127話 最後の支配者にて
ヨミちゃんが抵抗する方法を無くしたと思い、勢い良く肉薄してくるイザナギ。
『風刃』
ご丁寧に、さらに風の刃で魔糸を切断しながら、油断せずに近づいてくる。
「切ったと思わせて、切れていない糸。私も手品くらいは知っているのですよ、残念でしたね、雨屋瑪瑙。貴女はツメが甘い!」
どうやら糸の手品を知っていた模様で、その顔は得意げで勝利を確信した笑みだ。
手品の糸。よく手品師が使う糸の手品。一本の糸を複雑に折り畳み、ハサミでジョキジョキ切るとあら不思議、切ったはずの糸は切れていませんでしたという簡単な手品だ。
なるほど、糸の手品は知られていたか。見せかけの網を切られても、本来展開している糸は切られていないという糸の手品。
ヨミちゃんはその手品で罠を仕掛けていた。
───と、思われていたらしい。
だけど違うんだ。
「タネの割れた手品を使う気は毛頭ないよっ!」
冷たく微笑みヨミちゃんはクイッと指を折ると、繋がっている魔糸を繰る。
「ヨミちゃんマジック!」
ぴょんとジャンプして身体をひねって、両腕を大きく振ると散らばったはずの、切れ端のようになっていた糸がイザナギの身体に絡みつく。
「なにっ! 切れた糸をなぜ操れる!?」
絡みつく切れ端の糸に驚愕するイザナギ。慌てて引き剥がすために、身体を回転させるが糸が剥がれることはない。
「くっ! なぜだ? 糸は切ったし仕掛けがないことも確認したはずなのに。思念だけで切った糸を操ることがこの世界でもできるとっ?」
「そんなわけ無いでしょう。ヨミちゃんの力は弱いと知っているはず。でも、一つ勘違いしていたこともあるよね?」
糸をひっつかんで、必死に引き剥がそうとするイザナギへと冷たく言う。もちろん自分の手持ちのスキルを駆使したに決まっている。
「ヨミちゃんの糸は小さな人形を操れる程度。ほとんど意味のなさない弱い魔法だけど、電子は質量がほとんどないために操れる。知ってたでしょ?」
「ぐっ、も、もちろん知っている。それがなにか……ま、まさかっ!」
ハッとした顔になり、糸を掴む手を震わせるイザナギ。
ヨミちゃんのスキルをイザナギはもちろん理解していた。どれくらいの力を使えるかも、その危険性も。そして、この世界ではゲーム以外ではほとんど役に立たないことも。
だが、気づいたのだ。ゲームのデータを操れる。それ即ち。
「電気、で、電気も操れると言うことかっ!」
「そのとおりだよ、イザナギさん。自由にとはいかないけど、糸を経由してくらいなら外でも操れるんだ!」
千切れた糸と糸の間がスパークする。よくよく見ると細い糸のような電気が千切れた糸と糸を繋いでいる。
ヨミちゃんの手に残る糸。その糸は機械の間に存在するケーブルへと入り込んでおり、電気を吸収していた。切られても糸と糸の間は電撃で繋がっており、カラクリがわからない限り繋がりが解けることはない。
「魔王を倒すには電撃だよね! くらえっ、勇者ヨミちゃんの雷撃陣!」
『雷撃糸封鎖縛』
凶暴なる笑顔を見せて、ヨミちゃんは最後の仕掛けを発動させる。
送り込む電気を最大にする。糸と糸の間の電気が太くなり、千切れた糸と糸が磁石のN極とS極のようにくっつくと、イザナギを雁字搦めにする。
「う、ウォぉぉ!」
蜘蛛の巣に絡み取られた蛾のように身動きができなったイザナギが悲鳴をあげる。イザナギの身体を電撃が走り、電撃の青白い光がヨミちゃんたちを照らす。
「終わりだよ、イザナギ。せめて最後は魔王らしく消えていってね!」
勇者ヨミちゃんの勝利だ。もはやここから覆す方法はない。フラグじゃないよ。本当だよ。魔糸の力がイザナギのマナで形成された身体にじわじわと侵食していく。
逃れようと藻掻いていたイザナギは、その言葉に小さく笑みを作るとおとなしくなり、こちらを静かな瞳で見てきた。
「そうですね。もはや私の負け。敗因はこの世界の魔法使いはたいした魔法を使えないと甘く見ていたところですか」
ラスボスらしい王のような威厳ある態度で、フッと笑う。
「ですが『支配者』は自分のことしか考えていません。貴女の言ったとおりです。そして、那月ヨミも同じです。あの者は強大な力を手に入れたあと、世界平和など考えないでしょう。自分のためにしか使いませんよ?」
『支配者』としての性質ですと、穏やかな声音で言ってくるイザナギに、苦笑で返しちゃう。
「知ってるよ、そんなことは。月ちゃんは己のためにしか力を使わないだろうね」
「ふふっ、ならば最後は伊崎と那月ヨミのポッドを同時に開くのが良いでしょう。『繋』は解かれて、マナを管理することは不可能となる。多元世界のマナはそれぞれ元いた場所に戻り、世界は正常に戻る。私が消滅すれば、眠っている者たちも起きるでしょうしね」
「ここに来て、そんな方法を伝えてくるとはどんなつもり?」
「なに、私が長く長く永遠とも思える時の中でようやく上手くいくと思っていた作戦を台無しにしてくれた那月ヨミへの意趣返しというやつです。ザマァみろと言うやつですよ」
その言葉に嘘はなさそうだ。月ちゃんだけ美味しい思いはさせたくないという悔しさからだろう。
くくっと笑うと、イザナギは戯けて肩をすくめる。
