3話 初の戦果につき
遠く遠い地上にゴブリンリーダーが落下していき、私は安堵した。手に持つビル壁に貼り付けていた魔糸を引き戻し、抱えた瑪瑙ちゃんと共にビル内へと戻る。
「よっと」
地面に足がつき、ちょっとホッとする。高層ビルの強風の中でか細い糸に掴まってぶら下がるのは結構な恐怖だった。
「ふへぇ〜、怖かったぁ〜」
それは瑪瑙ちゃんも同様で、涙目となりへたりこんで、安堵の息を吐いている。
「ごめんなさい、瑪瑙ちゃん。でも、これが一番安全な倒し方だったんだ」
「謝らなくていいよ、ヨミちゃんがそう言うならきっとそうだったんだと思ってるから」
へたりこみながらも、ニコリと弱々しげに微笑む瑪瑙ちゃん。こんな環境で育ってきたのに優しい性格だなぁと、私も笑みで返す。
パペッティアの初舞台。上手く行くかは少し運が絡んでいた。
なぜならこの戦闘、ブラッディパペッティアのジョブに就くこと前提であったと思われるからだ。手持ちのカードでは普通に戦うと勝利は不可能だった。
理由は簡単。ダメージソースが無かったから。死んだ男を人形として操作したけど、最低ランクのジョブであるパペッティアでは操作するだけで、死体の持つスキルや魔法は使えなかった。
戦えたのは、未だに筋肉強化の魔法効果か残っていたからだった。それでも致命傷は与えることはできなかったのだ。
既に予想していたから、私は作戦を練った。
ゴブリンリーダーの右脚を破壊して走れなくすることと、陽動で人形が戦うこと。
陽動に注意が向いている間に長机をビル壁に空いた穴にセット。まるで海賊の処刑用艀台のようにしたのだ。
そして人形が倒されたあと、懐中電灯で相手に目くらましをかけて、私たちは逃げるふりをする。
本来は数歩で追いつかれて、懐中電灯を当てる暇もなかっただろうが、右脚が動かなくなり、ゆっくりと引きずりながら歩くしかできなかったゴブリンリーダー相手には充分に時間があった。
そうしてゴブリンリーダーが視界を失った状態で追いかけてくれば、私たちは魔糸をビル壁につけておき、身体を落ちないように固定。途中で気づかれたら、倒された死体を操り突進し、落とす作戦だった。
これは危険だけど一番勝率が高かった。なぜならばゴブリンリーダーは戦っていた男たちをすぐに殺すのではなく、甚振って殺していたからだ。
あそこで逃げられたらまずかったが、絶対に少女二人を甚振るべく追いかけてくると確信していた。
あとは瑪瑙ちゃんがライフルを撃って、注意を引いて、ビルの外にか弱そうな糸でぶら下がっても許してくれるだけだった。
見事に作戦はハマり、ゴブリンリーダーは倒せたというわけ。
『『小悪の魂が花開く時』をクリアしました』
暗闇の中で宙空に、半透明のボードが開き、ミッションクリアを告げてくる。
……これ、本当は『巨悪の魂が花開く時』だったんではなかろうかと冷や汗をかく。でも、最初からこういうプレイしかしない私だと雇った男は理解していたはず。チートジョブをキャンセルしたからと、後で契約違反と言わないでほしい。言わないでいてくれたら嬉しいなぁ……。
『報酬としてカルマポイント1と1銀を手に入れた!』
チャリンと目の前に銀貨が落ちてきた。………マジかな?
「えぇっ、なんで銀貨が降ってきたの!?」
私を見ていた瑪瑙ちゃんが目を剥いて驚きの声をあげる。そりゃそうだ、普通お金が空中から現れたらそりゃ驚くわ!
