115話 後始末にて
鏡花は何者かに支配されたようで、いきなり強くなると逃げた。逃げられちゃった。そしてデータはいつの間にか吸い取られていたらしい。
まぁ、それよりも大変なことがあるんだけど。
「みーんみーんですの。死んだふりですの」
どうしよう、月ちゃんがアホさ全開にしています。ヨミちゃんでもツッコミしきれないよ?
「いや、白騎士のことを支配者とか言ってましたの。今のこの世界の支配者には到底敵いませんので、切り札ですの!」
それ切り札じゃないよ。死に札だよ、月ちゃん。いや、気持ちはわかるけどね。
床に倒れて、みーんみーんと鳴いている銀髪幼女は可愛らしい。けどアホにしか見えないよ。
でも、戸惑う白騎士さんも大概だ。楽しそうだなぁと羨ましそうな表情になっています。中身が幼女だから仕方ないけど、それどころじゃないと思うんだけど?
「サリー! どーこー?」
「あ、まずいです」
『次元転移』
遠くからリーナちゃんの声が聞こえてくると、白騎士さんは顔をしかめて、かききえた。どうやら転移した模様。
そして、すぐに扉からリーナちゃんが姿を──ぴょこんとサリーちゃんが姿を現した。
トテテと月ちゃんの隣に歩いてくると、うんせと床に寝っ転がって亀のように丸くなる。
「みーんみーんなのです。みーんみーんなのです。罠に引っかかったけど、なんとか逃げて合流できたのです」
「妾も、あ、活動限界時間ですの」
アホが二人に増えちゃった。やっぱりサリーちゃんもやりたかったのね。そして、証拠隠滅とここで月ちゃんはヨミちゃんにバトンタッチしてきた!
こんなところでバトンタッチしないでほしいんだけど。くっ、代わりにやるしかないかな。
「みーんみーん、ヨミちゃんも人質からたった今解放されました」
銀髪から元の青色に髪の毛を戻して、死んだふり続行です。意外と楽しいかも。
「みーんみーん」
「みーんみーん」
これなら誤魔化せるかもと、希望を持つ幼女セミ二人である。
「ちょっとそこのアホバカ二人っ! い、一体全体なにが起こっているわけ? ハヤテはどこに、いや、鏡花はどこにいったの? なんで急にあんなふうになったわけ?」
青筋を額に浮かべ声を荒げて質問してくる人が一名。そういや、いたわ。生き残りの重川さん。
でも、立場をすっかり忘れてない?
「ギャー! 私の妹が殺されそうに!」
「きゃー! 私の妹が殺されそうに!」
ハモった声が響き、重川さんは頭から床に叩きつけられた。もちろん叩きつけたのは、リーナちゃんだ。後ろから息せききって瑪瑙ちゃんもやってきた。ちょこちゃんも一緒だ。
そして、どやどやと兵士たちも入ってきた。完全武装でやってきたのは矢田家の軍である。その先頭にはイアンさんとクリフさんがいた。
「し、しまった! あまりにもアホバカな二人だから油断したわ」
アホな叫びをあげる重川さんの頭を掴んで、床に押し付けているリーナちゃんがにやりと般若のように笑みを作る。ゾッとする怒りの空気を纏っているので、死んだふりの二人は目と目を合わせると、コロンコロンと転がってその場を離れようとしちゃう。
「駄目だよ、ヨミちゃん! 危ういところだったんだからね! 怪我はない? どこも痛くない?」
心配げにペタペタと体を触る瑪瑙ちゃん。心配かけちゃったみたいでごめんね。
「ううん、大丈夫。元気だよ。人質をとっていた軍人さんたちは力のまほーつかいが倒してくれたんだ」
「力の魔法使い?」
「うん、この世界の天秤を常に一定に保つ定めを背負う悲しいまほーつかいなんだって」
かっこよかったよと、ふんすと答えるとなぜか半眼になる瑪瑙ちゃん。とりあえずそっぽを向いて口笛を吹いておこうかな。
「ふーん、まぁ、そーゆー事にしておくよ。で、犯人は重川さんたち?」
矢田家の兵士たちがロープでぐるぐる巻きにされた頬が風船のように腫れた男を連れてくる。我者九郎君だ。どうやら白騎士に負けて捕縛された模様。それと飴玉も。飴玉は助けてくれと叫んでいたから捕まった模様。
ムクリと起き上がると頷いてみせる。
「よくわからないんだけど、鏡花さんが主犯みたいだったよ。………でも、誰かに操られていたみたい」
鏡花の行動は明らかに変だった。途中から豹変するなんて、誰かに操られていたのは間違いない。というかエンディングを目指していたというと………。
もしかしなくても、前の世界関係だ。マナを他の世界に送り込むなんて、この世界は平和になるかもだけど、無数の世界のマナを全部受け取った世界はどうなるのかな。いや、そのマナを手に入れようと考える者がいたのだろう。
迂闊でした。ヨミちゃんは深く考えなかった。世界を救ってくださいとお願いをしてくる相手が本当にそんなことを考えているなんて、可能性としては極めて低いのに。
そもそも胡散臭い笑みの男だったんだ。警戒はしていたのに、世界を救うエンディングに対して、まったく疑問に思わなかったよ。失敗したのでヨミちゃん反省。
「そう! 操られていたの。私達は操られていた鏡花に騙されていたのよっ!」
「だとしても、犯罪に加担した罪は消えぬ。裁判を待つんだな」
