122話 扉前にて
とてちてと走るヨミちゃん一行。離宮とはいえ、地下は殺風景でただ金属製の通路があるだけで、運搬用の重機がぽつぽつと置かれているだけだ。
シンと静まり返る通路にて、後方では爆発音が響くのとは対照的だ。カンカンと走ると金属音がするだけだ。
「なんで誰も守っていないのかな? 普通は地下通路にも防衛戦力は置いておくべきだと思うんだけど?」
「たしかに、なんでだろ? さっきの魔導兵器なら絶対に突破されないと考えていたのかな」
とてちてと走るヨミちゃんに隣で走る瑪瑙ちゃんが不思議そうに首を傾げる。たしかに多くの兵士たちがこの通路を守っているのが当然だ。
でも、この通路には誰も入らないようにしていたのではないだろうか。最低限の人員しか配置したくなかったのだ。最重要の施設であるが、封印された扉に近づく者がいることを嫌ったに違いない。
「後ろからドヤドヤと敵がくるぜ! 皆、恐ろしいほどに鬼気迫る顔だ!」
「だろうね。御雷君たちにここは任せたよ。ヨミちゃんは先に行くね!」
天照家の兵士はさすがはトップ貴族だけあって、ワラワラとアリのように次々と現れる。襲撃をされるとは考えていなかったにもかかわらず、その行動は早い。
「しゃあねぇ、よみたんのお願いだ、ここは俺に任せて嫁は先に行け〜!」
「ここで敵を全て倒してしまっても構わないんだろう? ふっ、一度言ってみたかったセリフ!」
「あぁ、面倒くさいけど仕方ないわねっ!」
「ニッシッシ。それじゃ、私たちはここで敵の追撃を防いでいるね〜」
九郎君、御雷君、重川ちゃん、ちょこちゃんが立ち止まって武器を構える。よろしくねと、ブンブンと手を振って立ち去るヨミちゃんたちです。
「扉前に行く必要があるのか、ヨミ嬢?」
「たぶん、天照家専用の扉直通の隠し通路があるはずなんだ。そこから鏡花さんは来ると思うよ」
「……たしかにその可能性はあるな」
「でしょ? だから最終決戦はヨミちゃんと瑪瑙ちゃんが相対して鏡花さんと戦うのがイベント的に綺麗だと思うんだ」
だから、大国君もここに残ってと、うるうるとヨミちゃんアイを向けるが、この男信じられないことに鼻で笑ってきた。
「はっ、騙されるか! 扉を開ける方法があるんだろうがっ! ここはゲームの世界ではないのだぞ? 課金して横暴ができるのはゲームの中だけだっ!」
「大国君………前世の記憶と共に良識まで取り戻したんだね。もしかして、前世のあの高慢っぷりはゲームだったから? 本人はもしかして」
「あーあー、聞こえんな! 前の前の世界でも私は金持ちのオーナー企業の息子だった! 金には困ってなかった! つ、ね、に、私は勝ち組だったのだ!」
「金持ちなのと高慢さはリンクしないよ。ネトゲーだと別人のように振る舞う人が。んん? 着いたようだよ。それに先回りもされていたみたい」
汗をダラダラと垂らして、大国が目を泳がせるので、その態度にピンときてツッコんで聞いてやろうと、ニヤリとほくそ笑むが、前方に大きな扉が見えて立ち止まる。
扉の前に2名の人影も見える。二人ともしっかりと武装をしておりやる気満々な模様。
もちろんヨミちゃんもやる気満々なので、ふんすと前に出て二人へとからかうように声をかける。
「こんにちは、鏡花さん、ネネお婆ちゃん。予想よりも早いお越しで。他の人たちは連れてこなかったのかな?」
「はんっ、天照家直系専用の通路なんでね。私ら以外は連れてくるわけには行かなかったんだよ」
ネネがこちらを見て肩をすくめる。その態度には余裕が垣間見えるので、ヨミちゃんたちを倒せると本気で考えているに違いない。
