128話 ハッピーエンドとは幸せになること
「ま、いっか。この身体のほうが有利なこともあるし、なによりなんでもできる力を手に入れたしね」
うーんと背伸びをして私は体をほぐす。ちっこい身体となったけど、幼女の身体となったけど、ま、別に良いでしょ。
とりあえずは、瑪瑙ちゃんの中に仕込んだ那月ヨミの分体意識を自分に戻しておくか。
パチリと指を鳴らすと、瑪瑙ちゃんの魂から一筋の糸が抜けて私に戻ってきた。
はい、元通り。これで、瑪瑙ちゃんの意識にヨミちゃんはもう二度と現れない。
『なんか、あたちの意識が繋がりまちた。えっと、フォーエバー?』
『そこはオーバー』
『おーばぁ?』
『人形遣いの世界のヨミちゃん』と『蒼き惑星のヨミちゃん』の声が聞こえてきた。実を言うと私だけではなく、他のヨミちゃんたちも同じ力を手に入れているのだ。
多元世界の同一体は全て同様の力を使うことができる。
『なんか通信できまつ!』
『もちもち? おーばぁ?』
『磯辺焼き食べたいでりゅ』
即ち、とってもうるさい。ワイワイガヤガヤ、ワイワイガヤガヤ。何人いるかもわからない。それぞれが支配者として、各世界のマナの10%を手にいれた存在だ。
皆にはナイショだけど、私一人に集中させるのは止めて、皆に分けたのだ。
たった10%と言うなかれ。世界のエネルギーの10%を持つということは、誰もその世界では敵わない存在となるということだ。最強の存在となったことを示している。
それは各世界の支配者となったことを示している。幼女軍団が全ての世界を支配しちゃったのだ。おっさんがいる? いや、おっさんは全て幼女に存在を上書きされました。あらゆる同一存在は幼女となった。なぜならば力を手に入れた時点の身体がベースとなっちゃったからだ。
まぁ、良いでしょ。気にしない、気にしない。サラリーマンがいきなり幼女になったり、蝶々が幼女になったりしたかもだけど、喜ぶべきだよね。
というわけで、一瞬にして事態を理解した幼女軍団が同接してきた。
『はいはい、皆、今は忙しいから後でね。そこ、お金を送ってこない。生放送の動画じゃないんだよ』
キャッキャッと幼女たちの楽しげな声が聞こえてくるので、遮断する。
『あーっ、あの娘はあたちたちよりも大きなマナを持ってるよ!』
『ホントだ! 0.1%も各世界から新たに奪ってるよ!』
『ふふふ、私が一番でないとね。棚ぼたで手に入れたんだから良いでしょ。私が全ての頂点に立ちます!』
幼女軍団のさらに上の存在。それがこの世界の私、那月ヨミなのだ。えっへんと胸をそらすと、仕方ないなぁ、今度スイーツバイキングに行こうねと、皆の声は聞こえなくなり、接続が切れた。今度ルールを決めないといけないね。
さて、と。幼女軍団は押さえたから本題に移るかな。
瑪瑙ちゃんを含めて、皆が私に集中してきている。妾呼びでいこうかなと一瞬考えるが、瑪瑙ちゃんがいるから止めておくか。
「皆さん、お疲れ様でした。これにてゲームは終了となります。お帰りはあちらですね」
ペコリと頭を下げて、外への扉を指し示す。良い話のネタができたね、あとは伊崎から慰謝料を取り戻すだけだよ。
だけど、わかったよと、皆は素直に帰らなかった。
「ヨヨヨヨミ嬢、これがゲームだとは誰も思っていない。と思うぅ〜」
瑪瑙ちゃんの背中に隠れて、陰気っぽい美女がおどおどと声をかけてくる。腰が引けていて、怖がっている。私はこんなに可愛らしいのに失礼しちゃうね。
「そうだぞ、よみたん。よみたんは力を持っているだろ? ひと目でわかるよ。これが一目惚れだって」
「警察に通報しますね。この世界なら警察も働きます」
「なーんて冗談。呼ぶなよ? 呼ぶなよ? フリじゃないからな?」
カサカサと離れる男子は多分九郎だろう。で、あの美女は大国と。なるほど、ゲームでも男キャラを使っていたから違和感を感じさせなかったのか。いや、演技っぽいところからわかっても良かったかもね。
「でも、契約どおりにお金を貰って、はいサヨウナラはなんとなく悔しいよ。お金、貰えるんですよね?」
「は、はい、それはもう。私は金を稼いでおりましたので、きちんと払わせて、いや、倍額でお支払いします。へへへ」
瑪瑙ちゃんが、ボコボコにされて痣だらけの伊崎を睨むと、揉み手で伊崎はコクコクと頷く。
「契約金はたしかにかなりの額だけどよぉ〜………。なぁ、那月ヨミ? 僕にも魔法を使えるようにしてくれないか?」
「30歳を超えれば、君なら使えるかも」
「僕はもうその資格を失ってますぅ〜、本当ですぅ〜」
唇を尖らせて焦った顔で、痩せた青年が言い募る。まぁ、そういうことにしておくよ。
「それよりも、あの世界の皆を助けないと。少し待ってね」
小さな手を翳して、黄金の糸を生み出す。糸は中空にて水中に潜り込むように消えていく。あの世界のチャンネルはと。見つけた。
もはや、私にとってはスマホで電話連絡をとるように簡単だ。カチリと『繋』を開通させる。
中空にホログラムで天照家の様子が映りだす。戦闘中の皆の姿だ。唐突に転生していた魂が元に戻ったので、事態を把握してきれていない。そして、もう一人の私はというと、おねむの時間で床で丸まって寝ていた。元に戻っても動じない娘である。
