22話 お別れにつき
「かんぱーい!」
カチンとグラスのかち合う音が軽やかに響き、私たちは乾杯をした。上手く借金が返済できたことのお祝いだ。
今は畳敷きのお部屋で、雨屋家一同ちゃぶ台を囲んでいる。
「いやぁ〜、まさかあれだけ上手くいくとはな。あれだけの借金を一瞬で返済できるとは夢にも思わなかった」
ガハハと笑って、白雲がコップになみなみと注いだ水を飲む。ごくごくと飲んで実に美味しそうだ。
「でも、あの『天界の』なんだっけ? まぁ、あれが壊れなかったらもっと大金を稼げたのなぁ」
「いや、あんな物が手元にあったら、命がいくつあっても足りん。どいつもこいつも盗みに来るのが目に見えてる」
残念そうにパリポリと良い音を立てて沢庵を食べる石英。その言葉に白雲が否定してくる。とっても沢庵美味しそうだね。
たしかにあの宝玉を盗みに来るのが目に見えている。しかも他の区の者たちである可能性は高い。雨屋区の弱っちい魔人でなくて、人外の魔人が盗みに来たら、瑪瑙ちゃんの命も危ない。壊れて良かったんだよ。
「でも、偶然にもヨミちゃんがあの宝玉の力を知っていて良かったわ。あんな力を持っていたなんてねぇ」
「はい、昔にママが夢うつつの中で、話してくれたんです。夢だとは思いますけど、あれ、あの宝玉って、ママが話してくれた水晶玉にそっくりだなぁって気づきました」
めざしを食べながら華子の言葉にもじもじとして、私は懐かしそうに昔の記憶を語る。
水晶玉を見て、ピンときたのだ。あの水晶玉は潜在能力を解放する『天候のなんちゃら』にそっくりだって。
透明でつるりとしていて丸いところから、たぶんあの遺物だって気づいたんだよ。水晶玉って、普通はそういう物? 玄人ヨミちゃんの目利きだと見ればわかるのだ。ヨミちゃん嘘つかない良い子。
「壊れたのは残念だが、あれは春屋家の物だったからな。我らはこれからは天女も戻ったし、再興できる。いや、してみせる!」
「わぁ、見事なまでの他力本願……」
白雲の強い言葉に呆れた目で瑪瑙ちゃんがもぐもぐとご飯を食べる。ごはんは白米だ。
というか………。
「あの、こういう場合はずらりと並べた料理でお祝いするのでは? なんで、白米と味噌汁にめざしと沢庵? 残りの6万両はどこにいったんですか?」
私の迫力あるちゃぶ台叩きの音がペチと響く。そこには白米の盛られたお茶碗、豆腐とわかめの味噌汁、めざし3本に沢庵がお皿に乗せられていた。そんだけである。もちろん飲み物はお水だよ。
「あぁ、あれか。ハッハッハ。未払いだった使用人への給料を始めとして、保留していた工事やその他への支払い。これからの給料やその他雑費に全て使った!」
気まずそうにもせずに、堂々たる態度で白雲は答える。その目は罪の意識ゼロで正しい使い方をしていると信じている強い意志を感じる。
「安心しろ。金は5000両ほど残しておる。既に養女への申請は通った瑪瑙とヨミのための学費や生活費。そしてこれからの本家としての社交界などでの費用だな」
「エェッ、もう養女になったの!? だって私はサインしてないよ!」
「あ、私がヨミちゃんの分もしておいたの。なにせ姉だからね! 同い年でも私の方がお姉ちゃんだから、保護者代わりにササッとサインしておいたの。なにせ状況が変わったから!」
「ガーン。しっかり者のお姉ちゃんで嬉しいよ、瑪瑙ちゃん」
フンスと息を吐き、得意げに胸を張る瑪瑙ちゃん。そのお茶目な行動に苦笑いで返すしかない。そっかぁ、私も養女になったのか。
白雲の態度は本家の貴族そのままだった。自己中心的で、強引だ。しかしながら、未払いの給料や工事費を支払うのは、普通の貴族よりも良い人なのかな。
春屋から紛い物の水晶玉を買ったことから、騙されやすい可能性もあるけどね。
「というわけで、俺のことはパパと呼ぶが良いだろう」
「私はママで良いわよ。ふふっ、可愛らしい娘が欲しかったの」
白雲が両手を広げて告げてくると、嬉しそうな顔で頬に手を添えて、華子も頷く。
「それにしても『天の迎え』のように、対象を光らせてアンデッドを浄化させる踊りであるのに、潜在能力を引き出すことができると気づいた知略にも期待しているぞ」
やはり変だとは気づいていたらしい。だが……裏のなさそうな笑顔だし、どうやって潜在能力を引き出したかは聞いては来ない模様。
さすがに一筋縄ではいかないか。10万両をかっさらったことも罪の意識はなさそうだし油断は禁物かな。
ちらりと瑪瑙ちゃんへ視線を送ると、どうするのかと目で伝えてきていた、
ふむ………。まぁ、これで悪役令嬢への道が開けたということだ。ここで手を打っておこう。
「わかりました! パパ、ママ、石英」
「ヨミちゃんが良いなら、私もパパ、ママ、石英って呼びますね!」
こうして私たちは姉妹として、雨屋家の養女として迎え入れられたのだった。俺のことはおにーちゃんと呼んでくれとか、妄言が聞こえてきたけど、無視します。
「あの……ところで学園に行くって聞こえましたけど………私たちは小学校もろくに卒業してません」
「同じくです。算数や国語はできますけど、ほかはさっぱりです」
