27話 殺戮人形につき
荒御魂は床を蹴る。コンクリート床が陥没し、破片が舞い上がる中で、間合いをたった数歩で詰めると、ダイダラへと手に持つ湾曲した短剣で切りかかってくる。片手づつに持つ元は鎧の白蟻の爪であったろう短剣は鋭き光を見せる。
「クソがっ!」
『風輪剣』
ダイダラは罵り声をあげ、猛回転する風の輪を5個、前面に作り出して荒御魂を迎撃するべく放つ。
『風鋭刃』
さらに切れ味を高める魔法を付与し、その鋭さを増す。一個でAランクの魔物を簡単に切り裂く威力だ。マナも感じさせない魔道具ごときに防げるはずはない。
『鋭刃』
だが、青白く光った短剣が風輪を縦に切り裂く。一瞬でかき消される風輪に、目を見開き驚愕するダイダラ。その驚きは次なる荒御魂の動きでさらに増す。
荒御魂の腕がぶれたと思った時には、光の軌跡が幾何学模様を描くように煌めいて、他の風輪も一瞬で切り裂かれていた。
「ば、馬鹿なっ、下級魔法で打ち消した上に、視認もできない速さだと!」
Aランクの魔法使いであり、強化された身体能力は雑魚魔法使いなど話にならない程に強い。動体視力も向上しており、弾丸すらも見極めることができるはずであるのに、見えなかったことに動揺を隠せない。しかも敵の使った付与魔法は基礎魔法とも言える、弱い魔法なのだ。
「お、俺は速さ特化だぞっ! ま、魔道兵器程度に負けるものかっ!」
『風神体』
顔を引きつらせて罵り声をあげると、さらなる加速をするべく、身体能力を強化する。
ダイダラの身体がつむじ風に覆われると同時に、世界を置き去りにする速さを手に入れる。
「Sランクの俺の加速魔法。これならば!」
この奥義にてダイダラはSランクの魔法使いさえ殺したことがある。必殺の魔法は敵が攻撃に気づく前に首を切り落とす切り札であった。
身体が羽のように軽くなり、敵の動きがスローモーションのように遅くなる。動体視力は跳ね上がり、瞬きの間に、数撃を繰り出すことができる。
「見えたぞ!」
先程までは視認できなかった動きが見える。敵の振るう軌道が読めるようになり、ダイダラは己が優勢になったことを確信し、勝利の笑みを作ろうとするが、その口元は引きつり歪んだ顔にと変わってしまう。
なぜならば───。
「は、速い! な、さらに加速しただと! グッ」
刃に己の扇を合わせて弾き返そうとしたら、急速にその剣速が速くなったのだ。視認はできるが、合わせられるほどの余裕はない。
ザクリと肩が斬られて青褪める。
「う、うぁぁぁっ!」
神速とも言える自分よりも更に速い剣速にダイダラは遂に恐怖に耐えきれなくなり、自らも扇を振るう。
反撃だ。反撃をしなければ負ける。多少のダメージは許容範囲内、敵を倒さねば自分が殺される。
扇を振るうと、敵は短剣をぶつけて弾いてくる。だが、その防御のために手数は減る。そのことに光明を見い出しダイダラは連撃を繰り出す。
空中にいくつもの火花が散り、止まらぬ金属音を奏で続ける。ダイダラと荒御魂の攻撃は常人には決して見ることのない高速の世界へと入り込んでいた。
「わぁ、素晴らしいです。ほら、頑張れ、頑張れ」
ヨミは手拍子を打ち、楽しげにその戦闘を眺めていた。その瞳は無邪気で劇でも見ているような可愛らしい笑顔を浮かべている。
血飛沫が舞い散り、ダイダラの恐怖と絶望の表情を見ながら。
「く、クソがっ! ば、化け物め、化け物めっ!」
ダイダラは己を上回る速度の化け物がなぜそこまでの速さを持つかを理解した。達人の攻撃は腕がしなるように繰り出すとは比喩的に言うが、目の前の化け物は文字通り腕がしなっていた。
