39話 売り払うにつき
半ドンだったので午後は雨屋区を散歩することにした。雨屋区はまだきちんと散歩したことなかったんだよね。
「ヨミお嬢様、荷物は全て積み終わりました」
「ありがとうございます、洗馬さん」
老執事の洗馬さんやメイドズたちが軽トラに廃棄品を積み終わり、恭しく礼をしてくる。結構な数があったので、満載になっちゃった。
「ちょうどお昼だし、これで美味しいものでも、お昼に食べてください」
「ありがとうございます、お嬢様」
「ちょっとお高いレストランのランチを食べてきます!」
洗馬さんたちに銀貨を一枚ずつ手渡して、ニコリと笑顔を浮かべるヨミちゃんです。メイドズは早速スキップして昼休みに入ると言って去っていった。
それを見て運転手席から、石英が顔を覗かせる。
「あれぇ、ヨミっち。俺には? 暇を持て余してぶらついていたら、ちょうど良いと運転手をするために駆り出された俺っちへのお礼の銀貨は?」
「兄妹でしょ、石英お兄ちゃん。そこはプライスレスだよ。というか、反対に昼ご飯を奢ってよ」
「今月は新品の斧を買ったら、財布が空になっちまったんだよ。へへへ、少しで良いんだけど? いや、なんでもないです」
妹に集ろうとする駄目な兄へとニコリと微笑む。空気が凍りつき、雪が幻視できるような優しい微笑みに、石英は空をあおいで納得してくれた。
「助手席は和ちゃんで良いかな? 私と平君は荷台かな」
この世界は道交法が緩いから荷台に人が乗っても大丈夫なのである。まぁ、車自体そんなにないからね。
「うん、良いよぅ。おにーさん、よ、よろしくお願いします」
「ヒャンヒャンッ」
和が緊張気味に石英に頭を下げる。平はヨミちゃんと荷台で良いらしい。嬉しそうに尻尾を振って、へっへっと舌を出している。平と和はあれからうちにお邪魔することになったのだ。親睦を深めようということで、お誘いしたのである。クラスメイトたちとは仲良くしないとね。
「あのぅ、平君は用事があるって、帰ったよぅ?」
「あれは使い魔だよ。この平君が本体だと思う」
もふもふ毛皮を優しく撫でると、はちきれんばかりに尻尾を振って喜んじゃう太郎君だ。使い魔は帰したけど、本体は残ってもらった。もうこの子はうちの子ね。名前がだぶるのは嫌だろうし、しーちゃんにしようかな。
ぎゅうぎゅうと抱きしめて、もふもふ毛皮に顔を押し付けると、体温の暖かさともふもふ毛皮が気持ち良い。ポメラニアンって素晴らしいね。
「使い魔って、五感共有できるらしいよぉ? 視覚とか感触とか全部」
「ぬぬ、たしかにそれだと私のぷにぷにな装甲を使い魔も味わっちゃうんだね。……うーん、五感共有って解除できる? 解除できるなら、ドッグマッハ食いの缶詰をあげるんだけど」
メカクレ少女の忠告は当然だ。たしかにその可能性は大きいんだよなぁ。なので、しーちゃんに尋ねると、二本足で立つとよろよろしながら踊る。とってもプリティポメラニアンだ。
「なになに、楽勝だわん?」
「ヒャンッ」
そうだよと喜ぶしーちゃん。尻尾をフリフリ、コロンと転がりお腹を見せた。もちろんワシャワシャ撫でてあげる。こんなペットが欲しかったんだよね。
「ええぇ、使い魔なのに裏切るんだ……平君はご飯をあげてるのかなぁ。召喚獣にはあげてなさそうぅ」
呆れちゃう和だけど、犬望ゼロの平君かもね。それじゃ安心してないすぼでぃーなヨミちゃんの胸に抱えることが──。
「あ」
「ヒャヒャンヒャンッ!?」
抱っこしようとしたら、しーちゃんが魔法陣が現れて送還されていった。バタバタとしーちゃんは懸命に逃げようとして暴れたけど、情け容赦なく吸い込まれちゃった。
「しーちゃーん!」
「キャウ~ン!」
そうして涙涙のお別れとなっちゃうのだった。
「おのれ、平君。五感共有がバレたと悟って逃げたな!」
「意外と平君も抜け目ないねぇ。よーちゃんの胸だとたんの、ううん、許せないね、平君!」
「だよね! 明日学校でぱんちを入れちゃうよ!」
細っこい腕を振って、シャドーで平をぶん殴る練習をしながら憤る。一度ペットを飼いたいと思ってたのに平は人の情を持っていないな!
