12話 装甲バス襲撃につき
予想通りの展開となった。
突如として開いてはいけないはずの緊急用ハッチが開いてしまい、フードを被った男が武器を持って、恫喝してきた。
強盗だ。装甲バスを襲うとは命知らずもいるものだ。たしかに装甲バスは車両自体が金になる。でも装甲バスを襲った襲撃者を国は絶対に逃さない。国の威信と再発防止のために魔法を駆使して、高額の賞金をかけて、地の果てまで追ってくる。
予想外なのは、外の連中が盗賊団ではなく、魔物の群れなところだけど、魔物使いなのかな。
いずれにしても、このバスを襲われるわけにはいかない。掃除機ロボを動かしてぶん殴ってあげようと思い───。
「ウォォ! 未来の英雄アタック!」
「お前なんぞ、一撃だぁ!」
私よりも先にタイボックが咆哮をあげて動いた。ドスドスと床を蹴って、突進するように肩からショルダーアタックをして、男の動きを止めようとする。
「タイボックトマホーク!」
驚いた男が引き剥がそうと、斧を手放したところを、もう一人が素早く拾って、とてもかっこいい必殺技にて、ハッチからポイ捨てした。他の面々も押し潰すように上からのしかかる。
ナイス連携! 未来の英雄万歳!
どうやら私以外も男を警戒していたらしい。笑顔でタイボックたちを褒めちゃうよ。拍手をすれば良いかな?
「あぁっ! 俺っちの斧が! 結構高かったのに! こら、てめぇら危ねえだろ、俺っちはこのバスを護衛する冒険者だっての。こら、離せ!」
だが、焦る男から吐かれたセリフは予想外だった。
「へ? ご、強盗じゃないのか」
タイボックの3人は男にまとわりついて、必死になって動きを止めようとしていたが、その言葉にピタリと止まる。
「俺っちは石英! Dクラス冒険者だ! このバスが襲撃されるかもと聞いて、こっそりと乗り込んでいたんだよ! 危険だから下手に動くなって言ったんだ!」
男は首にかけたドッグタグを見せて叫ぶ。きらりと光るドッグタグにはDと印があった。
「え、えへへ。すいません。あの、あからさまに怪しかったから……。あ、埃ついてますね」
タイボックが赤面して気まずそうに離れる。ちょっぴり汚れがついてますよと、肩の埃を払ってあげてもいた。
前言撤回。未来の英雄大失敗。残念な拍手をしてあげて良いかな。
他の皆も目を背けて、気まずそう。私も強盗だと思ってたよ。むぅ、失敗。だって見た目からして山賊なんだもん。身嗜みってとても大切だよね。
でも、それならなぜ────。
ガクンとバスが揺れて、立っていられないほど激しく蛇行し始める。慌てて皆で手すりを掴んで、倒れまいとしがみつく。
「きゃあっ」
「おっとっと、大丈夫?」
子供たちが悲鳴をあげて、席から投げ出されようとし瑪瑙ちゃんがぽすんと受け止める。この蛇行運転でも、倒れることなく、うまくバランスをとって立っているのを見て、その体幹の強さにちょっと驚いちゃう。
瓦礫かなにかを踏んだのだろう。ガタンガタンと激しい揺れも発生し、今にもバスは転倒しそうなくらいに揺れる。
「くそっ、運転手になにかが起きたんだ!」
男、いや、石英がバスにしがみつきながらも上手くバランスをとって、前に向かう。私たちもついていき、スリットを覗き込み苦々しい顔になっちゃう。
「おい、てめぇ何してやがる、ゴラァ!」
三下小悪党のように石英が敷居を叩くその視線の先には、レンジャーがいた。
やはり緊急時用ハッチが開いており、綺麗な緑に染めた服を着た男が、緊急離脱用に搭載されている組み立て式バイクを組み立てていた。
私たちに気づくと、ニヘラと口を歪めて、下卑た笑みを向けてくる。
「へへっ、わりーな。雇われレンジャーをしているより良い仕事を見つけたんでね。このバスに乗った運の悪さを嘆いてくれや」
そのままバイクに乗ると、ハッチから飛び出して、地面に上手く着地すると、静音性の高いエンジンなのだろう、土埃を残して静かに去っていった。
「チキショー、何が目的なんだ? このままだとバスが転倒しちまう」
焦る石英たち。たしかに強盗でなく、バスの破壊を目的とするなんて変だけど………。考えるのは後にしよう。
運転手はハンドルに寄りかかる形で突っ伏しており、ご丁寧に背中に深々とナイフが刺さっていた。殺されたのは明らかだね。犯人はレンジャー。名探偵いらずのスピード解決だ。