「たぶん、天井に貼り付いていたのが落ちてきたんだと思うよ。ほらヘソクリとかよく天井に貼り付けて隠すよね?」
「そんなこと聞いたことないけど……まぅぅぅ、なんか隠してるでしょ?」
「ふっ、私が秘密を抱えていること、瑪瑙ちゃんはよく知ってるでしょ?」
片手で顔を覆い、フッとミステリアスレディの姿を見せると、なぜか嘆息する瑪瑙ちゃん。
「もぉ、仕方ないからここは騙されてあげるよ!」
「ありがとう、瑪瑙ちゃん」
本当にこの娘は良い子だと、嬉しくなってしまう。ヨミの親友にして共に生きてきた心の支え。
なるほど、こんなに良い子が目の前でゴブリンリーダーに殺されて、そしてチートジョブを手に入れたら性格が変わってしまうのも無理はない。
人を使い捨ての人形としか見れない、世紀の殺戮人形師に変わってもね。
すうっと目を細めて、私は苦笑するのであった。
───本来の設定では、ゴブリンリーダーに皆殺しにあい、ヨミは足を潰される。そうして逃げられないところを、瑪瑙ちゃんが目の前で生きながら食べられる光景を見て、その残酷な光景を目の当たりにしたショックで魔人として覚醒するのだ。
即ち、ブラッディパペッティアになる。そうして覚醒したヨミは死体を操りゴブリンリーダーをあっさりと殺した後…………。
とはいえ、そんなストーリーはノーサンキュー。私は私のストーリーを選んだ。自由に遊んで良いと言ったから良いだろう。そう信じてます。
銀の薄い光を放つ1銀貨を拾って、ポッケに入れておく。お金とても大事。
アイテムボックスがないパターンは久しぶりだなぁ。さっさとスキルで取得したいところだ。
「ねぇ……この人たちどうしよっか?」
「あぁ……一応戦ってくれたわけだし弔いはしたいけど……無理だね。放置して行こう。血の匂いに釣られて、他の魔物たちもきっと集まってくるよ」
瑪瑙ちゃんが恐る恐る指差す先に転がるゴブリンや大人たちの死体。鼻につく血の匂いと肌に感じる嫌な死の感触に顔を顰めてしまう。
今までも多くの人をゲームでは殺してきたけど、現実感はなかった。五感が働くとこんなに気持ち悪いのかと、嫌な思いになってしまう。ミンチのようになった死体はモザイクやデフォルメとかの処理はされていないし、正直ドン引きだよ。
まぁ、この大人たちは探索の使い捨てとして私たちを使ったし、無事に帰ってきたら明日から娼婦をやらせるつもりだったのだ。同情心は時間を稼いでくれた分だけ黙祷することで終わらせておく。
「そ、そういえば、なんか走ってくる音がするよ?」
「たぶんグリズリーラットだよ。数匹なら倒せるかもだけど、その間に他の魔物が来たら詰んじゃう。だから逃げることにしよ」
「え、でも、階段の方から聞こえてくるよ?」
「うん、だからこうする。しっかりと掴まってて!」
瑪瑙ちゃんへと近づくと、腰に手を回して掴んでおき、魔糸をビル壁につける。
「それっ!」
「うわわわわぁ〜!」
悲鳴をあける瑪瑙ちゃんを横目に魔糸を引き戻し、ブランコの要領で一気に外へと飛び出た。
再び強風が私たちの肌を撫でて、風に服が煽られる。
「私、瑪瑙ちゃんを抱えておく筋力ないから、しっかりと掴まってて!」
「なんで外に出てから言うのぉぉぉ!」
瑪瑙ちゃんが私にしっかりとしがみつき、涙ぐむ。だけど、私の判断は正しかった。ちょうど飛び出た時に犬のような大きさのネズミが飛び込んで来ていたからだ。獲物だと思われて捕捉されたら少し面倒なことになっていただろう。
指から魔糸を次々と生み出して支えになるように壁に貼り付けて速度を調整しながら、私たちは高層ビルを落下していく。廃墟ビルが連なり、植物に覆われている姿が目に入る中で、あっという間に地上へと近づく。
「ふわぁ、結構たのしいね、これ!」
「たしかに面白いね!」
慣れたのか瑪瑙ちゃんは目を輝かせる。私は強風を肌に感じて、目がしぱしぱする。喉がゴクリと鳴り、吐く息が熱い。
全て臨場感抜群で、強烈な現実感がある。胸がドキドキして楽しくなって自然と笑顔になっていった。
だけど地上を見て、ため息を吐き苦笑してしまう。
「まぁ、リアリティがありすぎなのもどうかと思うけど」
地上へ近づくと、倒したゴブリンリーダーのまわりに早くも人が集まり始めていた。見覚えのある奴らだ。同じチームの奴らだったかな。
