14話 風になるにつき
「す、すげぇ……」
「なんつー動きだ」
「おねーちゃん、かっこいー!」
装甲バスに乗る面々は外の様子を見て、驚きで声を失っていた。
なぜならば小さな少女が空を飛んで、コボルドたちと戦闘を繰り広げていたからだ。
コボルドたちの群れに全く怯えを見せずに、いや、薄っすらと笑みを浮かべて戦闘をする青髪の少女。小さな背丈の幼さを残す可愛らしい少女にしか見えなかったが、そのイメージは眼前の様子が裏切っていた。
ヨミはコボルドたちの群れの中を高速で飛びながら突っ切り、慌てるコボルドたちが拡散バズーカを向けてくると、キュイッと鋭角に動きその射線から逃れる。
拡散バズーカを撃つコボルドたちの散弾はヨミのスカートの端を吹き飛ばすだけで、その身体には命中していない。
そして、護衛ロボットがコボルドたちを殴りつけて倒していく。まるで燕のようにするりと飛んでいき、ヨミがコボルドたちを翻弄して、護衛ロボットが次々と倒す。
青髪を靡かせて空を舞う少女の姿は戦場であるのにとても美しかった。
「あれが本当の魔人……」
石英はその姿を見て、悔しげに羨望と共に歯を食いしばる。人外の力を持つ本当の魔人。自分とは違う圧倒的なる存在を眺めることしかできなかった。
コボルドたちはみるみるうちに数を減らしていき、残りは少しのコボルドたちとコボルドローダーのみ。
強化外骨格を操る3体のコボルドローダーたちとヨミの戦いが始まっていた。
◇
『コボルドローダーはCランク。骨で形成された2メートル半の強化外骨格に搭乗して戦闘をする。空洞の骨で形成された強化外骨格は見た目よりも遥かにその重量は軽い。大型のブレードローラーは最大時速60キロ。強力なコボルドバズーカを装備して、強化外骨格の腕の3本の爪で敵を倒す。なお、操縦しているコボルドローダー自体は魔力が多少高いだけでコボルドと能力は変わらない』
私はコボルドたちを倒す中で、コボルドローダーの能力を把握する。ジャングルジムを人型に切り取ったような灰色の骨組みだけの強化外骨格。エンジンもついていないのに動く不思議な魔法のスーツだ。私と同じくちっこいコボルドが搭乗しており、レバーを握っている。
ヨダレを垂らして、唸り声をあげながら私を睨んできて、なんとか殺そうとバズーカを向けてくる。
「バズーカの弾速で私を倒せはしないよっ!」
魔糸を展開させて、私は空を飛ぶ。最大速度での機動により、私の身体はどんどん加速していき、身体が捩れるように少し痛い。
砲弾が飛んでいき、爆発が巻き起こるが、爆風が私を撫でるだけで怪我はない。
コボルドたちもなんとか囲んで殺そうと、拡散バズーカを向けてくるけど、私は戦場全体の動きを把握していた。私の目と掃除機ロボットの視界で。
だからこそ、砲弾が発射される寸前で軌道を変えて鋭角に回避する。散弾がちょっぴり皮膚をかする時もあるが、たいしたダメージではない。
縦横無尽に飛び交う私と掃除機ロボット。私が陽動で掃除機ロボットがコボルドたちを加速のついた腕で殴り殺していく。
コボルドたちは加速された金属の腕の一撃に耐えることができずに、マッチ棒のように首を折られると、転倒して、戦線を離脱していく。
慌てるコボルドたちを次々と倒していき、残りは数匹のコボルドたちとなると、コボルドローダーがブレードローラーを激しく回転させて、砂煙をあげて突進してきた。
「近接戦闘に切り替えたんだね!」
バズーカの弾速では倒せないと判断したのだろう。3体のコボルドローダーたちは私を囲むように接近してくる。
操縦しているコボルドローダーは、仲間が殺されて怒りに支配されているのだろう。ますます顔を歪めて凶暴になっている。