折れるほどには曲がらぬはずの関節は、まるで限界がないかのように振りかぶる際にカクンと後ろに直角に曲がり、その腕はゴムのようにしなっている。そこまで曲げた腕から繰り出される攻撃は、人間には出せぬ加速力を見せていた。
敵がこちらの攻撃を防ぐ時も同様だ。肩を狙えば攻撃を繰り出していた腕が突然横に折れ曲がり受け止める。腕を切ろうとすれば逆関節に折れて躱してしまう。
しかも、こちらの動きを見極めて、フェイントを混ぜつつ。的確に受け止めにくい攻撃や死角をついてくる熟練の剣士の動きを見せるのだ。
自分と同等の速さを持つのに、人間の動きをしない上に、熟練の剣士の動きを見せる敵。これでは勝てないのも道理だった。段々と斬られる回数が増えて、そのたびに動きは鈍り、自身の命が砂時計の砂のように減っていく。
死ぬ。そのことを確信する。この魔道兵器を倒しても、後ろで酷く無邪気な笑顔を見せる化け物に殺される。自分では勝てないだろう。
多くの敵と戦ってきた経験からわかる。あの少女の皮を被った化け物は人を人と思っていない。まるでいくらでも手に入る玩具を扱うように雑に殺していく。
狂気が宿っているわけではない。精神が壊れているわけでもない。演技をしているわけでもない。
あの化け物にとっては当たり前の日常で、常識なのだ。
自分の血が流れていき、身体が冷えてゆく中で、心が恐怖で冷えていく。
「だが、ここで諦めるかっ!」
後のことは考えるのを止めた。今、目の前にいる敵を倒してからこの場を脱出する方法を考える。悲壮な覚悟で己のマナの殆どを引き出す。
ダイダラの周りが刃の切れ味を持つ竜巻になり、地面が削れていき、宙に舞う石ころが切り刻まれて砂と変わる。
「もしかして奥義ですか? 妾は他人の必殺奥義を見るのが大好きなんです。ドキドキしちゃいます」
目をキラキラと輝かせて、楽しみだと両手を合わせる少女へと、憎しみと怒りを込めたマナを扇に集めていく。
扇からチカチカと瞬く光が生まれて、倉庫を埋めていく。光は姿を変えて桜花びらとなり、花吹雪となり吹き荒れる。
「わぁ、とっても綺麗です。顔に似合わず美しい魔法を使うのですね」
「その余裕の笑み、この死出の花びら舞う中で、消えないでいるか楽しみだ」
『桜花嵐刃』
ダイダラは舞をひとさし踊るように扇を揺らす。軽やかに美しい花びらのように揺れる扇。空舞う桜吹雪が鋭き刃の吹雪となり、魔道兵器を、その後ろにいる化け物へと襲いかかる。
花びらに覆われて桜色の塊へとヨミたちは変わる。
剣ではなく、扇の理由。花びらを操り風に乗せて敵を切り裂く必殺の奥義。何者も逃れることのできない最後のダイダラの秘奥義。
「や、やったか?」
喉から振り絞るように声を出し、一縷の望みに全てをかけたダイダラは崩れていく花びらの塊を見て──。
「あ、ァぁぁ」
魔法の効果が切れて、花びらが空中に消えていく中で姿を現す二人に絶望のどん底に落とされた。
そこには傷一つない二人の姿があった。かすり傷一つなく、髪の毛一筋すらも切れていなかった。
「ふふふ、他人の必殺奥義を見るのはとても楽しいです」
小首を傾げるとヨミは柔らかな優しい笑みを見せる。
「だって最後の希望が絶望に変わる人の顔って、とっても素敵なのですもの」
その罪なき声音と、罰なき笑みを見たのがダイダラの最後であった。
「な、なぜ……たかだか鎧白蟻の装甲なのに………」
