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人形遣いの悪役令嬢 〜悪役なので、もちろん悪役をした分報酬はもらいます  作者: バッド
1章 目覚める悪役令嬢

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25話 焦りにつき

 廃ビルを何棟も飛び越えて私は空を移動していた。魔糸を前方に展開しては前方に張り付けて、ビル壁すれすれを飛んでいき、周囲の魔物をチェックしていく。


 地上を押し合いへし合い歩く鎧白蟻の数はもはや万を超えるだろう。よくもまぁここまで放置していたものだ。下手すれば区が滅びていたかもしれない。


 だが、あれならば魔法使いの範囲魔法の良い的だ。問題なく駆逐できる。


「そのお零れを貰うつもりだけど……」


 通り過ぎていく廃ビルの中を素早く確認していく。ひび割れたコンクリートに、放り出された椅子やテーブル、その影に彷徨くグリズリーラットや子犬ほども大きい黒い虫。


 雑魚ばかりだ。あんなのを相手にしてもステータスは上がらないだろう。効率よく上げるために、目を皿のようにして確認していき、少し先にある屋根が壊れて大穴が空いている蒲鉾形の倉庫に気づく。


 そこはコンテナや倒れた重機が入り口を塞いでおり、出れないのだろう、ウロウロと彷徨く鎧白蟻の姿があった。


 その数は10匹足らず。ちょうど良い数だ。


「まずはあいつらだ」


 短剣を横に構えると、好戦的な鷹のように目を細めて嗤う。そして、手を振ると倉庫へと魔糸を張り付けて、上空から一気に滑空していく。


 冷たい風が頬を撫で、髪を靡かせながら、私は倉庫へと接近する。


「カーラ、バトルだよ。サポートよろしく!」


 滑空する中でお願いするが、答えはなく空中に通信モニターが展開されることもなかった。


「やっぱり駄目かぁ。ラクタカーラに搭乗している時のみ稼働するのかな?」


 少しだけがっかりするが、予想通りだ。装甲バスでの戦闘以来、何度も呼び出したが、反応はなかった。ラクタカーラ支援用だと言うことなのだろう。


 まぁ、問題はない。このレベルの魔物たちならば倒せるだろう。それに自分で直接戦った方がステータスは上がる予感。


 いつもは安全マージンをたっぷりととるヨミは、自身の行動を自覚することなく、敵の中へと突撃する。


「まずは一匹!」


 私に気づいて顔をあげる鎧白蟻の喉元へと、その表皮の繋ぎ目へとするりと短剣を押し込む。短剣はたいした抵抗もなく鎧白蟻の首を切り落とす。


 地面へと着地して、ざざっと靴が擦れる。キラリと光る短剣を構え直して、私は身体を翻し構えをとるとニヤリと嗤う。


「皆殺しだっ! 私の経験値のための餌となってね!」


『マナ注入30』


 他の鎧白蟻が私の声に反応して、身体を向けてくる。その様子を見て、クンと魔糸を引き寄せると、鎧白蟻の後ろから掃除機ロボットが突撃してきて、金属腕を振るう。


 正確に鎧白蟻の首筋に叩き込みへし折ると地面へと叩きつける。


「ギギ!?」


 鎧白蟻たちは半数が掃除機ロボットへと向かい、残り半分は私へと向かってきた。判断が早いし、統率力も高い。集団で戦うことに特化した蟻さんだと言うことだろう。


「だけど、その程度の数では私には敵わないっ! 何千回も何万回も戦ってきた私にはっ!」


 接近してきた鎧白蟻が腕を振りかぶる。その手甲についている短剣に見える爪が赤く光る。


鋭爪シャープクロウ


 建物を食べるために使っているのだろう魔法の付与された鋭き爪が迫るのを冷静に観察して軌道を見切り、倉庫に展開した魔糸を巻き取る。


 身体が加速して、爪の真横を通り抜ける中で、装甲の継ぎ目へと短剣を添えるように食い込ませていく。ガチンと軽い音を立てて鎧白蟻の胴体が分断されて、床へと落ちてガシャンと音を立てる。