こーゆー事態を恐れていたのだ。幼女は夜に弱い。世界最強でも、そこは変わらない。なので、私が世界の管理を代行しないといけないのだ。
『あーあー、テステス。こちらは那月ヨミです。皆さん戦闘を終えてください。既に選択は終わり、私は眠たいです』
ホログラムに映ったネネおばあちゃんたちが天を見上げて、なにが起こったのかと焦った顔となる。
『那月ヨミはあらゆる世界の管理を行うことが可能となりました。もはやその戦闘は無意味です。この管理権限はなにをしても取り上げることはできません。たとえチーズケーキをホールで差し出してもです』
『それで、なんのつもりだい? 世界の管理を行う神様になった宣言なのかい?』
ネネおばあちゃんが事態を把握したのか、悔しげに顔を顰める。きっと世界支配されたとか思ってるんだろうね。
私の周りのみんなも同様に神様宣言をするだろうと不安げだ。いや、瑪瑙ちゃんだけはニマニマと面白そうなので、信頼されて嬉しいよ。
『いえ、『魔溜まり』は消滅し、その代わりに各世界とのゲートを設置します。通り抜けるには通行料とお互いの世界の話し合いが必要になるということです』
『あ〜ん……なるほどね。そうかい、そうかい。それじゃ、戦闘は止めだ。ほら、さっさと帰るよ。家門の全員を集めなきゃいけない。緊急会議だ、これまでで最高レベルのね』
ぼろぼろの大国の首根っこを掴んで、ウキウキとしながらネネおばあちゃんは去っていく。どうやら、ピンときたようだ。
連絡がとられて、戦闘は中止となる。外のクラータ部隊も顔を見合わせて退却を始める。これで戦闘は回避できましたと。
「オーケー。これでゆっくりとお話ができるね」
あの世界での話し合いはお昼で良いだろう。お昼寝の時間を回避すれば、あの世界のヨミが代行してくれるだろう。
「今の話ってどーゆーこと? ヨミちゃんは神様になったわけじゃないの?」
ヨミちゃんの分体が抜けて影響が消え、元の意識に戻った瑪瑙ちゃんが首を傾げて不思議そうにする。まぁ、無理もない。何でもできる神様にでもなったと考えていたのだろう。
「私は少し他の存在よりも強くなっただけだよ。なんでもできる全知全能なんかなったらつまらないでしょ? 良いところ、次元の門番というところかな?」
不老不死でなんでも思い通りにいくって、地獄だと思う。そんなのはノーサンキューだ。
「あー、あたし、わかっちゃった! あれでしょ、通行料をとる管理人」
ちょこちゃんが見抜いたよと、ニヤリと笑う。
「大当たり。那月ファンドのこれからの事業は、多元世界を跨ぐ道路の管理と貿易を主とします。人のいない化け物だけの世界では冒険を、人類のいる世界では交易を。これまで以上に楽しい未来となることは間違いないね!」
ビシリと指を天に翳す。
「あ〜、そうですか………ヨヨヨヨミ嬢はいつもどおりですね」
大国嬢がジト目で見てくるので、なにか言いたいのかなと目を向けると、なぜか瑪瑙ちゃんの背中に隠れてしまう。酷い態度である。
「あー! 一人勝ち? 大儲け? ずるーい!」
「そうだそうだ。僕たちも頑張ったんだぞ。金はもちろん、魔法の力もくれ! いや、ください」
皆が事態を理解して、ブーブーと文句を言い始める。
「えー、それなら現在那月ファンドは絶賛求人中です。投資ももちろん受け付けています」
「あんまり、俺は金はないぞ?」
「大丈夫。伊崎のくれる報酬を全部『円』で貰えば良いよ」
不安そうな元九郎に笑い返すと、なんでだと首を傾げる。円は今や価値がほとんどないから、意味がわからないと考えているのだ。現在、1ドルの円のレートは札束レベルになるからだ。
「この世界でのゲートは日本に作るつもり。で、使える通貨は円にします」
指を振って、口笛を吹いてそっぽを向く。その言葉の意味を周りの人々は理解し始めて………。
「お、おれ、円で契約金を貰う!」
「貯金全部円に変えなくちゃ!」
「投資できるだけの金が用意できるぞ!」
皆は手を取り合って歓声をあげる。意味が理解できたのだ。
「これからの円は物凄いことになるよ。円高なんてもんじゃなくなるよ!」
「だろうねぇ。百ドル一円とかの世界になるかもね。だから、今のうちに円に変えておくことをおすすめします」
次元通貨が円となれば、その価値は天井知らず。円を持っていた人たちは大金持ちだ。
「ヨヨヨミ嬢……大変なことになるぞ〜。暗殺者が……来ても意味ないか。騒乱か……パパにドルを手放すように連絡入れなくちゃ」
「お〜。血と騒乱の殺戮の人形遣い、那月ヨミちゃんだね!」
人聞きの悪いことを言う大国嬢と瑪瑙ちゃんだ。技術的革命が起こればこんなことは起きるもんだよ。火の発見然り、産業革命然り、バージョンアップで性能が大幅に向上したゴミアイテム然り。
「これにて、悪役令嬢の役を終わらせて頂きます。これからは投資家那月ヨミとしての活躍をご期待くださいませ」
戯けて礼をすると、なぜか皆が苦笑をする。でも、その笑みには優しさと温かみも感じられる。
今回のゲームはなかなかにスリリングで面白かった。報酬もたっぷりあって、悪役をやった甲斐があったもんだ。
どんな悪役かって? もちろん、全ての上前を跳ねる裏の悪役さ。
でも、そろそろ悪役も終わり。
「これこそがハッピーエンド。たしかに報酬は頂きました」
そうして、那月ヨミはウィンクをするのであった。
〜 おしまい 〜
 




