124話 ラスボス
本当の那月ヨミ。この世界では月と名乗っていた妾はニヤリと嗤う。
妾というか、転生前は俺なんだけど。転生ポッドに入り込んだ時は、ちょっとした人形を操る魔法使いだった。人形劇に使える程度。代々、うちは支配者の家系だったのだ。前の世界ではろくに魔法が発達してなかったから、たいしたことはできなかったけど。
でも、電子の世界だと質量がないから、負荷もなくプレイヤーキャラは自由に扱えた。ゲームのキャラクターにダイレクトに意識を渡せるから、他の人たちよりも感覚が鋭かったのだ。まぁ、その程度のちょっとしたチートだけど、その力で皆と繋がりを持っておいたのだ。
何回か転生した際に辿り着いた世界でもぎ取った支配者の資格と力。そして、身体は美少女になった。この期間も長いから、妾呼びに慣れてしまいました。幼女? 成長するから美少女だよ。
おっさん? おっさん時の記憶はもう遥か彼方です。きっと青春時に見る夢の一ページだと思いますの。幼女とおっさんどちらが良いと100人に聞けば幼女が良いと200人が応えるだろう。
「なぜだ!? そこまでの力を持っていれば勧誘した際に気づいたはず! だが、そんな力を欠片も感じ取れなかったぞ?」
「そりゃ、この世界に近似した世界で鍛えたからですの。貴方は転生した際に元の身体より強くなると知っておりますでしょう? この世界のみを観測していたから、隙を狙われるんです。お間抜けさん」
オホホと笑って、取り戻した身体にマナを注ぎ込む。瑪瑙ちゃんは元の世界に戻したから、もはや遠慮はいらない。
『ゲーム脳』もとい本当の名前は『次元脳』。自分がどの世界にも存在しないからこそ使えるあらゆる次元と繋がることのできる能力だ。姪の雨屋瑪瑙は他の世界では全て死んでいる。だからこそ、手に入れた能力なのだろう。
その瑪瑙ちゃんの力を使って、こっそりと接続した。那月ヨミと錯覚している瑪瑙ちゃんに他世界の那月ヨミだと偽って。
作戦はどうやら成功したらしい。闇夜で針穴に糸を通すかのような成功率の低い作戦だったが、見事成功して一安心である。
髪の毛が白銀となり、瞳がルビーのように真っ赤になる。細胞の一つ一つがマナにより強化されて、ブラッディパペッティアの能力を取り戻す。
瑪瑙ちゃんがこの世界に転生した際に、ブラッディパペッティアを選ばなくて良かった。この世界でのブラッディパペッティアは伊崎の力、身体を乗っ取ることができるウィルス入りだったからだ。偽りのデメリットをたくさん教えたから大丈夫だとは思っていたけど、ひやひやしました。
今のブラッディパペッティアは、前の世界で妾が手に入れた真のブラッディパペッティアだ。チート能力盛り沢山のデメリットなしのジョブである。
「ググゥッ………その力、ここまで準備していたとは! しかし、この私、天才化学者伊崎柱が負けるはずがないっ」
内包する膨大なマナを集束させる伊崎に、アホではないかと冷笑を向ける。
「つくづく負けフラグを立てるお人なのですね。もしやゲームやアニメは馬鹿になるのでやったことがないとかですか?」
「そんなことがあるかっ! 最近は負けフラグを立てた方が勝利するのだ」
「あら、意外と勉強なさっているのですね。拍手で褒めて上げてもよろしいですの」
「馬鹿にするなよ。ゆくぞ!」
『魔人装イザナギ』
伊崎の纏うマナが物質化して、古代時代の甲冑を思わせる装甲が身体に張り付き、ナタのような剣を手に持つ。
「皆様方、私に命を預けてください。平和のために最後の戦いを致しましょう」
『守護の加護』
さっぱり状況がわからないはずなのに、ノリノリで姫プレイをする鏡花が、手を組んで祈りを捧げるふりをする。清楚な美少女の頭の上に光が降り注ぐ演出も入って、さすがは姫さんだと感心してしまいますの。
その魔法は仲間を照らし、近づく敵を弱体化させる。
「天啓、至高の舞!」
『天女の舞』