 残り3体。敵は仲間が倒されても気にせずに、私へと迫る。


 右の鎧白蟻が袈裟斬りを、もう一匹が左からの横薙ぎ。最後方がこちらの動きに合わせてのカバー。


 3体の敵は訓練された練度の高い兵士よりも息が合っている。


「だけど、スピードが絶対的に足りないね!」


 魔糸を巻き寄せて狙うは───。


「一番最後方!」


 キュンと急加速すると、2体の鎧白蟻を通り過ぎて、一気に最後方に飛ぶ。


 袈裟斬りも横薙ぎも加速する私に追いつけない。チッと髪がかするが気にしない。


 肉薄する私へと鎧白蟻は両手の爪を展開させて斬りかかるが、目前でタンと床を蹴り、くるりと縦回転するとその頭上を超えて、首元に短剣を突き刺す。


 瑪瑙ちゃんの魔法により柔らかくなった表皮、さらにその継ぎ目は抵抗なく貫ける。力を失いガクリと倒れる。


「せやっ!」


 床を強く踏み込み振り返ると、残りの2匹に魔糸を絡ませて、一息の間に間合いを詰めて、短剣を舞うように閃かせていった。


 眼前に迫る腕を斬って、腰をかがめて回転すると、隣の鎧白蟻の脚へと一撃を加える。


 体勢を崩す鎧白蟻の間へと再び突進して、横回転から腕を伸ばして、急加速した遠心力を利用して首を次々に切り落とすのであった。


「自由よく業を制す。自由な私の前に、蟻如きが相手になるわけないでしょ」


 片目を細めて、フンスと胸を張っちゃう。残りの五体は、掃除機ロボットがあっさりと片付けていた。


「この調子で雑魚狩りを続けていき、ステータスを高めて、とりあえずまともな能力値に……むむっ?」


 たくさんの雑魚を倒していこうと私がほくそ笑むが、轟音が響き渡りグラグラと倉庫が揺れる。


「あ〜、フラグを立てちゃったか」


 倉庫の壁が壊れると、瓦礫の中からズシンと重々しい音を立てて、何かが入り込んできた。


「鎧王蟻かぁ」


 黒光りする強化服を着た巨人が瓦礫を崩して、他の鎧白蟻を踏み潰し、私の前に立つ。


「ギィギィ」


 鉄の塊のような装甲。鉄柱のような手足、漆黒の鎧を着た戦士はこちらを睨んでくる。その手甲のような前脚についている爪はまるで大剣のように長く鋭い。


 その大きさは3メートルほど。鎧の中に潜む骸骨は人のものではない。


「ゴブリンリーダーを取り込んだか。だけど図体が大きいだけで、ランクは同じ!」


 だけど、設定資料が教えてくれる。その戦闘力は全体的に一回り上回ってはいるが、それだけだ。そのためにランクは同じ。


「レアなだけだぁっ!」


 鎧王蟻へとピトリと魔糸をつけると、矢のように飛び込んでいく。迎え撃つ鎧王蟻が大爪を振るってくるが、天井に魔糸をつけると急上昇して躱す。


 大振りで体勢を崩した鎧王蟻に入れ代わりに掃除機ロボットが突撃する。


「さらにパワーアップ!」


『マナ注入20』


 私の注ぐさらなるマナにより、掃除機ロボットの筋力は上がり、鎧王蟻の頭を横殴りする。ガンと大きな音を立てて、鎧王蟻がふらつくのを見て、私は糸を解除してその肩に降りる。