「この敷居を破壊しねーと、俺っちたちはこんな危険な所で立ち往生だ!」
「か、硬え、なんつー硬さだ。タイボックパンチが全然通用しない!」
石英やタイボックたちが焦って、金属製の敷居を破壊しようとするがビクともしない。そりゃ、下級の魔人や亜人に破壊されるような軟な作りはしていないよね。
激しく揺れて、いつバスが転倒してもおかしくない。心を落ち着けて、深呼吸をして私は手を翳す。
体内のマナを意識して、その流れを変えていく。穏やかに、静かに、流れる清流のように。
自然界に充満する空気とは違う、知ってはいても、決して意識できない気体にして、神秘なるエネルギー。
世界と共にある『色のないマナ』へと。
スキル『絶対魔法操作』発動。
人とは違う『自然なるマナ』へと。
自然界のマナ。人が作る色付きのマナとは違うマナへ集中して、自らのマナのパターンを変える。波長が変わっていき、パズルのようにカチャリカチャリとピースが嵌るように、私のマナは変わっていった。
空中に存在するマナと同じにすれば、風が流れるが如く、決して人には見えない。見えないマナを素材にして、透明なる魔糸を生み出す。
『魔糸生成。自然のマナパターン』
私が指から生み出して、宙に浮かせても、誰も気づかないし、違和感も感じていない。これが『色のないマナ』の魔糸の特徴なんだよね。
本来のヨミも使ったこの技は人形遣いの致命的な弱点である魔糸を敵に感知させないのだ。この技を使いこなし、ヨミは多くの敵を葬ってきた。他にも様々な能力を持っていたヨミは残酷に快楽的に人を殺していったのだ。
私も同様に使わせてもらう。ただし、人を殺すためではない。人を救うために。
そうして、私はスリットから見えない魔糸を送り込む。ごめんね、運転手さん。
死体を操ることを内心で謝罪しつつ、糸を付けるとログが表示された。
『葉数賢雄の操作可能』
ちょっと読み仮名をつけてくれないかな。読めないんだけど。謝るにも名前がわからないよと、ぷっくりと頬を不満で膨らませつつ、運転手に思念を送り込む。
「お、生きてたか! そうだ、なんとか運転してくれ!」
ぎこちなく身体をあげた運転手に喝采をあげて、皆は応援する。運転手はハンドルを掴み、暴れるバスを抑え込み、なんとか普通の走行へと戻った。
私はといえば、視界の隅に死体の映し出す視界が映っているので、思念にて操作をしていた。集中すれば多人数も操作できる。ゲームでは同じように数多くの無人兵器を操作していた。その経験が生きている。
魔糸をスリットから床に沿って展開させる。見えなくとも壊される可能性はあるからだ。そして人形は糸が弛んでいても自由に動かせる。
魔糸は人形を操作するための必須の物だ。指のそれぞれから作り出すことができて、その数は手足合わせて20本。1本につき通常モードならマナを1消費する。
そしてヨミは普通とは違い『絶対魔法操作』を持っているため、完全なる固体として作り出せるので、解除するか破壊されない限り、永遠に効果は続く。
今の私は20体までの人形を一度に操れるわけ。とはいえ、魔糸が切れた場合を考えて、運転手の死体には3本の魔糸を貼り付けておこうかな。
廃墟の中で、瓦礫を蹴散らして装甲バスは走り続ける。石ころを踏み砕き、放置車両を避けて、突き進む。
だが、外にはコボルドたちが並走しており、逃げる様子はない。どこまでも追いかけてくるつもりだ。時折、カンカンと弾を弾く金属音が響く。
「止まるんじゃねぞ、ここらへんは一番ヤバいところだ。停車したら最後、戦闘音を聞きつけて、他の魔物たちも集まってくる。その中に強力な魔物がいたらおしまいだ。なんとか頑張ってくれ!」
敷居を強く叩いて石英が懇願する。背中に深く突き刺さったナイフから、致命傷だとはわかっている。だが、それでも懇願するしかないのだと強く歯噛みをする。
たしかにここらへんは危険だよ。設定資料でも、廃地区の区の境目は危険なる魔物が多いと書いてあった。コボルドは速いが弱い。ここで操作をトチるわけにはいかない。
さらに集中しようとして───。
「きゃあっ、犬さんが入ってきた!」
子供たちの悲鳴に慌てて振り向く。しまった、運転に集中しすぎた!
