29話 虎の威をかる仔龍
太陽は沈み始めて、薄闇が帳を降ろす。外地区にポッカリと空いていた空地に置かれた篝火がパチパチと火の粉を散らし、暗闇の中で多くの人々を炎で照らす。
雨屋家の分家の魔法使いたち。その分家に従う陪臣、金の稼げるチャンスだと集まった冒険者、放置された鎧白蟻の死骸から金になる爪をとる者たち。
さらには懐の暖かくなった者たちへと、ここぞとばかりに食べ物や酒を売りに来た商人と、大勢が寄り集まり祭りとなって騒がしい様相を見せていた。
「いやぁ〜、大漁だったな」
「あぁ、銀の掴み放題みたいだったよ」
地面に座り、コップをカチンと鳴らしごくごくとビールを飲み、美味そうに口についた泡を拭う。
予想外の数であった鎧白蟻の大群との戦闘はそれなりに大変だったが、魔人の使う魔法という力が本当に強力であると、瑪瑙は改めて感心した。
範囲魔法の力で、地面を埋め尽くすかのような鎧白蟻の群れを薙ぎ払って、あっさりと一掃してしまったのだ。
「あぁ、天女様の下で戦うと、我らが人の域を超えたものだと確認できて嬉しいよ」
「だな。なにせ魔法の一撃で敵を倒せるんだからよぉ、自分の力を見誤ってしまいそうになるぜ」
「本当だな! あんなに俺の魔法は強力じゃないからな!」
魔人の皆は自尊心が満足できて嬉しいらしい。魔法使いといってもDランクがほとんどだと聞いている。本来なら何度も魔法を当てないと倒せない敵を、まるで強者のように一撃で倒せるのだから、当たり前だよ。
「ガハハハ! これもセイが姉さんの娘を見つけ出したからだ。セイの功績はでかいぞ! それに能力も大幅に上がった。セイは鎧王蟻を何匹倒したことか。まさしく次期当主に相応しい活躍を見せてくれた!」
山賊の大親分みたいな父がガハハハと笑って、隣で倒れ伏している石英さんを褒め称える。
「そ、そうっすね………。いや、物凄い苦戦したけど」
息も絶え絶えに石英さんが顔を持ち上げて頷く。潜在能力が解放されたとはいえ、使いこなすのは、また別の話だ。大きい蟻と戦い、草臥れきっていた。
当主当主とアピールする父へと分家の何人かが鋭い視線を向ける。私がいるのに当主となるのはおかしいと思っているに違いない。
「まぁ、皆の思っていることは俺もわかっている。その点はおいおい考える予定だ」
ニヤリと笑う父の笑顔はどう見ても旅人を襲って大金を手に入れて喜ぶ山賊にしか見えない。まあ、いいんだけど。
だって、ヨミちゃんが色々と考えているはず。今回のことも上手く運んでくれるだろう。
───母と死に別れた私を救ってくれたみたいに。
とはいえ、ヨミちゃんの姿がどこにもない。こうゆうお祭りのような宴会は大好きなはずなんだけど。一人で鎧白蟻を倒してくると言ってたけど、少し抜けているところがあるし、なんだかいつもと様子が違っていたので不安だ。
「天女様、ご挨拶をしてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。どうも」
恭しく頭を下げて挨拶をしてくる分家の人たち。ずらりと並んでいて、顔が引きつってしまう。ちょっと多いんじゃないだろうか。
武門のなんちゃらさんとか、知のなんとかさんとか、何歳ですかとか、それなら私の息子と歳が近いとか、娘が同じ歳なので来年からはよろしくお願いしますとか、正直覚えきれない。私は学業に舞踊にと大忙しなのだ。
正直面倒くさい。けれども、天女が再び現れたと喜ぶ人たちを無下にするのは少し可哀想なので、笑顔が引きつらないように我慢するのが大変。
適当に挨拶を交わしていると、大八車を引っ張る男の人たちがやってきた。大荷物が乗せられた大八車を汗だくとなって運んでいる。
なんだろ、魔物の運搬にしては変だと、皆が注目する中で、その後ろからライトを点けた軽トラがブルルンと走ってきて、私の前に停車した。
