117話 新学期につき
学校って、夏休み明けだと様変わりする。即ち、学校行きたくない病の蔓延だ。
「うぬぬ………講義などしている暇はない。金策をせねば………やはりバイトか。なんでコテージのバイトが一日で十両支払われるんだ?」
学校行きたくない病の無上先生は、小テストと称してプリントを配ると、スーパーバイトニュースと書いてある雑誌を読んでいた。そのバイトは止めておいた方が良いとヨミちゃんは思うんだけど。
鏡花がいなくなったのは、学校でも大騒ぎになったけど、基本最低クラスの那月組には関係はない話だった。
「くぅぅ、あの子が髪の色が変わっている! な、夏休みになにがあったんだ? あの子は髪型が垢抜けているし、あの子は制服の着こなしが緩めに!?」
小テストをハンカチ代わりにして、ガジガジ噛んでいる平君。夏休みになにがあったんだとクラスメイトの女の子を見て気を揉んでいる。小テストをやった方が良いと思うんだけどなぁ。
「うぅ、オナカスイタ、オイシイモノタベタイ」
隣では我が家でエンゲル係数を限界突破させていた和ちゃんが机に突っ伏してお腹を減らしていた。体型はまったく変化ないのに、ストマックはレベルを大幅に上げた模様。学園生活に戻るのは大変そうだ。その紙は食べられないよ。
まぁ、なんというか、これから鏡花を追って決戦だのという雰囲気は霧散してます。だって、どこにいるかわからないんだもん。
新学期生活の始まりです。
◇
小テストは百点満点で終えて、午前の授業を終えると昼休みである。
「はぇぇぇ、蘇ったよぉ、よーちゃん」
学食のオムライスを幸せそうな顔でパクリと食べる。頬を膨らませてふんわり笑顔だ。
「うん、それ三皿目だけどね。感想を言うのが遅くないかな?」
「えぇっ! これ一口目だよぉ。ほら、一口分しかオムライスは減ってないよぉ」
オムライスの横には空になった二皿が置いてあるんだけど、正気に戻ったのが三皿目な模様。夢中になって、オムライスを食べていたけど本能だけで動いていたのか………。
「これはピンチだぜ、姐御。石英の兄さんに夏休みデビューをした女の子たちの様子を報告しないと」
カツ丼片手に、メモをせっせと書いている平君。この夏休みに人間関係に変化があったのか。
「石英兄さんと夏休みでお友達になったんだね」
ビミョーな組み合わせが仲良くなったもんだよ、まったく。呆れながら焼き肉定食を食べる。
学食は大勢の生徒たちで賑わっており、夏休み前と同じ光景に見えるが少し違う。
「一年も含めてAクラスの生徒たちがだいぶ減っちゃったよね」
「鏡花さんの企みに乗っかった人たちは多かったし、瑪瑙ちゃんは少し寂しいかもね」
1学期の時にはいた一年生の中でもエリートたちがいない。いないというか目立ってない。
以前は鏡花を中心にAクラスの生徒たちが陣取っている席があった。和気藹々と仲良さげにお喋りをして昼食をとっていたものだ。
目立っていたから、鏡花がいない上に、エリートたちも捕縛されたとなれば、否が応でもいないことが強調される。
元気なのは大国のところだけだ。我が世の春と、多くの取り巻きを集めてご機嫌な様子。
一抹の寂しさに目を細めて、メモに夢中になる平君のカツ丼をそっと横にずらす。
「ヒャヒャンッ」
僕のご飯だねと後ろ足で椅子の上に立っていたレッサーパンダもとい、ポメラニアンのしーちゃんが丼に口をつっこんで、パクパクと食べ始めちゃうのだった。
「あ、こら、待てよ。それは俺んだ。お前にはカツの衣をあげるから!」
「ヒャンッ!」
千切れんばかりに尻尾を振って、嬉しそうにしーちゃんは丼を咥えて走り出した。目指すは校庭、全部食べるつもりらしい。ポイッと衣の欠片を平の方に投げてあげる優しさも見せてあげる優しいポメラニアンだ。
「こら、待てよ、お前本当に使い魔ぁぁぁっ!?」
遂に使い魔が自分なのではと疑問に思ったかもしれない平がダッシュで追いかけていった。
「あれぇ、平君、天丼食べてたっけ?」
「和ちゃんに座布団を一枚あげてください」
やれやれと肩をすくめて、焼き肉定食を食べる。大国の方がとてもうるさい。我が世の春というところだろう。敵対者がいなくなったからな。
でも、取り巻きは楽しそうだが、大国は無表情だ。いや、あれは不機嫌そうなんだ。誰も気づいていないようだけどね。
たぶん、ヨミちゃんと鏡花がぶつかりあって、お互いの戦力を削り合う。そして、あわよくばヨミちゃんの戦力を確認する、そんなところだったんだろうね。
こちらをちらりと鋭い眼光で見てくるので、瑪瑙ちゃんがじろりと睨み返す。睨み返したのはヨミちゃんじゃなくて瑪瑙ちゃんです。
器用に二人の視線の合間に入ったのは瑪瑙ちゃんだ。バチバチと火花を散らしてメンチを切ってます。新人類に覚醒したのかな?
