31話 噂話
夜も深まってきて、街は新たなる顔を見せる。
昼間は忙しない空気が漂い、せかせかとした早足で歩くサラリーマンや、これから一攫千金だと気合いを入れる冒険者たち。街角ではおばちゃんたちがお喋りをして、子供たちが走り回っている。
夜はといえば、繁華街では客引きをする男や、肩を落として帰途につく冒険者たち。街角では怪しげな取引が行われていて、警官が辺りを見回っている。
その中で一際騒がしいのは酒場だ。稼げた冒険者は料理を並べて、隣に女を侍らせて大盤振る舞いだ。対して、稼げなかった冒険者たちはその様子を眺めて、恨めしそうにハイボールをちびちびと飲んでいる。
他にも仕事帰りのサラリーマンも飲んで騒いでいる。サラリーマンたちも客としているので、この居酒屋はそこそこ治安の良い店なのだろうと、行商人はレモンサワーを飲みながら、店内の様子をぼーっと眺めていた。
特に目的があるわけでもない。たんに飲みに来ただけだ。この区にきて、商品は幸運なことに全て売れた。そろそろ店を開ける資金も貯まってきたので、どこかの区で店でも構えて、一国一城の主となろうかとも考えている。
行商人は先日、装甲バスの事件に巻きこまれた男である。あれからも無事に商売ができて、酒でも飲むかとこの店に入ったのだ。
「はぁ〜、あの動画が売れればもう少し金が手に入ったんやけどなぁ」
荷物をちらりと見て、嘆息する。あれから雨屋の新型魔導兵器の動画を売ろうとあちこちにさり気なく話を持っていったが鼻で笑われた。
行商人は雨屋区にきたのが初めてであったので知らなかったが、雨屋本家の財政は火の車らしい。とてもではないが、魔導兵器を開発する余裕などないとのことだった。
調べてみたが、たしかにそのとおりだった。かなりの借金をしており、そろそろ本家も入れ替わるのではと噂されるほどだったのだ。
「それじゃ、あの護衛ロボットは雨屋の遺産とかだったんかなぁ……」
その話を聞いてがっかりと肩を落としたものだ。せっかくの金になる情報であったのに、無駄となってしまった。伝手を使おうと、結構な金額を使ったので、今回の商売の利益もかなり目減りしてしまったのだ。
再び酒を飲んで、ぼーっとする。その後で雨屋家が天女を手に入れて、さらに借金を全て返済したと新聞に載ったが、驚きはしたが役に立たない情報だった。それまでは借金だらけで魔導兵器を開発する余裕がないことを裏付けただけだ。
天女があのバスに乗っていた娘なのも驚いたが、同じバスに乗っていたからと会いに行くのも難しいだろう。
「はぁ〜、ままならんわ、ほんと。素直に商売に精を出しときゃ良かったわ」
次は何を飲もうかとメニュー表を見て迷う。りんごサワーが良いだろうか? あまり酒に強くないので迷う行商人へと少し大きな声の話が耳に入ってきた。
「ほんとーなのよー。あの娘ったら魔法も使えない無能なのに、雨屋家のお嬢様気取りなのよ」
「そうそう。髪の色は青いけどEランク程度なのに魔人としてふんぞり返ってるの」
「ほほ〜、そんなにお嬢様は酷いのかい? それは大変だなぁ。あ、好きな料理を頼んでくれ」
どこかの召使いだろう女三人組が痩せたあんまり目つきの良くない男と話していた。行商人は直感と経験であの男が記者だと見抜いた。というか、女の目の前でメモをとってもいるので二流記者だ。
「たまたま天女の妹だからって、魔法も使えないのに、雨屋家の養女になったからって、もう湯水のようにお金を使い放題なの。それにデザートは少しでも気に入らないと変えろっていうし、何様って感じなのよ」
「それはそれは。まぁ、スラム街の少女が大貴族の養女になったんだ。きっと今は調子に乗ってるんだろう」
雨屋家で青い髪で養女というと、ヨミという娘だ。その召使いたちなのだろう。いかにもな愚痴を口にしてるが………。
話がおかしいと眉をひそめる。あの娘は一流の魔法使いだ。高速で飛行できる魔法使いなど滅多に見たことがない。それなのにEランク? 魔法も使えない?
