21話 覚醒につき
瑪瑙ちゃんの踊る姿は美しかった。夜に篝火の下で踊れば、もっと映えるよと白雲は言ってきたが、今回はパス。だって、銀行がしまっちゃうもんね。
小うさぎヨミちゃんは、ただいま姉の瑪瑙ちゃんをキラキラとした目でうっとりと眺めています。さすがはお姉ちゃんといった感じ。
コンコン狐のように、細目となり周りを見るが、誰も私には注目していない。
養女の宣言の時だけは注目される可能性があったので一安心だ。注目されるのはノーサンキュー。
闇夜に生きて、月明かりに忍ぶ悪役令嬢那月ヨミを目指す予定だからね。これは、本来の那月ヨミも同じだった。
裏に動き、混沌と混乱、血と殺戮を巻き起こす少女は決して正体を見せることはなかった。人形遣いが正体バレしたら一気に危険になるからだ。なので、学校に通っていた時は人形遣いらしい隠れ方をしていた。
第一印象はオーケー。事前準備にもならないが、小目標の一つはクリアした。
次は瑪瑙ちゃん頼りだ。
手に持つ神楽鈴をシャンシャンと鳴らして、腕が振られるたびに羽衣がふわりふわりと浮いて、ステップはしなやかで、その脚は艶かしい。
こぼれ落ちる笑みは蠱惑的で人を魅了する美しさを持ち、身体全体を使って踊る姿はまさしく天女と呼ぶに相応しい。
きっと私も同じように踊れちゃう。でも目立ちたくないから踊らない。目立たなくするように、慎ましい体つきだしね。瑪瑙ちゃんと私って同じ歳だっけ?
同じ食べ物を食べてきたはずなのにぁと、物悲しく私は少しだけ慎ましい体にため息をつく。
とはいえ……この一週間の練習が実を結んだらしい。瑪瑙ちゃんの踊りは見事なものだった。
「ヨミちゃん、タオルを持ってくる?」
「大丈夫です。それよりも瑪瑙ちゃんの初舞台を見てましょうよ」
私の髪の毛がお酒で濡れており、ポタポタとたれているのを見て、華子が心配げに声をかけてくるので、小さく手を振り断りをいれる。静寂の中で踊る瑪瑙ちゃんに注目しようよ。
「でも、お酒がかかっているでしょう?」
「あぁ、これなら大丈夫。私だって魔人なんですよ?」
パチリとウィンクをすると、体内のマナを表皮に移す。魔人に弱い通常攻撃は通じない。それはかけられたお酒も同じこと。表皮や髪、服の表層にマナによる薄い障壁を張る。
そして、マナの障壁に弾かれたお酒をゆっくりと移動させて人差し指に集めると、落ちていたグラスに向けて魔糸をくっつける。お酒は魔糸を伝わらせて放り込むのであった。
「ね、簡単でしょ?」
「え? か、簡単なのかしら、今の?」
華子が戸惑った顔になるけど、マナを操作すれば簡単でしょ。
「それよりも、どうやら佳境に入ったみたいだよ」
儀式を行うべく、石英が厳かに水晶玉を手に持ち、皆に見えるように掲げる。
「ハンニャーハラミーヤーカルビーナロース」
詠唱を始める石英。おかしいな、ちゃんと私が立派な詠唱を考えたのに、お肉が食べたくなる詠唱に変わってるよ? あのアホめ、詠唱を忘れたな!