「まぁまぁ、瑪瑙っち。ここは抑えて抑えて。今や、この学園の勢力は複雑怪奇、黄金の糸がどこに隠れているのかわからないんだからさ」
「むぅ〜、あの視線には危険な匂いがしたよ、私の第ヨミ感がピキーンってきたんだよ」
ニヒヒと笑ってちょこちゃんが瑪瑙ちゃんの肩をドウドウと押さえる。
でも、第ヨミ感ってなにかな? 新たなる感覚に目覚めたにしては使いどころが局所すぎるんだけど。
ため息をついて、大国が立ち上がると近づいてくる。
「はぁ〜………愚か者たちが。ヨミ嬢と後ほど話がある。ヨミ嬢、放課後に体育館裏に来てほしいが良いか?」
「果し状だね、ヨミちゃんのセコンドは私がやります!」
疲れた顔でジト目となる大国にディフェンスディフェンスとディフェンスラインを越えさせない名ディフェンダー瑪瑙ちゃんである。さっぱり話が進まないから、そろそろ止めるかな。
「黄金の糸を探す話かもしれないから、お話は聞くよ。でも、お話は三ツ星レストランで奢りでよろしく」
「………わかった。婚約についての話だ。和食の鈴蘭に予約をとっておこう」
「そんな危険な話なら、私もセコンドとしてついていくよぉ! 奢りならついていきます!」
第ペコ感にとうの昔に目覚めていた和ちゃんが握り拳を作って参加を標榜する。もはや今日の鈴蘭はヨミちゃん一行だけに料理を作ることになるだろう。
「きゃー! まさかの組み合わせよ!」
「那月ファンドは、今や誰もが知っているものね」
「やっぱりお金が最後には物を言うのよ」
他の生徒たちが黄色い声をあげるが──。
「ちょっと待ったァァァ! なにいってんのお前? よみたんは俺の嫁になるに決まってんだろ!」
なぜか、ここにいてはいけないはずの男子が食堂に走り込んできた。その顔は鬼気迫るもので、ドン引きです。
「なんで、こんなところにいるわけ? 脱獄してきたなら、賞金がかかるまで頑張って逃げてね?」
我者九郎君だ。アタミ襲撃事件に関わって収監されたはずの男である。
「これからは、古代の幽霊を喚びだして古代遺跡とかのセキュリティを解除することに協力することを条件に釈放されたんだ。これもよみたんへの愛ゆえにだな」
それと高位貴族だからでしょと胡乱げな視線を九郎に向ける。これだから貴族ってやつは………。
「私は普通に知っている情報を全て洗いざらい自白したら釈放されたわ」
なんと重川さんも後ろにいた。不敵な笑みで腕組みしている。あぁ……オペ子さんはそーゆー情報を掴んでいたんだろうなぁ。
「ふっ、奴隷からの始まりか。成り上がりにはちょうど良いぜ」
「あぁ、御雷君は無罪放免とならなかったのね。その首輪は反抗したら爆発するタイプ?」
一人だけごつい首輪をして、含み笑いをしながら登場するのは御雷だ。強制的に手伝う人員と。奴隷じゃなくて犯罪者だから仕方ない。
ちなみに飴玉の袋に収監されていたけど、ヨミちゃんがこっそり戻しました。飴玉の袋を被る全裸の変態として別件逮捕されていたよ。
「んにゃ、逃げたら今度は確実に罪になるから止めておいた方が良いとマジ顔で親に言われた。『嘘発見』を使われて、僕がまったく鏡花の作戦に関わっていないで、騙されたことが判明したからな」
「あぁ、あの時が初めての作戦だったんだ」
「世界を救うために、どうか力を貸してほしいと鏡花に言われたんだ。決め手となる言葉は君の活躍は誰にも知られることはなく、犬死にと語られるだろうとの一言だった」
厨二病の御雷らしい言葉だった。犬死にが特に良いんだよなと、クククと含み笑いをしているが、無駄死にする可能性高かったよ。
ともあれ、主要メンバーは釈放されたらしい。これは大貴族であることと無関係ではない。もみ消すのはお手の物なんだろう。鏡花も伊崎を祓ったら、元の地位に戻るかもね。
「貴様ら、午後は健康診断だ。ちゃんと準備しておくんだな!」
鏡花のことを尋ねようとしたら、無上先生が食堂に入ってきた。バシバシとテーブルを叩いてすっかり痩せこけた顔で怒鳴る。誰よりも健康診断が必要そうに見えるけど大丈夫かな。
「那月ヨミ! 貴様のマナが本当は高いことはとうにお見通しだ。俺をからかって学園を欺き金を稼ぎ借金をさせて俺を苦しめる貴様の正体を見抜いてやるぞ。新型のマナ測定器が届いたのだ。うわーっはっはっは! うぅ、腹空いた……」
かけそばを一杯くださいと、高笑いの後にお腹を押さえて食堂のおばちゃんに頼む無上先生であった。仕方ない。ヨミちゃんの奢りでステーキ山盛りを食べさせてあげてください。
でも、新型?
「古代遺物のマナ測定器よりも優秀な機械?」
「うん、天照家が製作したらしいよ、今月」
さすがはちょこちゃん、しっかりと情報収集した模様。でもねぇ……古代遺物よりも優れているって、それってさぁ。
「鏡花さんが天照家に匿われてるよね? 指名手配されているにもかかわらず」
「やっぱねぇ、一番見つからない所は一番権力のあるところだからね〜」
飄々とした顔のちょこちゃん。半眼になっている大国と他の皆さん。そうか、そうだよね。大貴族ってそういう感じだよね。
わかっていても手を出せないとは、悪の秘密結社と看板が置かれていても見てみぬふりをするしかないパターンだ。権力恐るべし。
資金、資材、人手と、三拍子揃っている斬新な立場の指名手配犯であった。
まぁ、とりあえずは健康診断を受けるかな。