開け放しの入口から泥で濡れたコボルドが歯を剥いて入ってきていた。
その肩にある拡散バズーカが子供たちへと砲口を向け、バスンと空気が抜けたような音を立てて発射されるのであった。
◇
廃墟の中を走るレンジャーは充分に装甲バスから離れたと確認し、周囲に魔物がいないか慎重に観察し、やがてバイクのスピードを緩めた。
廃地区を逃走するために作られたバイクは特別製でエンジン音がしないように静音性を高めている。魔物をエンジン音で刺激しないためだ。
なので、小さなトトトというエンジン音を立てながら、レンジャーは安堵で胸を撫でおろす。
「へっ、悪いな、これも金のない奴を恨みな」
装甲バスを強盗するのではなく、魔物に襲われて命からがら逃げてきたと冒険者ギルドに伝えれば信じられるだろう。
これでも20年は真面目にレンジャーをやってきたのだ。ギルドからはそこそこ信頼されている。
「だが、信頼なんざくそ喰らえた。金にならない将来性もない俺がこのまま危険な仕事をしてられるか」
男の首にかかるドッグタグにはCランクとの表示がされている。冒険者ギルドでのCランクは中堅ランクだ。
男は魔人であり、レンジャーの素質に長けていたため、Cランクまで上がったのは10年前。その当時は将来に夢を膨らませていたものだ。
だが、その後は挫折した。どうしても人外と呼ばれるBランクに上がれなかった。Bランクから功績だけではなく、身体能力や魔法の能力が必要なためだ。
所詮は魔人と言っても、その才能は下級魔人。どんなに訓練をして努力を重ねても駄目だった。そこから伸びる才能は自分にはなかったのだ。
絶望と共に挫折をし、以来装甲バスの斥候をしていた。世間一般から見たら、それでもかなりの収入であったが、男は満足しなかった。
なぜならば自分は魔人。選ばれし人間なのだ。
肥大化する承認欲求と自尊心。その心に合わない自分の現在の状況。不満と共にやがてギャンブルにのめり込み、借金が段々と膨れ上がり首が回らなくなってきた時。
一生を贅沢に遊んで暮らせる大金を条件に、今回の装甲バスの事故を持ちかけられたのだった。
「へへっ、これからは魔人に相応しい暮らしをするんだ。そうだ、この俺様に相応しい暮らしをな」
酒の飲みすぎで震える手を押さえて、男は手渡された品物を担いだナップサックから取り出す。
「さぁ、助けに来てくれ。俺様は見事仕事を終えたんだ」
手に持つのは水晶だった。通信用水晶で使用すれば側で待機している車が助けに来てくれる予定だった。
これからの華やかな暮らし。金を武器に美女を妻に迎えて、面白おかしく暮らしていこうと将来を考えて──。
手の中にある水晶から違和感を感じて目を剥く。
「あぁ………畜生め。騙しやがったな」
水晶が熱く赤く輝き始めて、レンジャーは顔色を蒼白に変えて悔しげに呟く。
そうして大爆発が廃墟の中に響き渡ったが、何匹かの魔物が音を聞いて集まって、なにかを咀嚼する音がしただけで、すぐに静寂が戻るのであった。