コボルドローダーたちでも、一体だけ装備が違う。2体は片方の肩にしかバズーカを搭載していないが、一体だけ両肩に装備している。多分あれがこの群れのリーダーだ。
『ヨミちゃん、中に入ってハッチを閉めたよ!』
運転手に瑪瑙ちゃんがこっそりと話しかけてくる。見るとハッチは閉まっており、無事に瑪瑙ちゃんは運転席に入っていた。
『それじゃ運転は任せた』
運転手の声を借りて伝えると、力尽きたかのように運転手を席から滑り落とす。そして、魔糸を引き戻す。
ナイス瑪瑙ちゃん。これで、コボルドローダーたちとの戦闘に集中できるよ。目を細めて深く息を吐き、不敵なる笑みを浮かべる。
「おっとっと」
廃ビルに貼り付けておいた魔糸を手繰り寄せて、空へと急上昇する。砲弾が飛んでいき、私のいた場所が爆発する。
「フレンドリーファイアは一応気にしてるのか」
だが、その攻撃は中心すぎた。距離を詰めすぎて、仲間に当たることを気にしているのだ。
「それなら、近接戦闘を選ばなければ良いのに」
掃除機ロボットを飛ばして、コボルドローダーのリーダーへと殴りかかる。だが、意外な速さで骨製の腕をふるい、コボルドローダーは攻撃を受け止める。
「獣の反応速度かな?」
多少驚き、身体を翻す。突っ込んできたもう一体のコボルドローダーの強化腕が私の顔のぎりぎりを通り過ぎていった。
「てや!」
コボルドローダーの横を通りすぎながら、強化外骨格に蹴りを入れるが、ヒビも入らない。脚がジーンと痺れるだけだった。
「かなり頑丈。Cランクなだけはある」
クンと魔糸を動かして、コボルドローダーの周りを舞いながら肩に担いだゴブリンライフルを構えるとこの戦いで初めて引き金を引く。
コボルドローダーは銃口が向かれると気づくと、加速して蛇行する。撃った銃弾は地面を穿つに留まる。
「反応速度が良すぎる。むぅ……」
こちらも高速機動だし、相手も速い上に反応速度が速い。これはパイロットを狙うことは不可能だ。
キュインと音を立てて、もう一体が接近して爪を開く。這うように私は機動して爪をすり抜けると掃除機ロボットを突撃させるが、やはり攻撃は防がれる。
装甲のない強化外骨格だ。操縦者を狙うのが一番早いんだけど、というか勝ち筋はそれしかないんだけど、手持ちのカードではダメージを与えられない。
あぁ、これも『ブラッディパペッティア』を選ばなかったからだ。難易度が高すぎる。
だが、それでめげるヨミちゃんじゃないのだ。
「勝つ方法は、ととっ?」
コボルドローダーのボスが接近してきて、偶然に魔糸を踏む。私の身体が引っ張られて、体勢が崩れる。
「バウッ!」
その様子を見て、ボスはニヤリと牙を覗かせて、私を掴もうとする。慌てて私は掃除機ロボットを手元に引き戻す。
ガシィッと金属音が響き、私たちはボスの操る強化外骨格の3本の爪に掴まれてしまった。
「くっ! しまった!」
これこそが人形遣いの弱点。魔糸を掴まれるとなにもできなくなる。
コボルドローダーのボスは勝利を確信し、バウバウと吠えて、私は掃除機ロボットの金属腕で閉じようとする爪を防がせる。
だが、ぎりぎりと爪は閉じていき、私の身体は圧されていき、痛みが奔ってくる。苦痛で呻く私へとボスは前のめりとなり、ますます爪に力を加えてくる。
「キャンキャンッ」
喜びの鳴き声をあげるボス。その意外な可愛らしい鳴き声に私はプッとふきだしてしまう。
「やっぱり犬だから、喜ぶ鳴き声はとても可愛らしいね」
軽口を叩く私に違和感を感じたのか、ボスの動きが僅かに緩む。
その様子を上から見下ろすように私は目を細めて口を開く。