「那月ヨミっ! 貴様はここの扉を開く手段を持っているな? だが、残念だったな、こちらは直通エレベーターがあったのだよ」
ドヤ顔の伊崎鏡花だが、エレベーターと言った時にネネの顔がしかめっ面になるのを見逃さなかった。言ってほしくないセリフだったのだろう。そして、伊崎には戦闘経験どころか、謀略にも長けていないことがわかった。
「間抜けすぎるな、伊崎っ。貴様程度の奴にこの私が操られるとは屈辱だ。騙した罪はここで償ってもらう!」
怒りの表情で大国が鞘から刀を抜くと正眼に構える。手玉に取られていたのが悔しいのだろう。それを見て、ネネたちも同様に刀を構えて迎え撃とうとしてきた。
最早最終決戦間違いなし。ヨミちゃんはポップコーンとサイダーが欲しい。でも、今は目的の達成が優先だ。
「あぁ〜っ、面倒くさいね。こいつらはあたしが捕まえるよっ!」
『天鎖』
苛立ちをあらわに、軽く横に刀を振るうネネ。ただ軽く振っただけに見えたが、凝縮されて小さな粒子のようなマナが刀身から水滴のように流れ落ち、地面へと染みていく。
瞬間、ヨミちゃんたちの足元から光で編まれた鎖が飛び出してきて、身体に絡みつこうとしてきた。
「触れないよ、この鎖! ずるい、スカスカだよ、スカスカ!」
触ろうとしても触れることができないのに、なぜかこちらを封じれる鎖だ。たった一粒のマナから発動させるとは精緻にして無駄がまったくない証である。即ち、ネネお婆ちゃんはかなりの凄腕ということになるだろう。
「そのとおりさ。その光鎖はそんじょそこらの魔法じゃ解除できないんだ。おとなしく捕まっていてもらおうか。なに、厚遇を約束するよ」
「うぬっ、この鎖を砕くにはかなりのマナを打ち込まないと駄目だ!」
鎖を引きちぎろうとする大国を見て、ネネお婆ちゃんが口角を吊り上げて嗤う。それほどに自信のある魔法なのだ。きっとチート魔法に違いない。
『ヨミ、本気でいきますわよ』
「はぁい。チェンジといこう」
でも、こっちはチートな幼女がいたりするのだ。戦闘から謀略まで、手広くやっている幼女がね。
お互いの意識が切り替わり、ヨミちゃんの身体の主導権が月ちゃんに変わる。涼やかな笑みを見せ、月ちゃんはネネお婆ちゃんへの意趣返しのように軽く横に手を振ってパチリと指を鳴らす。
「壊しはしませんよ、せっかく頂いたプレゼントですし、妾は贈り物は大事に使う方ですので」
その言葉が示すとおり、蛇のように絡みついていた光の鎖が解けるように離れていき、魔法を発動した主へと牙を剥く。
「くっ! あたしの魔法が奪われたのかいっ!」
「そうはさせるか、那月ヨミ!」
『光壊剣』
自分の魔法が操られることに驚き後退るネネお婆ちゃんだが、すぐに伊崎が間に入り、光を纏った刀を振るう。光の斬撃により光鎖は相殺されて、パラバラに砕け宙に散らばっていく。
「相手は二人。一気に倒すぞ、ヨミ嬢、瑪瑙嬢!」
『大地振動』
大国が地面に手をつけると、地面が大きく揺れて立っていられないほどになる。バランス感覚のよい瑪瑙ちゃんでも、おっとっとと体勢を崩して倒れそうだ。
立っているのは大国だけで、他の面子はなんとか耐えようと踏ん張っている。
「押し通るっ!」
「了解! 瑪瑙ちゃんは扉に向かって! ヨミちゃんもすぐに向かうから」
「う、うん。気をつけて!」
大国がネネお婆ちゃんたちと切り合いを始めて、瑪瑙ちゃんが頷き走り出し、ヨミちゃんも後ろに続き扉に向かう。
「おいっ! なんで貴様も扉に向かうっ!」
「すぐに向かうからって、言ったでしょ」
「目の前の敵を倒してからと、述語をつけろ、こらっ!」
「それは形容詞だよ!」
