15話 本領発揮につき
カーラってなぁに? なにこれ? ポカンとちっこいお口を開けて驚いちゃうヨミちゃんだ。ランピーチの名前には聞き覚えがある。というか、先日までやっていたゲームでの自キャラの名前だ。
なぜ他のゲームの名前が???
『随分可愛らしい少女になりましたね、ランピーチ少佐。良いことです。以前の平凡極まるおっさんだと人気出ませんでした。ランピーチ? 誰それ? とMVPをとっても、他のパイロットには認知されていませんでしたし』
ヨミちゃんの可愛らしい姿を見て、ウンウンと頷くカーラ。とっても気にしていることを平気で言うなこの娘。
「そ、そんにゃどうでも良いことはいらないよ。なんでこのゲームに出現したのか聞きたいんだけど?」
ガタンガタンと激しく揺れるから噛んじゃった。動揺のせいじゃないよ。それよりもなぜ他のゲームに搭載されたか知りたい。
はて、とコテンと首を傾げるカーラ。銀髪碧眼の美少女で、肩で髪を切り揃えている。ジト目がよく似合うダウナー系の顔立ちは美しい少女だ。
『一部聞き取れない単語がありました。もう一度仰ってください』
ゲームの世界だと認識できないのだと悟る。NPCたちもそれぞれ自我を持つ関係からゲームの中だと認識できない仕様のゲームは結構ある。カーラも同じタイプなのだろう。
「えっと、カーラはなんで私の前に現れたの? OSも起動させていないのに」
「忘れたのですか、少佐。サポートAIの基本OSであるピコ分子のプログラム回路を少佐の脳に入れたではないですか。これにより機体と素早く電子連結可能となり最適なサポートができるんです。使っていない脳の部分を使用しているので安全性も大丈夫。少佐の脳の9割を私は使えるということです」
「遠回しに褒めてくれてありがと」
フンスと鼻息荒く得意げにサラサラの銀髪を揺らすカーラ。よくわからないが、記憶インストール型の初の試みだ。このカーラはバグなんだろう。なにせ口が悪すぎる。
「それよりも戦闘に集中しないとね!」
細かいことは後回しだと、私はレバーを握る。機体を傾けて斜行して走る。
爆発音が響き、砕けた石の破片が私の肩をかすり、服が破れてじわりと血が滲む。ちょっと痛いんだけど。
後ろから追ってきたコボルドローダーたちがバズーカを撃ってきたのだ。
「ふふん、初陣といこうか!」
ぴすぴすと鼻を鳴らして、興奮気味にラクタカーラにマナを流し込むと、ブレードローラーが回転して加速する。ステータスを確認するが、マナ量は変化していない。多分小数点以下でマナが消費されているのだろう。
残りマナは18。さてさて反撃といくかな。
レバーを軽く握りしめると、ラクタカーラを傾ける。傾いたラクタカーラは倒れる寸前で前へと飛び出すのと同時に加速する。
その機体には見えない魔糸がついていて、壁に繋がって巻き取られていた。魔糸が耐えられる重量を超えているが、数秒なら余裕で耐えられる。
重量オーバーのペナルティとして巻き取る時間が遅くなっているが、それでも時速100キロを超えており、コボルドローダーたちの乗る強化外骨格より遥かに速い。
再び砲弾が飛来してくるが、前傾姿勢をとり砲弾をかいくぐる。爆発が後ろでして、高熱の爆風がラクタカーラを後押しするように加速させた。
「少佐、致命的な機体不良を発見。装甲がついてません。パイロットの命が危険です」
「当たらなければ大丈夫!」
骨組みだけの強化外骨格。コックピットは剥き出しで強烈な風圧により、ぷにぷにほっぺがむにゅと押されながら答える。
右足のローラーを空回りさせて、鋭くターンをさせて、もう一発の砲弾をスルーする。