「本日の人形劇も終幕に近くなります。楽しんで頂けましたでしょうか、お客様?」
冷たく凍える声音にて、私は丁寧にお礼を言う。その言動に無意識に怖れを持ったのか、ボスが怯む。
「お代は貴方様の乗る強化外骨格を頂きたいと存じます。では、また機会がありましたら、よろしくお願い申し上げます」
そして、クンと魔糸を動かす。私の動きに合わせて、ボスの操縦席になにかが飛び込む。
「ギャン!?」
私を掴んでいたために反応が遅れてしまい、予想外のものが飛び込んできたことに驚くボス。
ボスコボルドの目の前には首を折られて、舌をだらりと覗かせるコボルドがいた。倒れるように身体を押し込むと、ボスの顔に拡散バズーカを押し付ける。
「よく周りを気にするべきだったね。実は残ったコボルドの中に死体を混ぜておいたんだ」
慌てるボスにバンと砲音が響き、血しぶきが舞う。
「人形遣いにはご用心。仲間が殺されて人形になっているかもしれないからね」
力を失った爪から脱出すると、コックピットへと飛び込む。すぐにボスの死体を放り捨てて、私はレバーを握りしめる。
「新しい人形をヨミは手に入れた。チャララーン」
空洞の骨製の強化外骨格。その重量は私でも操れるほどに軽い。たぶん百キロを超えていない、さらに手足が生えている人形ならばパペッティアの領域だ。
そして、生体兵器でもある強化外骨格は、本来はマナを流してもパターンがコボルドとは違うために人間には武器やブレードローラーは操れないけど………。
『絶対魔法操作』を持つ私なら扱える。マナをコボルドのパターンと合わせれば良いのだ。
手足は人形として操作して、ブレードローラーは私がマナを流し込み稼働させる。2つのスキルが合わさり、この強化外骨格は私だけの武器へと変わる。
「ゴー!」
ブレードローラーが回転して、強化外骨格が走行し始める。ガチンと石を踏み壊し、砂煙をあげて疾走する。
「いいね、いいね。後で掃除しなくちゃね」
私は骨組みの椅子に座り、ガタンガタンと揺れながらも楽しげに嗤う。
ちょっぴり血で汚れて汚いし、サスペンションもないので、喋ると舌を噛みそうだ。激しい揺れであるけど……気に入ったよ。
私の魔糸が強化外骨格にするりと入り込むと、統制を始めて、コボルドローダーが操縦するのと同じように操作可能としてくれる。
他の2体のコボルドローダーたちがボスが倒されたことにぽかんと口を開けて呆然としていたが、慌てて追いかけてくる。
「さて、私の本領発揮というところだけど、まずは君に名前をつけてあげようかな」
どうしようかと迷うけど、それは一瞬だった。私の乗る機体にはいつも付けているお気に入りの名前があるのだ。
「君の名前は『ラクタカーラ』。長く私の使っている愛機の名前だよ」
ルンルン気分で名付けを行うヨミちゃんだ。
けれども意外なことが起きた。
『コロニー連合第4独立部隊所属ランピーチ少佐によるラクタカーラの起動を確認しました』
突如としてモニターが現れて、制帽をかぶり、軍の制服を着た銀髪の少女が映し出された。なにこれ?
驚いちゃう私へと少女は話しかけてくる。
『おはようございます、ランピーチ少佐。私はランピーチ少佐専用支援AIのカーラです。よろしくお願いします』
頭を下げてくる少女。私はぽかんと口を開けて呆然としちゃう。へ? なんで? コロニー連合?
『『ゲーム脳』スキルを手に入れた』
ゲーム脳??? なにそれ、スキルなの、ゲーム脳って。
混乱する私へとジト目で少女は話しかけてくる。
『どうやらまた盗んだ機体を操縦している模様。情報通りの悪党ですね、少佐』
初めての挨拶が毒舌なカーラであった。