よく見るとブリキロボットの玩具のようにカクカクと動いていて、顔も緊張で凍りついている。たぶん詠唱がすっぽ抜けたんだ。
「ネギターンサガリーサンカクーイチボー」
知っている肉の名前を連呼する石英に怒りを覚えるが、幸い皆は瑪瑙ちゃんに集中していて誰も注目していなかった。
そして、瑪瑙ちゃんは神秘的な舞を魅せて、ピタリと止まる。シャンと神楽鈴が鳴り、凛々しい顔で魔法を発動する。
『天の迎え』
その魔法の力はすぐにわかった。水晶玉が閃光を放つと強力な光を放ったのだ。
「おぉっ、なんという神聖なる光だ!」
「心が洗われるようだぞ」
観客がその光を見て、驚きと感動の言動をする。ざわめき始める観客たちの中で、石英が最後の言葉を発動する。
「ててんの加護」
ててんってなんだよと、拳をグーにしちゃうヨミちゃんだが、仕事はしなくちゃね。石英は指示どおりに、心を空っぽにして天の加護を受け入れる体勢となっている。単純な性格でなにより。
『雨屋石英を操作可能』
雨屋石英
種族:魔人
ジョブ:魔法斧戦士B
マナ:120/120
体力:48
筋力:61
器用:5
魔力:28
精神力:7
固有スキル:なし
スキル:斧術、弓術、舞踏魔法、土魔法
ピロリンとボードが表示されて、石英のステータスが映し出された。そして石英の潜在能力が解放される。
「うぉぉぉ、こ、この力は。す、すげぇっ!」
驚愕の声をあげる石英。自分の力が一気に上昇したことに信じられない顔だ。
そして、その顔は細くなり整っていき、髭は消えて、目鼻はスッキリした耽美な怪しげな二枚目へと変わり、むさ苦しい筋肉達磨のような体も痩せていき、細身となる。しかしながら、その筋肉は鍛えられていた。そして、その野太い声も爽やかな聞き心地のよい声音に変わる。
そこには、ヨミの右腕たる『凍れる貴公子』と呼ばれる凄腕の魔法使いへと変わった名前も変えた雨屋セイの姿があった。
……となる予定だった。
「うっひょー! 俺っちパワーアップした! 見ろよこの髪の色。茶色だったのが赤くなった!」
ほら、見てくれと頭を下げて、皆へと見せつけるアホの子1号。
その姿は髭モジャのごつい顔つきで、体格も大柄で山賊モドキのままだった。
「あぁ……やっぱり駄目だったか」
はしゃぐ石英を見て、がっかりして嘆息しちゃう。石英の名前は知らなかったが、セイの名前は知っている。
雨屋家を支配したヨミの右腕たる男だ。クールで残酷なる冷徹な貴公子。感情がないのではと言われるほどに無感情で、ヨミの邪魔をする人間を殺す忠実なる凄腕の魔法剣士だった。
セイと呼ばれる石英を見て、驚いたものだ。支配したあとにセイを造ったのだろう。『ブラッディパペッティア』の人形作りはエグい性能だからね。人形を作るのになんでも素材にできるから………。
ごめんなさい、石英。君の二枚目ルートはたった今潰しちゃったよ。もしかして潜在能力を引き出したら姿が変わるかと思ってたけど、やっぱり駄目だった。石英の二枚目ルートは人体改造レベルの変更が必要なんだろう。
「諸君、見たかね? これは『天の迎え』を使用して初めて使える魔道具だったのだ。この踊りによる魔法が真の力を引き出す。これならば、貴族たちはひっきりなしに魔道具を使わせてくれと声をかけてくるだろう。その際にいくばくかの金子を貰えれば借金など一ヶ月で返済するのは簡単だ」
白雲がはしゃぐ石英を押さえて、皆へと宣言する。たしかにこの魔道具の力なら、貴族たちは殺到するに違いない。
皆が石英の姿を見て息を呑み言葉を発することもない。それだけ潜在能力を引き出す魔道具は希少だ。噂だけは先行するが、本物は見たことがない。それに稀に聞く内容は使い捨てだ。実際に存在し、しかも何度も使用できるとあれば、何十、いや何百万両の価値がつくのか。
白雲の言葉に納得するが、約一名だけ抗議を口にする。
「ま、まて! その宝玉は我が家の家宝であった! それを独占するとは卑怯ではないか?」
春屋他長であった。口端につばの泡をつけて、必死になって怒鳴る。白雲はその言葉を受けて、冷静に頷く。
「たしかにそなたから譲ってもらった家宝だ。恐らくは元々は本家が所有していたのを、なんらかの理由で春屋家に管理させていたのだろう。我が家に伝わる古文書にこの水晶のことが書いてあったのを見つけた時は驚いたものだ」
そして白雲は貫くような眼光を光らせて、春屋を睨みつける。
「だが、そなたはこの水晶の効果を知っていたのだろう? だからこそ5百両で譲ったのではないか?」