そういえば新聞にもそんなことが書かれていた。デマだと思って気にもしなかったが……。
よく聞こうと耳をそばだてようとすると、ガシャンと隣のテーブルでグラスを荒々しく置く音が響く。うるさくなって聞こえないやろと、隣を睨もうとするが、隣に座っていた四人組の一人が怒りの表情を浮かべていたので黙っておく。
「本当だって! 最近夜中に廃ビルで魔導兵器が彷徨いてるんだよ! スラム街の出たところ、潰れた元は店舗だったところだよ。でっかいボーリングのピンが目印になるところだ」
「へっ、魔導兵器が廃ビルで何してるってんだよ」
「ビルの中にいる魔物を皆殺しにしてるんだ。俺は見たんだよ。夜中に斥候の訓練をしにいった時に魔導ロボットを!」
何やら言い争っていた。その話の内容に隣の話を盗み聞くことにする。
「魔導兵器ってのはなぁ、Dランクの魔物を倒せるやつでも数千両はするんだよ。しかも希少ときてる。それが廃ビルなんかにいるわけねーだろ」
「本当だって! 最近、廃ビルには魔物の死骸が埋め尽くすかのように放置されてることが多いんだ。今回の奢りも俺がその魔物たちの魔石を拾い集めてきたからだぜ」
「はーん………それじゃ明日の朝に行って見ようじゃねーか。俺たちも儲けたいからよぉ」
「おぉ、良いじゃねぇか。明日、廃ビル探検と行こうぜ」
そりゃ良いやと、男たちはまた酒を飲み始める。聞き終えた行商人は酒を置いて立ち上がると近くの店員に声をかける。
「ごっそさん。お勘定お願いしますわ?」
◇
暗闇の広がる夜の街を行商人は足早に進み、外地区を超えて、スラム街に入る。
『迷彩』
指に嵌めてあるとっておきの指輪型魔導具を使う。自身の姿が揺らめくと、周りの風景と同じ色へと変わる。
昼だとバレてしまうが、暗闇の広がる夜中ではよほど気をつけて見ないとバレない。しかも静音性の靴を履いているので、さらに気づかれることはない。
「へへっ、魔導兵器、魔導兵器やって?」
あの掃除機型ロボットだとピンときた。タイミング的にも重なるし間違いないだろう。
「やっぱり新型なんや。でも、どこが開発してるんや?」
スクープだ。自分は記者ではないが、この情報は高く売れる。売り所を間違えなければ、天照区の一等地で店を開くことも夢ではない。
誰にも気づかれずにスラム街を抜ける。もはや月明かりだけが頼りだが、危険なる旅をして商売をする行商人はレンジャーや盗賊の訓練もしている。問題はない。
辺りを見回して、数刻。
「ん? ……なんやどこかで微かに爆発音が聞こえるな」
砲撃音にしてはやけに小さな音だが、それでもある廃ビルから聞こえてきたことに、ニンマリと笑顔になる。
周りを見渡して、誰もいないのを確認してから、そっと廃ビルに入る。一歩入って呆れてしまう。
「なんやこりゃ。グリズリーラットの死骸かんな……」
元は受付ロビーであった床には子犬ほどの大きさのネズミ、グリズリーラットと呼ばれる熊の爪と牙を持つ魔物がぐしゃぐしゃになってそこらじゅうに転がっていた。魔石が入っているので、回収はしないつもりのようだ。受付カウンターにぽつりと置かれている子犬のぬいぐるみがなんとなく不気味さを感じさせる。
「こりゃ当たりやね。わいは幸運や」
クックとほくそ笑む。魔導兵器の実験をしているに違いない。さらにもう一つのとっておきの指輪型魔導具を使う。
『気配感知波』
ピーンと波紋が広がっていき、中層に魔物がかたまっているのを感知する。
「うへ、かなりぎょうさん集めとるなぁ。それに三体も確認。……人型?」
感知した気配が人型であったので首をひねる。予想と違う。掃除機ロボットだと思っていたのだ。
「どっかの冒険者が訓練に来たとかいうオチじゃないやろうな……」
