18話 困窮につき
「さぁ。早く使ってみるのだ!」
「そうよ。これでセイちゃんも一流の魔人入りよ」
石英の両親が興奮した様子で、手に持つ水晶玉を押し付けていた。石英の鼻にグリグリと押し付けているので痛そうだ。なかなか容赦がない二人だね。
両親だろう二人を、うんざりとした声で荒っぽく腕を振るうと石英は引き剥がす。
「いい加減にしてくれ! 親父、お袋、潜在能力を解放する魔導具なんか簡単に手に入るわけないだろ! あってもとんでもない金額に決まってる。5百両ぽっちで買えるわけねーよっ! こんな調子で借金を重ねてどうするんだよ」
その悲痛な叫びに、両親は僅かに顔を悲しげにして──。
「だ、大丈夫だ。今度こそ大丈夫」
「そうよ。分家の春屋が家宝を譲ってくれたのよ。全て貴方のためなのっ」
まったく怯まずに、再び水晶を石英の頬にグリグリと押し付け始めた。かなり痛そうだけど、あれが本来の使い方なのかな。
ちなみに父親は石英そっくりの髭モジャのおっさんだ。大柄な体躯と剥き出しの腕は剛毛が生えている。山賊の仲間にしか見えないおっさんだった。
母親の方は細身で少し儚げな美人さんである。つついたら倒れそうなか弱さを感じさせるがパワフルに水晶を石英の頬に押し付けている。美女と野獣を素でいく面白い夫婦だこと。
「いてえって! 待てよ、すげぇ情報だ。雲母おばさんの娘たちが訪ねてきたんだ。天舞の指輪を光らせたから本物だぞ」
水晶を押し退けながら怒鳴る石英の言葉に二人はピタリと動きを止めると、ギギィとブリキ人形のように首を動かす。ちょっとホラーだ。瑪瑙ちゃんが私の前に立ち視線から防いでくれる。
「雲母姉さんの娘たち?」
「一人はピンク髪ね……お姉さんにそっくりだわ」
足元から顔まで舐めるように見てくると、二人の相好が緩む。そして、水晶を石英に押し付けて、突進するかのように近づいてきた。
「ひょえっ」
二人の目が血走っており、私は瑪瑙ちゃんの影に隠れちゃう。こーゆー反撃禁止のホラー系は苦手なんだ。殺気の方がまだマシだよ。
ぷるぷる子鹿なヨミちゃんを守るように、決然とした堂々たる態度で瑪瑙ちゃんは頭を下げる。
「初めまして、雨屋瑪瑙と申します。妹は那月ヨミ。父の苗字を名乗っています」
「な、那月ヨミです……」
瑪瑙ちゃんの背中から顔を覗かせて、子鹿なヨミちゃんは挨拶をする。人見知りの激しいか弱い少女だから仕方ないよね。
第一印象は大事。だから、瑪瑙ちゃんニマニマと笑いそうにならないで。
「えっと、これが雨屋の証明です」
瑪瑙ちゃんがマナを込めて指輪を光らせると、二人を青い光で照らす。
「ほ、本当だ。それは間違いなく天舞の指輪」
「良かったわ。これでうちは助かるかも」
信じられないと目を見開き、二人は感激で声を震わせて、目を潤ませてへたりこむ。行方不明の姉の娘が見つかったことは喜ばしいだろうけど、感激しすぎだ。
厄介ごとはかなりの予感がするよ。きっとブラッディパペッティアレベルのイベントだろうなぁ……。
「とりあえず応接室に案内するっす。こちらへどうぞ」
頬に水晶の痕を残して、石英が声をかけてくるのであった。
◇
「いや〜、驚かせてすまない。うちは今立て込んでいてね」
ハッハッハと笑い、頭をかく石英の父親。応接室に案内されて、私たちはソファに対面に座る雨屋家の面々に状況を教えてもらっていた。
「粗水ですがどうぞ」
コップに入れた水をテーブルに置いてくれて、石英の母親が淑やかにソファに座る。二人ともさっきとは別人のように落ち着いているので、反対に違和感を感じちゃうんだけど。というか、せめて白湯にして欲しかった。
この世界の物の価値は設定資料でしか知らないし、調度品なども正確な価値はわからないが、応接室の内装は落ち着いたセンスの良い部屋だった。置かれている調度品やソファやテーブルも高価そうなので、以前は金持ちであった名残りを感じさせる。
名残りである理由は簡単だ。埃が部屋の隅や窓の棧にあるんだ。窓ガラスも丸く拭いていて角が汚れで白い。だいぶまともな掃除をしてこなかったんだろうね。それだけで、この家の財政状態が把握できちゃうよ。