「少佐、致命的な機体不良を発見。スラスターがついてません。パイロットの命が危険です」
「当たらなければ大丈夫!」
左からコボルドローダーが突進してきて、爪を突き出す。その一撃は見た目からして、ヨミの身体を潰せる力を持っていることがわかる。
ラクタカーラは左足のローラーを止めて、右足のローラーを回転させて半身をずらすと迫る爪の横を通り抜けて躱す。
「少佐、致命的な機体不良を発見。エンジンがついてません。パイロットの命が危険です」
「当たらなければ大丈夫!」
後ろ斜めにいるコボルドローダーが砲口を向けてくるのを確認し、聳え立つ廃ビルに糸を展開させてジャンプする。
ラクタカーラの巨体がふわりと浮いて、そのまま一気にコボルドローダーの真上を飛んでいく。地面にガスンと着地すると、体勢を立て直して敵へと向きを変える。
風が当たり、砂煙と激しい揺れが私にリアリティを与えてくれる。ゾクゾクして、アドレナリンがバンバン出ている感じがする。身体が震え、その楽しさにヨミの口元は三日月になり笑う。
「これが本当の戦闘! 現実感が私を研ぎ澄ます!」
「アタラナケレバダイショウブ」
私が愉悦の中で恐怖を忘れて叫ぶと、ジト目のカーラがやる気なさげにツッコミを入れてきた。なかなか話のわかるサポート役だこと。
「楽しくなってきた、楽しくなってきたよ!」
「私は楽しくありません。私に相応しいカスタムオーダーのラクタカーラはどこに?」
顔を前のめりに青髪を靡かせて、私はコボルドローダーたちへと突進する。両足のローダーの回転をそれぞれ変えて、スラロームをしながら砲弾を躱していく。後方で爆発音が響き、地面がガタガタと震える。
「リロード!」
そして自分のマナを両肩のバズーカに送り込む。水のようにマナが流れていき、カチンと音がしてマナ砲弾が形成される。
『コボルドバズーカ砲弾を形成。マナ5消費』
『コボルドバズーカ砲弾を形成。マナ5消費』
ステータスを素早く確認すると、バズーカ用の砲弾のマナの消費は一発5。両肩合わせて10。もはやマナは少なく不退転の覚悟だ。
魔糸を展開させて、前方のコボルドローダーの機体に絡めると、支点にしてぐるりと左へとドリフトする。
敵は突然見えない糸に絡まれて、ラクタカーラの重さに引っ張られて体勢を崩す。その様子を観察しながらゴクリと息を呑む。
ラクタカーラの機体が小さな石を踏み砕き、ガリガリと音を立てながら激しく揺れる。その中で集中力を乱さずに、ヨミは一瞬発生した道筋を確認した。
「今だ!」
コボルドローダーたちが、ヨミから見て直線上に重なった時、魔糸を前方に展開させて巻き取る。ラクタカーラは空中に浮き、体勢を崩す敵へと一発の砲弾と化して突撃した。
風と砂埃で前が見えにくい中でヨミは嗤う。
「ラクタカーラキック!」
そして、肉薄するコボルドローダーへと、叫びをあげて蹴りを繰り出す。
「バウッ」
だが、コボルドローダーは獣の危機感の高さから強化腕を盾にするように横に構えて受け止める。ギシイと音がして、強化腕にヒビが入り砕け落ちる。
ヨミはそのまま追撃することはなく、踏み台にして真上を通り抜ける。
ちょうど後方にはもう一体のコボルドローダーが走っていて、乗り越えてきたヨミに慌てて顔をあげて───。
両肩から撃ったバズーカの砲弾がコックピットにスルリと飛び込み大爆発を起こすのであった。
破片が散らばり、パイロットを失った強化外骨格が転倒して砂煙をあげる。
『敵機大破。残るは一機です少佐』
「これで終わりだ!」
ズシンと深く地面に着地をして、機体が沈み込み衝撃で頭がクラクラとし、身体が圧迫されて軋む。しかし身体の痛みを無視してヨミはブレードローラーを猛回転させ再加速する。
