2話 初の戦闘につき
───全てを思い出した。
頭がガンガンと痛み、記憶がはっきりとしてくる。
「これが転生システムかぁ……気持ち悪い……」
かなり頭痛がするし、お腹も痛い。正直言うと寝たいけど、今はそれどころじゃないので、頑張って気合を入れる。
思い出したのだ。自分が何者かも記憶に浮かんでくる。
せっかく記憶を取り戻させてくれたお知らせだけど、ごめん、いきなりの無双は私の趣味じゃないんだ。なので、目の前の福音を跳ね除けた。これは私のスタンスとは反するのだ。
『ブラッディパペッティア:SSSランクをキャンセルします』
せっかくのワンオフのジョブだが、お断りだ。
「強すぎる職業はノーサンキュー」
たしかに拒否したジョブを選べば無双できるだろう。でも、無双をすると、すぐに飽きちゃうんだよ。面白いのは最初だけ。
やはり1から育てるのが醍醐味だ。まぁ、他にも理由はあるんだけど。
『職業を選んでください』
再度、宙空にメッセージが表示される。ずらりと並ぶ職業群だが、ある程度は把握している。
「これだね」
『パペッティア:Eランク』
『効果:器用と魔力がプラス5』
『性能:自身の体重の3倍までの重量の人形を魔糸にて操る人形遣い。ヨミ専用ジョブ』
どうやら人形遣いは全て私専用らしいと、なんとなく理解する。
まぁ、優遇されているのは主要キャラだからだ。この程度の優遇は受けておかないと駄目だろう。さて、張り切って楽しもうかな。
ポチリとパペッティアを選ぶ。
と、トンカチで殴られたような衝撃が頭に奔る。
「うぅっ!?」
脳を錐で刺しこまれてグリグリと拗じられるような物凄い痛さで、頭がクラクラとする。一瞬でパペッティアの使い方と能力が脳にインストールされたのだ。このインストールの仕方は結構きついかも。
『パペッティアを正常にインストールしました』
体を揺らして、顔を青褪めさせてしまう。聞いてはいたけど、これは酷い。死ぬかもと思っちゃうよ。
「よ、ヨミちゃん大丈夫?」
震える声で私に声を掛けてくる少女。たしかにいきなり笑いだしたら戸惑うよね……。しかも今は絶望的な戦闘中。戸惑うよりも、頭の心配をした方が良いパターンだ。心配かけて正直ごめんなさい。
だけど、私はふつーの人じゃなかったんだ。
なので謝罪を込めて、適当に切ってあるザンバラ髪をかきあげて、クールで悲しげな笑みを見せながら言う。
「大丈夫。私は選ばれた人間だったことを思い出しただけだよ」
「良かった、いつものヨミちゃんだ」
決め顔で答えると、なぜか少女はホッと胸を撫で下ろして安堵する。
なぜに今のセリフで安心されちゃうんだろ。
解せぬ。
まぁ、良いや。今は時間がない。
それに、目の前の少女の手は震えており、顔も強張っている。早くなんとかしないといけない。
私の身を守るためにも。
そっと冷蔵庫の扉の隙間から周りを窺う。未だにチンピラたちとゴブリンリーダとの戦闘は続いていた。粘っているように見えるけど……。
部屋は元食堂なので広い。そして長机や椅子が放置、ビル壁には大穴が開いて風が流れ込んでいる。
ふむふむ、地形の確認はオーケーだ。で、今の私の力であの魔物に勝つためには……。
「魔糸よ」
パペッティアの使い方は既にインストールされているので、感覚で使い方がわかる。
指先からシュルリと細いテグスのような糸が生み出される。思念にて自由に操れる糸だ。
「うわっ、ヨミちゃんの指からなんか出たよ!」
「うん。私の力だけど……」
驚く少女の手を掴み、覆うように握り締める。ここらからは真剣勝負だ。ゴブリンリーダーの能力は覚えている。今のステータスでは勝ち目はあまりない。
「瑪瑙ちゃん。生き残るために私の行動に従ってくれないかな? 危険だとしても!」
もし断られたら……。かなり分の悪い賭けに出ることになる。ゴクリとつばを飲み込み答えを待つ。
目の前の少女、瑪瑙ちゃんは私の言葉に強く頷いてくれた。
「うん、ヨミちゃんが真剣な表情で言う時は、高山病の時か、本当に危機のときだけだもんね。従うよ!」
「ありがとう、瑪瑙ちゃん!」
嬉しいけど、高山病じゃなくて高二病ね。
まぁ、それはともかくとして───。
それなら遠慮なくやろうじゃない、ちょっぴりハードなチュートリアルをね!
