24話 鎧白蟻退治につき
スラム街は悲惨なものだ。もはや廃ビルには小物なれど、人を喰う魔物が跋扈してるし、それ以上に人が人を襲う。
段々と植物が侵食してきており、人の住処は駆逐される。金もなく職もなく頼れる友人すらいない者たちは、流れ流れてやがて土くれの中に骨となって消えてゆく。
そんな悲惨な世界だが、その日は様子が違った。
武装した多くの者が集まっており、ワイワイとお喋りをして騒がしい。革の鎧に鉄槍や剣、変わったところではハンマーを持っている者たちもいる。それを率いる杖を持つ魔法使いが後ろで立っていた。
雨屋家の一族総出の光景だ。いや、春屋家は来てないか。
基本的に弱い魔法使いたちの集まりである雨屋の一族は本家に、いや、天女におんぶに抱っこ、赤ん坊プレイ希望のバブバブな者たちだ。
大きな会社を持つ者は少なく、財政的にも弱いために、天女が主催する魔物狩りで基本は大金を稼いでいた。
この20年は天女がいなくなったために弱体化し、その栄光というか、寄生しての甘い汁の味を知らない者たちも多くなり………いけない、いけない。どうもネガティブな思考に陥っている。
私はフリフリと首を振り、風吹く廃ビルの屋上から、地上の集団を眺めていた。
悪いところをあげたけど、良いところもあるのだ。それは天女のおかげで豊かな生活ができていると知っているため、どの分家も忠誠心がとても高い。
これは他の区の貴族たちよりも遥かに団結力が高いことを示しているし、弱い魔人なりに天女の支援で戦えるから、必然的に数も多い。
他の区ではたいした魔法を使えない魔力の弱い奴めと追放される者でも、雨屋区に来れば活躍できると聞いて訪れる。そして、天女の下でなら魔法使いとして活躍できると感激し、いずれはどこかの分家に婿入りしたりするわけ。
そういった者たちが集まる雨屋区は天女崇拝の下でこそ成り立つと言って良いだろう。過言ではなくね。
その天女崇拝は、今再び復活しようとしていた。瑪瑙ちゃんの固有スキルは知ってる。その固有スキルを持つ者が天女となるのなら、なるほど凄まじい威力を発揮するに違いない。
皆は新たなる天女に期待している。パパは機を見るに敏、春屋家を叩いた後が絶好のチャンスだと考えた。
「諸君、新たなる天女が我が雨屋家に再び舞い戻ってくれた! まだまだその技は未熟なれど、今回の狩りで天女としての力の一端を知らしめん!」
集団の少し後ろで、分家の者たちに守られている円陣の中心でパパが堂々たる態度で宣言する。髭は整えられており、一応まともな……まともな悪人に見えるな。
「私は雨屋瑪瑙と申します。今代の天女に就職しました。皆様よろしくお願い申し上げます」
隣で巫女服に羽衣をまとうピンク髪の優しげな美少女瑪瑙ちゃんが挨拶する。就職ってもう少しセリフを考えた方がよくないかな。
「今回の魔物は鎧白蟻を対象とする。それ以外の魔物もいるが、基本はその魔物だ。これ以上、建物を喰われるわけにはいかんからな」
隣に立ち保護者っぷりをアピールするパパ。私はその様子を見て薄ら笑い、口端をむにっと釣り上げる。
「天女を捕まえた漁師が最後どうなるか知ってて言ってるのかね、パパは」
まぁ、今のところはどうこうするつもりはないよ。それよりも優先することがある。
「さて、天女の力がどれくらいのデバフ効果があるか、特等席で見せてもらおうかな」
風に靡く青髪を押さえつつ、私が観察していると、瑪瑙ちゃんは空へと顔をあげて、私を見つけてムフンと鼻を鳴らす。頑張ってね、瑪瑙ちゃん。
シャンシャンと神楽鈴を鳴らし、天女な瑪瑙ちゃんが踊りだす。その舞は天賦の才があるのだろう。たった一週間しか練習していないのに、美しいものだった。
風が凪ぐかのように静かに踊り始めたら、激しく鮮烈に動きを変える。羽衣がふわりふわりと空中を舞い、華麗にして優美なる舞を美しき少女は魅せる。その肌にかいた汗が飛び散る様も太陽の日差しに照らされて、キラキラと光って瑪瑙ちゃんを際立たせる一つとなっていた。
『柔雲の舞』