「私の名は雨屋白雲。雨屋家の当主をしておる」
脚を組みふんぞり返る当主白雲。その威厳のある姿はたしかに23区のうちの一つ。大貴族の雨屋侯爵の名に相応しい。針金のような剛毛の腕に、顔の半分を隠す無精髭。その体躯は熊みたいで、目つきは鋭く危険なる光を宿している。髪と目は茶色で顔つきは悪人顔だ。石英と容姿がそっくりである。
曇ったガラスコップに注がれた水を飲む姿に見惚れちゃうよ。当主みたいなタイプは好きなんだ。
「な、なんで、手下がいないんですか。全員捕まっちゃった?」
山賊のボスは好みなんだ。たくさんの配下と共に倒すと美味しい報酬がたっぷりと貰えるからね。大好きです。
なので、おどおどと怖がりな少女の演技をして、おずおずと尋ねる。
その歯に絹着せぬ言動は怖がりな少女には見えないが、ヨミちゃんは自分を顧みないので気にしない。
「あらあら、この人は山賊にしか見えないけど、山賊に近い貴族なのよ。私の名は雨屋華子。よろしくね」
ほほほと、頬に手を添えて小首を傾げる落ち着いた様子の華子。さっきまでの焦った姿はどこにもない。貴族らしいといえば、貴族らしいのかな。
「私は雨屋瑪瑙です」
「えっと………。那月ヨミです」
二人でペコリと頭を下げて挨拶をする。挨拶をする中でも考える。雨屋の直系って皆鉱物の名前じゃないの? 白雲、石英、瑪瑙、ヨミ。少し私の名前が浮いている感じがするよ。雨屋とは血の繋がりがないことがバレなきゃ良いけど。
挨拶を交わした後は、じーっと二人は私たちを見つめる。居心地が悪いとソワソワしちゃうと、コホンと石英が咳払いをして空気を変える。
「さて、新たなる家族ができたんだ。ちょうどよいタイミングだったっす。助かったよ」
「そうだな。で、雲母姉さんは?」
石英の言葉に頷き、白雲が問いかけてくる。
「魔物に襲われて亡くなりました。6年前の話です」
瑪瑙ちゃんは少し暗い顔になるが、もう吹っ切っていて、普通に答える。
「そうか……。それは残念だった。雲母姉さんは神人と恋愛関係になってね。それで当時、親父の反対を受けて駆け落ちして行方不明となったんだ。そうか………残念だよ。私が5年前に当主になった時に探したんだが見つからなかったんだ」
沈痛な表情で手を組む白雲。その顔には後悔がちらつく。演技でなければ良い人なんだろう。
「二人で生きてきたのかい?」
「はい、えっと、色んな仕事をしてきて二人だけで生きてきました」
スラム街に住んでましたとは言えないのか口籠もる瑪瑙ちゃん。不幸自慢をしない良い子なのだ。私は瑪瑙ちゃんの手を握って微笑みを向ける。
「そうか。ふむ……」
私たちの服装を見て、少し安堵の表情となるのを見逃さなかった。新品の服装からまともな生活をしてきたと勘違いしたのだろう。私もコボルドたちとのバトルを終えて着替えてるしね。
わざわざ大変な生活をしてきたと言うつもりもない。自身の誇りというやつだ。
「それでは私たちの娘に……と言いたいところなんだが、少し困った状況で養子に迎えても君たちが幸福になるとは限らないんだ……」
はぁ〜と、疲れたため息を吐く白雲。石英がその様子を見て気まずそうに話を引き取る。
「実はうちは今財政状態が火の車なんす。それはもう大火事レベル。借金もたくさんあって……」
「そ、それは見るからにわかってました。でも、なんで23区の大貴族様がお金に困ってるんですか?」
どこからかどう見ても困窮しているのはわかるよ。困窮して、貧困に喘ぎ、そろそろ破産するようにしか見えないよ。
私の問いに、眉根を顰める白雲が答えてくれる。
「それは雨屋家の特殊な立ち位置から説明せねばなるまい。まぁ、簡単に言うとだ。うちは魔人としては弱い。魔力は高いが人外の力を持つ程ではない」
「え? だって大貴族ですよね?」
大貴族は強力な魔人ばかりだ。だからこそ、領地を支配しているのだし、魔物を倒しダンジョンを破壊したり管理したりしているのだ。人々を守る力を持っているからこその貴族なのだ。
………まてよ、たしかに石英は弱かったな?
