34話 鬼殺しにつき
召喚された鬼が生徒たちを襲うイベント。本来はどうなるかというと、毎年恒例の荷物持ちの奴隷作りイベントだった。
鬼に適当に攻撃させて、大怪我を負わせて、無能だと自覚させて心を折ると同時に巨額の診療代金を請求する。Eランクの魔人はだいたい下級貴族だ。払えるわけもなく、出身地の高位貴族が親切めいて代金を立て替える。寄り親となるわけだ。
はい、これで学生の間から逆らえない上下関係成立。以降は荷物持ちとして使われるらしい。
舐めたイベントである。魔法偏重主義ここに極まりといった感じ。
だけど、この恒例イベントを歪めた者がいた。それがEクラス皆殺しエンドだ。
召喚主の無上先生も合わせて、突然暴走した鬼に襲われて死亡。後に多くの先生や生徒たちを殺して、ようやく鬼を倒せるイベントなのだ。そのときにプレイヤーはどう動くかってところだね。
ヨミちゃんはどうしたかというと、棚ぼた的に殺された魔人の魂や血と肉を手に入れて、大量の素材ゲットだぜエンドだった。
当時は素材がほとんどなかったし、魔人を殺し回るのはバレたらまずかったから、これ幸いと手に入れた。
本来はBランクである鬼はなぜかSランクのレイドボス級にパワーアップしていたから、魔人たちが大勢殺されるのは無理もない。
……………。うん、実は悪役令嬢ヨミちゃんの仕業です。Eランクだけ別の体育館に連れられて行ったから興味を持って覗いていたのだ。そして、この試験を知り、すぐさま鬼をパワーアップさせて暴れさせたわけ。この事件は鬼の暴走として処理されたので完全犯罪だった。
血と殺戮の傀儡師とよばれるはずである。彼女はその時には心を壊して、ジョブの呪われた影響を受けて狂っていてひたすら力を求めていたからね。
それを考えると、この間のもう一人の人格は普通だった。狂っても壊れてもいなかったから、やっぱりもう一人の人格なんだろう。
だけど、私は『ブラッディパペッティア』じゃないから、素材はいらない。その代わりの物を貰うとしよう。
「きゃー、た、助けて!」
「ち、近づくな、近づくな〜」
逃げ惑う生徒たち。鬼はいたぶるように生徒たちへと近づく。ゆっくりと歩いているので、学生はさっさか逃げてしまう。
『召喚鬼:Bクラス』
『召喚されたため、生体武器を持たないノーマルタイプ。怪力と無尽蔵の体力。物理、魔法耐性のある鉄のような皮膚を持つ』
召喚タイプは全てノーマルタイプだ。本来は内蔵しているはずの生体武器を持っていないファンタジーモンスターである。なので、同じBランクの鬼でも戦闘力に欠ける。
とはいえ、弱点がないので倒しにくい魔物でもある。
まぁ、まるで急流を遡っているかのように、歩みの遅い鬼なので、まさに鬼ごっこという感じで、少し笑っちゃう。
「な、なにをしている、鬼よ! 遊んでるんじゃない、もっと真面目に走れ!」
「う、ウォォぉ」
怒った顔の無上先生が怒鳴り、懸命に鬼は動こうとするが足を上げても、腕を振るおうとしてもスローモーションのようにゆっくりだった。あれでは誰も捕まらない。
「まるで蜘蛛に絡め取られた虫のようだね」
その間抜けな様子にクスクスと笑ってしまう。頑張れと拍手をして応援してあげた方が良いかな。
『蜘蛛糸縛り』
鬼は目に見えぬ魔糸にびっしりと絡め捕られているのだ。動きを止めるほどではないけど、引きちぎるには結構な力がいる。だから、鬼はゆっくりとしか動けない。
魔糸の先。体育館の隅っこには手のひら大の蜘蛛人形が10匹ほど展開している。予想はしていたので、潜ませておいたのだ。
私の魔糸は蜘蛛同士により繋げられており、切れても補充しているので、ノーマルBランクではその動きはかなり制限されてしまう。
無上先生はおかしいとは感じてはいるが、魔法の痕跡が見えないので戸惑っている。そしてEクラスの皆は鬼に捕まらないように逃げ惑っていた。私はと言えば、糸の動きを調整して、こちらに向かってこないように巧妙に誘導していた。