「うぉぉぉ!」


 動きが鈍った鎧王蟻の装甲の隙間に咆哮をあげて、短剣を突き入れていく。キシキシと音を立てて、蟻の体内を切り裂く。


 鎧王蟻が大爪を振るってくるが、すぐに魔糸を壁に張り付けて巻き取ると、その場を跳びのく。掃除機ロボットも同じく敵の攻撃を躱す。


 機動性に長けた私の戦法に鎧王蟻の鈍い動きではまったくついていけない。


「でも、鎧王蟻の能力は鎧白蟻の能力よりも遥かに高い。こうやってガンガン攻撃していけば、ステータス上昇が高くなっていくはず」


 カモだ。蟻だけどカモなのだ。ゲーム仕様が適用されるのだから、ヨミちゃんアタックを繰り返していけば、筋力も上がる。


 鎧王鎧の身体をてってと走って、攻撃を続けていく。鎧王蟻の振るう速度、攻撃の前の予備動作、動く際の速さ。既に見切っている。


 無駄のない攻撃だけど、単純だしそれだけに読みやすい。スキル上げにぴったりの相手だ。


「全体的にステータスを高めないとエンディングを目指す前に、なにもできな──」


 戦果を考える私にボーリング球のように硬い強烈な風がぶつかった。


風弾ウインドブリッツ


 グシャリと音がして、私は強い衝撃を受けて吹き飛ぶ。鮮血が迸り、鎧王蟻に降りかかる。


 床に叩きつけられて、勢いよく転がって壁へと激突する。


「グウッ、な、なにが!?」


 立ち上がろうとするが、あまりにも酷い痛みで立ち上がることができない。自分の身体を確認すると右腕がグシャグシャになって骨も覗いている。肋骨にもヒビが入っているかもしれない。


「ダメージがでかいっ。まずいっ、戻れ、掃除機ロボット!」


 激しい痛みに耐えながらも、掃除機ロボットを盾にしようと引き戻す。


暴風刃ストームブレード


 倉庫の陰から何本もの緑色の三日月の刃が高速で飛んできて、戻ってくる掃除機ロボットへと命中する。魔法装甲と化していたはずなのに、バラバラに引き裂く。


 私の目の前に破片となった掃除機ロボットがガランガランと落ちてくる。


「ま、魔法? しかもBランクの魔法?」


 撃たれた魔法の種類に舌打ちする。驚きと共になにが起きたのかと周りを慌てて見る。


風陣爆鎖ウィンドチェーン


 再び声が聞こえると、鎧王蟻の足元に魔法陣が現れて、緑の鎖が飛び出すとその身体に絡みついて動きを止める。鎧王蟻は暴れるが、完全に封じられているために、まったく動くことができない。


「あ〜、あの護衛ロボットはたけーんじゃねーの? ちっともったいなかったぜ」


 倉庫の陰から、何者かが歩いてくる。とぼけた口調で軽い足取りだ。


「ふん、あのような物などいくらでも金で買える。それよりもあの娘を完全に封じろ」


 その後にの太い声が聞こえてくる。苛立たしい声音で、不満そうに聞こえる。


「はいはい、クライアント様の言うとおり」


風陣爆鎖ウィンドチェーン


 私の足元からも魔法陣が描かれて緑の鎖が飛び出してくる。逃げようとするが、間に合わず、その鎖に触れられた途端に身体が痺れて動けなくなってしまう。


「これでよろしいので?」


「あぁ、良いだろう。小娘の魔力は予想よりも遥かに高いようだからな。用心はすることだ」


「たしかに。簡単に捕まえることができると思ったら高速で空を飛ぶ魔法を使えるとはね。この娘は育てればAランクの魔法使いになりますぜ」


「ふんっ、育てるつもりはない。そんな危険なことはせん」


 話し合いながら現れたのは、ワンドを手に持つひょろりとした痩身ながら、針金のように鍛えられた男と、太った見覚えのある男だった。


「は、春屋! なんのつもり!」


 なんで攻撃をしてきたのかわからない。復讐か? 私が策略を企てたとバレたのか?


「ふふん、まだまだ小娘だが、子供は産めそうだ。これなら問題ないだろう」


「はぁ?」


 豚にそっくりな春屋が鼻で笑いながら、私を見て言う。なんて言ったんだ? 子供? 私が?


