4話 換金につき
真夜中の廃墟街を私たちはしばらく歩く。夜行性の小動物が瓦礫の隙間から顔を出す。コウモリが空を飛んでいき、涼しい風が吹いている。
私たちの足音だけが響き、ようやく足を止める。後ろに注意をしながら、誰もついてこないことを確認して、ホッと安堵の息を吐いた。
「焦ったぁ〜、ヨミちゃんのハッタリがうまく行って良かったね。その糸は攻撃力ないでしょ?」
ふにゃあと安堵の微笑みを見せて、瑪瑙ちゃんが私を見てくる。
「あったら、ゴブリンリーダーに使ってるよ」
ペロッと舌を出して悪戯そうに笑って答える。瑪瑙ちゃんにはバレバレだったらしい。まぁ、命の危機なのに攻撃に使わなかった時点でわかるよね。
そして瑪瑙ちゃんは、フフッと笑うと深呼吸をして、佇まいを変える。
なんだろうと不思議に思い、小首を傾げると、ぎゅうと抱きしめてきた。
「ありがとうヨミちゃん。ヨミちゃんがいなかったら、私は死んでたと思う。ううん、間違いなく死んでた」
「気にしないで。私たちは親友でしょ」
涙混じりの感謝の言葉に、良し良しと優しく頭を撫でてあげつつ、その予想は当たってたよと冷や汗をかく。本来は死んでいるルートだったのだ。
それは瑪瑙ちゃんが死ぬ前に、『ブラッディパペッティア』を私が選んでいても同じだったと思う。
なにせ『ブラッディパペッティア』は強力なスキルなれど、でかいデメリットがあったんだ。
それは一ヶ月に一人の人間を殺したくなる『殺戮の衝動』である。その衝動は耐えることは不可能で、常に殺す用の人間をヨミは監禁していたとも設定集にはあった。
たぶん『ブラッディパペッティア』を選んだ瞬間、瑪瑙ちゃんを私は殺していた予感がする。酷いチュートリアルだよ、まったくもぅ。
「さぁ、とりあえず朝まで隠れておいて、まずはこの魔石を換金しに行こ? そんで身なりを整えるの」
休息は必要なんだ。私のマナも残り少ない。
『ウィンドウオープン』
那月 ヨミ
種族:魔人
マナ:7/60
カルマポイント:1
体力:1
筋力:1
器用:35
魔力:6
精神力:計測不可
ジョブ:パペッティアE
固有スキル:絶対魔法操作
スキル:人形操作、魔糸、人形製作
内心で思念を送ると、宙空に私のステータスが表示された。なんとまぁ、しょぼいステータスだこと。泣けてきちゃうね。
───私の名前は那月ヨミ。
この世界に選ばれし人間だ。選ばれない方が良かったかもしんないけど。
はぁ、とため息を吐き、瑪瑙ちゃんが不思議そうに私を見てくるので、ステータスボードは他人に見えないことを理解する。
本来はこの百倍のステータスだったのかぁ。そりゃ、ブラッディパペッティアに就かなければゴブリンリーダーに苦戦するはずだよ。というか勝てないイベントになってたよ、あれ。
「アルファ版だから、早くもバグってるなぁ、精神力が計測不能になってるや」
ステータスを見て苦笑すると、瑪瑙ちゃんはコテリと小首を傾げる。
「アルファ版?」
「ううん、なんでもないよ。それじゃあ、どこかに隠れて夜を明かそう」
「うん! いつも隠れている路地が良いかもね」
笑いかけて誤魔化すと、私は瑪瑙ちゃんと手を繋いで、再び街へと向かうのだった。
木が聳え立ち、草木が廃墟を侵食している廃地区から段々と景色が変わっていく。廃墟であるのは変わらないが、土に覆われていたり、木々が繁茂しているわけではない。
窓ガラスもない、ただの窓枠の廃墟ビルや潰れた家屋、元は窓ガラスがあったろう棚も盗まれて久しいガランとした店舗だが、人々がその隅で隠れて寝ているのが垣間見える。ドラム缶にゴミを入れて燃やし、暖を取る男たちが私たちをちらりと見て興味を失くし、すぐに目をそらす。
「どうやらスラム地区に戻ってこれたみたい」
「通り抜けて外地区へと行くよ」
ここはまだまだ危険だ。私たちはゴブリンライフルを担いでいるから、警戒される存在だけど、複数人に囲まれたら詰む。
