123話 真実にて
「この先に『次元動力炉』があると思いますの」
「一本道だしね。なんかありそうな雰囲気の通路だし」
『ここで無かったら詐欺だもんね』
「ヒャンッ」
月ちゃんが瑪瑙ちゃんをハグしてワイヤー移動をする。高速移動は既に音速の域にあり、瞬きをする間に奥に到着する。ちなみにしーちゃんは月ちゃんの頭の上に乗っかってしがみついてます。根性のあるポメラニアンなのだ。
「ここが目的地? なに、この大きなドーム」
「どうやらこれが『次元動力炉』のようですわね。日本全体のトラムにマナを供給しているだけあって、さすがの威容ですの」
目の前にあるのは全容がわからないほどに大きなドーム型動力炉であった。東京ドームよりも大きいだろう白いドーム型でマナの粒子がキラキラと空中に粉雪のように散っている。
『次元動力炉』だ。これだけ大きな動力炉だとは思わなかったけど、多元世界からマナを汲みだすのであれば、本来はこれだけの大きさが必要となるのだろう。
「無限のエネルギーを供給する夢の動力炉。感じます。恐ろしいほどにマナを汲みだしているのが」
目を細めて深刻そうに月ちゃんが周囲を見渡す。ゴウンゴウンと微かな振動をたてる『次元動力炉』はたしかにマナの塊、いや、マナの山だと言っても良い。
「ありましたわ。あれが端末ですのね」
ドームの隅にぽつんとある端末に気づき、とてちてと月ちゃんが駆け出す。どうやらタッチパネル式の端末の模様。『次元動力炉』の横にあるのならば、管理端末に違いない。
「端末さん、妾の力になってくださいませ」
『完全魔法操作』
タッチパネルに手を当てると月ちゃんはクラッキングを開始する。本来は様々な認証が必要なのだろうが、まったく関係なくするりと入り込む。
ピピッと端末が起動して、操作用ウィンドウがたくさん表示された。ちらりと内容を見て把握すると、ポチポチと押していく。月ちゃんの電子操作能力はクラッキング以上に元の把握能力が高いからこそ生きるのだ。
「ねぇ、ヨミちゃん。全ての世界との切り分けをこの動力炉だけで行えるの? 世界中に同じような動力炉はあるんじゃないの?」
瑪瑙ちゃんの問いかけに、むふふと頬を得意げに膨らません月ちゃん。
「この動力炉のマナを使い、世界各地の『次元動力炉』にクラッキングするのです。たとえ管理者がいても、妾の前には関係ありません。………クラッキング終わりましたわ」
月ちゃんの周りを覆うかのようにホログラム式のモニターが現れる。モニターには地域名が表示されており、世界各地の動力炉を表している管理画面だった。
「オーケーですの。これで、マナを逆流し防止弁を作成、マナを汲みだす対象をこの世界自身に設定。もはや崩壊して他の『次元動力炉』がほとんど存在しないこの世界。トラムを動かすのはこの世界のマナだけで大丈夫ですので、世界を分離させます」
なんの躊躇いもなく、ポチリとボタンを押すと白銀の粒子を放っていた『次元動力炉』がギシギシと嫌な音を立てて部屋が真っ赤な非常用ライトで照らされる。
『それだと、他の国のトラムとかが止まるんじゃないのかな?』
「出力が大幅に下がるでしょうが、まだ稼働はしますわ。壊さないだけマシと思ってもらいましょう。まぁ、多少混乱は起きるでしょうが、元々盗賊の気持ちを考える必要は被害者にはないと思いますの」
ケロリとした顔で何を言っているのと、不思議そうに小首を傾げる月ちゃん。まぁ、たしかにそうだ。人の金を奪って金持ちになった人に、金を奪い返されたら破産すると泣かれても、被害者は怒って良いだろう。
「それに………うふふふ」
でも、クフフと可愛らしく口元を押さえる月ちゃんは、なにかろくでもないことを考えているようだ。
「それでは、ヨミ、お願いがございます」
『うん、なにかな?』
とっても真剣な顔になる月ちゃんが、ヨミちゃんへと語ろうとして───。
「那月ヨミぃぃぃ! 何をしている? なにが起こっている?」
伊崎の怒鳴り声が聞こえてきて、嘆息しながら振り向く。そこには美少女鏡花の身体を奪った伊崎の姿があった。身体を震わせて、『次元動力炉』を指差している。