「それこそがトゥルーエンド。『良きエンディング』というやつです。おめでとうございます、雨屋瑪瑙。貴女は真のエンディングに辿り着きました」
最後の言葉を口にして、イザナギの身体は消えていく。
「さようなら、イザナギさん。ラストのヒントを教えてくれてありがとうございます」
『人形自爆』
「いえ、貴女のプレイは見ていて楽しかったですよ。来世はお気に入り登録をして差し上げましょう………」
パアッと輝くと、微笑みながらイザナギは光の粒となって消滅するのであった。
イザナギが消滅して、魔法が解ける。うぅんと身じろぎする皆。眠りの魔法が解けたのだろう。
『電源停止まであと3分です』
放送が聞こえてくる。
「ここで、誰かを起こして、同時にポッドを解放する。それくらいの時間はありそうだよね」
階段を登りながら呟く。なるほど、それこそがトゥルーエンドと言うやつなのだろ。
多元世界にマナは戻り、世界の凍結は解けて、めでたしめでたし。得をする者はいないけど、世界は続いていく。
トゥルーエンドに相応しい結末だ。
『電源停止まで残り2分です』
月ちゃんは自己中心的。まさしく『支配者』に相応しい。たしかにイザナギの言うとおりだとヨミちゃんも思うよ。
表舞台には出ずに、常に裏で暗躍して、最後の最後で全てを持っていく。狡猾にして悪辣だ。まさしく悪役キャラを地でいく人だ。
『電源停止まで残り1分です』
「でも、月ちゃんはその力を自分の利益だけでなく、周りを助けるためにも使うことができる人なんだ。たとえ自己中心的でも、他人の幸せを自分のものとして思える人なんだよ」
そうでなくては、雨屋瑪瑙を救うためにお金を振り込んではくれなかった。自分だけお金持ちとなって、雨屋瑪瑙は放置していただろう。
そこが自分のためだけに力を振るおうとしていたイザナギと違うところなのだ。優しい人なんだ。
「だから、私はトゥルーエンドは選ばない。ハッピーエンドを選ぶんだ。マルチエンディングだと、エンディングルートは3番くらいかな?」
ひんやりとするレバーを握り、クスリと優しく微笑む。
ガションと引っ張ると、ポッドが開いてくる。冷気が吹き出して、男が飛び出てきた。白衣の男、今回の元凶である伊崎だ。
「ゲホッ、ガフッ、な、なんだ? 私は死んだはずじゃ? ここは、ここは元の世界? 戻ってきたというのか!?」
えづきながら、ヨロヨロとポッドから出てくる伊崎だけど、ここ、危ないんだけど?
「あ、あひゃー、あだっ、うだっ、ごはぇっ」
無防備にポッドから出てきたので、階段を転がるように落下していった。それはもう滑稽にゴロンゴロンと。カッコをつけて、一番上のポッドに入るからだよ。
「あぁっ! こいつ伊崎だぞ!」
「こいつ、ふざけたことをしやがって!」
「ぶん殴ってやる! 覚悟しろよ、こら!」
「ま、まっで! いでっ、すんませんすんません、悪気はゲフッ」
そして伊崎に気づいた皆に殴られていた。小者の伊崎に実に相応しいオチかもね。
そうして電源が停止する前に、最後の一つが開くのが見えた。とてちてと階段を降りて、ポッドに駆け寄る。
プシューと冷気が吹き出して、ポッドの縁に手がかかる。
「どうやら上手くやったようだね、瑪瑙ちゃん。良くやった」
そしてポッドから軽やかに飛び出して、床に爪先から降り立つと中の人は楽しげに声をかけてくれた。
「うん! そっちはうまくいったかな?」
「あぁ、全てはうまくいった。多元世界にマナは戻り、世界は平和になったんだ」
穏やかな微笑みを見せて髪をかきあげる。
「でも、全部を戻したわけじゃないんでしょう?」
ジト目で尋ねると、クスクスと笑ってウィンクをしてくる。
「そりゃそうだ。誰がタダで世界を救うと言うんだ? そんなのはゲームの勇者だけで結構。悪役をする俺は多元世界のすべてから手数料として10%のマナを徴収しました。たった10%とか良心的だよな。皆、諸手をあげて喜んでくれて良いと思うよ」
フンスと鼻を鳴らして、悪戯そうに人差し指を振る。
「なにせ悪役をしてあげたんだ。もちろん報酬は貰わないとな」
繋がっていた多元世界が何百個あるかはわからないけど、10%でも膨大すぎるマナだ。そのマナを内包しているはずなのに、ちっとも感じないのは手に入れたマナを完全に操れているからだろう。
神をも上回る力を持った存在が目の前にいた。
でも………。
「なんか幼女になってるよ、月ちゃん?」
「あ〜……多元世界のマナを手に入れた時の姿に固定されちゃったみたい。失敗だった」
目を逸らしていたことにツッコまれて、床に膝をつけて、コロンと転がる不貞寝の月ちゃんは、おじさんではなく、可愛らしいあの世界の幼女でした。
蒼い艷やかな髪と、ぱちくりおめめに小さな唇、元気な可愛らしい顔立ちで、簡単に抱えられる私よりもちっこい身体の幼女。
那月ヨミがそこにはいた。
「あ〜……こんな身体でどうやって暮らしていけば良いの〜」
「大丈夫! これからは私が一緒に暮らすよ!」
フンスと慰めの声をかけてあげると、なぜか半眼となって、月ちゃんは笑う。
「うん、それこそ瑪瑙ちゃんだ。ただいま瑪瑙ちゃん」
「おかえりなさい、月ちゃん」
そうして二人で可笑しそうに笑い合うのであった。