懐に入れてあるお金と魔石を奪われるわけにはいかない。
スラム地区を超えて外地区に入ると、廃ビルや家屋は改装されて、一応は街として見られる光景となる。スラム地区と外地区の境目はないけど、それでもなんとなくここらへんからという暗黙の了解の線がある。
「どうやら誰もいないみたいだよ」
「それじゃあ、朝までここで寝よっか」
いつも寝ている場所に到着する。隠れ家的な場所だ。ローブとか盗まれない価値の無いものも隠してある。
その境界にある路地裏で、廃墟ビルの瓦礫の影に隠れて私たちは身を寄せ合って眠る。マナを消費したせいだろう。私はすぐに眠りについちゃうのだった。
───でも、陽射しが入ってきて、すぐに目覚める。明るいところで寝るのは危険なんだ。隣を見ると瑪瑙ちゃんもフワァとあくびをして、目を覚ましていた。
熟睡は許されない。それがここで生き残るルールだ。
でも、こんな生活をしていたら、いずれ体を壊すし、気力を失い働く気もなくなるだろう。その後は破滅ルートだ。この状況からすぐにでも脱出しなければならない。
そして、その方法を私は知っている。
「おはよ、ヨミちゃん」
「おはよ〜、瑪瑙ちゃん。すぐにハッピーワークに行こう。魔石を売らなきゃね」
握りしめてて手汗に塗れた魔石を見せると、瑪瑙ちゃんも真剣な表情で頷く。
キョロキョロと周りを見渡して、誰もいないことを確認して、隠しておいたローブを着込み、顔をフードで深くかぶり隠し、気持ち早足でてってこと歩く。
スラム地区に住む者も相手にするため、ハッピーワークの場所は近かった。武骨なコンクリート打ちっぱなしの5階建てのビルだ。その色合いはまるで要塞か刑務所のように感じさせる。
入口には薄汚れた革ジャンにジーパンの銃持ちが何人か立っており、だべっている。横を通るとツンと刺激臭が鼻につき、いつから風呂に入っていないんだよと、顔を顰めてしまう。
だが、私たちの方が身なりは悪いし、体臭も………体臭は少女だから大丈夫だよね。缶詰に入れて売ればきっと高く売れるはず。
木扉を開けて中に入るとぼんやりと天井が光っており、その光の下に大勢の人々が屯していた。私たちのことを何人かが値踏みするように見てくる。
「よ、ヨミちゃん」
「背筋を伸ばして、堂々と歩くの。フードはかぶったままで」
震える小声で瑪瑙ちゃんが私の手をぎゅっと握ってくる。
たしかにこの待合室は不気味なところがあった。待っている者たちは冒険者だが、剣や弓で武装しており、赤黒い跡の残る鎧を着ていたりする。
それに加えて、トカゲのように顔が伸びており、肌の半分がトカゲのように緑色をしている男や、背中から蜘蛛足を生やしている女、腕が4本あったり、片腕がスライムのように粘体の人もいる。
亜人だ。魔物と戦うために身体を魔石で改造した戦士たち。一攫千金を求めて、大金を稼いだら元の身体に戻って人生を謳歌しようと考える者たち。
そして、その殆どは亜人の姿のまま人生をどこともしれない土地の栄養となって終える者たち。
外地区のハッピーワークは一階は魔石の買い取り所となっており、一番冒険者たちが多い。一般人はほとんどこの建物には来ない。訪れるなら、内地区に近いハッピーワークである。
このハッピーワークも建設時は綺麗だったに違いない。割れて使い物にならない電子蛍光板、壊れた検索用端末、錆びてスクラップの掃除ロボットが昔はきっちりとしている施設だったことを教えてくれる。
最早掃除は諦めたのだろう、土で汚れきったコンクリートの床を歩き、受付まで向かう。
何人かが、見知らぬ人間だと気づいて注目しているな。こういう雰囲気に慣れた私も少し緊張してしまう。ローブの合わせ目をきつく閉じて、震えそうになる足を叱咤して受付に辿り着く。
「あん? なんだ、買い取りか?」
「買い取り所って、看板が書いてあるでしょ」
