116話 中止につき
「ここでお別れなのです」
寂しそうにサリーちゃんはかき氷をサクサクと崩してパクリとお口に頬張っていた。真っ赤なイチゴ氷である。
「寂しくなるね」
寂しそうにヨミちゃんはかき氷をサクサクと崩してパクリとお口に頬張っていた。真っ黄色なレモン氷である。
二人でパクパクとかき氷を食べてお別れを惜しむ。鏡花があんなことになり、旅行は中止となったのだ。一週間の予定がなんかやかんやと事情聴取もあって、たったの二ヶ月となってしまったのである。
夏は終わり、明後日からは学校だ。せっかく仲良くなったのに、とても寂しい。
「これで今年は海の家で食べられるかき氷は最後なんて寂しい限りなのです」
「やっぱり海の家で食べるかき氷はサイコーだよね」
大きな氷を削って作るかき氷は、小さな氷を削って作るかき氷とは違い、ふわふわで舌触りもよく、味が全然違うのだ。今日で海の家を終えるなんて悲しい二人であった。
二人とも海の家でかき氷を食べてます。
「ほら、かき氷ばかり食べてないで、もう出発するよ、ヨミちゃん」
風情のわからない瑪瑙ちゃんが店の外から声をかけてきた。残念だけど帰る時間らしい。
「はぁい、それじゃまた来年来るね!」
「お待ちしてるのです。さよーならー」
あっさりとサリーちゃんとお別れして、瑪瑙ちゃんについていく。
サリーちゃんとはここでお別れだ。白騎士さんにも手伝って欲しかったけど、この地を守るために存在するから、出張はないらしい。特撮ヒーローなら、コラボレーションして、悪の組織と戦うんだけど、残念無念。
サクサクと浜辺を歩き、海を見る。海は変わらず小さな波をたてて存在している。浜辺にはぽつぽつとしか人はおらず、夏もお終いと感じさせてきた。
「随分長い間滞在することになったね〜」
「うん、『次元動力炉』のシステムを解析していたからね。でも、これでだいたいシステムの解析は終わったよ」
バスに入り、椅子にぽすんと乗って、瑪瑙ちゃんに答える。
二ヶ月間、蒼き惑星のヨミちゃんパワーを使って解析を頑張ったのだ。既に盗まれたデータでなにができるかを調べないといけないよと、矢田家を説得したのである。月ちゃんが敵の転生者を灰にしたので、なにが盗まれているかわからなかったが、恐らくは丸ごと盗まれたと思われたためだ。
イアンさんは渋い顔をしていたが、渋々とだけど了承してくれた。データを解析する時に白騎士さんも妨害に来なかったこともある。その代わりにサリーちゃんが横でうさちゃん人形をもふもふしながらいたけどね。うさちゃん人形はヨミちゃんがプレゼントしたんだよ。
それにアタミファクトリーが完全に稼働したことも理由の一つだ。捕縛された九郎君が司法取引とかいうやつで、セキュリティのパスワードや管理者権限の変更の仕方を教えてくれたらしい。
ブラックボックス化されている兵器工場部分は触れることはできなかったが、それでも大部分の工場を操作できるようになったために、何を作るか大変なくらいらしい。
とりあえず、今までよりも強力な結界柱を作る予定だとか。マナタイトをご購入するなら那月ファンドにご一報お願いします。
「にっしっし〜。結局鏡花さんの居場所は今のところわかってないね〜。どこに消えたんだか」
「全国指名手配にされたけど、あの人の能力なら魔物が棲息している地域でも隠れることができるだろうしね」
今回の事件で唯一逃げ切ったちょこちゃんが後ろの席から身を乗り出すとニマニマ笑う。魔物を操っている証拠がなかったのだ。ちゃっかりしているよ、まったく。重川さんや九郎さんや飴玉さんは収監されたのにね。
この間の事件から月ちゃんが表に出てこないので、飴玉は解除できません。
鏡花さんは精神魔法で操られて逃亡中ということになっている。天照家は鏡花を切り捨てるのは勿体ないと考えたのだろう。まぁ、今は『次元動力炉』のデータも持っているしね。貴族らしい狡猾な考えだ。
「すぐにでも、天照家の『次元動力炉』を狙ってくると思ったけど、まったく動きがないよね。なんでだろ」
「あそこは難攻不落の要塞みたいだし、誰も鍵を使わずに解錠できたことはないから諦めたんじゃないかな?」
ちょこちゃんはお気楽に言うが、諦めることはないと思う。鏡花さんの身体を乗っ取ったのは恐らくは、いや、絶対にあの男だ。
サイバネテックヒラサカの伊崎。
たぶん多元世界のマナを独り占めしようとする男。目的はわからないけど、まぁ、ろくでもないことに違いない。
バスがブルルンと出発して、流れていく窓の外の光景をぼんやりと見ながら考える。
恐らくは伊崎はこの世界のシステムのことをどうやってか知ったのだ。他の世界の支配者と同じくマナを盗まれたことに気づいたのだ。
問題は奪われたマナを取り返そうとする他の支配者たちとは違い、全てを横取りしようと考えたところ。この世界の支配者は奪い取ったマナを活用することはなく放置状態のようだし、チャンスだと考えたのだろう。
だが、支配者は他の世界に介入できない。するには魔溜まりを作って細々とマナを汲み取るだけ。それは伊崎の目的達成には程遠い。