大国の咎める声は右に左に聞き流し、扉に向かおうとするが、そうはさせじと伊崎が立ちはだかる。
「助けて、ヒーロー!」
月ちゃんはすぐさま追いかけてくる伊崎に人形を送り出す。『飾り棚』から出したのは、もちろん荒御魂、そして量産型の和御魂たちだ。
荒御魂の手刀からプラズマがブレードとなって形成され、伊崎へと斬りかかる。伊崎も慌てて立ち止まると、刀を横にしてプラズマブレードを受け止める。超高熱のブレードにより刀が溶けないように、しっかりとマナで強化もしているようだ。
「おのれっ、先にいかすかっ!」
「正義のために、伊崎鏡花さんを捕縛させてもらうよ!」
フンスと鼻息を吐いて、月ちゃんは扉にへばりつく。伊崎を捕まえるためになぜ扉にへばりつくのかは、深い理由があるのでツッコミ禁止だ。
「ヨミちゃん、扉に23個の窪みがあるよ。なんか紋章とかみたい」
「それが鍵ですの。………なるほど、全て集めないと開けられない仕様になっているのですね」
素早く扉を確認した瑪瑙ちゃんが扉の脇にある意匠を指差す。たしかにゲームとかでよくある紋章とかを嵌める窪みっぽい。
紅葉のようにちっこいおててでペタペタと触り、月ちゃんは確認していく。
「無駄だよ、小娘。たとえ他の家門の紋章を集めていても、この天照家の紋章はあたしを倒さなくちゃ手に入らないよ、そして、あたしは最強さ、倒すのは不可能。残念だったね!」
その様子を見て、大国と切り合いをしているネネお婆ちゃんがニヤリと笑ってくる。
「人を人と思わぬ伊崎に与する貴様はこの荒御魂が許さん!」
「ちっ、面倒くさい奴らを連れてきたもんだ」
音速の壁を超えて、肉薄してくる荒御魂に、魔法障壁を発生させてソニックウェーブを防ぎつつ、ネネお婆ちゃんが舌打ちする。
無線にて操作が可能となった荒御魂たちは、その性能以上に人間では行えない行動をとって戦闘を繰り広げる。
「ヨミ嬢、ここは力を合わせて奴らを倒してから話すとしよう」
「わかったよ! 二人の力を合わせて戦おう!」
大国へと頷き返し、月ちゃんはマナを荒御魂に送り込む。大国の掛け声にネネお婆ちゃんと伊崎も後ろに下がり合流する。
「チャンスだ、喰らえっ、この荒御魂の最終奥義を!」
『プラズマウイング展開』
荒御魂の背中からプラズマで形成された超高熱の翼が生えて、通路を塞ぐように大きく広げる。
『プラズマウイングクラスター』
プラズマの翼が放電し、ネネお婆ちゃんと伊崎へと超高熱の嵐が吹き荒れる。通路が焼けて空気が熱地獄のように変わっていく。
「やったか?」
いらんセリフを口にする大国だが、粉塵の向こうから人影が見えて舌打ちする。
「ははっ、たいした威力だが、あたしを倒すには至らないね」
多少の怪我は負っているがネネお婆ちゃんはピンピンとしており、伊崎も平気な顔をして現れる。
「見かけとは違い、奴らはダメージを負っているはずだ。ヨミ嬢、一気に畳みこむぞ。………ヨミ嬢?」
大国が荒御魂の向こうにいるはずのヨミちゃんに声をかけようとするが───。
ヨミちゃんと瑪瑙ちゃんはどこにもいなかった。見えるのは閉まりかけている扉のみである。各家門の紋章を使わなければ開かないはずの扉が閉まりかけていた。
「ぬぅぅぉぉ! やはりか、鳶に油揚げを盗まれてたまるかぁっ!」
ほとんど閉まっている扉を見て、このことを予想していた伊崎が飛び込み、なんとかすり抜けると同時に扉は閉まるのであった。
「は? なにが起こっているんだい? なぜ扉が開いていた?」
「いつものことだろうな……。酷いやつだ、まったく」
そして、唖然として立ち尽くすネネお婆ちゃんと、呆れた顔でため息を吐く大国だけが残るのであった。