雨屋家の唯一の車のドアがガチャリと開く。皆がなんだろうと注目する中で、ドレス姿の絶世の美童女が恐る恐る外に出てくる。
ヨミちゃんだ。新品の青い服を縫い直したのか、ドレスになっており、髪にはワンポイントで小さなリボンをつけている。履いている靴がスニーカーなところは頑丈なのを買ったから仕方ない。
膨らんだスカートが邪魔で、軽トラから降りるのが大変らしい。ちっこい足だから、車と地面との開いた段差が怖いみたい。
ゆっくりと地面にぽてと足をつけて降り立つと、良い仕事をしたぜと汗を拭う。その可愛らしい様子に皆がホンワカする中で、美童女はキョロキョロと辺りを見回すと、私に気づいてニパッと輝く笑顔となって、てこてこと駆け寄ってきた。
戦いが終わった宴会に似合わない青いドレスを着て、皆の間をすり抜けると飛び込んでくる。
「瑪瑙おねーさま! お仕事は終わったの?」
ズキューン
私は一撃で胸を撃ち抜かれて倒れそうになるが、なんとか耐えて、その小柄な身体を受け止めた。
「お、おねーさま……てへへ」
今日はおねーさまとヨミちゃんに呼ばれた記念日だよ。やった、私はおねーさま!
踊りたくなる私をぎゅうぎゅうと抱きしめてくるので、ヨミちゃんのサラサラの髪を撫でてあげる。お風呂に入ってきたのか石鹸の匂いがして、良い香り。
「鎧白蟻はたくさ」
「戦いは終わったようですわね、おねーさま! 終わったと聞いて洗馬に連れてきてもらったの」
私の言葉にかぶせて、離れたヨミちゃんがフンスと鼻を鳴らす。その目は戦いのことは黙っていてねと語っていたので、以心伝心いつものように話にあわせちゃう。
「うん、終わったよ。ヨミちゃんはお家で留守番してくれた?」
「大人しく留守番してたよ!」
偉いでしょと胸を張るヨミちゃん。それを見て分家のなんちゃらさんがおずおずと尋ねてくる。
「あの、その方はもしや?」
「私は那月ヨミ! 雨屋家次期当主である瑪瑙ちゃんの妹だよ。二卵性双生児だから同じ歳! あ、苗字が違うのはいずれ分家として私は独立するからだよ」
えっへんと答えるヨミちゃん。その言葉にざわりと周りがざわめく。
「ぬっ、ヨミよ。次期当主はセイに決まっておるぞ」
聞き捨てならないセリフに、父が反応して口を挟む。だけども、ヨミちゃんはその言葉にフフンと鼻で笑って、目を細めると手に持っていた扇を開き、口元を隠す。
「天女の力が必要な雨屋家で男が当主なんか無理です。石英さんは筆頭分家にでもなれば良いと思いますよ」
その好戦的な言葉に、父の顔が険しくなり、石英さんが激昂する───。
わけではなく、父は困った顔で石英さんを見る。石英さんはといえば………。
「そうっすね。次期当主の座は瑪瑙っちに譲るっすよ。俺っちは分家で満足です」
あっさりと同意しちゃった。あれれ、怒ると思ってたんだけど。
「何を馬鹿なことをっ! お前は当主になりたくないのか?」
困った顔の父の言葉に石英さんは俯くと、ぷるぷると手を震わして、地面に膝をつく。
「分家の方が絶対良い! Bランクの魔法使いなんてうちの分家じゃほとんどいないし、モテモテになるに決まってるっす。本家の当主だと、天女のように踊れねーのかよと、皆から冷たい視線と陰口を叩かれる。この違いが親父にはわからねーのかよ。天国と地獄だよ」
その不甲斐ない言葉に父は激怒し───。
「………わかる! わかるぞーっ! 本当は俺も当主になんかなりたくなかった! 野心溢れるクソ親父とクソ親父が好きすぎて何でも言うことを聞くヤンデレ母のせいで当主にされたが、本心は嫌だったんだ〜! それにお前が当主って無理だろとかなり思ってた。アホだし」
号泣して石英さんと抱き合った。なんか予想と違う。二人とも辛かったらしい。なんか無理に当主推ししていた模様。でも一言多いんじゃなかろうか?
