」
「あぁ、そういや、Eクラスはそんなゴミみたいな扱いをされてたっけ。でも、過去に遡って規則を変更すれば良いんじゃねぇの? 義務も責任も先生が受け持つみたいな感じによ」
それは当然の考えだ。でもそれだと問題が発生する。
「過去にまで遡って、その規則を適用するのは不可能だよ。そうしたら今までのEクラスの担当を全て先生が受け持っていたことになるからね」
「ははぁ〜ん、わかってきたで。ちっと裏事情に詳しいもんなら学院のEクラスの扱いは有名や。これまで魔法の練習で大怪我したり事故死したもんもいるっちゅう話を聞いたことがある。で、過去まで遡るっちゅうことは、その連中への保障もしないといけないっちゅうことか」
「一反さん、当たり。そうなると賠償金はいくらになるかわからないよね」
ピンときた一反がニヤリと悪そうな笑みとなり、私は指をパチリと鳴らす。
「でも、そんなことなら、なんで今までのEクラスはヨミっちみたいなことをしてこなかったんだ? 誰か思いついても良いと思うっすけど」
「そ、それは簡単ですよぅ。力のない家門がそんなことをすれば裏で潰されますぅ。でも今回は……」
石英の疑問に、全ての皿を空にした和が気まずそうに話に加わる。
「あぁ、ヨミっちは雨屋の養女っすもんね。大貴族だからこそできた方法っすか」
「集団訴訟なら雨屋家が先頭に立とうね、石英お兄ちゃん! 賠償金は最低でも1000万両からにしよう! 正義の味方として世論を味方につけて、学校の理事長たちが引責辞任するなら、その空いた席に敵対派閥が入れるように後押ししたり。これも学園改革だよ!」
納得をする石英に、正義の味方をするべくヨミちゃんは立ち上がる。その義憤に駆られた姿は誰もが見惚れちゃうだろう。なぜ、皆はドン引きの顔になっているのかな?
「あぁ、だから唯一止められるとすれば、学校を出るまでだったんですねぇ、あ、ようやくきたぁ」
ブラックホールストマック和が、再び運ばれてきた料理を食べ始める。ラーメン屋の店長さんが、今日は店仕舞いだと嬉しそうに去っていったよ。
「だからこそ、これからの魔法の授業は先生がつくことになると思うよ。学校側も廃棄許可証はEクラスだけは生徒たちでも発行できると気づくはずだからね」
今頃大慌てだろう。落ちこぼれのEクラスを担当するのを嫌がって押し付け合いをしているだろうなぁ。とっても楽しそう。
予想では来週までには担当が決まるはず。そして担当が決まった以上はいい加減な授業はできない。もしそんなことをしたとばれれば、対立派閥の良いターゲットにされるからだ。まぁ、中立派のおとなしい人が担当になるだろう。
ちなみに、来週まで決定しなかったら、魔法金属製の的あてを廃棄する予定。ほら、壊れていたら困るし、結構高く売れるし。
「ヨミっち……入学初日っすよ?」
「皆の記憶に残る良い入学初日だったと思うよ!」
ジト目の石英へと笑顔で答える。きっと皆の楽しい記憶となるよ。それはともかくとして、鑑定はハウマッチ?
「あぁ、ざっと相場は3000両。買取価格は800両でどないです?」
渋い金額を提示してくるエセ関西人だ。ここから駆け引きを行いたんだろうけど、私は値引き交渉は一括にしておきたいんだ。
「高品質だって言ってるでしょ。2000両だね、ビタ一文値引きしないから。その代わりに即座に売り切れる方法を教えるよ。しかも今言った金額よりも高い値段で。このお店を開店するのに現金がかなり必要だったんじゃないの?」
ここまで立派なお店を開店するとは予想外だったけど、現金決済に必要なお金はあるのかな?
「敵わんなぁ………で、その方法ってどないなもんなの?」
「幟にこう書くの。『大和学園の払い下げ。高品質の未使用品。払い下げのため、今だけ3割引セール中!』って、書いて定価は総額3500両くらいで売り出す。学園の高品質払い下げ品は相場よりも遥かに高く売れるはずだし、3割引きだと飛びついてくるお客は多いと思うんだ」
これぞ忍法『セール品は安いんだ商法』である。定価が高ければ高いほど、皆は飛びつくよ。
「なるほどなぁ………。よっしゃ、それで取引成立や。2000両を耳を揃えて一括で支払うわ」
「よろしくお願いします!」
「こちらこそ、長いお付き合いになりそうでんねん」
可愛らしい無邪気なヨミちゃんと、腹黒い狸のような一反は握手をして、クククと含み笑いをする。
こうして私はあっさりと2000両を手に入れたのでした。真面目に働くって、気持ち良いよね!
「このお金は全部那月ファンドに投資するから、配当金に期待しててね!」
「あ、このお金は始まりにしかすぎなかったんだぁ………」
投資金をゲットだぜ! これで部活も活動できるよね。良かった、良かった。
ところで、和はなんでメニューを見始めるの? デザートにラーメン? なるほどね。




