16話 雨屋区につき
自然が侵食し、廃ビルは大木の一部となり、倉庫は土が積もり積もって丘へと姿を変えている。崩れ落ちた店舗は小動物の巣となっている廃地区でも危険な地帯をヨミたちはなんとか通過した。
段々と自然の猛威は薄れていき、植物の侵食が止まり、ただの廃墟が目立ち始め、ようやく停留所が見えてきて、なんとか無事に雨屋区まで辿り着いたのであった。
プシューとエアブレーキが音を立てて、重々しい音を立てて装甲バスが停車する。そうして壊れかけのハッチが開き、ぞろぞろと乗客が降りる。
外区のバス停留所には、チラチラと人が待機している。新たに雨屋地区に訪れる者たちを見定めんとする者たちがほとんどだ。
このような場所で、人を見定めるのは指名手配犯を警戒する警察か人を観察することを金に変える情報屋である。
威圧感のある警察官と、目立たないようにする情報屋と存在は相反する者たちであったが、今日の装甲バスを見て、同じように呆気にとられていた。
なぜならば、襲撃にあったかのようにハッチは歪み、車体にも銃痕が水滴で穿かれたかのように穴だらけであり………。
そして屋根にはコボルドローダーが操るはずの灰色の骨で作られた強化外骨格が乗せられていたからだ。
さらにその強化外骨格に足をかけて、青髪青目の少女が空をあおいでいたからだ。風に髪の毛を靡かせて、その目つきはまるで警戒心の強い仔猫のような可愛らしい少女だった。
というか、美少女那月ヨミちゃんである。
「おねーちゃん、助けてくれてありがとー!」
「ふっ、たいしたことはしてないよ。助けたかったから助けたんだ」
バスから降りてきた幼い子供たちが笑顔で手を振ると、ヨミはちらりと子供たちを見て成長期の終わった悲しい胸を張る。
「おねーちゃん、降りてきて〜。なんでそんな高い所にいるの〜」
「ヨミちゃんはたまに高山病にかかるんだよ。そうするとあーゆー風に高い所に登りたくなるの」
「ほぇー、そうなんだ。おねーちゃん、病気はお布団でぐっすり寝ないと治らないよ?」
親切な説明をしてくれる瑪瑙ちゃん。無邪気な子供の心に打たれて、私は降りるとするよ。私は煙じゃないからね。せっかくかっこよいシーンにしようと思ってたのになぁ。
気分はヒーロー、夕暮れをバックに渋い表情でロボットに足をかけて佇む美少女ヨミちゃんの予定だったのだ。
実際はジャングルジムで遊ぶ微笑ましい少女にしか見えなかったが、ヨミちゃんは気づかない。
あわわと時折落ちそうになるのを、瑪瑙ちゃんたちがハラハラして見守ることしばし。私は装甲バスの屋根からようやく地上に降り立った。神様、筋力がとっても欲しいです。
「ありがとうございます、お陰で家族共々無事に雨屋区に到着することができました」
「これからも家族のために気をつけてください。雨屋区は治安が特に悪いそうですから」
穏やかな笑みで鍛冶職人のおじさんがお礼を口にして握手を交わす。これまで鍛冶職人として研鑽を積んできたのだろう、ゴツゴツとして火傷が目立つ手のひらであったが、力強く温かさを感じて、私も笑みで返す。
家族を守ってきた手のひらだ。戦うよりも、その手のひらはかっこいい。
「ありがとーございます」
「かっこよかったよ〜」
勢いよく子供たちが飛び込んで、満面の笑顔で抱きついてくる。私は二人の子供を余裕の笑みで受け止めて、大人なところを見せちゃう。瑪瑙ちゃん、背中を支えてくれてありがとう。
ちょっとだけ筋力が足りなかったかな。背丈もあまり変わらない? 気のせい気のせい。だって、私は将来的にくーるで魅惑的な大人の女性になる予定だからね!
身長は40センチは伸びて、スタイルは誰もが振り返る細いくびれと豊満な胸になる予定なのだ。たぶん来年くらいになってると思う。きっと微笑むだけで、男たちは感動で気絶しちゃうに違いない。
確率の高い将来を持つ私は子供たちの力に負けて倒れそうになり、フンスと気合を入れて手がぷるぷる震えちゃう。もう少し手加減してくれてもいいんだよ?