ならばどうするか? どうやるか? そこで思いついたのが転生者を送り込むことだ。恐らくは魔法で魂を縛った者たちをこの世界に送りこもうとした。
ただ世界は無数にあり、狙った世界に転生させることは難しい。それに無能な人間を送り込んでも成功する可能性は低い。
有能でいて、数も揃えることができるのが、ゲーマーたちだったのだろう。人を集めても怪しまれないようにすることも理由の一つだったに違いない。
そして何人かがこの世界に転生することに成功した。それから伊崎の指示を無意識に叶えるべく行動を開始した。だいたいの流れはあっていると思う。
伊崎の予定では、転生者たちは一つのエンディングを目指して、共に手を取り合い行動をしていたはず。そして、伊崎の世界と通路を開ければ、皆は鏡花みたいに人形のように操られていたのかも。
伊崎は幾ばくかの力を渡していたのだろう。皆は凄腕の魔法使いとして存在していた。ウィルス入りの強力なジョブをインストールして、ゾンビボットのように動くわけだ。
ヨミちゃんもブラッディパペッティアを選んでいたら同じことになっていたのかも。最初にあの最強ジョブを選ばなかったから、一番想定外の行動をとることになった。ヨミちゃんは先見の明があって偉いということだよね。
「ここまでは良い。良くないけど良いことにする。でも、変なんだよね………」
ため息を吐き、窓にコツンと顔をつける。ここまでは推測できる。
でも、他に色々と介入されているようなんだ。エンディングを目指せというのに、ヨミちゃんには具体的な指示は来なかった。完全に指示が伝わったのは鏡花さんだけで、他の人々は不完全な指示だったらしいし。
誰かがおかしいと考えたのだろう。伊崎の目的は世界平和とか、元の世界に戻すなんてことではないと。
まぁ、胡散臭い奴だったし、よくよく考えれば怪しさ爆発だ。でもそれに対抗できる力がなくてはならない。
伊崎の転生魔法に対抗して、こっそりと裏で動く人。そんなことができるゲーマー。最後の最後で盤上をひっくり返し、笑いながら勝ちを持っていく極悪人だ。
そんなことができる人は、ヨミちゃんには一人しか思いつかないよ。
即ち、那月ヨミその人である。私のことだ。でも、私はそんなことを考えたこともないし、転生する前も思いつかなかった。変だよね?
『あーあー、こちらヨミちゃん。月ちゃんどーぞー?』
『この通話相手は電源が入っていないか、お昼寝中だと思われます、オーバー』
月ちゃんへと思念を送るが繋がらない。なにか知っていると思うのになぁ。絶対に隠し事をしてるよ、ちくせう。
まぁ、とりあえずは自宅に帰ったら、『蒼き世界』に移動しよう。伊崎に対抗できる装備を用意しないといけないしね。
人形遣いの真骨頂は数で押し勝つことなのだ。新たなる技術を手に入れたヨミちゃんなら今までよりも強い新機軸の人形が作れるはず。
「あぁ、学校かぁ。夏休みも終わりだけど、ヨミちゃんは夏休みの宿題終わった?」
「うん、うさちゃんたちがやってくれたよ」
「ええっ! 夏休みの宿題持ってきてたの!?」
「ううん、来る前に終えておいたよ。こんなこともあろーかとね」
慌てることのない準備万端なマルチタスクのヨミちゃんなのだ。お昼寝しながらうさちゃんたちに宿題をさせることなど朝飯前なのである。
「まずいよ、ちょこちゃんは宿題やってきた?」
「ウゲゲッ、事件に巻き込まれてたからやってませんでしたって先生には答える予定だった! でも、ヨミっちが終えていると、あたしたちはその理由が使えない!」
「同じく! 帰ったら急いでやらないと! よみえもん、夏休みの宿題を終わらせる方法考えて〜」
瑪瑙ちゃんとちょこちゃんが生徒らしい騒ぎを起こして、ワイワイと焦っているのを見てクスリと笑ってしまう。
こういう光景こそ、平和と言うんだろうなぁ。
「よみえもん、夏休みの宿題を終わらせる方法考えて〜」
「簡単だよ。同じクラスの生徒たちにそれぞれ少しずつやってもらえるようにお願いするの。そうしたら一日で終わるよ」
「さすが! それじゃ、それでいこう!」
やったぁと、二人が手を握って喜び跳ねるが、それぞれ文字が違うのですぐバレて、先生たちの買収に走るのは少しあとの話である。
◇
『『狙われたテクノロジー』をクリアしました』
『マナを1200取得しました』
『体力が3上がった』
『器用度が101上がった』
『魔力が205上がった』
『報酬としてカルマポイント10000手に入れた』
『報酬として3文手に入れた』
今回の報酬は高いけど、お金はしょぼかった。
◇
少し前のお話───。
「3つの試練ってなんなの?」
「3種類の飲み物を飲んで、なにがどんな味かわからないといけないのです。サイダー、オレンジジュース、お水でした」
「2つ目は?」
「3種類の豆腐を食べて、なにがどんな味かわからないといけないのです。焼き豆腐、絹ごし豆腐、木綿豆腐でした。結構難しかったのです」
「最後は?」
「初代と精神年齢が同じことなのです。白騎士はとっても高潔で大人な精神だったのですよ。選ばれた人は騎士に相応しい精神なのです」
もふもふうさちゃん人形に埋もれながら、ナイショだよと教えてくれた。




