30話 チュートリアル終了につき
雨屋家の那月ヨミの自室は豪華だ。なにしろ浪費癖のある養女なのである。
テーブルも椅子も一目でアンティークな古い代物だとわかるし、職人が作った一品物のチェストやタンスだ。カーテンも複雑に刺繍が入った凝っているもので、全てが高価そうに見えた。
「凄いや、ヨミちゃん! よくこんなに揃えたね! 古いテーブルや椅子は綺麗に直しているし、組み立て式のチェストとかは、まるで職人さんが作ったみたい。レースのカーテンもよくこんなに刺繍が入れられたね〜」
「えへへ、ありがとう。結構苦労したんだ」
パチパチと拍手をして、瑪瑙ちゃんが部屋を見て褒めてくれるので、くねくねと身体をくねらせて照れちゃうヨミちゃんだ。
高価そうに見えるだけで、ヨミちゃんお手製DIYな代物だったりする。
───あの天女のデビュー戦から2週間が経過していた。
DIYな匠のヨミちゃんである私と瑪瑙ちゃんはソファに座って、それぞれ勉強をしていた。
「結構苦労したんだよ。これらの総額はいくらだっけ?」
壁際に立って待機している3人のメイドさんたちへと顔を向けると、すぐに返答が返ってくる。
「総額で5両程です」
「たしか500両くらいでした」
「5千両はかかったかと」
「5千両だってさ、瑪瑙ちゃん。まぁ、ほんの端金だよね」
手のひらに乗せた銀貨をぽいっと放り投げると、5千両と答えた正直なメイドさんがわんこのように飛び出して、ナイスキャッチと受け止めると、ホクホク顔でポケットに仕舞う。他の二人は悔しそうにその光景を睨んでいた。
浪費癖のあるヨミちゃんは、こうやってぽんぽんとお金を使っちゃうのだ。なにせ悪役令嬢だからね。
「あー、浪費癖のある妹だー。もー、そんなに使ってー」
若干棒読みだけど、瑪瑙ちゃんがノッてくれて嬉しい。お金を稼いだら、本物を買うぞと心に決意する。
「ですが、刺繍の入った物は本当に価値があると思いますよ、お嬢様。フリマで試しに売ってみたいので、お預かりできれば完売してきましょう」
5両と言ったメイドさんが真面目な顔で言ってくるけど、そんなに良い物かなぁ。まぁ、機械よりも味はあるかな? 糸の練習のために作ったハンカチとかが結構溜まって、タンスの中に仕舞ってある。
「それじゃ適当に売っておいてよ。利益は半々で良いよ」
お礼を口にすると、鉛筆を手にして、テーブルに置きっぱの紙に書き始める。
「それなぁに、ヨミちゃん?」
「うんとね、お人形さん」
教科書を見ながら勉強をする瑪瑙ちゃんがお絵描きを楽しむ私へと興味津々な顔で覗き込んでくる。
「お人形さん? 人型ロボット?」
「棚に飾るお人形さん。可愛らしいのをたくさん置くんだ」
サラサラと書いているのは、お人形さんだ。お人形さんったらお人形さんなのだ。ラクタカーラや荒御魂の量産型の設計を書いている。
スキルの検証や機糸の使い方など色々とやることが大変だ。人形遣いの道は始まったばかりだからね。荒御魂の性能試験もどこかでやっておきたいし。
「ふーん、新しいのを作ったら見せてね」
「うん。もちろんだよ!」
瑪瑙ちゃんと顔を見合わせて、ニッコリと微笑み合う。そのほんわかとした空気の中で、ドスドスと重い足音が聞こえてきた。慌ただしい感じだ。
ノックの音がしたかと思うと、ドアが開く。そして転がるように山賊が入ってきた。
「てぇへんだ、てぇへんだ。ヨミっち、瑪瑙っち、てぇへんだ〜!」
「はいはい、なんですか、うっかり石英さん」
紙を畳むと、ジト目で石英へと顔を向ける。石英はその手に新聞を持っており、大事件だとバッサバッサと振り回す。
「てぇへんなんだよ、ヨミっち。春屋の叔父が死んだらしい。鎧白蟻に喰われていたらしいぜ! どうやら、一人で鎧白蟻を倒そうとしていたんだとさ」
メイドさんの一人が新聞を石英から奪い取ると、私へと持ってくる。