◇
ゴブリンリーダーは、一般人にとっては脅威の魔物だ。その背丈は3メートル。筋骨隆々の緑の肌の半分は数センチの厚みの鉄板となっている。
マナにより強化された己の筋肉は紙のように鉄を引き裂くし、人の身体はトマトのように簡単に潰すことができる。
その顔はコウモリにも似ていて、生命を弄ぶことに喜びを持つ証に、牙を覗かせて醜悪に嘲笑っていた。その証拠に今はもはや自分に傷一つ与えることのできない人間たちを甚振っている。
さっき奇襲にて殺した男は自分を倒すことのできる可能性を持ち危険だったが、配下の相手をさせて殲滅したと油断したところを一気に倒した。
「ヒィィッ、おでのあじがぁぁっ」
「ゲヒヒ」
無駄に足掻く人間の足を潰しておき嘲笑う。逃げられてはつまらないからだ。玩具として遊ぶために少し力を込めて人間の足を蹴ったのだ。
ボキリと良い音をたてて、人間の足は逆脚のように折れて倒れ込んでいる。
「じねぇっ!」
残る玩具は二人。そのうち一人が諦め悪く銃を撃つが、強靭なる皮膚は水しぶきでもかけられたように簡単に弾く。たとえ皮膚に銃口をつけられてのゼロ距離射撃でも、か弱い魔法弾で自身の皮膚が傷つくことはない。
「ゲラゲラゲラゲラ」
足掻く姿はとっても面白いと、倒れている人間の腕へと拳を振り下ろす。グチャリと音がして、人間の腕はミンチのようになってしまう。
「ギャァァ」
「ヒィィッ」
「ゲラゲラゲラゲラ」
愉しい悲鳴をあげてくれる人間たちへと、ゴブリンリーダーはドラムでも叩くかのように拳を振り下ろし続ける。悲鳴をあげていた人間はいつの間にかその声を止み動かなくなった。
「クヒヒヒ」
それでもゴブリンリーダーは叩き続けてミンチのようにすることに夢中となる。
───ふりをしていた。
ゴブリンリーダーは気づいていた。鉄の箱に少女が二人隠れていることを。きっと震えているだろう。
ミンチにして満足したふりをして、部屋を出る。そうして助かったと安心している少女たちへと襲いかかるのだ。
きっと今殺した男たちより良い悲鳴をあげてくれるに違いない。一人は足を潰して、もう一人は内臓からゆっくりと食べてやろう。片方が食べられる様を見て、きっともう一人はとても良い音を立ててくれるはず。
魔物たる由縁たる邪悪な考えで、ゴブリンリーダーがそろそろ部屋を出るふりをするかと考えた時───。
ガスンと音がして、強烈な痛みが右脚に奔った。
「ガッ!?」
思いもよらなかった痛みに驚愕して振り向く。
と、そこには顔が潰れた男が幽鬼のように立っていた。片方の目玉はとれて、頬は骨が覗いており、血と肉でめちゃくちゃであり、明らかに死んでいる。
その姿にアンデッドとして蘇ったのかと、ゴブリンリーダーは後退る。その怯んだ姿を見て、死体は声をあげずに殴りかかってきた。
「グカァッ!」
己と同格に近い、身体強化された鉄板をも打ち抜くのその一撃に頬を砕かれて悲鳴をあげてしまう。
その攻撃はアンデッドではありえなかった。踏み込みから、拳を繰り出す動作まで、自身の身体を完全に把握して、かつ最大限に力が出るように考えられた一撃だったのだ。
長年体術の訓練をしてきたと思われる一撃に、ゴブリンリーダーは本能でアンデッドではないと理解した。アンデッド特有の工夫もない力任せの一撃ではないと。
「グォォッ!」
これは生命の危機だと生存本能が働き、ゴブリンリーダーは対抗するべく咆哮をあげて殴り返す。
だが、繰り出した拳は、横合いからのパリングにていなされて、さっき受けた右脚にローキックを入れられる。再びの痛みに怒りを覚えて、ゴブリンリーダーは掴みかかった。
敵はゴブリンリーダーの突進を防ぐべく両手を突き出し、お互いの手のひらが組み合わさる。力比べとなり、ゴブリンリーダーはこめかみに青筋を立てて、押し勝とうとするが、力を十全に出し切る構えの敵に押されていってしまう。
「ぐ、が、が!?」
このまま押し負ければ背骨を折られてしまうと焦るゴブリンリーダーだが、おかしなことに気づく。圧倒的に負けていたのに徐々に押し返している。段々と相手の力が衰えてきているのだ。それは構えだけでは賄いきれない減衰を齎していた。
よくよく見れば強化されていた筋肉が空気が抜けた風船のように萎んできていることに気づく。
