33話 入学式につき
天照区は東京の中で随一の土地の広さと人口を誇る。もちろんのこと、一番繁栄しており、物の流通も技術もずば抜けている。その中に『大和学園』はあった。
『大和学園』は全国各地の大、中領主や優れた者、23区の魔人が通う学園だ。この学園を卒業できれば食いっぱぐれはないと言われるほどの名門校だ。
3学年制で、1学年2千人、全ての学年を合計して6千人が通うマンモス校である。魔人の他にも優秀な亜人も通っている。神人は通っていない。いくら頭が良くても、訓練時の流れ弾一発で死んじゃう神人はたとえ選ばれても嫌だろう。
寮もついていて、6千人が通う学園。しかも学生は貴族が多く金持ちが多いとなれば、商人がほっておくわけもなく、学園下には多くのレストランやスーパー、鍛冶職人などの職人街もあり、その人たちの住居もあり、小さな街と言っても過言ではない。
「うちにもこんな学園あればなぁ。大儲けできちゃうよね」
「たしかにね〜、でも天照区には敵わないから無理だよ」
「貧乏なうちは他に特産品を考えないと駄目かぁ」
駄々広い敷地を歩きながら、愚痴っちゃう。スタートで格差ありすぎだよね。
学園はおしゃれな鉄柵で囲まれていて、景観を気にしているのだろう、桜花びらが舞う桜並木があり、噴水が清流を作って、跳ねた水しぶきが虹を作っている。そこかしこにテーブルとベンチが置かれていて、ひと休みするのにちょうど良い。
学園自体も魔法建築を駆使した3階建ての建物が広く敷地に建っており、しかも何棟もある。遠目にはコロシアムも見えて、研究所やいくつものグラウンドがあり、どれだけの敷地があるんだと驚きも一塩だ。
「瑪瑙様。入学式はこちらの第一体育館になるようです」
優男が歯をキラリと輝かして、少し離れた体育館を指差す。
入学式。第一イベントの始まる場所だ。ゲームストーリーは覚えている。悪役令嬢ルートのストーリーどおりにはいかないけど、ヨミちゃんらしいストーリーにするつもりだよ。
ピカピカの制服を着た多くの学生が入学式に向かっており、その顔は希望で満ち溢れている。私たちも学校に通うのは初めてなのでワクワクだ。悪役令嬢らしくスキップでもしておこうかな。
どうやら領地毎に集団を作っているらしく、学生はそれぞれ固まっているのが、私たちの方をチラチラと見てくる。
「ふふっ、どうやら新しい天女である瑪瑙ちゃんが気になるみたいだね」
「違うよ、ヨミちゃんがケーキの箱を抱えているからだよ」
「早く仕舞っておかないとね!」
なるほど、よく見れば私の抱えているケーキの箱を見てるや。でも、これは後でゆっくりと食べるつもりだからあげないよ。上の焦げてる部分が美味しいんだよ。
納得しつつ体育館へと到着すると、入口に厳しい顔の先生が二人立っており、検問でもするかのように一人ずつ学生を通していた。
なぜそんな非効率なことをしているかというと───。
「お、やった! 青い光だ!」
入口を通った学生の足元、足拭きマットに見えるものが、その上に乗った途端に青い光を輝かせたのだ。
「Bの1が君のクラスだ。行き給え」
「はい! やったぜ」
よく見ると、入口の後ろにも先生が立っており、端末を操作していた。クラスを告げられると喜んで、学生は走り去っていく。
「わ、あれなぁに、ヨミちゃん?」
「あれはマナ量感知の魔導具だよ。乗った人間のマナ量を測り、大小を光の色で表すんだ」
瑪瑙ちゃんと話している間も、多くの学生が足拭きマットの光で判別されて、それぞれのクラスに向かう。本来のヨミちゃんはAクラスだったんだけど……どうしようかな。
「おいおい、追放された無能者だぜ! よく学園に来たな!」