「そうだ。天女は雨屋のものになったが、目立たない妹がいたと思いだしてな。誰にも注目されない貴様なら拉致しても気にされないに違いない。たとえ雨屋の直系だとしても」


 マジかよ。え、そうか、その手があったのか。外道な試みすぎて検討に入れたことがなかったよ。


「拉致した私に子供を産ませて天女にするつもりだね! そして春屋家が本家になるつもり?」


「頭が回るではないか。そのためにBランクの魔人も雇ったのだ。まぁ、手が一本程度なくても問題ないだろう。これからはバンバン子供を産んでもらうから覚悟するんだな」


 ニタリと嗤って告げてくる春屋の言葉に、唖然となりじわじわと怒りが増す。


 迂闊だった。春屋の動向を調べるべきだったのに、忘れていた。どうやってステータスを高めるかばかり考えていた。少し考えれば春屋の動きなんか予想できたのに。


「さて、拉致して別荘に連れて行くぞダイダラ」


「まぁ、お嬢ちゃん。これも仕事だからわりぃな。それに快楽だけに浸かってられるんだから、これからは幸せな人生だろうよ」


 ダイダラと呼ばれた男はケラケラと面白そうに嗤う。ぬぬぬ、これだとバッドエンドヨミちゃん監禁エンドだよ、畜生。


 だが、激しい痛みと出血でフラフラし始める。魔糸を使う余裕はない。


 監禁された後に逃げるクエストへと移行か……。


 私はガクリと頭を俯けて、意識を失うのだった。


『ここは、こんな展開はノーサンキューと言えば良いのでしょうか?』


 どこからか聞こえてくる呆れたような私の声を聞いて。


           ◇


「ダイダラっ! 誰にも見られないうちに、さっさと運ぶぞ。秘密を知る者が少ないように私自身が来たのだからな! 無駄な時間はないっ」


「へぃへぃ、わかりました。まぁ、気配感知には俺ら以外は誰もいないから大丈夫ですよ」


 春屋の怒鳴り声に肩をすくめて返し、気絶したのか、顔を俯けて静かになった小娘にダイダラは近づく。


「これも金のため。恨んでくれるなよ、お嬢様」


「恨みはしませんわ。だってこれは妾の責任ですもの。迂闊でした妾の」


「むっ!?」


 気絶していたはずの小娘がお淑やかな平気そうな声で返してきて、ダイダラは素早く後ろに下がる。


 その姿を見て、小娘はクスクスと笑いゆっくりと立ち上がる。封じていたはずの結界鎖がパリンパリンと砕けていき、泡のように消えていく。


「な、なんだこやつ、髪の色が」


「なにか嫌な予感がしますぜ、春屋さん」


 春屋が目を剥き小娘を指差し、ダイダラは警戒して身構える。


 立ち上がった小娘の髪の色が青から鈍く輝く銀の髪へと変わり、めちゃくちゃに折れた右腕がゴキリゴキリと音を立てて元の姿へと戻っていく。


 そうして破れた服すらも元の綺麗な姿へと変わり、小娘は腕を胸に添えて、優雅に礼をしてみせる。


「はじめまして、お二方。妾は那月ヨミ。人からは血と殺戮の傀儡師と呼ばれておりました。短い付き合いとなるでしょうが、よろしくお願い致します」


 口元が三日月のようにニコリと微笑み、顔を持ち上げる。


 その瞳は血のように紅く、爛々と輝いていて───。


 本能が怖気を覚えるものであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この章をありがとう [一言] ほんとのヨミちゃん?(⑉⊙ȏ⊙)
[一言] 回帰保険にでも入ってたのかな?
[良い点] 謎の人格??に目覚めてバッドエンド回避じゃーい! [気になる点] 当たらなければどうということも……! でも生身で戦う選択を選んだのは、蟻に瑪瑙ちゃんのデバフが効いているのもあるのかなー…
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