118話 健康診断につき
毎学期健康診断は行われる。健康診断というか、マナ量測定である。生徒たちのマナ量が上がっているか調べるわけ。なので、体力測定も兼ねているのだ。
でもね、入学式で使った魔道具よりも精密に測れる魔道具って、きゅうには作れないよね。需要もないだろうから、研究に予算を割く価値もない。
なのに、新型が現れた。フラフープみたいな機械が中にいる人間をスキャンするSFチックな魔道具。
「雨屋瑪瑙、マナ量389。今までの中で最高だ!」
先生がモニターに映る計測結果を震える手で確認して、生徒たちがおぉ〜と、感心と驚嘆、嫉妬や羨望からざわめく。さすがは瑪瑙ちゃん、その才能は抜きん出てるよ。ヨミちゃんもお鼻が天狗のように高いです。
「ぬぉぉぉ、一点だ、一点にマナを溜めるから、指先だけ測ってくれ。マナ量千は超えるはずなんだっ」
「馬鹿を言えっ、後が詰まっているんだから、さっさとスキャンされたまえ! はい、マナ量217だな。変わらずと」
負けず嫌いな御雷君が額に指先をつけて、マナを集めている。負けん光殺法でも使う気なのだろうか。もちろん先生に怒られていた。
「座式和、ま、マナ量189!? え、Aクラス!」
「えぇ〜っ! よーちゃんのお家でご飯食べていたのが良かったのかな?」
ホクホク顔で喜ぶ和ちゃん。ほっぺに手をあてて笑顔だ。
前学期までは最低ランクだった和の結果に騒然となる。この間、糸による覚醒を行ったのだ。ご飯を食べ尽くしているからじゃないよ。
「平太郎、し、信じられん、マナ量255! またAクラスだとっ!」
「ヒャンッ」
さらに上のマナ量の持ち主が最低クラスより現れたことに騒然となる。ぶんぶん尻尾を振って、カツ丼を食べて満腹のポメラニアンだ。
「平太郎、じゃねーよっ! それは俺の使い魔っ! 俺のマナ量を測れって!」
「マナ量8」
「やっぱりさっきのマナ量でいいです………。ちくしょー!」
不服そうに抗議をするが、なぜか悲しげに項垂れてしまう平であった。
そして、遂に真打ち登場、ヨミちゃんの出番である。青髪をさらりとかきあげて、自信満々にほっぺを膨らませての登場だ。
対するは無上先生。もはや敵意を隠すことなく腕組みをして待ち構えていた。
「くくくく、ハーッハッハッ! 貴様の本当の力見させてもらおう、この詐欺師め! 高い数値を出して、精々悔しがるんだな。この私はAクラスの魔人に騙されて負けたということを! そして、賠償金だ! 騙した分の賠償金千八百八両を支払ってもらおうか!」
やけに細かい金額である。たぶん借金がその金額なんだろう。そして、ヨミちゃんが強くても賠償金は払うことはないと思うよ?
新型魔道具。チラッと見たけど、見たことのない技術だ。恐らくは……別世界の技術。たぶん他の世界に転生した人間の知識を奪って作ったと思われる。
蒼き惑星と同水準、もしくは高い技術が使われているんだろうね。
さて、マナは5くらいに抑えるかな。きっと無上先生は喜んでくれるに違いない。
「てい」
『たぁ』
「なぬ!?」
ヨミちゃんはマナを隠そうとした。気合いを入れて、体内にマナを仕舞った。
だけど月ちゃんが邪魔をした。といやと体内のマナを解放する。爆発するかのように内包したマナはうねりながらヨミちゃんを包み、降りてくるフラフープみたいな機械がプスプスと煙をあげる。
そして、暴風がヨミちゃんを中心に吹き荒れる。髪がバダバタとなびき、その場にいる生徒たちすべてがあり得ない大きさのマナを感知して青ざめる。
「ま、マナ量が999オーバー……だと? ま、まさかそんな………機械の故障だ!」
測定結果を見て、無上先生は腰を抜かす。テンプレのセリフも口にする無上先生だけど、ヨミちゃんも驚いてしまう。
「なにやってんの、月ちゃん! ヨミちゃんの力がバレちゃうよ?」
『そろそろ隠れるのはお終いですの。敵のいる場所が判明した今、躊躇なく容赦なく伊崎鏡花を追い詰めましょう。そのためにもこの学園のトップは那月ヨミだと皆に知らしめるのですわ』
いつになく真剣な顔の月ちゃんが、ヨミちゃんの顔の前に逆さまに浮かびながら現れて言う。
「本気?」
『えぇ、力こそ全てと見せつけましょう。魅せましょう。血と騒乱の殺戮の人形遣いの姿を! なので、ボディチェンジしましょう。ケロケロって鳴いていてくださいませ』
「えー、やー! 月ちゃん、なんだか怖いし焦っているし。ヨミちゃんの身体を奪いそうだし」
『がーん、ここは妾の高笑いと共に学園支配をする予定でしたのに』
コロリンコロリンと頭の上で抗議のご不満転倒ダンスを見せちゃう。手足もバタバタ振って、これぞ支配者という威厳あふれる幼女の姿だ。
「支配なんかしなくても良いよ。冷静に行こう」
『まぅ………仕方ないですの。冷静に考えて高笑いをして壇上に上がることをお勧めしますので、この学園はヨミちゃんが支配したと宣言してくださいませ』
「全然冷静じゃない! お昼寝から目覚めたの?」
『はい。ようやくマナの回復が終わりましたの。ちょっと面倒くさいことになっているようですわね?』
駄々っ子月ちゃんモードを止めて、ムクリと起き上がる月ちゃん。
「うん、かなり面倒くさいことになってる。鏡花さんは天照家に匿われているみたいだよ」
力を見せつけることに方針を変えるのは良いんだけど、先に相談をして欲しかった。
うんうんと頷いて、口を開こうとする月ちゃんだが、その姿を見えていない無上先生が指差してくる。
「ぐぬぬ、機械の故障でなければ、今まで力を隠していたんだろっ! それほどの力を隠してEクラスに入ったのか! ずるだ、不正だ、ここは賠償金だ!」
賠償金はよくわからないけど、気持ちはわかります。でも、ここはれーこくに腕組みをして、胸を張っちゃう。
「夏休みデビューです!」
「どこの少年漫画だ! インフレすぎるだろ、どんな修行をしてパワーアップしたと言うんだ!」
堂々と伝えたのに、なぜか無上先生は絶叫マシンと化した。パワーアップしたのは本当なのになぁ。
「そ、そうだよな……なんであんなにマナ量があるんだ?」
「オーバーということは、999以上ということよね?」
「人類最強なんじゃないか?」
ザワザワとざわめく生徒たちを横目に、瑪瑙ちゃんたちへと視線を向けると、苦笑や驚愕、呆れや羨望の顔となっていた。うん、強制的にバラされたんだ、ヨミちゃんのせいじゃないよ。
そして、先生たちは揃って顔を蒼白にして、学年主任が足早に体育館から出ていく。たぶん学園長にこのことを説明しに行ったんだろうね。
さて、残りの体力測定も驚愕の計測結果を見せちゃおうかな。
結局、驚愕の結果をヨミちゃんは見せちゃうのであった。驚愕の計測結果は乙女の秘密です。握力計って、握ってもびくともしなかったんだけど?