「雨屋家は強力な力を持つ。だが、その力は直接的な戦闘力では無く、支援魔法が強力なためだ。雨屋家は『舞踊魔法』という特殊な固有魔法を使えるんだよ。そのために婿は強力な戦闘力を持つ者を迎え入れてきた」
その言葉にピンときた。コボルド戦で見せたあの謎の呪われた踊りのことか。しょぼ過ぎる効果だったけど、驚きの効果範囲だった。
そして、婿という言葉と、瑪瑙ちゃんが直系だとわかり歓喜したこと。そして婿という言葉からわかるとおりに、本来は女系の家門であること。それなのに、白雲が当主で石英が次期当主であること。
「あの……もしかして『舞踊魔法』って、女性が使わないと効果が薄いんですか?」
「あらあら、そうなのよ。それなのに雲母お義姉さんは駆け落ちして、他の女性は産まれなかったの。私も二人の子供を生んだけど、男子だったから家門としては困っちゃったの。男子を生んだことに後悔もないし喜んでいるけどね」
のほほんと正解よと華子が笑みになる。
「亡くなった兄貴は『舞踊魔法』が使えなくとも、Bランクの戦闘力を持っていたんだ。だからそこまで大変なことにはなってなかったんだが……2年前に魔物との戦闘で亡くなって……。後は残りカスのような俺っちだけ。みるみるうちにうちは没落していったんだ」
拳を握りしめて石英は落ち込んだ顔になる。
華子は男子を産んだことに後悔はないときっぱりと言える良い人だね。周りから責められてただろうに、悪意に晒されても、そう言えるとは意思が強くもある。
石英の方はというと、強い兄さんが死んだとかいっているし、コボルドも倒せない弱さだから、ひねくれている様子。
「だからこそ、遂に念願の雨屋の女子が現れたんだ。ここで挽回できる可能性がある!」
強く言う石英の言葉に、ははぁと納得する。これはあれだね。
『雨屋家の困窮を救い、養女となれ』
というイベントだ。条件付きのイベントあるあるだ。転職したければ、大神官を救ってくださいとかそんな感じ。
またもや難易度の高いイベントだと、胡乱げな表情になってると、バタバタと足音が廊下から聞こえてくる。
「た、大変です、お館様。春屋の者が押し掛けて来ました!」
ノックもなく、扉がバタンと開き、焦った様子で執事が入ってくる。しかし、後ろから肩を掴まれて、乱暴に退かされてしまう。
「いやぁ〜、本家の当主様にご挨拶をと思いましてね。家宝を格安で譲ったこともありますし」
後ろから現れたのは、宝石を嵌めた指、金のネックレスに上等なスーツを着た身なりの良い太った男だった。人をいたぶることが好きそうな下卑た笑みを浮かべて入ってくる。その後ろからも、亜人のチンピラみたいな連中が笑いながらぞろぞろと不躾に入ってきた。
ほらね、やっぱりイベント発生だよ。