新聞を見ると、なるほど春屋が死亡しているのを発見と書いてあった。
「えーっと、なになに、先日行方不明となった春屋氏。鎧白蟻の狩りの日に用事があると車で出掛けたきり帰宅しなかった。家門の者が調べたところ、廃地区の倉庫で死体を発見。どうやら鎧白蟻を狩ろうとしていた模様。もう一人現場にはいたようだが、判別が難しいほど損壊していたため、その身元は不明」
廃倉庫にいたのに、よく見つけたものだと感心しちゃうよ。春屋の探索者は結構腕が立つのかな。
「春屋の叔父はあれで雨屋区一番の金持ちだったんだ。死んだら大変なことになるっすよ!」
「後継者はいるの?」
「5人いる。後継者争いがこりゃ大変なことになるぜ。あの5人は仲が悪いことで有名だからなぁ」
ふむふむ………5人もいたのか。それは嬉しい情報だ。
「それなら、5人それぞれに爵位を与えて、独立した家門を築くことを許そうよ。亡くなった春屋の豚を思いやる5人への優しい雨屋の贈り物だね」
ニコリと笑顔で、思いやりのある提案をすると、驚きを顔に浮かべて、大声となる石英。
「ええっ! そうなるとあいつらは激しい財産争奪をしちまうぜ。どうやら現金がこの間の宝珠での件でほとんど口座にないらしいから、自分の家門を立てるとなれば、金のある資産を奪おうとするに決まってる」
「良いじゃん。相続税の支払いもそれなら大変だろうし、現金化も手伝ってあげようよ。足元を見られないように収益性の高い資産はうちが買い取る形でいこう。そうすれば、春屋は大喜びするでしょ?」
なにせ五分の一だ。苦労して大きくしたんだろうけど、お悔やみ申し上げるよ、春屋。本家を抜いて一番の金持ちとかいらないから。
なぜか心優しいヨミちゃんの提案に、恐ろしいものを見るかのように石英は見てくる。酷いなぁ、ヨミちゃんはこんなに心優しい童女なのに。
「さぁ、石英さん。さっさとパパの所に向かって、今の提案をしてください。これで春屋も泣いて喜ぶはずだよ」
「わ、わかった。それと聞いておきたいんだけど、ヨミっちはあの日はソロで鎧白蟻を狩りに」
「その日はドレスを選んでいたよ。間違いないよ。だから家から一歩も出てないよ」
「そうそう、乙女はお出かけする際は時間がかかるものなんだから、石英兄さんはわかってないなぁ」
無邪気な笑顔の私と瑪瑙ちゃんの言葉にゴクリとつばを飲み込み、そうだったと頭をかく石英。忘れっぽいおにーちゃんで困るよ、全くもぉ。
パパへと今の提案を伝えに行こうとする石英だが、再び振り向くと新聞を指差す。
「そうだ、それだけじゃないんだ。この記事を見てくれ」
「ふむ? 『雨屋に天女が降臨する! これで雨屋区は復活か!?』。なかなか大きく取り上げられてるね」
巫女服に羽衣姿の可愛らしい瑪瑙ちゃんが三面に載っている。きりりと凛々しく緊張気味の表情だ。
「まぁ、天女が戻ったのは大ニュースだったからな。それよりもこれだよこれ!」
「なになに? 『天女の妹は天女の素質がない上に、雨屋の養女となって、傲慢に振る舞っている。先日の鎧白蟻の討伐戦も戦いが終わったあとに、ドレスで訪れた上に、宴会の食べ物などは食べられたものではないと拒否する。金に溺れたスラム街出身の少女のごう慢さは留まることを知るのか』か」
「おかしくないか? あの日って、宴会は大盛況だったし、料理はヨミっちが持ってきたんだぜ? こりゃ新聞社に抗議するしかないぜ」
書いてある記事がめちゃくちゃだと、多少怒っている様子の石英。でも、私としてはこれで良いんだ。
「問題ないよ。ニュースってのは刺激的な話題を求めるんだ。何もしなくても、こーゆーニュースになる可能性はおおいにあったんだ」
マスコミってのは、切り取りが上手い。そこにどんな良いニュースが転がっていようと、切り取って、さも真実のように悪意あるニュースを流すんだ。
