13話 装甲バスの防衛につき
コボルドが担ぐ拡散バズーカの砲音が響く。マナで形成された散弾が撃たれて、青い軌跡を残して子供たちに襲いかかった。
「きゃー!」
怯えた子供たちが悲鳴をあげて蹲り、必死の形相で父親が覆い被さり守ろうとする。神人ではゴブリンの散弾でも食らえば、身体は穴だらけとなり致命傷となってしまう。
誰もが悲惨なる未来を予想して、悲痛で顔を歪める。
そしてガンと音がして───。
掃除機ロボットが砲弾の前に立っていた。金属製の胴体は多少へこんでいるだけで、その頑丈さを示していた。
『マナ注入30』
マナを注入させた掃除機ロボットを慌てて飛び込ませたのだ。あ、危ないところだった。心臓がドキンドキンといってるよ。
「ロボットさん!」
守ってくれた掃除機ロボットを見て、歓喜の声を子供たちがあげる。
「うぉぉぉ! ヨミパンチ!」
私は魔糸をコボルドの前につけて巻き取ると、勢いをそのままに拳を振り上げて突進した。青い髪が靡き、意思ある瞳が青く光る。
魔糸は私の体重の3倍くらいを支えることができて、それは先端を壁につければ、巻き取る際に魔糸を貼り向けた物へと高速で近づける力を持つ。
即ち立体機動ができるのだ。その巻き取る速さは最大時速300キロ。今は手加減して時速10キロ。
多分それくらい。ホテルのコップで試したんだ。パリンと割れて弁償することになったけど。
加速力が加わったヨミちゃんパンチ。それは鉄をも貫く力を持って……。
ペチン
「ありゃ」
でも、コボルドの頬はちょっぴりしかへこまなかった。やっぱり筋力1は伊達じゃないね! 敗因はちっこすぎる私の手かな。
「バウッ」
犬の魔物はギロリと私を睨むと、口を大きく開き噛み付こうとする。
「うひゃぁー。たいむたいむ!」
うるうるお目々で、泣きそうに悲鳴をあげるけど容赦なくコボルドは口を閉じようとする。ちょっと美少女に触れるのはノータッチだと思うんだけど!
私の顔に噛み付く寸前に、コボルドの顔は金属の拳が食い込み、歪んで吹き飛ぶ。掃除機ロボットの拳がめり込み倒したのだ。
「コボルド……。近くで見ると結構怖い………」
息を吐いて、ちょっぴり顔を引きつらせて怖がるヨミちゃんだ。五感で感じるフルダイブは、コボルドの吐く獣臭い息と、その温かさを感じ、眼前に迫った殺意を持つ瞳を前にかなり怖かった。
倒れたコボルドから血が流れて、痙攣しているのが目に入る。その濡れたような泥に塗れた毛皮と、鈍く光る牙。爪は錐のように鋭い。
犬の魔物だけどリアリティがありすぎて、この光景が本物のようにしか見えないよ。
とはいえ、やることは変わらない。
ヨミの青い瞳がどろりと昏く輝き、コボルドの設定を記憶から引き出す。私の記憶には貰った設定資料が完全にある。コボルドの資料も詳細までわかっているのだ。
私の記憶が語りかけてくる。
『コボルドはDランク。その特徴は踵に付いている生体ブレードローラーだ。生体ブレードローラーでの走行は最大時速50キロ。そして武器は牙と爪、そして、肩に取り付けられている拡散バズーカ。散弾を撃つがその威力は低い。散弾で敵が怯んだ時に距離を詰めて噛み殺す』
その上で、コボルドたちは群れで襲いかかるのが特徴か。ふぅと息を吐き、集中を解くと、青い瞳は元の光へと戻り、ヨミは元に戻る。
「大丈夫、ヨミちゃん!」
「うん、なんとか大丈夫。ギリギリだったけど」
焦った声音で心配する瑪瑙ちゃんに、額の汗を拭いながら笑みで安心させる。ちょっと脚が生まれたての小鹿のようにぷるぷる震えているくらいだよ。
「護衛ロボットで倒せるのは確認できたから収穫だったかな」
掃除機ぱんちで倒せるとは、コボルドは弱い。やはりその加速性能と拡散バズーカと牙のコンボが強いだけで、その身体はゴブリン並みだ。
「運転席のハッチを閉めねぇと、コボルドにこのままだと入り込まれちまう。くそっ、どうやって運転席に向かう?」
石英たちがどうするか迷っている。魔人といえど今の時速50キロにはついていけないらしい。
勘違いされやすいが、下級魔人の身体能力は人の域を超えるほどではない。コンクリートを破壊して、ゴブリンを一撃で倒せる筋力はマナによる力だ。