ゆらりと身体を軽やかに踊らせて、裾から羽衣を取り出して舞う瑪瑙ちゃん。その舞いに合わせて光の粒子が辺りへと散っていき、妾たちの身体に吸収されていく。
『加速』、『攻撃力向上』、『防御力向上』の効果のある支援魔法だ。
お分かりだろうか、瑪瑙ちゃんは支援専門だから良いとして、鏡花ちゃんもカサカサと足だけ器用に動かして後ろに下がっていく。
というわけで、妾と伊崎とのタイマンだ。まぁ、そちらの方が良いんだけどね。
「では、妾も力を解放させて頂きます。那月ヨミの真価を見せて差し上げましょう」
『魔人装月読』
妾の服装が巫女服に変わり、半透明の羽衣を羽織る。ちょっとリボンが腕や脚部分に飾り付けられて、可愛らしい。
「魔法少女那月ヨミ、参上!」
なので、ピシリとポーズをとり、人差し指を頬に当ててニコリと微笑む。その様子は誰もが見惚れてしまう可愛さだった。
那月ヨミ
種族:支配幼女
マナ:99999999/99999999
体力:17
筋力:5
器用:99999
魔力:計測不可
精神力:計測不可
あんまり体力などが無いのは幼女だから仕方ないのです。あしからず。
「さて、タイマンといきましょう、伊崎!」
「なにが魔法少女だ! お前、前の世界の自分を思い出せ!」
「前の世界も幼女でしたの!」
「ほざけっ!」
顔を怒りで歪め、悪魔のような身体となった伊崎が剣を手に駆け出す。
ドドッと数歩で間合いを詰めてくると剣を繰り出してくる。剣速は音速を超えて風の壁をも切り、妾に迫る。
「さて、今日の人形劇を開幕としましょう。目を逸らさずに見ていてくださいませ」
『斬糸』
ギギィと音を立てて剣が空中で停止する。剣に見えない糸が絡み付き、圧し折ろうとしているのだ。
「この程度かっ!」
伊崎の腕が膨れ上がり、剣へとさらに力を込めてくる。強化された魔糸がいとも容易く引きちぎられて、妾に剣が振り下ろされようとする。
だが、妾もその場にのんびりと立ってなどいない。大振りの攻撃に冷ややかに微笑み、懐に入り込む。
「シッ」
『斬撃斬糸』
糸を撚り合わせると、刀へと変えて伊崎の胴へと滑り込ませるように走らせる。赤銅の肌をカミソリに斬られたようにスパッと斬り、妾は伊崎の横をすり抜ける。
「む? 硬いですの」
「当然だ! 私のマナがこの身体を守っている。その程度のなまくらで怪我を負うかっ!」
『魔神剣片翼』
妾を追い掛けて、振り向きざまに背中に生やす翼を変形させる。蝙蝠のような翼が刀のように変形して、妾を追いかけてきた。
予想外の攻撃に妾は対応することができずに肩から袈裟斬りにされてしまう。力を失い、カクンと膝を折る妾に、伊崎は大口を開けて嬉しそうに嗤う。
「ざまぁみろ! たかが幼女が私の野望を打ち砕けるとでも思っていたのか」
「えぇ、思っておりますの」
『人形自爆』
「なにっ!?」
倒れ伏す妾の身体の内部から光が漏れ出て大爆発を起こす。爆発による爆炎と爆煙にて視界は埋まり、伊崎が僅かに身体から焦げた臭いを漂わせて煙の中から現れる。
「ゲホッ、こ、これはいったい!?」
「お忘れですか? 妾のジョブを。妾とのタイマンはこうなるのです。もしかして記憶力はフロッピーディスク並ですの?」
妾は空中に浮き、周りに無数のうさちゃん人形を伴わせて、糸をこれみよがしに繰る。人形と場所を交換する魔法から、見代わりとする魔法まで身を守る魔法は準備万端だ。
「ブラッディパペッティアの真の恐ろしさを思い知ってくださいませ。いきなさい、うさちゃん軍団!」
『血の超強化』
赤黒いオーラが周りのうさちゃん軍団を包み込むと、本来であればもふもふ人形のうさちゃん軍団を戦車をも一撃でスクラップにする化け物人形へと変える。
「キュッ」
うさちゃん軍団が頷くと、砲弾のように飛び出し伊崎へと襲いかかる。その手には剣を持っており、それぞれ意思を持っているかのように、連携をとって攻撃し始めた。