「ね、ねぇ、なんか変だよぉ。こっちに全然来ないんだけど」
私の背中に張り付くように隠れているメカクレ少女が弱々しい声で言う。そこに気づくとはなかなか目敏い娘だ。
「うん、メカクレちゃんが何かしてるの?」
「う、うぇぇぇ、わ、私、何もしてないよ!」
まさか反対に尋ね返されるとは思ってもいなかったのだろう。大慌てで顔の前で手をブンブンと激しく振って否定してくる。そんな姿がますます怪しい。
「だって、さっきからりんぴょーとーしゃーとか、小声で唱えているからてっきりそうかと」
捏造ヨミちゃん。メカクレ少女を気弱なくの一に仕立ててみる。
「言ってない! わ、私、傷を治す回復魔法しか使えないもん、あ、掠り傷を一回だけだけど」
必死になって抗議するのでメカクレくの一ちゃんは創造失敗。でも、意外なセリフが返ってきたので少し驚く。
「ふーん、そうなんだ。回復魔法を使えるんだ」
ニコリと優しい笑顔になる。そりゃ良いね。回復魔法の使い手なんて素敵。
私とメカクレ少女とのお喋りの合間に、ようやく鬼の動きが鈍いと気づいた何人かの生徒が立ち止まると、手を翳す。
ふぅぅと、深呼吸を深くするとマナを練り、その手のひらにバスケットボール大の炎が生まれる。Eランクでも数発の魔法は使えるのだ。
「こ、これでも喰らえっ!」
『炎球』
あ、やばい。
炎は鬼に命中し、その身体を炎で舐める。燃え盛る炎はDランク程度なら倒せるだろうが………。
その身体は燃やされるが、意にも介せず鬼は咆哮する。Bランクの鬼には『火球』程度では傷もつけられない。でも、その身体に絡みついていた魔糸が燃えて消えていくのが私の目には見える。魔糸には効果抜群なんだよ。
「ウォォぉ!」
焦げ一つなく炎を打ち消すと、鬼は魔法を放った生徒を睨みつけて床を蹴る。先程とは訳が違う。まるで暴走するトラックのような速さだ。
「は、はやっ!」
このままだと異世界転生待ったなしの男子が恐怖で、身体を強張らせる。鬱憤が溜まった鬼の一撃は大怪我ではすむまい。
「しょうがないなぁ、チーズケーキ持ってて!」
メカクレ少女にケーキの箱を渡すと、太もものベルトに差しておいたワンドを抜き放つ。
「展開、風の舞」
『風刃』
そのままワンドを展開させて、扇に形状を変えると、ハタハタと扇ぐ。ギィンと音を立てて、鋭き風の刃が放たれる。
鋼鉄の杭のような拳が男子生徒に命中する寸前、刃が命中し、グラリとよろめかせる。
「ひょ、ひょえーっ、た、助かった、助かったよ」
腰を抜かしたのか、ワタワタと這いつくばって私のそばへと寄ってくる。
「な! 魔導具だと! し、しかもその魔力の強さ……A、い、いや、Sランクの魔導具かっ!」
「なかなかの目利きだね、無上先生。そうだよ、これは『風神の扇』。Sランクの魔導兵器です」
ハラリと扇を口もとに寄せて、妖艶にフフフと笑ってみせる。
「わぁ、悪戯っ子だぁ」
何を持って悪戯っ子だと判断したのか、メカクレ少女には後でじっくりと聞こうかな。
「そ、そんな代物をEランクの落ちこぼれが持っているなどと生意気だっ!」
激昂する無上先生に、コテリと小首を傾げてヨミちゃん無邪気スマイルで伝えてあげる。
「お忘れですか、先生? 私は雨屋本家の直系である高貴にして、富豪にして、敬われる者なのです。なので、この程度の魔導具で驚かれては困ります」
『風神の扇』をふわりと揺らし、その内包する力を活性化させる。魔導回路の全てに等しくマナを注ぎ込み、蛍のように瞬く光を辺りに舞わせる。その神秘的な光は見る者の目を捉え、心を奪うかのようなものだった。
皆が見惚れる中で、パチリと扇を閉じて皆の気を取り戻させると、生徒たちへと問い掛ける。
「実は私は今、絶賛部下を募集中なんです。これから鬼を倒すので、その力を見て、私の部下になる、卒業したら雨屋区に住むという人を募集しています。あ、お給料は出世払いね。お給料を払えるようになったら、正式に部下にするよ。今は仲間となるのかな」