即ち、マナにより自身は物理とは別の力、魔法攻撃力と魔法防御力に変わる。周りの物質は通常は魔法への抵抗力が無い為に、魔法攻撃に弱く、発泡スチロールのような脆さになるわけなんだ。
なので下級魔人の筋力は人間とほとんど変わらないから、動く速度は一般人と変わらないわけ。
まぁ、身体能力は少しは上がっているから人間の範疇とは言っても、オリンピックで楽々優勝できる程度にはなるんだけどね。
なので、走行する装甲バスから飛び降りて、走って運転席に入ることはできない。降りたら最後、置いてけぼりになるだけである。
これが中級を超える魔人や速度特化の高ランクの亜人なら話は変わったんだけど、このメンツじゃ駄目だよね。
「また、入ってきたぞ!」
「ぬぉぉっ! タイボックシールド!」
『木皮膚』
タイボックの皮膚がミシミシと変化していき、木の皮がせり出していく。そしてますます木にそっくりとなり、飛び込んできたコボルドが拡散バズーカを撃つと同時に壁となるべく立ちはだかる。
ガスンと革の鎧に穴が開くが、その皮膚は木の皮が少し砕けただけでかすり傷だ。
亜人が使う特有のスキルだ。亜人たちは魔法は使えずに、そのスキルのみを使えるのが特徴だ。トレントの木の皮膚は余裕でコボルドの散弾を防いでいた。ちょっぴり血が滲んでるけど。
「この、おちろっ!」
必死の形相で石英が蹴り飛ばして、コボルドを追い出す。
「このままだとまずい……どうしよ」
運転手を操りながら、バスの中に入ってくるコボルドを倒すタワーディフェンスゲームをするべきだろうか。色々なゲームでも同様のシチュエーションはあったけど、大群に囲まれて施設を防衛するのはテンプレだった。
だけど、運転席の方のハッチも開きっぱなしなんだよね。入り込まれたらジ・エンドだ。
「私に任せてっ」
「瑪瑙ちゃんっ!?」
私が深刻な顔になると、瑪瑙ちゃんが飛び出す。慌てて止めようとするが、バスの装甲にしがみつき、瑪瑙ちゃんはくるりと振り返って笑みを見せる。
「運転席まで這っていって、ハッチを閉めてくるよ。そのまま中に入って、キャアッ」
装甲に貼り付いた瑪瑙ちゃんは目立ち、コボルドが拡散バズーカを撃ってくる。新品のスカートに穴が空き、瑪瑙ちゃんの体勢が崩れて落ちそうになるので、真っ青な顔になっちゃうが
「よっと」
装甲の出っ張りを片手で掴んで、くるりと回転するとそのまま屋根に降り立つ。
「危なっ。死ぬかと思っちゃった」
風でバタバタと髪を靡かせて、スカートを翻し瑪瑙ちゃんが額の汗を拭う。
え? 私は今幻覚を見たのかな? なんか信じられない動きを瑪瑙ちゃんが見せたんだけど? 瑪瑙ちゃんはガタンガタンと激しく揺れる装甲バスの屋根に、ふわりと身体を揺らして危なげなく立っている。
信じられない体幹とバランスだ。以前から動きは良かったけど……魔人になったからかな?
ピンク髪を靡かせて、強風の中でニコリと笑顔で立っている瑪瑙ちゃんはヒロインにしか見えない。でも、危なすぎる。
「め、瑪瑙ちゃん、危ないから戻ってきて!」
「大丈夫! ヨミちゃんだけに頼ってられないよ。私も頑張るよ!」
真剣な目の瑪瑙ちゃん。私が運転手を操作しているのに気づいているのだ。だからこそ、私におんぶに抱っこは嫌だと思っている。そして、私と対等な位置に立ちたいと考えているのだ。
それはとっても嬉しいし、顔がニマニマと緩んじゃうけど………。
「スカートが風で捲れちゃってるよ。パンツ丸見え! 乙女の危機!」
バッサバッサとスカートが捲れ上がり、パンツが丸見えになっていた。ヒロイン役には一歩足りなかった模様。
私よりもちょっぴり背が高くて、スタイルがちょっぴり良い瑪瑙ちゃんは美少女だ。これは、男どもの目を潰すしかないかな。
「はわはわはわ……。これで大丈夫!」
スカートをビリビリと破って、チャイナドレスのようにする瑪瑙ちゃん。そして再び前へと向かおうとする。
「ちっ、それなら少し待て!」
石英が舌打ちして、バタバタと足踏みをして、手を雑に振ると身体をカクカクと動かす。なんだ、呪いの踊り? 見ていると呪われそうなんだけど?
