126話 解放にて
ダッシュでレバーに飛びつく。ガションと蓋が解放されて、残り3個。
「させませんっ!」
『炎矢』
イザナギが叫ぶと同時に、矢のような速さで炎が飛んできたので、身体を投げ出すようにジャンプする。炎の矢がポッドにぶつかり弾け飛ぶ。
私は冷たい床にダイビング。強い衝撃で痛みに顔を歪ませる。膝が擦り向けて血が滲む。私は痛みで泣きそうになるが、グッと我慢する。
ここで失敗するわけにはいかない。それに、まだヨミちゃんとしての記憶は残っている。
「今だけはヨミちゃんとして、私は行動するんだ!」
ヨミちゃん時の持ち前の狡猾さを思い出して駆け出す。後ろで火の粉が散って、炎の熱気が感じられる。
私はヨミちゃん。世界最高の人形遣い!
強く思いながら、ポッドの側を駆け抜ける。上を見ると階段状になっており、頭頂に王の墓のように一つの転生カプセルが存在することを確認する。
「あれが伊崎のポッド。でも、大変そう………」
階段を登り、上にいかないといけないので、うんざりとしてため息を吐く。この身体は幼女で、転生した時のようにチートな糸でワイヤー移動はできないのだ。えっちらおっちらと、短い足で頑張るしかない。
でも、ヨミちゃんはできる娘。頑張れるもん。
「逃すものですか。今の私でも貴方程度なら簡単に倒せるでしょう!」
「なら、もっと強力な魔法を使うんだね! 今のままじゃ見習い魔法使いにも負けるでしょ?」
「ふふっ、そのような煽りを口にしても無駄です。貴女のようなレプリカでは、私の怒りを促すことなどできません」
「むむ、レプリカ?」
その言葉にカチンときちゃう。誰がレプリカなのかな? ヨミちゃんの頬がぷっくりと膨らむのを、微笑んでイザナギは受け流す。
「那月ヨミの悪辣さは見ていました。その記憶の片鱗を受け継いでも貴女は劣化したレプリカ。レプリカ如きの言葉を聞く必要もない」
静かな水面の如き笑みを見せるイザナギ。レプリカとは酷い感想だ。ヨミちゃんは記憶を貰ったけど、それは劣化したことにはならない。新たな戦法を取る那月ヨミが生まれただけなのだ。
少し怒ってしまうが、摺り足でこっそりとレバーへと近寄る。
「ふ、狡猾なところはそっくりですよ、貴女は!」
『3連炎矢』
今度はイザナギは浮遊しながら、3本の炎の矢を撃ちだしてきた。あの世界ならしょぼい魔法であった。簡単に防げちゃう最低ランクの炎の魔法だ。
でも、今は文字通り矢の速さで飛んでくる炎は致命的な威力を誇っている。
「あつっ」
身体を翻して、ポッドの上に飛び乗って、蓋の上につるりと滑り込むが、肩に掠って激痛が走る。顔を顰めちゃうが、それでも駆けることを止めずに階段を駆け登る。
アクション俳優並みに動くヨミちゃんだ。
「もう一つ!」
レバーを引いて、また身体を投げ出す。弱い魔法だけど、今や死の矢となったイザナギの魔法はマナが尽きることもなく、撃ち続けられてしまう。
残り2個。イザナギはご丁寧に一番上にあるが、もう一つも結構な高さに配置されていた。
「ふふっ、無駄ですよ。残り2個とはいえ、この上は私が守る。時間かせぎにもなりませんでしたね」
イザナギもこちらの目論見を見破ったようで、中段あたりで浮遊して、どこからヨミちゃんが登ってもわかるようにすると、手のひらに火球を集めていく。
悔しいけど、たしかにそのとおり。イザナギを破る方法がない限り、ヨミちゃんは詰んでいた。
こーゆーばあいは、敵ボスはフラフラと宙を移動して、プレイヤーは隙を狙えるのではなかろうか。イザナギはゲームのイベントというものを知らないのかなと、プンスコ憤る。
ドスンと待ち構えてテコでも動かなそうなイザナギ。こちらがちっこい手をポッドの陰から出してみても、ちらりと見るだけで攻撃はしてこない用心ぶりだ。
幼女がおててをふりふり振れば、紳士は喜んで近寄ってくる作戦は失敗の模様。さらに悪いことに───。
『電源停止まで残り6分です』
嫌な放送が聞こえてきて、ますます焦っちゃう。
「イザナギさん、電源が停止したら、全ての『繋』が閉塞するよ。そうしたら全滅すると思うんだけど?」
「いや、その場合は私の残りのマナを使い再稼働させます。勝率は悪いですが、ベットする価値はあるでしょう」
その揺るがないセリフに舌打ちしちゃう。なるほどね、だからこそヨミちゃんを防ぐことに注力しているわけか。
考えろ、本物のヨミちゃんならどう考えるか。どうやって相手を出し抜くか。う〜んと、こめかみをグリグリと拳で擦りながら悩んで、フト周りで寝ている人たちが目に入る。
………そういえば、なんでヨミちゃんは『眠り』の魔法を受けなかったんだろ? 眠らせれば話は簡単だったはずなのに。
イザナギの慎重な性格を見るに、甚振るために敢えて外したということはないだろう。と、いうことは………。
初級魔法はヨミちゃんに効かない? 一本しか魔糸を出せないヨミちゃんとイザナギは実は同じレベルの魔法使いだから、『眠り』の魔法が効かない?
そうかもしれない。イザナギもレベル1の雑魚魔法使いなんだ。
───とすれば、解決策はある。可能性は低いかもだけど、試す価値はある!
