32話 入学式前につき
4月となった。
セミロングの海のように美しく艷やかな青い髪、サファイアよりも深い青色のばっちりおめめ。小さな唇に可愛らしい小顔の顔立ち。たまに小学生に思われる背丈とむにゃむにゃはこれからの将来性を思わせる。小悪魔を思わせる美少女那月ヨミ、学生となりました。
遂に私と瑪瑙ちゃんは学園に入学することとなった。学園の名前は『大和学園』。もう少しネーミングにセンスが欲しかったよ。
通える距離の人は実家通い。無理な人は寮住まい。
私たちはというと、実家通いだ。他の区なのに大丈夫なのかといえば、大丈夫なんだよね。
なぜなら───。
「ふわぁ、これが地下鉄かぁ」
ヨミちゃんの目の前には地下鉄があった。地下鉄といっても、前日本文明が作成した遺物だ。全面が黒曜石で作られており、魔法が宿る青白い光が仄かに光っている。
ホームにはレールがなく、光のラインがチューブのような通路を線路代わりに奔っている。その光のラインの上に浮いているのが、流線型の列車だ。列車とかいうか、宇宙船のように見える。
だって前の世界の列車とは大きさが違うんだもん。大きさは横幅100メートル、全高40メートル、全長1キロの巨大列車だ。
最大時速マッハ7.6。とはいえ、通常はマッハ1から3で抑えているらしい。音速の壁を超えても衝撃波は発生せず、慣性緩和システムで乗員は動いていることもわからないほどに静かだとか。もはや失われた技術を使用した魔導兵器の一つである。
チューブは3線。その内の一つにどっしりと鎮座していた。日本の補給を司る命綱でもある地下鉄という名の大動脈を走る無敵の列車だ。
「ガハハハ、そうだろう。俺も初めて見た時は驚いたものだ。この列車と地下鉄通路はSSランクの魔人でも掠り傷程度しかいれることはできんし、超自己修復能力があるから、すぐに回復しちまうんだ。この遺跡がなけりゃ、日本はもっと悲惨な暮らしになってただろうよ」
「たしかにこれがなかったら、お魚さんとか食べられないもんね」
パパが得意げに笑うが、威張るだけはあるんだ。前日本は惑星融合後に恐ろしい時間をかけて、残り少ない資源を使用して日本全国に繋がるこの地下鉄を敷いたのだ。魔物との戦争において、一番重要なのは補給線だと当時の人々は理解していたのだろう。それでも前文明は崩壊したんだけど。
現在は貨物列車として普通は使われている。朝と昼、夕方と3便が3線を使って行き来する。これがなければ魚とかはとんでもない価値がついただろう。
今も貨物ハッチが開いており、貨物を詰めたコンテナが運び出されている。
「これを使って通学すれば良いんですね?」
瑪瑙ちゃんが列車を感嘆しながら眺めて確認する。
「あぁ、そうだ。これなら大和学園まで僅か20分で到着する。23区の貴族の特権だな」
「貴族って、特権ありすぎだよね」
石英の言葉に苦笑をして周りを見ると、瑪瑙ちゃん、パパ、ママ、メイドさんズ、石英が囲んでいる。そして、その周りには雨屋区から通う魔人の面々。
「その分、貴族には義務も多いがな。元気に通うが良い」
「制服似合ってるわよ、瑪瑙、ヨミ」
パパがニカリと笑い、ママが制服を褒めてくれる。そうでしょう、ヨミちゃんは可愛らしいのだ。
クルリンと回転して、ヨミちゃんスマイルをニパッと魅せる。青髪が靡き、ふわりと浮いたスカートが花のようだ。無邪気に笑うヨミちゃんに、皆が癒やされて笑顔となる。
「ヨミちゃん、世界一可愛らしいよ〜」
「むぎゅう、瑪瑙ちゃんも世界一可愛らしいから、同率一位だね!」
瑪瑙ちゃんが抱きしめてくるので、ちょっと苦しいヨミちゃんです。
「それじゃ、行ってきまーす!」
「行ってきます」
ハイテンションなヨミちゃんと、冷静に挨拶する瑪瑙ちゃんは列車に入る。高校の入学式だから両親は出席できないのだ。
「あぁ、行ってきなさい。学園を無事にな。あと帰ってきたらヨミに渡したいものがあるぞ」
「楽しんでくるのよ瑪瑙。やりすぎないでねヨミ」
「うちの区じゃないので、もみ消すにも限界あるっすからね〜」
3人が笑顔で見送って……。なんかセリフが変じゃない? なんで学園を無事になわけ? 新語だよ、学園が崩壊するみたいじゃん!