胡乱げな目で見つめると、カクカクダンスを止めて、髭モジャのおっさんはニカリと笑う。フィニッシュのつもりらしい。
『戦舞踊』
なんだろうと思っていたら、すぐにわかった。私の身体を赤い光が覆ったのだ。見るとタイボックたちも行商人も鍛冶職人の親子も光っている、そして外にいる瑪瑙ちゃんも。
「これは支援魔法?」
しかも効果範囲がかなり広い。
「おうっ! 俺っちの『戦舞踊』は付与した仲間の能力を1%上げるんだ!」
しかしゴミの効果だった。こんなことで足止めするなよと文句をつけようと思ったけど考え直す。神人たちにも効果が及んでいる。魔法の付与により魔法耐性が一時的についたのだ。これなら、流れ弾の一発で死ぬことはないかも。
でも、この時間は致命的だ。せめて瑪瑙ちゃんは足止めしてほしくはなかった。
「あわわ、コボルドが飛んできた!」
瑪瑙ちゃんの悲鳴にすぐに視線を向ける。
装甲バスの屋根にコボルドが3匹飛びついてきた。ダンと金属音を立てて、瑪瑙ちゃんを挟んで唸り声をあげて牙を剥きだしにする。
私は外へと飛び出そうとして、一瞬躊躇う。装甲バスの外は風が強く、冷たく私の頬を撫でる。外の光景は流れていき、落ちたら大怪我、いや死ぬだろう。この場所で落ちたら最後生肉が放置されるように、魔物たちが一斉に群がってくるに違いない。
五感で感じる。風の冷たさ、心臓の鼓動、額から流れる冷や汗。今までのゲームとは違う死の予感。
「だけど、それがなんだってんだ。瑪瑙ちゃんがピンチなんだ」
ヨミの呟きと共に再び深い青色の瞳が闇が混じるかのようにどろりと澱む。私の記憶が勇気をくれる。心を叱咤する。
親友の危機に命を掛け金にしなくてどうするのだ。先々の未来を絶望と後悔で暮らすつもりなのか。
「そんなことはノーサンキュー!」
私にしか見えないテグスのように細い魔糸を飛ばして、屋根に付ける。
「那月ヨミは頑張れちゃう娘!」
ピシリと魔糸を貼り付けると、勢いよく巻き取る。私の身体は高速で飛んでいき、コボルドたちへと向かう。
「おりゃーっ!」
強風が風圧となり、頬を歪めて押し付ける。髪が激しく靡き、強いGが私の身体を抑えようとしてくる。
その加速力のままに、コボルドへと蹴りを叩き込む。
「ギャンッ」
コボルドは今度は充分な加速が乗った蹴りにより吹き飛んで屋根の上を転がり落下していった。
残りのコボルドたちが砲口を私に向けてくるが遅い。
キュイと魔糸を引くと、掃除機ロボットが横合いから飛んで。加速力を乗せて回転させると、2匹の首へと金属の腕で殴りつけてへし折る。
「ヨミちゃんっ」
「大丈夫、瑪瑙ちゃん? 私も一緒に」
行くよと伝えようとしてら、装甲バスが揺れて、爆風が巻き起こった。
「な、なになに?」
慌てる瑪瑙ちゃんを他所に、私は左を見ると歯を食いしばる。
「コボルドローダーだ」
廃ビルの中から飛び出してきた2メートル半の巨体を見て唸る。
それは骨組みだけの強化外骨格に搭乗するコボルドたちだ。車のタイヤのように大きなブレードローラーを響かせて、その肩には大型の生体バズーカを備え付けている。
瓦礫を砕き、錆びきった放置車両を跳ね飛ばし、砂煙をあげてこちらへと向かってきている。
合わせて3体。コボルドたちのボスなのだろう。その破壊力はコボルドたちとは訳が違う。
仕方ない、仕方ない。こういう展開か。
心が冷えて、酷薄なる笑みを見せると私は静かに呟く。
「どうやら、演者は出揃った様子。では、始めましょうか」
そしてギラリと目を光らせる。
「どうか私の人形劇。最後まで楽しんでいただけることを望みます」
ヨミは屋根を蹴り、空へと舞うのであった。