先頭のうさちゃんを伊崎が断ち切ると爆発し、その煙を利用して、次のうさちゃんが足元に斬りかかる。まずは動きを止めんとする攻撃に、伊崎は反応できず斬られてしまう。
だが、伊崎もマナによる超強化を行っており、その肌は薄皮一枚しか切れない。あまりにも硬い肌に剣を弾かれて体勢を崩すうさちゃんを踏みつぶし、目を狙う次のうさちゃんを横薙ぎにする。両脇腹を狙う2体のうさちゃんへは身体を回転させて、肘打ちで砕く。
「ウザいだけだ! チクチクと攻撃をしても無駄だ!」
剣を掲げると、マナを集束させて伊崎は牙を剝いて嗤う。
「究極の技を見よっ!」
『天地雷鳴』
天井と床に光り輝く魔法陣が瞬時に描かれると、雷が豪雨のように両方の魔法陣から放たれる。
雷撃は伊崎の周囲を埋め尽くし、上下に行き交いながら、そのエネルギーで全てのうさちゃんたちを焼き尽くすのであった。
「人形遣いなど雑魚! たとえ億匹いようとも、私の力の前にひれ伏すのみ。那月ヨミ、貴様はジョブの選択を間違えたっ!」
口角を吊り上げて、伊崎は得意げに焼けた灰の山を踏む。自身の絶対的な力を信じているのだ。
たしかに妾の攻撃は薄皮一枚しか切れない。しかも、伊崎は再生能力もあるらしくその傷もすっかり治っていた。
マナが尽きるのを待つ作戦も駄目だ。妾と同じく無限のマナを使えるため、尽きることはない。
でも、人形遣いが弱いとは酷い評価である。こちらも同条件で倒されることはないので、千日手となる状況であるが────。
「戦闘経験のなさを露呈しましたね、伊崎」
雷の豪雨がおさまると、見代わり人形にて退避していた妾が姿を現す。ツイと人差し指を動かして、妾も伊崎のように嗤う。
「戦闘経験のなさ? そんなことはない。私はいつも暇な時にゲーム実況動画を見ていた! 戦闘経験は豊富だ!」
堂々たる態度で迷いなく言い切る伊崎。ゲーム実況動画を見て、自分でもこれぐらいはできると勘違いする男だった。
「ゆえに、これから実戦経験も積めば………つ、積めば………。か、身体が」
まるで身体がコンクリートで固められたかのように動かないことに伊崎は気づく。焦って力を込めるが、どれだけ力を上げても動くことはなかった。
「お忘れですか、伊崎。ブラッディパペッティアの真の能力を」
トンと床に足をつけて、優しげな微笑みを向けてあげると、伊崎がなにかに気づき顔を引きつらせる。妾の力をようやく思い出したのだ。
「薄皮一枚でも肉体に潜り込むのは充分でした。もはや貴方は妾の操り人形」
『血糸支配』
妾の血で作られた糸は支配の力を持つ。それこそがブラッディパペッティアの恐れられた能力。たとえ敵の体でも支配できてしまう。
「さて、この劇も終幕を迎えました。楽しんで貰えれば幸いです。お代は貴方の魂で結構ですので、また見に来て頂ければと切に願います」
スカートの裾を摘んで、ペコリと挨拶をする。
「ま、まて、マデ、ハナジアオ」
そうして支配された伊崎の身体が風船のように膨らみ始めて、命乞いをしてくるが───。
「さようなら伊崎、なかなか面白かったですの」
『人形自爆』
パチンと指を鳴らすと伊崎は爆発し、血煙となって周囲へと散るのであった。
「やったね! ヨミちゃん!」
「やりましたね。これで世界は平和になるでしょう」
二人が駆け寄って来るのを見て、小さく手を振って、血煙を見る。
血煙の中に拳大の光球が浮いており、再びマナを集め始めるので、糸にて停止させる。
「あれ、これなぁに?」
「伊崎は魂となっても、多元世界からマナを得ています。放置すればまた復活するでしょう」
「えぇっ! 面倒くさい敵なんだね。どうするの? 封印するとか?」
「いえ、元を断ち切るのです。そうすれば魂は力を失い消えるでしょう」
瑪瑙ちゃんの問いかけに答えつつ、ふふっと微笑む。
「最後は姪の活躍にかかっています。きっと上手くやるでしょう。なにせ、自慢の姪ですし」
期待しているからねと、妾は天をあおぐのであった。