左腕を砕かれたコボルドローダーが振り向いて、右手を横薙ぎに振るう。
ヨミはラクタカーラを前傾姿勢へと変えて、深く沈み込むと横薙ぎに振るわれた腕をかいくぐる。かすって上部がガシンと砕ける音を聞きながら、加速力を乗せた爪を突き出し、コックピットを打ち抜く。
「が、ガウ」
強化腕の一撃を受けて、コボルドローダーの身体は拉げて潰れ、その強化外骨格は背中まで爪の一撃で貫かれるのであった。
パイロットを失い、ゆっくりと崩れ落ちる強化外骨格を横に捨て、ヨミはふぅと息を吐く。その顔は汗に濡れていて、キラキラと輝くような笑みを浮かべていた。
『敵の殲滅を確認。お見事です、ランピーチ少佐。前評判通り操縦のセンスだけは高いですね』
「ありがと。それと私の名前は那月ヨミ。ハンドルネームは封印しておくよ」
『了解です、ヨミ少佐』
髪をかきあげて、フフッと微笑み私はモニターへと親指を立てる。楽しかった。死の恐怖を忘れて、戦場の風を受けて、興奮で私の心は大きく震えた。
『装甲バスを防衛せよ! をクリアしました。カルマポイント5、5銀を手に入れた』
『戦闘によりマナが17上がった』
『戦闘により体力が1上がった』
『戦闘により器用が7上がった』
『戦闘により魔力が5上がった』
ログがずらずらと表示されていき、今回の戦果を教えてくれる。
「レベル制じゃないから、少し面倒かも」
戦闘などでステータスが上がる仕様なので、少し顔を顰めてしまう。この仕様って、下手をするとステータスが偏るんだよなぁ。気をつけないと。
『ミッションコンプリートおめでとうございます。見慣れないシステムですが、ここはどこなのでしょうか?』
「見るに、滅びた地球みたいだよ」
ラクタカーラを発進させて、前方を走る装甲バスへと向かう。
『そうだったのですか。なるほど。そこでこのガラクタを拾って来たのですね。忠告しますと、せめて装甲が取り付けられた機体を選ぶことを推奨します』
「これしかなかったんだよ。それにしてもこの機体も悪くないと思わない? この骨組みだけの武骨なシルエットが受けると思うんだ」
あれだけ衝撃を受けても、関節も脚も壊れていない。頑丈な機体だよねと、ラクタカーラを優しく撫でて笑顔を見せる。
『そうですね。そのとおりですね。私はしがないエーアイなので、眼鏡が必要だとは忠告はできません。頭のネジをどこかに落としてきたのですか?』
「感極まる称賛ありがと。ベーっだ」
ちっこい舌を出して、カーラへと感謝の言葉を返す。チェンジする方法はどこにあるのかな。隠しイベントかな?
装甲バスが近づいてきて、窓に張り付いて、皆が笑顔で手を振っているのが目に入る。良かった、皆無事みたい。
掃除機ロボットを手元に戻して、私はバスの屋根へとジャンプして乗り上げる。この機体は絶対にお持ち帰りなのだ。
とはいえ、かなり疲れた。身体は重しを担いでいるように重いし、激しい揺れと攻撃で体も節々がとっても痛い。
あとは、何ごともありませんように。
トンと屋根に足をつけてラクタカーラから降りる。
『少佐、銀が何個か落ちていきましたけどどうしますか?』
「あぁ、もう報酬支払われていたんだ」
マジかよと慌てて振り向くが時すでに遅し。遥か後方にチカリと光る銀通貨が地面に落ちていた。取りに戻る気力もマナも体力もない。
「泣けるね。まったくもぅ」
虚ろな瞳でため息を吐き、ガクリと肩を落として、私はバスの中へと戻るのであった。
これこそが骨折り損のくたびれ儲けというやつかな。犬だけに。
わんわんっ。