困り顔で瑪瑙ちゃんが訴えると、3人は顔を見合わせて意外そうな表情になる。言動と行動から学歴は測れないといういい証明だね。
「そうか……それなら、あと一ヶ月猛勉強だな。まぁ、小中学校ではたいした内容を教えてはおらん。基本的な内容を覚えておけば、高校では赤点は免れるであろうよ」
「そうそう。俺っちも赤点をぎりぎり免れるか、追試をうければ問題はなかった。問題は身分の格差と魔法の強さくらいだ」
石英が口を挟むが、赤点ぎりぎりはいばって言うことじゃない。
とはいえ……問題はないだろう。
「それじゃ、一緒に頑張ろっか、瑪瑙お姉ちゃん?」
青髪をサラリと流し小首を傾げて微笑む。
「はうっ。お姉ちゃん!」
ズキューンと音が聞こえそうなほど、瑪瑙ちゃんは胸を押さえて顔を緩ませる。
「うん! 頑張ろうね!」
二人で手を握り合い……そうして、和気あいあいと夕食を終えるのだった。
◇
夕食が終わり、私たちはそれぞれの部屋に戻った。私と瑪瑙ちゃんの部屋は隣同士だ。無駄に広い屋敷の一部を掃除して住める環境まで引き上げた私たちを褒めてほしい。
内装は調度品とかは売ってしまったのか、埃に塗れたベッドだけだった。ちゃんとお洗濯して綺麗にしたよ。まだ埃っぽいけどね。
二人でぽふんとベッドに座って話をしている。
「瑪瑙ちゃんは、ここの養女になって良かったの?」
「うん、だってこの方が良いんだよね? ヨミちゃんが勧めてくれたんだから、私は良いよ。ここの人たちは人が良さそうだし」
「たしかにね〜、借金さえ無くなれば、ここは大貴族の屋敷だし良いと思うよ」
洗いたてのベッドシーツに転んと寝っ転がり、グリグリと頬を押し付ける。ひんやりとして気持ち良いんだよね。
「スラム街での暮らしより、何倍も良いよ。ご飯は美味しいし、安全に寝れるし」
「たしかにね〜」
多少のんびりとした口調で瑪瑙チャンに同意する。あの暮らしは地獄であった。明日の朝が迎えられますようにと、二人で体を寄せ合って眠る冬の日が一番きつかった。よく凍死しなかったし、凍傷にもならなかったよね。運が良かった。
それに比べると今は天国だ。そんなことを思いながら体を投げ出して、ぽーっとしてると、ピロリンの音がした。
『雨屋家の養女になれ! をクリアしました。カルマポイント5、1両手に入れた』
『戦闘によりマナが8上がった』
『戦闘により器用が3上がった』
『戦闘により魔力が1上がった』
そして、ベッドにぽふんと小判が落ちてきた。ふむふむ、これでカルマポイントは10か。Dランクスキルは基本10だから、なにか取得できるな。
基本的にはEランクのスキルが1ポイント。以降ランクが上がると10倍ずつ取得必要なポイントは増える。SSSはなんと一千万ポイントだ。取らせる気ないよね。課金で手に入るのかな?
恐らくは養女申請が通ったのだ。だからミッションがクリア扱いになったのだろう。
ステータスボードを開き、何を取ろうか迷う。……けど、止めた。
今日でゲームはお終いだ。寂しいけれども仕方ない。どうもこのゲームはリアルすぎて困るのだ。
ヨミちゃんの過去の記憶が、たんなるデータ上だけのはずの記憶がまるで本物のように感じられる。
ログアウトしたら、健康診断を受けて終わりにするつもりだ。自身の自我がヨミちゃんにあるように感じられて怖い。いや、正確にいうと、まったく怖くないのが怖い。自然な感じなのだ。この身体が自分のものではないと、現実に違和感を感じることがあるだろうか。それと同じだ。
「ヨミちゃん、小判が落ちたけど拾わないの?」
「ん〜、どうでも良いかな〜」
瑪瑙ちゃんが、ベッドの上に落ちた小判を指差すが、どうにも動く気力が出ない。瑪瑙ちゃんの横を仰向けに転がり眺める。
ピンクでふわふわの髪をした可愛らしい私の親友は不思議そうに首を傾げる。
「なにかあった? なんか元気ないよ?」
「ん〜、なんでもないよ〜」
艷やかな青い髪がベッドの上に広がり、私はため息を吐く。
このキャラも今日でお終い。ヨミちゃんの次のプレイヤーはブラッディパペッティアでないことに憤慨するかもしれない。でも、次はベータ版だろうから、まだ修正は効くか。
「元気ないよ、ヨミちゃん。いったいどうしたの?」
「なんか元気でないの」
ポツリと呟いて、拗ねたようにそっぽを向く。親友とのお別れに涙が出そうになり、胸が苦しい。まるでこの感情が本物のようだ。
「うーん、なんか元気ないなぁ、話しなさい」
「きゃあ、くすぐったいよ〜」
このこのと、くすぐってくる瑪瑙ちゃん。キャッキャッと戯れて、私もくすぐり返す。二人でどってんばったんと騒ぐ。
「も〜、何を隠しているの?」
「む〜、なんでもないよ〜」
ふてくされて掛け布団を被り、ちょこんと顔を覗かせると、おずおずと呟く。
「瑪瑙ちゃん、今日は一緒に寝よ?」
その言葉に、むふふと嬉しそうに笑うと瑪瑙ちゃんはダイブしてきた。ぽふんと布団に包まると、私の横に潜り込む。
「しょうがないなぁ、お姉ちゃんが甘えん坊の妹と寝てあげる!」
「瑪瑙おねーちゃーん」
お互いにニヘラと笑いあい、二人で寝るのであった。
最後の日くらい甘えても良いよね?
お休みなさーい。
ちょっと涙混じりになったのはナイショだよ。