「あら? なにが起こっているのかなど、この光景を見ればわかるのでは? そこまで頭は悪くないのでしょう?」
「が、ぎ……まさか多元世界との『繋』を解除したのか!? そ、そんなことをすれば、今までの苦労が、私が絶対の存在になることが」
「たった数年頑張ったくらいで、苦労と言わないでくださいませ。しかも力を得てからですわよね? 前は大学の助教授、夢の研究という毒にも薬にもならないことをしていた小物の伊崎柱さん? 棚からぼた餅の力を使ってだいそれたことを考えたものです」
手を口元にあてて、小馬鹿にするようにクスリと微笑む月ちゃん。その言葉にギクリと身体を震わせる伊崎。
「な、なぜそのことを?」
「そりゃ、こんな危ないゲームを勧めてくる怪しいおっさんです。調べるのは当然ですの。貴方、他世界の支配者から力を受け継ぎましたわね?」
「そうだっ! たしかに前はしょぼい研究者だった。だが、今は至高の存在。誰もが崇める天才伊崎となったのだよ」
小物だよと言葉で表現することが上手い伊崎。
「えっと……この人が前に説明してくれた元凶のおじさんなの? あんまり怖くないよ?」
それを見て、瑪瑙ちゃんが戸惑った顔になる。たしかにせっかくカリスマ性の高い鏡花の身体を奪ったのに、まったく威厳とか感じない。
というか、ヨミちゃんが意識が無いときに、こっそりと身体を奪って瑪瑙ちゃんに説明してたでしょ!
「もちろん、からくりがあるのです瑪瑙ちゃん。ですが、まぁ、伊崎が小物という点は間違いありませんの」
「な、なにを! だが、ふふふ、くくく、なんとでも言え! 那月ヨミ、そして雨屋瑪瑙。この『次元動力炉』の前に辿りつけば問題はない。様子を見るに『繋』が閉じるまで時間はある。その前に貴様等を殺して、再び『繋』を解放すればよいのだからな」
「あら? 妾を倒せるとでも?」
「当然だ。この私は『繋』の側にいれば『繋』からマナを汲み出して吸収できるからな。今の私は絶対無敵と言うわけだ」
余裕を取り戻して、伊崎が刀を構える。その身体から膨大なマナが吹き出し、突風が巻き起こる。
たしかにいうだけのことはあるのだろうけど…………。
「それは妾も同じですの。そして、同一存在の身体を持つ妾の力は偽物の貴方より強いかと」
「そこだ、那月ヨミ! どうやって誤認させていた? 気づいていれば、ポッドのスイッチを切っていたものを……。なぜ雨屋瑪瑙は生きている? 本来はその身体には」
「妾の姪の瑪瑙ちゃんが入っていた、ですわね?」
月ちゃんのその一言にシンと静まり返る。
「そ、そうだ。本来の貴様がいなくなっていたために、貴様の姪をその身体に転生させていたはず。同一存在である雨屋瑪瑙は死んでいたからな。だが雨屋瑪瑙は生きている。その身体に魂は転生しているのだろう? なぜだ? なぜ認識できなかった?」
ヨミちゃんは伊崎の言葉を聞いてふらりと身体を揺らす。なんとなくわかっていたけど………理解していたけど……。
ヨミちゃんは那月ヨミではないんだ。
本当の名前は───。
雨屋瑪瑙。月おじさんの姪。事故で死にそうになり、病室でVRゲームをやることだけが楽しみな人間だった。
月おじさんにゲームを教わりながら腕をメキメキあげていた少女だ。
───どうして忘れていたかは簡単だ。
「妾は転生を繰り返す間に貴方の目的に気づきました。そして、この世界に来る前に皆の記憶を保管しておりましたの。そして、瑪瑙ちゃんが転生した時に作戦を講じることにしました。それは、瑪瑙ちゃんに妾の記憶を一部流し込み、存在を誤認させること。そして、那月ヨミの身体で活動することですわ」
そうだった。月おじさんの記憶。月おじさんは本来はラーメン屋で誘われた時点ですぐに転生ポッドに入ることにしていた。小者の伊崎が一ヶ月も待ってくれるわけがなかったんだ。
そして、上手くいかないことに苛立った伊崎は、病が完治した私に声をかけてきた。
別アカウントを作り、ハヤテと名乗って月おじさんに秘密にしてこっそりと活動していた私に。こっそりとしていたのは、月おじさんに勝ちたかったからね。
この世界にくる直前、次元の狭間にて月おじさんが作戦を説明して来たんだった。そして、私は了承した。