読者はこれを見て、雨屋の天女も大変だと、悪役令嬢へ蔑みを覚えるだろう。
腕を組んで、シリアスヨミちゃんになり、石英を見てむふふと薄笑いをする。
「実はこのニュースが流れなかったら、私自身で流そうと思ってた。だからこのニュースを書いた記者に感謝だね。なになに………鬼頭学。新聞記者って、なかなか面白いよね」
この人ならきっと上手く踊ってくれるに違いない。高校に入学する前に、追加情報も与えたいところだ。
「お嬢様、おやつのお時間です」
メイドさんがいつの間にか、ワゴンを持ってきて、テーブルにショートケーキやカップをコトリと置いてくれる。
「俺っちの分も置いてくださいよ」
「申し訳ありません。石英様の分はないのです」
「あだっ。酷え、だってそんなにあるじゃないっすか!」
5つのケーキとカップがあるのに、瑪瑙ちゃんと私の分しかテーブルに置かれないので、石英が自分の分を取ろうとして、ペチリと叩かれた。
「だって、5個もあるじゃないっすか!」
「あー! こんな貧乏くさいもの食べられませんわ! 新しいのを作らせなさい! もっと豪華でお金のかかってるものをね!」
抗議する石英を他所に、私は立ち上がってショートケーキに文句をつけちゃう。扇でぺしぺしと石英の頭を叩く横暴ぶりだ。
「ああっ、申し訳ありません、お嬢様。それでは新しいのをすぐにお持ちします!」
メイドさんは怖がって、ぷるぷると震えるとワゴンのショートケーキと取り替えてくれる。そして、コーヒーを注いでくれた。あ、砂糖は一個、ミルク少なめでお願い。
そうして私たちはケーキを食べ始めるのだった。メイドさんたちも同じくソファに座って仲良く食べる。
なぜか石英が戸惑った顔で私や瑪瑙ちゃんを見てくるけど、気にせずにパクリ。おぉ、このショートケーキ、生クリームたっぷりでスポンジ少なめで私好みだ。後でコックさんにお小遣いをあげにいこう。
「あ、あの、今の一幕はなんっすかね? なにかの劇っすか?」
「突然お金持ちになった少女が調子に乗って、横暴に振る舞ってるの。さて、この一幕を鬼頭記者の行きつけの喫茶店とか、居酒屋で愚痴るメイドさんがいると助かるんだけど」
チャリンと小判をテーブルに置くと、メイドさんたちが身を乗り出す。
「お任せください。このアホが確実に記事にするように愚痴ります」
「3人で愚痴ってきます!」
「我らにおまかせを!」
やる気のある3人で何よりだ。
「それじゃよろしく。私のお世話がとっても大変なのと、正直に伝えてね。特に無能で勉強も礼儀作法もできないのよって」
「はいっ!」
3人が頷くので、ニコニコと笑顔で頷く。上手く行くことを信じてるよ。
「なんで、自分の評価を下げるんっすか? 良いことないと思うんっすけど」
疑問そうな石英だけど、たしかにそうだろう。私だって、こういう噂の操作はたまにしかしない。でも、今回は有効に働くと思う。
「来月向かう学園は楽しいイベント満載にしたいんだ。だから、悪役令嬢なヨミちゃんがイベントをたくさん作ってあげるつもりなんだ」
噂が広がれば、私は悪役令嬢として活動できる。きっとそれは楽しいに違いない。
無能な私を操ろうとする者や、反発するもの、取り巻きになって甘い汁を吸おうとするもの。平凡な立場では得られないものがたくさんあるに違いない。
「こえ〜っ! 怖いっす。ヨミっち怖いっすよ! 目が怖いっす!」
「ヨミちゃんが悪巧みをする時はこんなものだよ。人身売買を行っていたチームを潰した時なんか、口にはできない結果になったから」
聞きたくねぇと、耳を塞ぐ石英に、楽しそうに語り始める瑪瑙ちゃん。お兄ちゃんと仲良くなってなにより。
さて、来月が楽しみだ。きっと他のプレイヤーもいるに違いない。
ふふふと笑って、ヨミはショートケーキを食べるのであった。イチゴが酸っぱいから、ケーキお代わり!