「わかってくれるか、親父!」
「あぁ、わかった! それじゃ、次期当主は瑪瑙に決定だな」
父は私へと顔を向けて、重大な決定を即座に決定した。
そして私はあっさりと次期当主に決定しちゃった。
その言葉を聞いた分家の人たちは猛反対を───。
「次期当主瑪瑙様、バンザーイ!」
「そのとおりだ。天女様が当主に決まってる」
「今日は目出度い日だ!」
するわけもなく、皆で喝采して大賛成だった。展開についていけず、ヨミちゃんへと顔を向けるとヒクヒクと口元を引きつらせていた。どうやらヨミちゃんにとっても予想外の結果になったみたい。
「ま、まぁ、当主になった瑪瑙ちゃんの妹として私も支えちゃうよ。あ、支えますわよ!」
もうおねーさま呼びはなくなったみたいでしょんぼりだ。続けてくれて良いのになぁ。
とはいえ、突然現れた少女が気になったのだろう。分家の一人が声をかけてくる。
「もしやヨミ様も天女の力を持っているのでしょうか?」
「もっていまちぇんわ! ………もうこの口調止めとこ。持っていないよ、私に天女の素質はゼロ! それに野蛮な戦いなんかしたくないからね! 終わったあとに来たんだよ」
「はぁ……そうですか」
「オーホッホッケフッケフッ」
「ああっ、大丈夫ヨミちゃん!?」
高笑いをしようとして咳こんじゃうヨミちゃんの背中をさすってあげる。やり慣れないことをするからだよ。
「むぅ、これは要練習だね。というわけで、ご馳走だけ食べに来たんだけど………しょぼい食べ物しか食べてないと聞いたから、追加のお肉を買ってきたよ。全部パパのツケで! 浪費しちゃったんだ! 浪費ね、ろーひ!」
ろーひと繰り返して、ぶんぶん扇を振るうヨミちゃん。
大八車から降ろされたのは、炭に鉄板、そしてたくさんのお肉や野菜に瓶ビールやジュースだった。大八車を引いてきた人は虚ろな目をして呟いている。
「うぅ………値引きの魔女……3割引の上に、ここまで運ばさせるなんて……魔女め」
うんうん、ヨミちゃんは値引き交渉が得意だからね。わかるわかる。あの人たちは八百屋さんたちだね。がっつり値引きさせられちゃったと。
パン屋さんとか、閉店ギリギリに入って、値引き品をさらに値引きさせる天才だったんだ。
缶ビールにツマミに乾き物という寂しい宴会をしていた人たちは目を輝かす。
「ひゃっほー! 肉だぞ」
「俺たちも用意を手伝うぞ!」
あっという間にバーベキューの準備ができて、皆は肉を焼き始める。
「気がききますな!」
「さすがは瑪瑙様の妹さん」
「まったく持ってそのとおり」
口々にヨミちゃんを褒め称える人たちに、不満そうになるヨミちゃん。
「当主の座を簒奪して、戦うこともしないで、踊ることもできないし、浪費もしちゃう那月ヨミちゃんです! 那月ヨミに悪しき投票を!」
なんだかよくわからない叫びをしながら、ヨミちゃんはぽてぽてと鉄板に近づきお肉を焼き始める。
「瑪瑙ちゃん、お肉だよ! たくさん食べよう!」
「うん! 今行くね!」
笑顔のヨミちゃんに私は駆け寄って、お肉を食べるのであった。このお肉美味しい!
そうして、私の天女デビューは終わるのだった。