身長は5センチも小さくなっていたよ!?
◇
ヨミちゃんのせいで騒然となった学園を尻目に、大国のお誘いでヨミちゃんたちは放課後ディナーとなりました。百星レストランでの会談です。
かぽんと鹿威しが鳴る音が耳に心地よく、部屋から見れる外のお庭も見事に整えられてワサビの空気を持っている。ちょっと辛めでヨミちゃんには庭の違いはわかりませんので、よーしゃしてほしい。
「で、なぜ急に自身の力を見せつける気になったのだ? 学園は大混乱となっているのだぞ」
お冠の大国がテーブルを挟んで、座布団に座っている。お座敷で、テーブルには食べ切れないほど多くの料理が乗っかっている。いや、食べ切れないほどは言い過ぎか。
大国以外は、ヨミちゃんの両隣に瑪瑙ちゃんと和ちゃん。そしてその横にちょこちゃんと重川さん。平君に、九郎君、そして御雷君は大国側に座っている。
和ちゃんの光速の箸使いは目に見えないので見てみぬふりをして、大国へと向き直る。
「簡単な話だよ。ヨミちゃんは強いんだよって天照区の学園で見せつければ、鏡花さんはきっと焦ると思うんだ」
お刺身をパクリと口に放り込む。さすがは一流の料亭。とろけるお刺身だ。これって、中トロ?ハマチ?
味に違いがわかるヨミちゃんに、大国は苦笑で返す。
「あぁ………いつ爆発するかわからない爆弾が自分の足元にあるのだから、焦りはするだろうよ。だが、刺客を向けてきても、トカゲの尻尾切りができる奴らだろうよ」
「その点は大丈夫。それよりも、ヨミちゃんとの会談の目的を教えてくれるかな? 学園の出来事だけじゃないよね? まさか婚約の話?」
「もちろん婚約などという話ではない。那月ヨミに聞きたいが、天照鏡花の目的はなんだ? 何を狙っている? 奴が『次元動力炉』のデータを盗んだことまではわかっている」
「ああ〜、そうだよ、俺たちも騙されていたんだから教えてくれよ、よみたん!」
「ふっ、僕も巧妙すぎる勧誘に騙された。教えてほしい」
「ヒャンヒャンッ」
大国の突き刺さるような鋭い眼光を受けて、ヨミちゃんは片眉をあげる。どうやら、九郎君、御雷君、平君も同様の模様。重川さんはそっぽを向いているので理解している様子。
瑪瑙ちゃんたちも興味津々で見てくる。和ちゃんだけ新たなる料理を注文していたけど。
「鏡花は操られていると聞いた。誰に操られている? 貴様はどの世界から転生してきた?」
「………説明を」
転生した世界を説明するのは面倒くさいなぁと、眉を顰めちゃうヨミちゃんだが、トクンと心臓が鼓動を打ち、一瞬意識が飛ぶ。
「転生した世界など説明する必要はありませんかと。合言葉の一つで良いでしょう」
『ワールドダストメモリー』
からかうように言うと、ヨミちゃんの指から糸が全員に飛ぶ。ヨミちゃんの持つ糸から僅かにマナが発せられて、瑪瑙ちゃんと平君、和ちゃん以外が静電気でも走ったかのようにビクリと身体を震わす。
「こ、これは……この記憶は!?」
「お、俺たちは……なんでこんなところにいる……」
「マジかよ……記憶が流れ込んできたぞ」
「これ、元の世界はもっと前だったのね」
頭を押さえて苦しむ皆へと、クスリとヨミちゃんは微笑む。ヨミちゃんというか、月ちゃんだ。
「ふふっ、保管していた記憶はお返ししました。さて、これでお話はスムーズに行くことでしょう」
「………どうやらそのようだ。借りができたな、那月ヨミ」
大国が悔しそうに睨んできて、ヨミちゃんは月ちゃんを身体から追い出そうと頭をぺしぺし叩くのであった。
仕方ないなぁと、すぐに代わってくれたけど……作戦ってなぁに?