私と子供たちの感動的なハグを見て、他の人たちも近づいてくる。
そしてタイボックたち四人が前に出てきて、ニヤリとポーズをとる。
「よお、助かったぜ戦友」
「俺たちタイボックとの連携見事だったな!」
「またいつか共に戦おう」
「未来の英雄たちのコラボで!」
戦隊物みたいに見事なるポーズで私へと礼を言う。私もタイボックブラッドとして隣でポーズをとらなきゃ。
両手をピシリとあげて、身体を斜めに、ハイポーズ。戦隊ヨミちゃん参上だよ。子供たちがぱちぱちと拍手をしてくれる。
「ブハッ、ノリが良くて助かるよ」
タイボックたちが笑って、真剣な顔になり握手をしてくる。
「次に会うときは戦友と肩を並べる冒険者になってるから、期待していてくれ」
「はい。頑張って………地道にセコく鍛えてください。いずれは強者へと道が繋がると思いますよ」
私も以前のゲームでは弱いキャラから大物を喰える強さまで成り上がったのだ。タイボックの皆にも道はきっとある。
「あぁ、肝に銘じておくよ。それじゃまたな、戦友!」
そうしてタイボックたちは颯爽と
「あぁっ、そういや、俺の斧!」
「ヤバい、逃げろっ!」
バタバタと慌てて逃げていった。タイボックたちらしい別れ方だよ。石英は苦笑して肩をすくめるだけで、その姿を見送る。追いかけるつもりはないらしい。
「それでは私達もこれで。店は外地区の中央辺りに構える予定です。よかったら来店ください」
「おねーちゃんたち、またね〜」
鍛冶職人の家族たちも頭を下げて去っていく。
「いやぁ、僕もお礼を言わんと、ほんま助かりましたわ」
行商人のおじさんがニコニコと恵比寿顔でお礼を口にする。そして、私の横にちらりと視線を向けるとコホンと咳払いをする。
どうやらなにか他に用事があるようだね、なんだろう。私の疑問が顔に出ていたのだろう、行商人は揉み手をして愛想の良い声になる。
「実はでんな。今回の事件でとことん命の危険ってのを意識しまして。で、護衛が欲しくなりましてなぁ。良かったらその護衛ロボを売ってくれまへんか?」
壊れた掃除機ロボットを指差す行商人。
なるほど。……なるほど?
たしかにコボルドとの戦闘では高速で空を飛び、コボルドの群れをバッタバッタと倒す無双ぶりを発揮していたからね。
なるほど?
「そうでんな、100両、いや、200両でどないやろ? 銀行行けば一括で渡せまっせ」
「うーん、あれは重装甲型で手入れいらずのロボットなんです」
なにせ壊れているから、手入れいらず。業務用掃除機だから壊れにくいように装甲も厚い。ヨミちゃん嘘言ってない。ヨミちゃん良い子。
私の言葉に深く頷くと、ぽんと手を打つ行商人。
「そやろうなぁ。それじゃ……300両でどないやろ?」
「売っウゲ」
取引成立だねと頷こうとして首元を引っ張られた。
「申し訳ありません。あれは特注品なんで、売ったり譲渡はできないんです」
ニコニコと笑顔で瑪瑙ちゃんがお断りを口にして、私の首元を引っ張る。ちょっと苦しいよ瑪瑙ちゃん。
子猫のようにぶらーんとぶら下げられる子猫なヨミちゃんと瑪瑙ちゃんを交互に見ると諦めの顔で嘆息する、
「まぁ。そうやろな。それじゃ、また縁があったらよろしくお願いしますわ」
怪し気な関西弁をしつつ、行商人はあっさりと去っていった。
「瑪瑙ちゃん、せっかくの大金だったのに!」
壊れた掃除機を300両で買ってくれる奇特な人だったのだと、頬を膨らませる。と、人差し指で頬をむにゅーと突かれた。
ちょっと怒った顔で私を睨む瑪瑙ちゃん。
「阿漕すぎるよ! この前のお水を売った時よりも阿漕!」
「あぁ、死んだリーダーたちが買ってくれたお水か。あれは高値で買ってくれたよね」