シャコンとライフルを引いて魔法弾を作り出すと、集まり始めた集団へと撃つ。
乾いた音を立てて、銃弾が地面に小さな穴を開けると、人々は驚いた顔で空をあおぎ、私たちに気づく。
「それ、私たちが倒したんだけど?」
冷淡な声音で注意を促し、トンと地面に足をつける。
ボロボロの服を着込み、痩せ衰えた人たちだ。私たちが空から降りてきたので、驚愕していた。まぁ、私でも同じ光景を前にしたら驚く。
魔糸を空中でシュルリと蛇のように動かして睨みつけると、慌てて後ろに下がってくれる。
「へへ……すまねぇな。……たしかヨミだったか? 魔人に覚醒したんだな?」
一人の男が顔を歪めて、媚びた声をかけてくる。その目は私が操る魔糸に釘付けだ。
「それがなにか? どうやらちょっと強くなったみたいだけど、ほんの少しだよ」
指から生み出した10本の魔糸を空中に漂わせて、私は尊大な表情で顎をしゃくる。この糸に触れたら、簡単に人間なんか切れちゃうよと、冷たい視線で腕を組む。
実際は毛糸で叩かれた程度なんだけどね。この糸に攻撃力は一切ない! 二人の少女を支える程度の強度の魔法の糸なんだ。
でも、ゴブリンリーダーの魔石は欲しい。なので、ハッタリヨミちゃんです。
だから、瑪瑙ちゃん。生暖かい優しい目で見ないでくれるかな。恥ずかしいから。
作戦は成功して、皆は魔糸がただならぬ危険な力を持っていると勘違いして恐怖で顔を強張らせる。
「ま、まぁ、ヨミが、いや、ヨミさんが倒したなら権利はあんたにある。誰も文句は言わねぇよ」
集団が二つに割れて、ゴブリンリーダーのめちゃくちゃになっている死体が目に入る。グロすぎると思うが嫌悪だけで、気持ち悪くなることは不思議となかった。
堂々と歩幅を広げて、尊大に胸を張りゴブリンリーダーの死体に近づくと、肋骨が砕けて胸が裂けているが、その中に光る物を見つけて拾う。
親指大の紅い石だ。内包するエネルギーがどろりと動くのが垣間見える。一番の換金アイテムを手に入れて、内心で安心しつつ瑪瑙ちゃんにアイコンタクトを出す。
以心伝心、瑪瑙ちゃんも怯えることなく、尊大に頷き、私たちはこのチームから離れるべく歩き出す。
だが、すぐに集団が囲んでくる。理由はわかりやすいほどわかっている。
「な、なぁ、リーダーは死んじまったんだろ?」
「見てのとおりだよ。リーダーの財布とかは自由にしたら?」
なんとかリーダーだと服装でわかるモノがゴブリンリーダーの隣に落ちていた。
そして死体を操ったのは少し罪悪感がある。それに加えて財布を抜き取ることはしたくなかった。たぶん財布にはかなりの金額が入っているかもしれないけど。
「そりゃ、すまねぇな。それじゃあ、次はヨミさんがリーダーってことで良いよな?」
周りの連中もそのとおりだと頷き、ヨミがリーダーになることに文句をつける者は一人しかいない。
誰かというと、私だ。
「なんで? このチームは私たちを売ろうとしていたのに、残って欲しいって? もう一人でゴブリンリーダーも倒せる私に? そんなに都合の良いことを言うの?」
髪を指に絡めて、つまらなそうに言うと、連中は顔を見合わせて押し黙る。
残る人数は10人程度の男たち。銃持ち一人。戦闘力はこのチームには最早無い。
「ぬ、抜けるってのか? お、俺たちを見捨てて?」
「うん、どうせ半年もいなかったチームだし、愛着はないよ。ねっ、瑪瑙ちゃん」
「だね。それどころか寝ているたびに不自然に近づいてくる男の人がいたから安眠できなかったし」
「というわけ。それじゃあ、さようなら。リーダーのお金があればどこかのチームに拾ってもらえるでしょ」
頬を膨らませて、瑪瑙ちゃんが同意してくれるので、軽く手を振って歩き出す。私の周囲に魔糸が蛇がとぐろを巻くように動いているので、皆は噛みつかれるかもと未知の物を見て怯えて距離をとってくれる。
どちらにせよ、このチームはある程度お金が溜まったら抜ける予定だった。このチームはボス以外は一般人で、戦闘員も数が少ない。なので抜けるには最適だったのだ。
大きなチームだと脱退料とか、見せしめとかで抜けることがなかなか厳しいものなんだ。
「縁があったら、また会いましょう」
別れの言葉を口にして、私と瑪瑙ちゃんは暗闇広がる廃墟の中へと消えていくのであった。