そうして、瑪瑙ちゃんの身体から優しい光が粒子となって生み出されると、波紋のようにゆっくりと広がっていく。その波紋は人々を超えて、廃ビルや崩れた家屋を通り過ぎていった。
「ギォギォ」
その途端、廃ビルや崩れた家屋から金属を擦り合わせたかのような背筋を凍らせる響きが聞こえてくる。
その響きは田んぼの蛙の大合唱のようにそこらじゅうからしてきて、人々はその鳴き声に怯んで顔を強張らせる。
「く、来るぞ。来るぞぉ〜!」
誰かが悲鳴のように声をあげて、屋根が潰れて今にも倒壊しそうな店舗を指差す。元は洋裁店だったのだろうか、こじんまりとしたお店は、ディスプレイには死体のように足や手が外れたマネキンが転がっており、虚ろな恐怖を与えてくる。その店舗が僅かに震えると、震動しながら崩れ始める。
まるで積み木のように壊れていき、砂埃が舞う中で無数の人影が垣間見えて、カシャカシャと金属音にも似た足音を立てながら姿を現した。
背丈は2メートル。一見すると背の高い人間に見える。その身体は肌につくような鉄板を何枚もびっしりと組み合わせた強化服を着ているように見える。特撮ヒーローの仮面をしているバッタのような格好だ。蟻だけど。
鮮やかな緑色の強化服は全身を覆っており、その中身は兜から覗く顔しか見えない。
「キチキチキチキチ」
カチカチと歯を噛み合わせる音が聞こえてきて、ゆっくりと歩いてくる。武器はといえば、手甲についている長細い湾曲した短剣のみ。
「来たぞぉ〜! 鎧白蟻だぁ〜!」
近づく敵を見て、リザードマンの亜人が叫んで斧を構える。周りの人々も怯えた顔で武器を身構える。
皆、人の姿をしていても、その正体を知っているのだ。そしてその強さも。
「まてぃっ! 舞踊の効果があるか、この一撃で見定めん!」
パパが叫ぶと弓を番える。ただの木の弓だが、その矢がマナによって僅かに青白くなる。
ヒュッと風切り音を立てて、近づく鎧白蟻の兜へと見事命中し、その矢は深々と刺さる。着込む人ではなく、兜へと。
「ギ………」
鎧白蟻は倒れると痙攣する。皆がゴクリと見守る中で、おかしなことが起きた。
強化服と見えたものはパラパラと魚の鱗のように外れていき、倒れ込んだのだ。そして中身も糸が切れた人形のように力なく地面に倒れ伏す。
ピクピクと痙攣する強化服は折りたたまれた脚がでできて、兜から悲鳴を上げる口が開く。そして力を失い息絶えた。
「うぉぉぉ! しょぼい木の矢で鎧白蟻の装甲を貫いたぞ〜!」
「あの金属板のような表皮をやすやすと貫くなんて驚いたぜ!」
「やれる、これなら楽勝だ!」
「そうだそうだ。雑魚当主の攻撃で倒せるなら、俺達も倒せる!」
皆が鎧白蟻が死んだことに喝采をあげる。鎧白蟻と呼ぶものは強化服のように見えるものであった。中身は白骨化した人骨だけなのだ。
『鎧白蟻は群れの場合Cランク。単体ではDランク。家屋を食べる白蟻の一種で、その数は極めて多い。群れで活動するためにランクが1段階高い。特徴は死体に取り付き操ること。その様子はまるで金属鎧を着込んだアンデッドナイトに見える。正体を知らない者は中身を本体だと懸命に攻撃をして、無駄に力を使う』
鎧白蟻の特徴。死体の背中に張り付くとその身体を変形させて、強化服のように姿を変えるというものだった。薄い表皮は魔法金属のように硬く、爪の一撃で敵を屠る。厄介なのは人間のように戦うということだ。死体はまるで戦士のように振る舞い戦闘をする。
蟻らしく怪力でもあり、虫らしく手や足を破壊してもなかなか死なない。そもそも相対した戦士は死体の頭や胴体を狙い戦闘するので、本体にダメージを与えることがない。
しかも無数に現れるので、倒すには大規模魔法が必要な魔物であった。
しかし、瑪瑙ちゃんのデバフ効果により、鎧白蟻はその表皮が柔らかくなっていた。魔法金属のように硬い表皮がまるで生えたばかりの若木のようで、Cランクでしかないパパの力でも簡単に貫くことができたのだ。
「魔法使いたち、まずは軽く一発当ててやれっ!」
「はっ!」
パパの命令で、続々と押し包むようにそこらじゅうから現れる鎧白蟻の前に隊列を作り、分家の魔法使いたちが構える。誰も彼もCかDランクの魔法使いである。