ゴブリンリーダーは悟った。この死体モドキは魔法を維持できないのだ。さっき生きている時に使った筋力強化魔法の効果が残っているにすぎない。
もう少し時間をかければ、ただの無力な人間に成り下がるだろうとニヤリと嗤い、無理矢理組んでいた手を引き剥がす。
この死体モドキとまともに戦うことはない。適当に戦えばすぐに己が優勢になる。
その後は殴りかかってくるのを防御して、軽い攻撃で牽制する。その時間は数分にも満たないのに、ゴブリンリーダーに近い筋肉の鎧が痩せ衰えていっていた。
「ガッ!」
だが、死体モドキは諦めることなく、しつこくローキックを繰り出してきて、その攻撃により右脚がパンパンに膨れ上がり、鋭い痛みが奔り顔を顰めてしまう。
それでも、攻撃するごとにその攻撃は弱まり、遂に死体モドキは普通の体格へと戻っていった。
「ゲラゲラゲラゲラ」
痛みよりも歓喜が心を占めて、両腕を大きく振り上げる。死体モドキが隙を見せるゴブリンリーダーへと蹴りを入れるが、哀れなるかな。ペシッと乾いた音を立てるのみで、もはやゴブリンリーダーへダメージを与えることはできなかった。
全力で死体モドキの身体に拳を振り下ろす。胴体にボコンと大きく窪みができて、死体モドキは遂に倒れ伏すのであった。
忌々しい敵だったと、ゴブリンリーダーがトドメの一撃を入れようとする。
パン
と乾いた音がして、こめかみになにかが当たった。魔法弾が命中したのだと顔をしかめて振り向く。
「ギャヒ?」
隠れて震え上がっていたはずの少女が壁際に二人立っていた。少女の一人の手にはライフルがあり、懸命に反撃をしようとしていたのだろう。
ゴブリンリーダーは、すぐに倒した死体モドキの事など忘れて、新たなる玩具と遊ぼうと弱者を甚振る喜びに顔を歪めて駆け出そうとした。
「ヌグッ!」
だが走り出そうとして、右脚に強い痛みが奔った。死体モドキの執拗なる右脚への攻撃のせいで、腫れ上がっており、駆け出すことができなくなっていたのだ。
舌打ちしつつ、それでも少女たちを逃さないと足を引きずり近づいていく。玩具であるし予想外の戦闘で腹も減った。血が滴る柔らかな少女たちの肉が食べたい。
ズルリズルリと足を引きずり、近づいていくと、今度はもう一人の少女が懐中電灯を顔に向けてきた。強い光が視界を奪い、煩わしさに苛立ちを覚える。
「駄目だ、逃げよう!」
「う、うん」
だが、一歩また一歩と迫ると、遂に諦めたのか少女たちは身を翻して逃げ出す。
懐中電灯の光で視界がおぼつかないゴブリンリーダーではあるが、ここで逃してたまるかと、痛みを堪えて走り出す。
ドスドスと音を立てて、椅子を蹴散らし、少女たちへと手を伸ばし、後少しだと嗤いを見せて───。
強風が己の頬を撫でた。
ビル内で風が空くかも吹くわけがない。なぜ強風がと疑問に思い………動揺と驚きの顔になる。
そこは外であった。ビル壁に開いていた大穴に長机を敷いて、少女たちはその端っこに、今にも落ちるだろう外へと立っていた。
ゴブリンリーダーも同様に長机を踏み、外へと身を乗り出していた。あと数歩歩けば長机は重量で砕けて、自分は真っ逆さまに地上へと落ちてしまうだろう。
いかに強靭なる身体でも、確実に死ぬ。慌てて後退ろうとするゴブリンリーダーへと、長机の端っこに立っていた少女の一人が丁寧なお辞儀をしてきた。
「私の初めての人形劇、お愉しみ頂けたでしょうか。楽しんで頂ければ幸いです」
月光に照らされる黒髪の少女は顔をあげるとニコリと嗤う。
「では、お代を頂きたく存じます。貴方様の命で」
その笑みに知らず恐怖を覚えるゴブリンリーダーだが、背中に強い衝撃を受ける。
「クガッ!?」
ゴブリンリーダーの身体は浮いて長机へと足を踏み込んでしまう。バキリと音がして長机が砕け、自身も高層ビルから落下する。
後ろを見ると、先程倒した死体モドキであった。顔を潰されて胸が陥没しても倒しきれていなかったと悟った時は空中に自身の身体はあり、地上まで墜落する。
最後に見た光景は、青白い糸に掴まって空中に浮いている少女たちの姿であった。
「これにて終幕となります。私の拙いデビュー作、初めてのお客様へ感謝の言葉もありません」
その丁寧な言葉が最後に残った。