それだと大赤字決定である。そんなことはありまへんようにと祈りながら階段を登っていく。廃ビルは他の同じような廃ビルと同じ作りで、迷うことはない。階段を登っていきバリケードなどもなく、すぐに目的地に到着する。
キィキィとグリズリーラットたちの声が響いてくるので、通路の影に隠れると、そっと顔を覗かせる。
そして驚きで、目を見張る。
「な、なんや、人型って、人型の魔導兵器やんか!」
グリズリーラットと戦っているのは、一見するとグレーの強化服を着ている人間に見えた。肩にはバズーカを搭載しており、足にはブレードローラーをつけている。
だが、人ではあり得なかった。グレーの装甲服の人型は人間にはありえぬ動きを見せていた。
群がるグリズリーラットが牙を立てても痛痒を感じる様子もなく淡々と倒していく。
上半身が回転して、背中に貼りつこうとするグリズリーラットを手に持つ短剣で叩き切る。腕に飛びかかってきても回転させていなすと、足で潰す。
雑魚相手とはいえ、本来は倒せないはずの魔物を機械が淡々と倒していく。
そして、顔には赤く光るカメラアイ。
「あ、当たりや。大当たりや。あんな掃除機モドキなんか比べ物ならへんもんを作ってるんやな。きっと試験機や」
興奮で声を震わせながらカメラを懐から取り出して、そっと通路に突き出す。
パシャリパシャリと撮影をして、どこに売ろうかと考えて───。
後ろから首元を掴まれた。首を握られて呼吸が困難となる。
「グッ、ガッ」
息苦しくなりながらも、なんとか後ろを向くとロボットが自分の首を掴んでいた。さっきの三機と同じタイプだが、装甲などが違う感じがする。
物言わぬ感情の籠もっていないカメラアイの赤い光が恐怖を誘う。
「ま、まった。わいは通りすがりでっ」
『岩槍』
敵の胴体へと、指輪を向けると魔導を発動させる。とっておきもとっておき、Cランクの魔導具で昔に奇跡的に手に入れた一日に一回だけ使えるものだ。
魔導具が発動し、魔法陣が展開されると岩で形成された槍が打ち出される。
魔導兵器程度なら破壊はできると確信した一撃だ。へへへと薄笑いをを浮かべる。
ガスンと音がして、掴まれている腕が振動し、破壊された。
岩槍が。
ロボットには傷一つなく、その装甲は磨かれたように綺麗なままだった。パラパラと岩槍の破片が散らばって床に落ちる。
「へへ、へ、冗談や。オーサカジョークと言うやつやんねん。グゲッ」
媚びるように引きつった笑顔を浮かべると同時に床に激しく叩きつけられて行商人は気を失うのであった。
◇
────ぴくりと身体が動くことに気づいて、行商人は目を覚ます。
「あー、ひっどい目にあったわ。………あー、本当に酷い目におうたわ」
目が覚めると誰もおらずに、魔物の死骸が転がっているだけだった。
『けんぶつりょうたごんむよう』
そして、壁には落書きのように文字が書いてあり………行商人は認識タグだけが首にかかっており、あとはパンツ一丁だった。ご丁寧に他は全てとられている。
「命が助かったのを喜ぶべきか……まぁ、喜ぶべきやろな………」
大赤字やと、ため息をつくが、命だけでもあったのが儲けものだろう。認識タグもあるから銀行で口座にアクセスもできる。
どこかの組織の試験機を見て助かったのだ。
「というか迂闊すぎた。そりゃ警備はしてるよな」
ポリポリと頭をかいて、どうするかを考える。
「とりあえずはこの魔物から魔石を頂くとするかね。多少の金になるやろ」
よっこらせと立ち上がり、はてと顔を顰める。
「袋どないしよ」
ビル内を探せばなんとかなるやろと思いながら口元を歪める。
「店は雨屋区に決定やな。こないな儲け話の匂いがする場所から離れられるわけあらへん」
そう呟くと、魔石拾いを始める行商人であった。
後日、『岩槍』の指輪が売り払われているのを知り、地団駄を踏むのだが、それはまた別の話。