「イザナギさん、勝負だ!」
ポッドの陰から飛び出して仁王立ちする。強い決意を込めた瞳で相手を見据えると、イザナギは嗤って片手をあげると炎の矢を作り出す。
「なにか思いついたようですが、そのひ弱な身体で戦えますか?」
『炎矢』
宙に生まれた炎の矢が放たれて、まっすぐヨミちゃんへと飛んできて、動かずにジッと待つ。
飛来する矢の速さは少しでも目を逸らせば、見失い身体に刺さるだろう。この幼い身体では一本でもまともに命中すれば致命的だ。
だが、ヨミちゃんは歯を食いしばり、沸き起こる恐怖をグッと我慢する。額に汗が滴り落ち、熱気が迫ってきて───。
「ここっ!」
手のひらから魔糸を繰り出して、炎の矢に命中させる。魔糸はすぐに燃え尽きてしまうが、一瞬触れることができた。
『完全魔法操作』
魔糸を燃やした炎の矢は眼前まで迫り、ピタリと停止した。
「ぬっ? なにをしたのですか?」
予想外の光景に、僅かに動揺をするイザナギ。ヨミちゃんはニヤリと悪戯が成功したように嬉しそうな可愛らしい顔になると手を振る。
「クラッキングしたの! この炎の矢はもうヨミちゃんのものなんだ!」
手を振り意思を伝えると、慣性を無視して、炎の矢が今度はイザナギへと弾き返される。物理法則の理に縛られない魔法の矢は、急停止も急加速も問題はない。
「グウッ! こんなことが!?」
身体に命中し、魔法で作られた炎の矢により思念体が揺らげると、その身体が薄くなる。
やっぱり思念体を倒すには魔法が必要だったんだ!
「ちょこざいな。抵抗せずに死んでいれば良いものを」
「そうはいかないよ!」
とてちてと階段を登りながら糸を振るう。宙に漂う魔法の糸は炎の矢の支配権を奪い取り、イザナギへと弾き返していく。
炎の矢を受けるごとに、イザナギの身体は薄れてゆく。虫取り網で敵の攻撃を弾き返すゲームをしたことがあってよかった。
「くっ、器用なことを。那月ヨミと同等とでも言うつもりですか」
「月ちゃんの教えを受けたの。だから、月ちゃんができてヨミちゃんができないなんてことはなーい!」
再び放たれる炎の矢を弾き返して、塔を中段まで駆け上る。レバーへと飛びつき勢い良く引っ張ると、蓋がまた開く。
これで残り一個。頂上にあるポッドを開き、伊崎を転生ポッドから解放する! そうすれば月ちゃんだけが残り、全てのマナを管理するだろう。
きっとこれはラストバトルだ。とっても地味だけど、それが良い。暗躍してきたヨミちゃんのラストバトルに相応しい。
魔法を放たなければ、ポッドに接近され、魔法を放てば弾き返されて、イザナギの思念体は削られる。八方塞がりの詰みの状態とイザナギはなる。
だが、イザナギは未だに余裕を見せていることに気づく。そして、なぜ余裕なのかも予想はつく。
きっと伊崎が起きたら、その身体を奪い取るつもりなのだ。肉体を得れば、今よりも強力な魔法が使える可能性がある。肉体を奪い取ったら、すぐに月ちゃんのポッドを破壊するつもりなのだろう。
元々、伊崎が多元世界のマナを全て掌握したら、肉体を奪い取るつもりだったはず。ということは、今でもそれは可能なのだ。
ヨミちゃんを防げれば良し。防げなくても肉体を奪い取る2段階の作戦である。
───なら、ヨミちゃんのやることは唯一。できるかどうかはわからないけど、やるしかない。
「イザナギさん! 思念体の貴方は魔法の塊なんだよね?」
「だとしたら、どうなるというのだね?」
ポッドの間を走り抜けていき、イザナギへと声をかけると、眉を顰めて警戒の様子をイザナギは見せる。
むふふと空笑いをしつつ、ヨミちゃんはたった一本の魔糸を宙に舞わせて、複雑に腕を動かす。
ポッドの間をすり抜けていき、魔糸は蜘蛛の巣のように辺りに展開していった。イザナギは周りに張り巡らせていく糸を見て、面白そうな表情へと変わる。
「何をするつもりかな? まさかとは思うが………」
「そのまさかだよ。魔法の塊の貴方をクラッキングして、自爆させる! 魔法の糸で雁字搦めにすれば、思念体の貴方をクラッキングできるはず!」
ふぅと息を吐くと、腕を引く。全てのマナを振り絞り、最後の賭けに出ることにする。
「これが那月ヨミとしての最後の魔法!」
『魔糸魂魄縛鎖陣』
ギギィと魔糸が音を立てて、イザナギの周りを覆う。複雑に編まれた蜘蛛の巣のような糸がイザナギを絡め取ろうとする。
───だが、イザナギの余裕の笑みは消えなかった。
「哀れですね、雨屋瑪瑙! 私の魔法が炎の矢だけだと誰が言いましたか? 所詮は那月ヨミのフリをした哀れなるレプリカということです!」
『風刃』
哄笑するイザナギの手から真空の刃が数本放たれると、魔糸が斬られてしまう。蜘蛛の巣のような張り巡らせた糸が宙を舞い、イザナギは勝利の笑みへと変える。
「もはや、マナは残っていないでしょう。さらば、雨屋瑪瑙、哀れなるレプリカよ。私の勝ちです!」
宙に舞う切り刻まれた魔糸を前に、イザナギが一気に間合いを詰めようとしてくる。もはやマナが残っていないヨミちゃんを警戒するつもりはないのだ。
だが、ヨミちゃんは口元を薄っすらと笑みへと変えて、指から伸びる魔糸を繰りながら呟く。
「見せかけの蜘蛛の巣にはご用心。本当に糸は切れたのかな?」
そうして────。