「この一ヶ月で何をしたっけ?」
なぜか瑪瑙ちゃんが私を見てくる。なので、笑顔でお返事だ。
「横領罪と収賄罪で何人か捕まったよね! それに警察の幹部が何人か入れ替わったね!」
「なんで捕まったんだっけ?」
「えーっと………。パパの机に妖精さんが証拠を置いていったから?」
妖精さんって、本当にいるんだよ。あまりにも目に余る家門に忍び込むネズミ型妖精や蜘蛛型妖精さんだ。ちょっと調べただけで真っ黒な奴らが悪いと思う。
だから、ジト目で見ないで瑪瑙ちゃん。少しは雨屋区も風通しが良くなったでしょ。私の人形繰りの良い練習になったし。魔法対策されていても、ヨミちゃんの人形って感知されないのね。『絶対魔法操作』の力だろう。マナが外に漏れないから、ガス漏れ探知機のようなシステムの魔法感知器は動作しないんだよね。
「まぁ、きっとパパの言い間違いだと思うよ」
「はいはい。ヨミちゃんはあまりやりすぎないでね」
「はぁい」
雑談をしながら中に入ると、大きいだけはあり、中は豪勢なものだった。半円にぐるりとソファが置かれており、真ん中にテーブルが設置されている。
壁際には乗務員が立っており、頼めば食事とか持ってきてくれる。貴族向けなのだ。
学生たちだけでなく、旅行者もいるからね。ここから遠く離れた北海道とか、沖縄に向かう人がいるんだろう。
とてとてとソファに歩いていき、ぽふんと座る。
「大変、瑪瑙ちゃん。このソファは沈み込むよ!」
ズブズブと身体が沈み込み、少し慌てて手を伸ばす。罠だよ、これは罠だ。巧妙な罠だ。小柄な子供を食べちゃう人食いソファに違いない。
「もぉ、ヨミちゃんはすぐにふざけるんだから。……本当だ、結構沈み込むね!」
瑪瑙ちゃんもソファの柔らかさに驚く。こんなに柔らかいソファは初めてだ。後で買っておきたい。
二人でキャッキャッとふざけ合ってると、遠巻きにしていた人たちが集まり始める。どうやら、話しかけても問題はない雰囲気だと思った模様。
「失礼、ご挨拶をさせていただきよろしいでしょうか、雨屋様」
キランと白い歯を光らせて、優男が最初に声を掛けてくる。
「今はヨミちゃんと遊んでるので駄目でモガ」
「どうぞ挨拶をして良いよ」
そして、あっさりと断ろうとする瑪瑙ちゃん。なので、口を押さえて優男に笑みを向ける。ちょっとちょっと、次期当主なんだからもう少し愛想を良くしなくちゃ。まだまだ雨屋の力は弱いのだ。
「ただ、時間ないし、列車のメニューも見てみたいから一人30秒ね」
優しさを見せるヨミちゃんだ。なにしろ20分しかないからね。この函館チーズケーキセットくださーい。
ホットミルクティーをゴクリ。チーズケーキをパクリ。おぉ、このチーズケーキ柔らかいよ。こんなチーズケーキは前の世界でも食べたことなかった。持ち帰りできる? できるならホールでお願いします。
列車が発進するが、まったく揺れを感じずに静かであった。ずらりと並んだ子供たちが、それぞれ自己紹介をしてくれる。趣味に読書と映画鑑賞が多かった。どうやらどこの世界でも自己紹介は変わらないらしい。
そして、周りに座る他領の子供たちの視線も痛かった。なぜに電車内で自己紹介をしているのかと考えているのだろう。
それと自己紹介中、私に向けてくる視線がきつい分家もいた。恨みがましいのと、見下ろすような自身を優位に考えている視線だ。どうやら、新聞の効果はあった模様。無能者がでしゃばりやがってというところだろうね。計画どおりで満足だ。
