38話 まさに錬金につき
「ブハハハハ! たったの8本! 初級ポーションを一クラスが一コマの時間を費やして作ったのが、たったの8本か。さすがに落ちこぼれたちだ」
ゲラゲラと実に楽しそうに嘲笑う無上先生。職員室に報告に行ったところ、結果を聞いて大笑いをしてきたのだ。
予想と違う結果となり、ヨミちゃんも当初の余裕はなく悔しいよ。うにゅにゅと唇を噛んで、涙目で無上先生を睨む。
睨まれても、その態度こそが嬉しいらしく、ますます大笑いをする無上先生。職員室の他の先生方もクックと嘲笑っていた。
「ぷっ、さすがは落ちこぼれたち」
「スラム街上がりが身に沁みただろうさ」
「いい気味だ、クズたちが」
どうやらヨミちゃんたちを庇ってくれる先生たちはいないらしい。嘲笑っておらず、気の毒そうな顔を向けてくる先生も少しはいるが、そういう先生は発言力が無いようで、口を閉じて助けてはくれない。
一緒に報告に来た平と和も悔しそうに涙目で………目を泳がすんじゃない、悔しそうにしてよ!
「これが素材を使用した報告書です………」
それでも先生だ。ヨミちゃんは真面目に書いた素材表をドサリと手渡す。
「………なんだ? 一つの素材に一枚の報告書を使ってるのか。こういうのはな、まとめて書くんだよ。まとめてな。まぁ、落ちこぼれは知らなくて当たり前か。ブハハハハ」
百科事典のように分厚い報告書を叩いて、蔑みの表情でまた大笑いをする。書き方って、あるんだ。一つの素材を使用したら、一枚の報告書に記載すると思ってたよ。うにゅにゅ。
「ポーションはこれです」
ちこっとしかない初級ポーションの錠剤を机に置くと、無上先生はニヤニヤと嗤って錠剤を掴む。
「落ちこぼれの作ったポーションは信用できんな。捨てておこう」
錠剤をゴミ箱に捨てて、言い放つ。本当にこの人は聖職者なんだろうか? この性格がこの世界では普通なのかな。さすがに少しドン引きになるよ。
「し、失敗作も置けば良いですか?」
平の持つ段ボール箱へと顔を向けて尋ねると、ハッと鼻で嗤って無上先生は紙を引き出しから取り出して判子を押すと、私の額にペチリと押し付けてくる。
「廃棄許可証だ。ほら、これを持って焼却炉に持ってけ。おっと、そういえば焼却炉は使用料が10両かかるんだった。しっかりと払えよ? それが嫌なら家に持ち帰るんだな、ブハハハハ。落ちこぼれたちに相応しいゴミ部屋になるだろうよ」
「ううっ、むぅぅ……わかりましたっ! 失礼しますっ!」
「シツレイシマス」
「シツレイシマス」
廃棄許可証を掴んで、涙目で挨拶をして職員室を足早で退室する。平と和がカクカクと人形みたいに動いてついてくるけど、もう少し悲しい顔になっても良いんだよ。我慢しなくて良いのに。
「ハハハハ! これに懲りずに錬金術を勉強するんだな、落ちこぼれたちの唯一の道かもしれないしな、ブハハハハ」
退室する際に先生たちの笑い声が聞こえて、拳を握りしめて唇を噛むヨミちゃんだった。
────カラカラと扉を閉めて、素早く後ろを見る。職員室からは楽しそうに那月一門を馬鹿にする話し声が聞こえてくる。うん、誰も追っては来ないようだ。
職員室から足早に離れると、廊下の角を曲がる。他のクラスメイトたちがヨミちゃんたちを待っていたので、ひらひらと紙切れを見せる。
「さぁ、皆。無上先生は廃棄許可証をくれたよ。さっさとこの学校から廃棄品を持ち出そう。煮るなり焼くなり売るなりして良いらしいからね」
それぞれに段ボール箱を持つクラスメイトたちへとニコリと微笑む。
「あ、あぁ、でも良いのか、姐御?」
「大規模超ウルトラファンタスティックポーションを作ろうとしたら失敗した結果だから問題はないよ」
平の戸惑う問いかけに、きっぱりと答える。まったく問題はない。
「えぇ………準備室に手を翳して、錬金とか一言叫んだのが、製作ぅ?」
「革新的な錬金術をしたんだよ。失敗したけど」
失敗したから、準備室に置いてあった全ての素材は失敗素材となったんだ。大失敗してヨミちゃん反省。まさにファンタスティックな結果になっちゃった。
「使用した素材は報告書に全部書いたよ。無上先生は快く失敗した素材は煮るなり焼くなり売るなりして良いと言ったから手続きも問題はないよね」
ヨミちゃんは真面目な生徒だから、ちゃんと全ての手続きは終えた。誰にも文句は言われない。
「さぁ、時間との勝負だよ! 学校を出る前に廃棄許可証を無効にされたらお終いだから、さっさと学校を出て、地下鉄に向かおう!」