だが、魔人のCランクは亜人のCランクとは強さが違う。身体能力では劣ることもあるが、その本領は魔法にあるのだから。
『熱風』
ゾンビのようにゆっくりと歩いてくる鎧白蟻の前に、一斉に手を翳すと魔法を放つ。
手のひらの前に魔法陣が展開されると熱風が吹き出した。空間を熱し、地面を赤く熱し、熱風は鎧白蟻の集団へとぶつかる。そして、高熱の風はさざなみのごとく広がっていき集団を通り過ぎていく。
熱風を受けた鎧白蟻たちの身体は緑色から熱した赤い色へと変わっていくと、ヨロヨロと倒れていく。ガシャガシャと音を立てて迫りくる軍団は全て地面へと横たわる。
「やったか!」
魔法使いの一人が喜びの声をあげて、隣の男にそのセリフを吐くんじゃねぇと殴られる。
だが、想いは皆同じであった。
虫は手強い。倒したと思っても、生きていることが多いのだ。黒い虫に殺虫剤をかけて倒したと安心すると、顔へと向かって飛んでくる場合もあるのだ。
だが、鎧白蟻たちはピクリとも動かず絶命していた。冒険者の一人が恐る恐る近づいて、手に持つ槍でつつく。だが、ピクリとも動かない。
「うぉぉぉ! 死んでる、倒しているぞぉ〜!」
「や、やったぁー!」
「魔法使い万歳、天女様バンザーイ!」
その報告を聞いて、皆が歓声をあげる。魔法使いたちは、当然のことだと胸を張って自慢げにしたり、得意気に鼻を擦ったりしている。
これこそが魔人と亜人との違いだ。『攻撃魔法』は、亜人が槍を振るうよりも遥かに攻撃力が高く、効果範囲も広く、遠距離から攻撃できる。
ゆえに自分たちと同じランクの魔物は、亜人たちは何人も集まらないと倒せないが、魔法使いならたった一人で倒せる。ランクの高い魔物も魔法使いなら戦いようによっては倒せるのである。
この格差こそが魔人と呼ばれる所以であり、人々を守る守護者として尊敬されている理由であった。
………とはいえ、ランクの低い魔法使いたちだ。本来なら範囲魔法で鎧白蟻を一撃で倒せはしない。物理、魔法両方に高い耐性のある表皮を持つ鎧白蟻には4発は当てないと倒せないだろう。
しかし、瑪瑙ちゃんの『柔雲の舞』が一撃で倒すことを可能としていた。
「予想よりも遥かに効果が大きい。天舞の指輪の効果もあるのかな? どうやら効果範囲も1キロを超えてるみたいだし」
周囲を見ると遥か遠くの魔物も反応して動き始めている。効果範囲は3キロを超えるかな?
この舞に加えて仲間の攻撃力や魔力を高める舞を覚えれば、ランクの高い敵も雑魚狩りのように倒せるだろう。恐るべき魔法効果である。しかも舞踊魔法は抵抗しにくいことも設定資料から知っている。
天女のジョブについても調査済みだ。通常の舞踏魔法の効果は僅かなものだ。それは真の力を引き出せないために、1割程度に効果が抑えられるから。
それが100%の効果を発揮できるのだ。チートジョブだと感心したよ。そのランクはといえば最高峰のSSランク。少し前に瑪瑙ちゃんのステータスを再度確認したら、ジョブが天女になっていた。
「SSランクのジョブなだけはあるね。さすがは大貴族のジョブってわけか」
見覚えのあるトレントの亜人である冒険者たちが、喜び勇んで魔石を鎧白蟻から取り出している。あれは一個5銀はする。それが周囲に数百匹。彼らはお金の山に今いるわけだ。
魔物たちは続々と集まって来ているが、柔らかくなった表皮の鎧白蟻は正体を知っている冒険者たちにとっては、たいした相手にならない。怪力からなる雑な攻撃に気をつければ、武器でも勝てる。きっと殲滅できるだろう。
「それじゃ、私もパワーレベリングに参加するかな」
魔糸をクイと動かして、後ろに佇む掃除機ロボットを動かす。今回は目立つので、ラクタカーラは持ってきていない。
その代わりに大振りの短剣を家から持ってきた。
「倒せるだけ倒してステータスを上げる。駆逐して殲滅して全滅させちゃうんだ」
強くならなければならないと、きつく唇を噛みしめると、魔糸を隣の廃ビルへと貼り付けて、私はトンと床を蹴る。
掃除機ロボットを後ろにつれて、私は鎧白蟻を倒すべく密かに空を舞うのであった。