そっぽを向いて、ヒューヒューと口笛を吹く。
先日離れたチームで、以前水を売ったのだ。
ちょっと変わったカップに入れて、偶然手に入れたお酒を零してしまったのが、ちょっとお水に混ざっちゃったけど。
「まぁ、リーダーたちはうまいうまいと言ってたから良いと思うよ。私はお水を売ってますってちゃんと伝えたしね」
ヨミちゃん嘘言ってない。このお水を舐めたら、少しフラフラするや、ヒックとふらついて見せたら、1本50銭で買ってくれた。ただの雨水をその値段で買ってくれるとは酔狂な奴らだった。
なにを期待しているのか、こんな金額で売るなんて馬鹿がと、嘲笑ってきたけど、私としてはあの水を飲んで酔っぱらうリーダーたちに驚いたよ。きっとサブプライム効果とかいつやつに違いない。後でバレたら暴落必至だ。
「もぉ〜、あんまり阿漕なのは駄目だよ。もっとバレないようにしなくちゃ」
瑪瑙ちゃんはスラム街の良心だよ。流石は私の親友。
「たしかに大金すぎて逆上がりしてくるかもね。止めてくれてありがとう」
「逆恨みね。それじゃ雨屋のお屋敷に向かう?」
「それなんだけど……あれ、どうしようか?」
屋敷に向かうのは良いけど………。装甲バスに載せているラクタカーラはどうしよ。治安が悪いと言っても外地区からの話だろう。内地区や貴族地区は衛兵がいるはず。
そこにガッシャンガッシャンとラクタカーラが道を歩いていたら……。パイロットが美少女でも捕まりそうな予感がするよ。
たしかにと、瑪瑙ちゃんも困り顔になる。置いていくという選択肢はないよ。絶対に愛機は持っていく。
「なんだ、お困りか? へへへ」
「えぇ、困っちゃいました。で、なんですか?」
「今、ちらりと聞こえたが雨屋家に行くのか?」
「はい。少し当主に用があるんだ」
薄笑いをして石英がのそのそと近づいてくる。この男、相変わらず怪しさ爆発だよ。か弱いヨミちゃんを誘拐する山賊にしか見えない。
自分の容姿に自覚がないのか、親指を立てて石英は言う。
「なら、俺が案内しよう。雨屋石英がな。ちょうど迎えの車も来たようだ」
先程までの軽口ではなく、丁寧な物言いで石英が名乗る。ありゃ、この人、雨屋の関係者だったのか。
◇
行商人は外地区の騒がしい市場を歩いていた。
「はぁ、今日は大変な目に会いましたわ。ほんま死ぬかと思うたわ」
懐から手のひらサイズの端末を取り出すと、手慣れた様子で操る。
電子封印されて安全に使える高価な端末のモニターが光る。そして、ある物が映し出される。
「いやいや、その代わりに良いもんを見させてもらいましたわ。まさか掃除機に擬態させた護衛ロボとはねぇ」
画面には空を飛び、コボルドたちを倒している護衛ロボが映し出されていた。行商人は楽しげに口元を歪めると、目を糸のように細める。
「石英はんもいたところを見ると、雨屋家のもんやろな。とすると……雨屋は魔導機械の開発に手を出しているっちゅうことやな」
魔導機械は高い。コボルドたちを倒している護衛ロボも本来の価格は数千両してもおかしくない。それだけの性能を持っていた。
「ガワだけ旧式の掃除機に見せかけて、中身は最新型。本来は使わないで、こっそりと運ぼうとしてたんやろうなぁ」
それが予想外の襲撃で使用せざるを得なかったのだろう。雨屋家にとってはアンラッキーだったが、自分にとっては幸運だった。
「嬢ちゃんたちも気になるが、ただの魔法使いやろ。それよりも重要なのは汎用で量産できる護衛ロボ。その開発が進んでいるとなれば……金の匂いがするでぇ」
どこにこの情報を売ろうかと、端末を手で弄びながら、行商人は雑踏の中に笑って消えるのであった。