私も段ボール箱を一つ抱えて、てってこと足早に移動する。
「えぇ、………ど、どう見ても行動がスパイだよぅ」
なんかメカクレ少女が呟いたけど、今は気にする余裕はない。
ゴミを片付けるように命令されたように肩を落として、とてちたと正門に向かう。それを見た他のクラスの生徒たちがクスクスと嘲笑う。雑用を先生に命じられたと思ってるのだ。
なので、誰も足止めされることなく、私たちは正門に到着する。
「待て、その荷物はなんだね?」
門番たちが、段ボール箱を担ぐ私たちを見て、声をかけてくる。皆が段ボール箱を抱えているので変だと思ったのだ。
「廃棄許可証です。これを全部捨ててこいって言われました」
ムフンと胸を張って、無上先生のくれた廃棄許可証を見せる。正規の物だ。だから早く通してください。
「うーん、たしかに廃棄許可証だな。入学式初日から雑用か、気の毒に。ちょっと待ってくれ、スキャンする」
「いいえ、これも勉強です! なので全部頑張ります!」
Eクラスが廃棄するのを許可すると、廃棄許可証には書いてある。それを見て、これまでのEクラスの事情を知っているのだろう門番が哀れみの目を向けてくるので、健気なヨミちゃんスマイルで答える。
健気だねと門番は優しい顔になるが、それでも廃棄許可証に魔道具の杖を翳して、本物かを確認する。スキャンの光が証明書をなぞっていくが、結構ゆっくりだ。時間かかってるな………。
ゴクリとつばを呑み込み、笑顔を崩さないでその様子を眺めていると───。
正門横にある警備室の電話がジリリと鳴るのであった。
◇
無上は最高の気分だった。なにせ、あの生意気なスラム街上がりの小娘をギャフンと言わせたのだ。ようやく溜飲が下がった。
「は、落ちこぼれたちが。どんなに頑張っても落ちこぼれは落ちこぼれ。あの悔しそうな顔を見ましたか?」
「そうですな。雨屋に運良く拾われただけの落ちこぼれが悔しそうにする顔は見物でしたね」
「写真に撮っておけばよかったですよ。ブハハハハ」
隣の先生へと話しかけて、お互いに大笑いをする。本当に良い気味だ。那月ヨミめ。
那月ヨミの噂話は聞いていた。曰く、天女の力を持つ姉のおまけとして養女になれたスラム街の小娘だとか。しかも天女の素質はまったくないとか。
それでもおとなしくしていれば良いものを、大貴族である雨屋家の養女になったことで調子に乗って、湯水のように金を使い、傲慢な所業らしい。この間見た新聞では、大貴族が食べる豪華絢爛な食事に文句をつけて作り直させているらしい。
ふざけるなだ。今までまともに食事もできなかったゴミ娘が大貴族の食べる料理を作り直させるなど、傲慢にも程がある。
違う名字を名乗らせていることから、雨屋家で冷遇されているだろうことは予想できる。
それなのに調子に乗って、忌々しい小娘だと思っていたら、本人の力はEクラスであることが判明して、甚振ってやろうと嬉しく思ったものだ。
まさかSランクの魔道具を持っているのは予想外だった。おかげで700両したリボ払いも残っている召喚石を失い酷い目にあった。
那月ヨミの錬金術の失敗は、そんな無上を癒やしてくれた。最初は上手くいくと考えていたのだろう。だが、落ちこぼれに相応しい結果となったわけだ。
「……だが、この量を端末に登録するのは面倒だな」
報告書を見てうんざりする。が、すぐにニヤリと口元を歪ませると、今年採用されたばかりの新人へと声をかける。
「おい、君。コレを全て端末へと入力しておくように。それと使用された素材は手配を。ヒールハーブとはいえ、結構使用したはずだからな」
使用した素材を弁償してもらおうかと一瞬考えるが、さすがにそれをやると他の貴族たちからも文句をつけられる可能性があるので我慢しておく。Aクラスでは学校の特級素材を利用した実験をすることも多い。それが金がかかるとなれば問題視されてしまう。
「ちっ、次は使用できる素材を指定しておくか。いや、Eクラスは責任も義務も全て生徒に押し付けているから、それは問題か………」
椅子の背もたれにもたれかかり、新しい召喚石を買わねばと、カタログを見ようとしたところ───。
「あの、無上先生。これを全て補充するんですか?」
「そうだ。まともなクラスが実験できなければ困るからな」
仕事を押し付けた新人がおずおずと尋ねてくるので睨む。こんなことも今年の新人は判断できないのか?