「そ、それは………そ、そのとおりだ。いや、そのとおりです。ですが、貸し出したつもりでした。5百両はお返しするので、その宝玉を返してもらいたい」
驚きの論理を言い放つ春屋。その顔は分厚い鉄製に違いない。だが、白雲は少し考え込むと頷く。
「駄目だ。……と言いたいところだが、本家が奪い取ったと言われるのも困る。よろしい。それでは10万両と引き換えに渡そうではないか」
「じ、十万両っ!?」
「そうだ。ビタ一文値引きはせぬし、この程度の金額で渡すのは良心的だ。そなたも天女がいなければ使えぬ宝玉だ。これからは昔のように手を取り合って協力しあおうではないか」
白雲の言葉に、春屋は豚のような顔を歪めて赤くなったり、青くなったりしている。きっと内心で金勘定をしているんだろうね。
「わ、わかった」
「すぐに振り込むのだぞ? 銀行に一括で振り込むのだぞ?」
まさか一括で支払えるとは予想だにしていなかった白雲が慌てて問い返す。
「えぇ、なんとか払えるでしょう。なんですかな? 払えないとでも思いましたか? では、証文をお返しします。すぐに小切手で支払いますよ。支払えなければ、この取引は無しだとでも言うつもりでしたか?」
春屋は薄笑いをして、証文を床に投げると小切手をサラサラと書く。個人の魔力パターンが登録されている魔法紙の小切手で改ざん不可能な物だ。
クッと歯噛みする白雲に、予想通りだったと、薄笑いをする春屋。白雲は小切手を受け取ると、なぜか偶然呼び出していた銀行員に手渡す。
銀行員は震える手で大金の書かれた小切手を受け取ると端末を操作する。
「たしかに振り込まれました。借金の返済も完了です。では、私はこれで」
魔法金属製のトランクケースに小切手を仕舞うと、そそくさと銀行員は逃げるように去っていく。ちょうど銀行員がいて良かったよ。偶然だね。
「では、この宝玉は私の物でよろしいですかな?」
「良いだろう。いずれにしても『天の迎え』が使えなければ無用の長物だからな」
「さて……それはどうかはわかりませんが、大金を支払ったのですから、私の潜在能力も解放して頂けますか、天女様?」
懸命に踊って、汗粒が額に浮いて疲れている瑪瑙ちゃんに春屋はお願いする。遠慮のない豚だこと。その目には力への渇望が垣間見える。
「待て、この宝玉は潜在能力がもはやないものが使うと壊れるとある。そなたはやめておいたほうが良かろう」
「何を馬鹿なっ! そこの浮かれたアホがあれだけパワーアップしたのです。私に潜在能力が残っていないはずがない!」
止める白雲に、ウヒョーと飛び跳ねている浮かれたアホを指差して反論する春屋。説得力がありすぎて困るね。
「その宝玉は希少なる物だ。そなたの潜在能力を慎重に調べてだな……」
「黙ってもらおう。私にはきっと途轍もない力が眠っているはず。この知性に相応しい力が眠っていると常々思っていたのだ」
「………私は止めたからな、春屋」
強引に願ってくる春屋を前に白雲は嘆息して、フンスと瑪瑙ちゃんがもう一踏ん張りと気合いを入れる。
そして、春屋はホクホク顔で宝玉を受け取り、瑪瑙ちゃんが先程と同じように舞う。春屋はその様子を鼻の穴を膨らませて、見惚れていたが宝玉が再び光り始めると、天へと掲げる。
眩い光が儀式場を照らして、歓喜の声で春屋は叫ぶ。
「さぁ、私の潜在能力を呼び起こせ、我が家門の家宝よっ! うっ」
だが、チクリと針に刺されたような鋭い痛みに顔を顰めて……。
つるりと宝玉を落とした。
カチャン
あっさりと宝玉はバラバラとなり、破片が光る。
「は、はぁ?」
信じられないと、呆然となる春屋。
「なっ! 雨屋家の家宝がっ!」
「何ということを、何ということを!」
「とんでもないことをしでかしてくれたな、春屋っ!」
分家たちの怒号が響き、積み重なった恨みを晴らさんとここぞとばかりに春屋に殴りかかる者、破片を回収して直そうと考える者、チャンスだと瑪瑙ちゃんへと挨拶をする者と、儀式場は大混乱となった。
「あらあら、こんなことになるなんて、信じられないわ」
華子が私の顔をちらりと見てくるので、軽く肩を竦めちゃう。
「せっかくの宝玉が壊れちゃって残念です。大混乱で大狂乱で落ち着くのは大変そう」
春屋がせっかく譲ってくれた宝玉が壊れちゃったよと、しょんぼりした顔で、私以外には目に見えぬ魔糸を回収する。
宝玉を落とすなんておっちょこちょいだね、春屋のおっさん。
ともあれ、頬へのお返しはきっちりとした。美少女への暴力のお返しは百倍返しなんだ。