「おーい、出発しねーの? 昼ご飯もついでに食べるんだろ〜」
「仕方ないなぁ、それじゃ、指示を出した場所に向かって。そこに新店が開店しているから」
ヨミちゃんは、ちょこんと荷台に乗って出発だ。いざ、換金に行こう。
◇
雨屋区の内区と外区の境界線、地価が一気に高くなるぎりぎりの線にその店舗はあった。
「ここだよ、たぶんそう」
キィと軽トラが停車して、ヨミちゃんは荷台から飛び降りる。廃ビルが残っているのが外区の証明だが、その店舗は元廃ビルを利用したものだった。
「お〜、外区にしては金のかかった店舗っすね、ヨミっち」
「たしかに、新しいだけじゃなくて、資金力もそれなりにあるようだね」
その理由はといえば、ウィンドウに武器や魔道具が飾られているからだ。通常外区ではそんなことはしない。お品書きがぶら下がっており、それを見てお客は注文する。
なんでかというと、強盗が出るからだ。その日の内に強盗が現れて窓ガラスを砕いて盗んで行っちゃうだろう。
それなのにウィンドウディスプレイがあるということは、防犯がきっちりとしているからだ。
窓ガラスは強化ガラス、封印済みの監視カメラが設置されて、警備員も魔法使いで、その腕も悪くないに違いない。即ち、この店は資金力もあるし、魔法使いの警備員を雇える人脈もあるということになる。
それだけで、このお店が信用できる証明となるのだ。
『一反』
とだけ、分厚い魔木で作られたお店の看板には書かれている。店の品構えに自信があるのだろうと思いきや、そこらじゅうに幟も立っていたりする。
『開店セール中』
『どこよりも安い』
『どこよりも品質が良い』
『オマケあります』
「オマケありますが、なんとなくほのぼのとするね。たくさん買ったらオマケ貰えるのかなぁ」
「だなぁ、コロッケ一つオマケとかっすかね」
「たしかに珍しいですぅ」
幟の内容を見ながら、中へと入る。資金力はありそうなのに、廃ビルをなぜ再利用するかが、この店の中を見渡すと良くわかる。
消えない天井の灯り、店が入る以前は汚れていただろうに、シミ一つなく、ヒビ一つない新築同様の壁や床。古代日本の遺失技術を使われた一部の建物は今では再現不可能であるからだった。
「これってマナは感知できないのに、魔法耐性があって硬いんでしょ?」
「そうっす。古代日本の神秘の技術っすよ。魔物たちとの戦争に使われていた当時の兵器の一部もマナを使われていないのに、バンバン魔物を倒せたらしいっす。今や国宝物となって、どこも再現しようと鎬を削ってると話に聞いてるぜ」
「再現できれば、魔物の襲撃で日に日に縮小する土地を解放できるかもぉ」
「無理っすよ、魔導兵器ってのはとにかく高い。Cランクを倒すのが最高で、Bランクには手も足も出ないんすから。それでも数万両はかかると噂されているっす」
人差し指を振って、得意げに雑学をひけらかす石英。こういう雑学を自慢げにひけらかす奴っているよね。
メカクレ少女もその点は知っていたのだろう。そっかぁとあっさりと聞き流し、感心されると期待していた石英は渋い顔をした。なんいうか小者感溢れる男だこと。
「格安で魔導兵器が出回れば、世の中は大きく変わるかもしれへんなぁ」
雑談をする私たちに、聞き覚えのあるエセ関西弁が聞こえてきた。振り向くと、ニマニマと恵比寿顔の行商人がそこには立っていたのであった。