「瑪瑙ちゃんは私と同じレベルのゲームの腕を持っていますからね。きっと『良きエンディング』に辿り着くように行動すると信じておりました。妾の記憶も一部受け継いでいますし、なにより家族を信じておりました。そうしないと貴方、妾の邪魔をするでしょうからね。思考を読み取っていたでしょう? こちらの作戦を読まれたらなんの意味もないですものね?」
「そ、そんな方法を………。だから雨屋瑪瑙が生きていても気づかなかったのか。雨屋瑪瑙の魂が同じ世界にいることで、存在が重なって見えて、私を誤認させていたのか」
「そうです。そして、貴方は目的の『次元動力炉』に到達したと喜び、迂闊にも転生してしまった。もはや元の世界から邪魔をすることは不可能」
「だ、だが、この身体には溢れんばかりのマナがある! 負けることなどない!」
「さて、同条件で同一存在の身体を使っている妾の方が有利だと思われますが……念のためにその身体も返してもらいましょう」
虚勢にも見える言葉を吐く伊崎へと、月おじさん、今は月ちゃんだね。月ちゃんがしーちゃんをヒョイと抱える。
「てい」
「ワヒャンッ」
ぽいとしーちゃんを投げる月ちゃん。なんだと訝しげに思わずしーちゃんを受け取る伊崎だが──。
「ぎゃああっ」
まるで感電したかのように悲鳴をあげてしーちゃんを投げ捨てる。
「な、ナニヲ………」
伊崎の、いや、鏡花の身体から幽霊のようにおっさんの形をしたマナが離れて宙に浮く。
「あぁ〜、ようやく私の身体を取り戻せたっ! いえ、取り戻してくれてありがとうございます。この報酬は今度の競馬で払います。銀行レースだから間違いなしですわ」
わざとらしく、しゃなりと身体をくねらせる鏡花。その態度には見覚えがあるよ……。ゲームで姫様役をいつもしているギャンブル好きな人だ。
きつかったと、うーんと背伸びをして晴れ晴れとしている顔だ。まさかのしーちゃんだったの!?
「せっかくですので、同一存在である鏡花さんを他の世界から持ってきました。駄目ですよ、鏡花さんがこの世界に転生失敗したからって、ルシファーさんを無理矢理鏡花さんの身体に押し込んでは。彼はこの世界ではバッタだったんですから」
本来のルシファー君はバッタだったらしい。
「同一存在…………そんなものまで用意していたとは。うわぁぁ、私の身体がっ、身体が、崩れてゆくっ。ぐぬぬぬ、そ、そうはいくかぁっ!」
同一存在が重なったために、本来の鏡花に身体が戻ったのだろう。そして、弾き出された伊崎は幽霊のように半透明となって宙に浮く。
だが、マナを凝縮させていくと、無理矢理肉体を創り上げていく。蝙蝠のような羽根、光沢のある赤黒い金属のような鱗を持つ肌、頭には角を生やし、筋骨隆々の立派な身体。そして額に縦長の目が開き、ゾロリと生えた牙を見せる。
凶悪な悍ましさを感じさせる人型の悪魔へと変貌するのであった。
「グォオォッ! 身体がなければ創るだけっ! この世界に来た時点でこの私の勝ちなのだぁっ!」
なんともラスボスに相応しい身体となった伊崎が咆哮を放つ。
「皆さん、最後の戦いです、いきましょうワンッ!」
「鏡花さん、適応早いね……。でも私も踊っちゃうよ!」
鏡花さんが刀を構えて、瑪瑙ちゃんが踊りを開始する。
そして月ちゃんは───。
『ヨミ、いや、瑪瑙ちゃん。ここで貴女の魂の誤魔化しを解除します。その場合、貴女はこの世界の瑪瑙ちゃんがいるために世界から弾き出されるでしょう』
『うん、そんで?』
『元の世界に戻るはず。そうしたら、ポッドから出て、すぐに他のポッドのシステムを解除するの。伊崎の魂はここで抑えておく。他の人達の魂を元の世界に戻すのです』
『了解だよっ! 直ぐに止めちゃうね!』
『えぇ、かわいい姪を信じておりますからね。任せたんですの!』
パチリと月ちゃんが指を鳴らす。
『それじゃ上手く行ったら元の世界でラーメンを奢ってあげますの』
そのからかうような声と共にヨミちゃんの、ううん、雨屋瑪瑙の意識は暗くなり───。
世界を逆流していく。滝を遡るような強い衝撃が魂を揺さぶっていく。
「ブハッ!」
そうして、私はポッドの中で目を覚ますのであった。