ピシリピシリと鞭打つような音と共に、紅い軌跡がダイダラに奔っていく。
「それはですね。ヨミちゃんはたとえそこらの畑に置かれている案山子でも、ドラゴンを倒せる程度なら、人形を強化することができるから、でした〜」
ペロッと小さく舌を出し、悪戯のネタバラシをするかのように告げるヨミを前に、ダイダラの身体に細かく軌跡が奔っていく。
「そして、『人形特性共有』の能力で、かたーい荒御魂の身体となった私も傷一つつかないのでした〜」
最初から茶番だったのだと悟る。遊ばれていたのだと。この無邪気な化け物は最初からその言葉通り、劇を楽しんでいたのだ。
「血と殺戮のく、傀儡師」
最後の言葉が口にのぼり、肉片となって床へとドチャリと零れ落ちるのであった。
「妾の人形劇。楽しんで頂けたら幸いです。この扇はおひねりとしてもらいますわ」
糸を繰り出し、扇が落ちる前に絡めて引き寄せると、口元を扇で隠し、クスクスと笑うのであった。
「わ、わひゃぁ〜っ」
壁際から悲鳴が聞こえて、つまらなそうにヨミは顔を向ける。
「あら、そういえばもう一人いましたか」
「あびゃびゃ、ば、化け物……」
四つん這いになり、ガタガタと震えて春屋が逃げようとしていた。顔は蒼白で口元からよだれを垂らし、正気にも見えない。
のたのたと赤ん坊が這うよりも遅く、春屋は倉庫から逃げようとしていて、その姿が酷く滑稽で、ヨミはフッと鼻で笑ってしまう。
「10万両で終わらせてあげたものを。哀れですわ。でも、豚というのは目の前の餌にしか興味を持ちませんから仕方ありませんか」
パチンと扇を閉じて、世界が凍りつくような眼差しで春屋を見る。その眼差しに気づいたのか、春屋は声を震わせながらも叫ぶ。
「か、かねをまだおでには金がある。いくらでも払うから、は、払うから命だけは」
「その命乞いで人形にして差し上げたのは気まぐれだったからです。今回は……喰われてくださいませ」
突如としてコンクリート壁が壊れる。瓦礫が地を埋める中で無数の鎧白蟻たちがぎちぎちと顎を噛み合わせて、倉庫に入ってきた。
「ま、まって、待っでぐれぇ〜」
春屋へと鎧白蟻たちは群がっていき、バリバリと噛み砕く音が響く中でやがて悲鳴は消えていった。
「哀れ、鎧白蟻を独り占めしようとして亡くなるなんてお悔やみ申し差し上げます」
呟くヨミの声が聞こえたのか、春屋を食べ尽くした鎧白蟻たちはフラフラと身体を揺らしながら倉庫を去っていった。
「これで片付きましたけど……ヨミさん、妾は簡単に出てはこれませんし……貴方様の能力の高さは信じております。動揺し、困惑し、常の心を忘れませんように」
ため息をつくヨミの銀髪が端から青へと戻っていき、血のように真っ赤な瞳は青へと戻っていった。
「数多の世界を救い、滅ぼしたその手腕。期待しています」
そうして、瞼をゆっくりと閉じると、纏う空気が禍々しいものから、穏やかな空気へと変わる。
「あぁ、そうだね。これは、私の失敗だった」
ゆっくりと瞼を開けると、むぅとヨミは頬を膨らませる。
「小悪党プレイは甘かった。焦りでいつもの私を見失っていたよ」
フゥと息を吐き、コキリと首を鳴らす。………ことが柔らかい子供の身体では無理だったので、小さな足でぺったんぺったん足踏みをしておきます。
「もう一人の私か………」
そうして今の出来事を思い出し、空をあおいで遠い目をして、胸に手を添えてため息をつく。
2つの人格を持つ……間違いない。
「不治の病───高二病か……なるほどね」
ヨミは現実逃避をした。