重川さんがギャーギャーと叫ぶが、腕組みをしたイアンさんが厳しい顔で告げる。
「うぅ、……ハヤテなら大丈夫だと思ってたのに。操られているなんて思わなかったの〜」
シクシクと泣き始める重川さん。ありゃりゃ、ハヤテだと思って一緒に行動をしていたのか。とするとあの人の口振りから推測するにオペ子さんだね。
いつも組んでたから、ハヤテのやることに間違いはないと思ってたのか。中身はルシファー君だと思うけどなぁ。
そもそもハヤテは────。
クラリと頭が揺れて、視界が一瞬暗くなる。
そんなくだらないことを考えている暇はない。それよりもこの後のことを考えないとね。
あっちではリーナちゃんがおめめをキラキラと輝かせてる。
「サリー、さっきのかっこいい姿はどうしたの?」
「うう、私はずっと敵に捕まっていたと思うのです。強くてかっこいい美人さんな白騎士とかいう人が助けてくれたのです。リーナおねぇちゃん本当なのですよ」
うるうると上目遣いのサリーちゃん。本当なんだよとわかりやすい嘘をつく。
「そうだったの! サリーが言うなら本当なのね! あの白騎士は別人だった!」
あっさりと騙されてくれるリーナちゃんは、サリーちゃんを強く抱きしめて頬擦りをする。なるほどね、これならいくらでも騙されるはずだよ。
「白騎士は遥か過去からこの地を守る戦士だよ、リーナ。歴史の勉強サボっているから、わからないんだよ」
「そういえば、先生がそんなことをいってた気がするけど、雑談かなぁって聞き逃したわね」
クリフさんが苦笑混じりに、抱き合う二人へと近づく。そっか、白騎士は代々引き継がれているのね。
「白騎士の正体は秘密だ。代々、3つの試練をこなしたものがなると言われておる」
「白騎士の正体は昔から不明なんだよ。見たことがない指輪を急にサリーが嵌めていたり、夜中にサリーが抜け出したり、凶悪な魔物がいきなり死んでも、その正体は不明なんだ」
そーゆーことになっているらしい。代々見てみぬふりをしていたのね。というか試練までわかってるのか。バレバレじゃん!
「そう、誰が引き継いだのかしら? そんな面白いことは私が引き継いだのに」
本心から言っている様子の悔しそうなリーナちゃん。本当に記憶からさっきの白騎士のことを抹消したらしい。脳の構造どうなっているの?
「それはおいておいて、鏡花さんを操っているのが誰かはわからないけど、とっても危険なことを考えていたみたいです! 早く対応しなきゃ!」
おててをあげて、イアンさんに忠告する。早く行動をしないとまずいだろう。
あの男、確実に次元の通路を塞ぐつもりだ。でも、どうやってだろう? 大規模な儀式魔法でも使うのかな? うーん、大変そうだ。現実的じゃない。
とすると、聞く相手は一人だ。
「重川さん、世界を救う作戦って、一体全体どうやるつもりだったの? 世界を封鎖するのは簡単じゃないはずだよ」
「むぅ……司法取引なら乗るわよ。私は無罪放免でよろしく」
「こら、都合の良いことを言うんじゃない!」
クリフさんが重川さんを睨みつけるが、気にすることなく、話を続ける重川さん。
「これもまた生きる道よ。どう? なんだか世界のピンチの予感がしますよ?」
「……ハッタリだとは思えぬか………」
辺りを見て、苦々しい顔になるイアンさん。辺りにはルナティックタンクの残骸が無残に転がっており、火を吹いている。
矢田家の当主であれば、ルナティックタンクの恐るべき性能も知っていたのだろう。それが破壊されているので、敵の力が危険なものだと判断できたはずだ。
状況からして、ルナティックタンクを破壊しながら鏡花たちはここに来たのだ。まさかどこかの幼女に操られていたなんてことはないからね?
「そうそう。なら司法取引しかないと思いますよ? そうしないと世界が危険に!」
セールスマンのように言い募る重川さんに、小さく嘆息するとイアンさんは頷く。
「わかった。言ってみよ。内容によっては情状酌量もある」
「えーと、それじゃ話すけど、新しい『次元動力炉』を作成するはずだったの。その力を使い、魔溜まりを塞ぐつもりだったのよ」
一番手堅い方法を口にする重川さんだけど、意味するところがわかっているのかな? 新しい『次元動力炉』を作るとなると、またどこかの世界と接続しなくちゃいけないんだよ。
「不可能だ。もはやこの動力炉を作る素材も技術者もいないのだ。データを抜き取っても、データだけではすぐには作れぬ」
「そんなわけっ! だって鏡花はできると……ぇぇえ騙されていた?」
「でも、そうなると方法は一つだね、おじさん。他の地にある『次元動力炉』を使うしかない」
ヨミちゃんもお話に加わると、眉根を顰めるイアンさん。
「あの地の『次元動力炉』は触れることは不可能だ。なにしろ強力な障壁があり、各家門の承認が必要だからな」
「それってどこのことですか?」
だいたい不可能だと言われていることって可能なんだよね。
「天照区の学園地下に設置されている日本全域のトラムを維持している『次元動力炉』。それが国で一番の動力炉だ」
どうやら、防衛をする必要がありそうだ。でも、皆は言うことを聞いてくれるかなぁ。