面倒くさいとあからさまな表情を向ける無上に、新人は報告書を見せてくる。
「で、ですが、『火鼠の衣』とか『月の雫』とか………結構高価な物があるんですが……」
「はぁっ!? そんなことがあるわけ………ほ、本当だ、こ、この、報告書の中に紛れこませて……こんなに素材を……」
新人の言葉に眉を顰ませて………段々と顔を青褪めさて、手をブルブルと震わせていく。確認すると、大量の報告書の中に、ぎっしりと素材が書かれた報告書が混じっていた。そこには初級ポーションには使わないはず、いや、準備室に置いてあった高価な素材が載っていた。
「あんの小娘っ! 嵌めてくれたな! ま、まずい、廃棄許可証を出してしまった! せ、正門、正門に連絡をしないと!」
すぐに那月ヨミの意図する行動に気づいて、電話に飛びつくと内線を押す。トゥルルルと呼出音が受話器から聞こえてきて……ブツンと切れた。
「は? な、なぜだ、出ろ、こら、なぜだ? ぐ、急がねばっ!」
何度ボタンを押しても、今度はうんともすんとも言わない電話を投げ捨てると、職員室を飛び出すのであった。
◇
「うん? 切れてしまったか」
電話が鳴ったので門番は警備室に向かおうとするが、すぐに鳴り止んだので廃棄許可証のスキャンを続ける。
「よし、本物だ。ご苦労さん。これからの学校生活が大変だとは思うが頑張れよ」
「はぁい、門番さんありがとうございます」
ペコリと頭を下げて礼をすると歩き出す。人の良い門番さんで良かったよ。
クイと指を動かして、警備室に忍び込ませた蜘蛛型人形を飾り棚に戻す。たまたま蜘蛛型人形が通る途上に電話線があったから、壁から外しちゃったみたい。偶然って怖いね。
そうして、地下鉄にちょうど到着した列車に皆で乗り込む。今日はホームルームと一コマだけで助かったよ。
段ボール箱を置いて、ソファにぽふんと座って、ふぃーと息を吐く。クラスメイトたちも思い思いにソファに座る。
「あー、疲れた。皆お疲れ様」
「こ、これが23区の大貴族………」
「いや、座式。このやり方は大貴族じゃないと思うぞ」
顔を引きつらせて平と和が、なにやら、ヒソヒソと話しているけど、何かあるのかな?
少し待つとドアが閉まり、列車が発進を始める。
「ま、待て! こ、こら、その素材を置いていけ〜」
改札口から無上先生が飛び込んできて、必死の形相となりホームで叫ぶ。見送りに来てくれたらしい。
本当に優しい先生だよね。
「さて、回収しておいたチーズケーキを食べようかな。皆も食べるでしょ? まさしく錬金術を頑張ったんだから。後で錬金したお金は分配するから期待しててね」
悪役令嬢はケーキの箱を開けると、ホールケーキを皆に見せて、にっこりと微笑むのであった。