考えてると、誰かの蔑みが聞こえてくるので、顔を向ける。意地悪そうな顔つきの少年と、そこそこ可愛らしい顔立ちの少女が立っていた。私のことかなと思ったが、指差す先が違った。
そこにはボサボサの前髪で顔を隠したヨレヨレの制服を着た少年が立っていたのだ、
「ふ、僕が無能者か………」
肩をすくめて、無能者と言われた少年は余裕そうな足取りで足拭きマットに向かう。
「ぶははは、どうせEランクだろ」
「義兄さん………」
馬鹿笑いする少年と、心配そうに祈るかのように両手を合わせる美少女。
そして無能者と呼ばれた少年が足拭きマットに踏み入れて……。
パアッと赤く光った。
「Aの1だな」
「えぇぇぇえ!」
赤は最高レベルのAクラスらしい。
そして驚きの声をあげたのは、無能者と呼ばれた少年だった。
「ちょ、ここはEでしょ! 追放された俺はEクラスから始まって、成り上がってザマァするんです! く、マナの隠形が足りなかったか。ワンモア、ワンモアお願いします!」
「なにを言ってるかわからないが、その魔導具は古代遺失品だ。絶対にマナ量は隠せん。そら、さっさと行け」
にべもなく話をぶった切る先生である。
「やったね、兄さん! 優秀な癖に、いつもやる気のない痛い子のフリをしてたから付き合ってあげたけど、もう誤魔化せないね! 兄さんに付き合ってる先生も一安心だ。父さんたちも泣いて喜ぶよ」
「これで義兄さんが私の婚約者よ。さぁ、サインをしたあとにクラスに向かいましょう。あ、挙式は今年の夏休みを予約してます」
「ちょ、お前らそんなこと思ってたのかよ! あの師匠は仕込みかよ! 嫌だ〜、俺は追放された無能者をやりたいんだ〜」
そして馬鹿にしていたはずの少年と、婚姻届にサインを求める少女にガッチリと掴まれると、ずりずりと引きずられて、自称無能者は立ち去るのであった。
「な、なにあれ?」
「さぁ? どこかの馬鹿でしょ」
驚く瑪瑙ちゃんに、呆れた口調で答えておく。どうやらプレイヤーを一人見つけたようだね。後で名前を調べておくか。アホそうだけど、持っている情報を照らし合わせたい。
「そら、さっさと次通れ」
「あ、はい」
先生に促されて、瑪瑙ちゃんが足拭きマットに乗ると、やはり赤色だった。さすがは瑪瑙ちゃん。どんどん成長しているし、当たり前の結果だ。
「お前はAの1だ」
先生の言葉に頷いて、瑪瑙ちゃんは私を待つ。……どうしようかな。なんというかアホなプレイヤーが前振りをしてくれたから少し恥ずかしいんだけど、予定通りの計画で行こう。
迷いは一瞬、美少女はスマイル。躊躇うことなく、足拭きマットに足を乗せる。
『絶対魔法操作』
スキルを使用してほんの一滴だけマナを零しておく。いかにガス漏れ探知機が優秀だろうと、感知できるマナがなければ意味がない。
ヨミちゃんの可愛らしい足を黒い光がチビッと光り照らす。
先生はその様子を見て、一瞬驚きの顔になり、私と足拭きマットを見比べるが、すぐに口を開く。
「………Eクラスだ」
その声に僅かに逡巡が浮かぶ。口元が苦々しくへの字になるので、この結果は予想外だったのだろう。
知ってるよ、なんで苦々しい顔になったのかその理由を。ストーリーにあったのだ。このクラス分け。なかなか面白いシステムになっている。
瑪瑙ちゃんが頬をふぐのように膨らませて、不満いっぱいだが、我慢してほしい。成り上がりはともかくとして、悪役令嬢イベントがあったんだよ。
「私はEクラスだから、また後でね!」
「むー、むー、まぅぅぅぅ〜」
ヨミちゃんは無能者だよと笑顔で告げると、足音荒く瑪瑙ちゃんは体育館の前面に歩いていった。
さて、Eクラスはどこかな?