ヘッドハンティングヨミちゃんだ。私には部下が必要なんだもん。是非ヨミちゃんの力を見て欲しい。
「え、でも、俺たちはEランクだぞ?」
「ランクは関係ないよ。ハイかイイエでよろしく」
「こ、口頭での約束なんかすぐに破っちゃうぞ」
「それでも良いよ。駄目元だし、数人でも乗ってくれれば良いかなと思ってる。別に辞めたと言われても、ビッグチャンスを逃したねと、哀れに思っちゃうだけだから」
戸惑っている生徒たちが、口々に質問をしてくるので答えてあげる。質問期間は鬼が立ち直るまでだ。
「わかったよ! 私はどうせEランクだし、こんなチャンスはないもん。よーちゃんの部下になるよぅ!」
「そうだな。鬼を倒せる人なら部下になる価値はあるぜ」
「どうせ、俺らは良い仕事なんかないからな、チャンスだ!」
真っ先にメカクレ少女ちゃんが同意してくれる。と、周りのみんなも、俺も私もと全員が声を揃えて部下になってくれるのであった。
やったね、ヨミちゃんは部下をたくさん手に入れた。ちゃららら〜。
「な、なにをしているつもりだっ! ふざけるのもいい加減にしろっ! 痛めつけてやれ、鬼よ!」
本当に聖職者なのかと疑う発言をする怒り狂った無上先生。真っ赤な顔はどちらが鬼かわからない。
「ウォォぉ」
馬鹿の一つ覚えで、突進してくる鬼。気合いを入れたのか、魔糸での妨害でも簡単に引きちぎり、床をへこませて足跡を残しながら接近してくる。
だけど、ノーマル鬼では、ヨミちゃんには敵わない。
扇を再び開くとマナを流し込む。『風神の扇』はマナに従い、内包された固有魔法を発動させる。
『風花』
ハラリハラリと扇を揺らし、腕を振るいステップを軽やかに踏み、身体を反らして舞い踊る。ひと差し毎に桜花びらが舞い散り、体育館に広がっていく。さらにマナを込めるとつむじ風が生まれ、すぐに暴風へと膨れ上がる。
「ま、前が見えない」
「キャー、キャー!」
激しい暴風と、埋め尽くすかのような花びらに、皆が顔を背けて目を閉じる。影響を受けていない無風の中にいるのはヨミだけだ。
舞い踊るは天女のようで、振り扇ぐひと差しは幻となり、風の刃を暴風の中で打ち放つ。
『2連風刃』
花びらと暴風に視界が塞がれて動きを止めた鬼の首元と心臓付近に浅い傷を入れて、ヨミは嗤う。
『飾り棚』
空間から異界にある『飾り棚』を引き出すと魔糸を繰る。
「殺れ、荒御魂」
『マナ注入100』
『荒御魂』
種族:マシンロイド
ジョブ:なし
マナ:0/0→100/100
耐久力:100
筋力:110
器用:なし
魔力:なし→100
精神力:なし
スキル:なし
『飾り棚』から荒御魂が顕現しマナがその身体に巡る。バネのように飛び出すと、手に持つ短剣を鬼の首元と胸の傷に合わせて斬り込む。膨大なマナを注ぎ込まれた荒御魂は、その短剣をするりと滑らし、首を断ち切り、心臓を引き裂く。
そうしてパカリと仮面を開き召喚石を回収すると、再び『飾り棚』に戻るのであった。
『飾り棚』が消えると同時に暴風を解除する。体育館は桜の花びらが淡く消える幻想的な光景となり──。
「わ、私の鬼がぁぁ!」
召喚石を抜き取られ、首を切られた鬼が砂のように崩れていく。それを見て無上先生が目を剥いて絶叫し、力なく膝をつく。
「皆々様、鬼との舞を楽しんで頂けたでしょうか。お代は皆々様の忠誠で結構でございます」
そうして那月ヨミは、扇をパタリと閉じて、優雅に礼をする。
ハラハラと桜花びらが舞う中で、その光景は生徒たちの心に焼きついたという。
どこかでチャリンと劇を終える鐘の音が響くのであった。
◇
『悪役令嬢の入学式をクリアした』
『カルマポイント5、1両を手に入れた』
『戦闘により、マナが5上がった』
『戦闘により、器用が3上がった』
『戦闘により、魔力が7上がった』
あと、ラッキーな誰かが小判を拾ったらしいよ。ちくせう。