やる気のなさそうな無精髭を生やしたおっさん職員が、つまらなそうに私たちを見てくる。
5番窓口魔石買い取り所と窓口には看板が置かれているんだからと、生意気な少女のように不機嫌な声音で答える。
気分は大女優那月ヨミだ。ここは腕の良い冒険者を装うよ。フフンと腕を組んで、胸をそらす。
尊大な腕の良い冒険者を装ったのに、なぜかおっさんは鼻で笑ってきた。
「はっ、そのとおりだ。で、どこで盗んできた物を売るつもりだ、ガキ」
「これだよ」
ゴブリンリーダーの魔石をコロンと置く。おっさんは魔石を見て、珍しいもの見たとばかりに笑う。
「予想よりも大きな魔石だな。ふん、少し待ってろ」
おっさんの傍らに置いてある錆びた金属製の魔道具『魔石スキャナー』に入れる。『魔石スキャナー』は魔石の価値を鑑定する。冒険者に見えるように、箱の上部に金額が表示されるようになっている。
『2両2銀』
ピピッと電子音が鳴り、金額が表示される。
「に、2両っ!」
瑪瑙ちゃんが金額を見て、身体を強張らせる。こんな大金は見たことがないからだ。
私はと言えば……。わかりにくい単位だなぁと内心でビミョーだったりする。2両っていくらだっけ? 2千ドルくらいだったかな?
江戸時代を参考にしたんだろうけど、貨幣価値を両にするのは皆も戸惑うぞ。慣れるまでは大変そうだ。
「良かったな、おめでとうよ、ここから無事に出れたらだけどな」
無造作に受付のおっさんが窓口に小判2枚と銀貨2枚を放り投げる。チャリンと良い音がして、金の光が私たちの目を奪う。
「こ、小判なんて初めて見たよ、ヨミちゃん!」
「それよりも、さっさとここを去ろう」
震える瑪瑙ちゃんの手を引っ張り、この場を逃げようとする。受付のおっさんが嫌なことを口にするから次のイベントが予想できちゃうよ。
振り向いて去ろうとするが………遅かった。いや、最初から狙っていたんだ。
「おいおい、その魔石は俺のもんじゃね? たしか懐に入れていたはずだけどなぁ」
トカゲのように顔が不自然に縦に伸びている男が立ちはだかっていた。目は縦に割れて爬虫類のようになっており、舌は二つに割れて蛇のように長い。その服装は穴の開いた泥だらけの革ジャンに同じく汚れきって泥色のスボン。末端も末端の冒険者だ。
受付をちらりと見るが、良い見物だと肘をついて、ニヤニヤと見ている。最初から狙われているのを気づいていやがったのだ。
周りの冒険者たちも、ニヤニヤと笑っており助けてくれるヒーローはいない。こういうイベントが起きれば誰かしらが喜んで助けようと口を挟んでもおかしくないんだけど……出遅れたから、こんな場末のハッピーワークには誰もいないか。
チッと舌打ちして、このイベントをソロでクリアすることを決意する。
「そうですか、でも貴方ではこんなに稼げないでしょう?」
爪先立ちとなり、腕を組んでトカゲ男を馬鹿にするようにフッと微笑む。合間に待合室を忙しなく見渡す。ゴミ集積場から拾って来たのかボロいベンチ、水の入っていないウォーターサーバー、ゴム製の観葉植物に……あれだな!
「あん? いい度胸じゃねぇか! 金だけで許してやろうと思ったが気が変わった。お前はスリの罪で病院送りだ!」
生意気な返事が返ってくるとは思わなかったのだろう。激昂してトカゲ男は腕を振り上げてくる。
「それじゃあ、貴方は強盗の罪だね!」
トカゲ男の容赦ない拳が迫る中で、私は冷静な声音で答えて───。
「ゴハァッ」
横合いから体当たりを受けて、トカゲ男は床に叩きつけられた。
「な、だ、誰が……そ、掃除機?」
怒鳴りながらトカゲ男が振り向いた先には古ぼけた掃除機型ロボットが立っていた。もはや壊れており、壁際に放置されていた円柱に手が生えているロボットというのもおこがましい掃除用機械だ。
「さて……予想外のこの一幕。お付き合い頂けますか、お客様?」
私はキィッと魔糸を引いて、掃除機ロボットの横で冷酷に笑ってみせるのであった。