「Eクラスはこっちだ、落ちこぼれたち!」
細めの眼鏡をかけた、神経質そうな顔で痩身のおっさんが怒鳴ってくる。サディストなのか、その口元は楽しそうだ。
Eクラスに選ばれたのは30人ほど。皆が不安そうにしていて、その顔には余裕がない。演技ではなさそうなので、プレイヤーはいないようだ。
周りの学生たちは数名を除いて、蔑みの顔でクスクス笑っている。約1名羨ましそうにしているけど。
「おいおい、あいつらEランクだってよ」
「魔人を名乗るなよな、神人と変わらないくせによ」
「まぁ、荷物持ちができて良いんじゃね」
「お、あのスラム街あがりもEクラスみたいだぜ、ザマァみろ」
楽しげな会話がなされていて、嬉しくなっちゃう。そうそう、ヨミちゃんは無能者なのに傲慢なのです。
「あ、あの、そっちは体育館から出ちゃうんですけど………」
ショートヘアで前髪だけやけに長い、メカクレ少女がおずおずと口を開く。なんとメカクレ少女である。メカクレ少女とは前髪が長すぎて、目が完全に隠れてしまう少女のことだ。
現実では、鬱陶しくて、絶対に無理だろと思ってたけど、さすがはファンタジー。メカクレ少女が棲息してたよ。握手してください。
「お前たち落ちこぼれがまともな入学式に出る資格はないっ! まずは戦闘センスがないかの確認をする! 終わったら入学式だ」
先生は怒鳴ってメカクレ少女を大声で怯ませると、先導して行く。その様子を見て、皆はお互いに顔を見合わせてどうしようかと迷っている。
けど、ヨミちゃんはそれどころではない。
「先生! 待ってください!」
「あぁん? 雨屋の成り上がりか。なんだ、ここでは雨屋の威光も通じないぞ? もちろん賄賂もな! スラム街あがりの落ちこぼれが!」
凛々しい表情でシリアスヨミちゃんは、馬鹿にしてくる先生へと決然と意見を言う。チャンスはここしかない。
「チーズケーキを冷蔵庫に仕舞っておいてください!」
チーズケーキは鮮度が命。冷蔵しておかないとすぐに不味くなっちゃうんだよ。なので、いつになく真剣な顔で腕を伸ばしてケーキの箱を前につきだす。
「しかもホールなんです!」
「知るかっ! だいたいなんで、入学式でチーズケーキをホールで持ってきているんだよ!」
「美味しかったから?」
コテリと小首を傾げて不思議そうにするけど、なぜか先生は怒り狂って先に進んでしまった。チーズケーキ美味しいのになぁ。
「仕方ない、ついていこっか」
「う、うん、凄い心臓しているね、もしかして鋼鉄製?」
「私は雨屋家の娘だからね! あんなのたいしたことないよ」
ドン引きのメカクレ少女に告げると、てこてことついていく。先生は隣の体育館に連れて行ってくれた。
ヨミちゃんたちEクラス以外は誰もいないガラーンとした体育館だ。しっかりとした造りで、壁や床に魔法陣が刻まれて耐久力を大幅に高める魔法が付与されており、戦闘訓練用だと一目でわかる。まぁ、ゲームのストーリーで知ってるんだけど。
「さて………私の名前は無上。召喚魔法の担当だ。お前ら、落ちこぼれには念の為にもう一回入学試験をしてもらう」
ニヤニヤと悪意ある笑みを隠しもせずに、無上先生は懐から大きめの魔石を取り出すと地面に放って、指をパチリと鳴らす。
『鬼召喚』
地面が輝き、マナが奔ると魔法陣を描く。そうして頭から少しずつ魔物が姿を現してくる。その姿を見て、学生たちは騒然となる。
「お、鬼だ」
「な、なんだよ、あれ」
それは赤黒い肌を持った大男であった。角を生やし、その身体は筋肉ではちきれんばかりだ。爛々と光る殺気の籠もった黄色い目に、猪のような牙を口に生やしている。
「さて、魔人たるもの、この程度の魔物の攻撃には耐えぬといかん。鬼を倒すか、攻撃に耐えられれば合格だ。さぁ、行くぞ!」
無上先生が再び指を鳴らすと、鬼は深く息を吸い込み、咆哮する。
「ウォォぉ!」
「ひいっ、逃げろ!」
「助けて〜」
生徒たちは一斉に逃げ出して、扉に向かう。扉に手をかけようとするが、結界の魔法陣が展開されて阻まれてしまう。
「ハハハ、試験だと言っただろう。その結界からは逃れられぬ。大丈夫だ、魔人なら一撃程度防げる!」
心底楽しそうに嗤う無上。生徒たちは悲鳴をあげて逃げ惑い、阿鼻叫喚の様相へと変わっていく。
「Eランクの試験ねぇ………」
本来のストーリーではEランクの生徒はいない。なんなら、無上先生もいない。
全員皆殺しとなってしまうのだ。けれども、そんな結果はノーサンキュー。
さて、少しずつ働きますか。