だが、少しだけど私へと媚びる視線も感じる。……ふむ、多分弱小分家だろう。ちらりと確認すると制服も中古っぽい。
この制服高いんだよ。土蜘蛛から採取した魔法糸を使って編んだ特別製だから、一着で100両は最低するのだ。最低というのは、もちろんオーダーメイドだと、様々な魔法を付与するから値段が天井知らずとなる。
私たちのは一着500両した。低位物理、魔法、毒耐性がついている。パパはケチらなかった模様。中古品でも30両はするし、今年はなぜか雨屋区の中古品は買い占められていたから、高かっただろう。
正直ごめんなさい。布が人形を作るのにちょうどよかったんだ。蜘蛛型とか、ネズミ型は鎧白蟻の甲羅を使ったんだけど、ウサギ人形とかは制服の布を使ったんだ。
人形作りの一環で製作したんだよ。さり気なく置いておけば、あら不思議、人形の前を通る人間を見つけることができるシステムです。
なので、彼ら彼女らは浪費癖の激しいヨミちゃんの取り巻きになって、お零れに与ろうとしているのだ。
………実はないんだけどね。お金、もうないよ! 人形作りにはかなりお金がかかるんだ。それにメイドさんたちにばら撒き用と学園での生活費、瑪瑙ちゃんへのお小遣い。その他諸々、たくさんお金が必要なのだ。なので、持ってはいるけど必要経費なので使えない。
パパからは毎月のお小遣い1両を貰っている。これからの学園生活を考慮すると少ないんだけど、仕方ない。雨屋区を健全にするために、税金のほとんどをぶち込んでいる。治安はもちろんのこと、公共事業も行って、とりあえずの失業者対策をしているのだ。
帰ってきたら渡したいものがあるとパパが言ってたのは、その計画書なんだ。文官に任せたのが今日提出される予定。アホなパパは読まずにはんこを押そうとするからね! 石英なんか大量の書類を前にして、金を稼ぐと行って、狩りに行ったよ!
私は、やけに現実的なゲームで国を治めていたことがあるから、とりあえずはできる。最後は地下にシェルターを作って、唯一の国となってクリアしたよ。不思議なことに地上は核戦争で滅んだんだ。
なので取り巻き諸君。甘い汁を吸うことはできないよ。金を稼ぐ方法を考えないとなぁ。
とりあえず一通り挨拶は終わったので、瑪瑙ちゃんが挨拶を返す。ふわふわピンク髪の癒やされる少女の挨拶に皆はほんわかとなる。
「雨屋瑪瑙です。ヨミちゃんのお姉さんで、次期当主、えぇと……趣味は読書と映画鑑賞、それにヨミちゃんと遊ぶこと!」
趣味は無理矢理作らなくても良いよ、瑪瑙ちゃん。ちょっと微妙な顔で周りは拍手をしてくれる。
「那月ヨミです! おーほほほほ、ケフッケフッ。瑪瑙お姉さんの妹です。とっても可愛がられているので、私の言葉は瑪瑙お姉さんの言葉と言っても過言ではないよ。だから、私には逆らわないように」
やっぱり高笑いは無理だった。諦めよう。明らかにおざなりな拍手が返ってくる。私に向けて、しっかりと拍手をしているのは、分家でも貧乏なところだけだ。よきかなよきかな。
そうして自己紹介を終えて、私たちは列車が到着したので、降りるのであった。
『大和学園』。チュートリアルが終わり、ようやくの悪役令嬢としての行動が始まる。
その結末がどうなるかはだれにもわからない。だが、わからないなら、わかるまで行動をするつもりだ。
悪役令嬢那月ヨミ。学園に入学するよ!
「ヨミちゃん、そのチーズケーキどうするの?」
「後で先生に冷蔵庫を借りようと思ってる」
チーズケーキのホールが入った箱を持っているけど、別に良いよね。