装甲バス襲撃事件で一緒にいた行商人だ。それ以来会ったことはなかったけど、荷物も全部無くしたのに、店を開くとはなかなかお金持ちだったらしい。装甲バスの襲撃事件以来会ってないよ。本当だよ。
「雨屋の大貴族様に訪問されるとは、感謝感激雨あられってやつやな。あられあるけど、応接室行きます?」
「ちょうどしょっぱいものが食べたくなったんだ。ついていく〜」
あられとは珍しい。絶対に食べるぞ。チーズケーキを食べて、少し口の中が甘ったるいし。
応接室に向かう最中で、店の様子を確認するけど、強化ガラスに覆われた棚に武器や鎧、魔道具やらポーション、錬金素材などが並んでいる。お客も一般の裕福そうな人や、冒険者たちと、幅広い客層が買い物に来ていた。店員さんが丁寧な態度で商品の説明をしてる。
こういう光景を見ると、ファンタジーだなぁと改めて実感しちゃうよ。
「開店したばかりなのに流行ってるね」
「まぁ、ぼちぼちでんなぁ」
テンプレとは、なかなか気の利いた返しだ、この男やるな!
平然と答える行商人に、私もなにか気の利いた返事をしないとと、慌てるヨミちゃんだ。なにか、何かないかな?
「よーちゃん、どうして踊ってるのぅ?」
「これは気の利いた返事ができなくて動揺して踊ってるの」
細っこい両手をフリフリと振って、小柄な体でよろけるように踊る。答えがないときは踊る。ええやないか、ええやないか。
「なんか前におうたときより、アホになってへん、嬢ちゃん」
「青春だからね。箸が転がっても面白いことをしないといけないんだよ」
「そら、難儀な青春やな」
呆れた目を向ける元行商人だけど、たしかに自覚はちょっぴりあるよ。私の精神はこの世界のヨミちゃんに段々と侵食されている! 楽しいから良いんだけど。
なんだかアホになっているかもしれないヨミちゃんである。
店内を通り過ぎて、廊下を少し進んだ部屋に案内される。大切な取引相手と応待するためなのだろう。上品な内装の応接室だった。
ソファに座ると元行商人はニコリと愛想の良い笑いを浮かべる。
「ほんじゃ、天下の雨屋家のお二方が光栄にもわいのお店に訪れてくれた用件を聞きましょか。おっと、わいの名前は一反一夫や、よろしゅう」
「雨屋石英だ。雨屋家の長男にして、今後は筆頭分家になる予定の強くて優しくてモテモテにもなる予定のナイスガイ」
長い自己紹介である。お茶を持ってきた女店員へと笑顔を向けて、恐れられてもいた。
「あ、あにょ、座式です。よ、よろしくお願いしませんう?」
短い自己紹介である。メカクレスタイルをフルに使い、顔を俯けて噛んでもいた。気の弱い娘だこと。
「那月ヨミです。Eクラスの無能者にして、雨屋家の第二息女にして、これから一反さんと良いおつきあいをしていきたい美少女だよ!」
端的にして簡単にして感心しちゃう挨拶をする。
「Eクラス?」
片眉をピクリと動かす一反へと、目を細めて微笑みを見せる。
「うん、傲慢で浪費家で、お店で踊りだすアホな娘です。だから、私の提案に真剣に考えない方が良いよ? 気楽に適当に取引をしようね、一反さん」
思いつきを行動に移す悪役令嬢と、どういう付き合いをするのかは一反に選択させてあげるよ。




