114話 炉心にて
「敵の防衛システムが次元魔法であるのは幸運でした」
月ちゃんがうふふふふと笑いながら、目の前に展開している障壁を見ていた。透明度の高い水晶のような壁が目の前の施設を覆うように展開していた。
たぶん炉心がある施設だ。建物に炉心なので、関係者以外立入禁止って書いてある看板がついてるし。
「こんな障壁は妾の前にはなんの意味もありませんの。チョチョイのチョーイですわ」
一本の魔糸を繰り出すと、ペトリと水晶の障壁にくっつけて、ニコリと微笑む。
『完全魔法操作』
その一言で、障壁が空気に溶けるように消えていく。クラッキングしたのだろう。正常に停止するので砕けたり、爆発したりすることもなく静かなものだ。
『月ちゃんのスキルってチートだよねぇ』
「ふふ、昔から妾のとっておきの切り札として重宝してますの」
パチリとウィンクしてフフフと悪戯そうに嗤う月ちゃんである。確かに重宝するよ。ヨミちゃんのスキルよりも便利じゃん。
「な、何者だっ! ここで何をしている!? どうやって」
羨ましくて月ちゃんの被る兜をペチペチ叩いていると、帰ったはずの生徒たちがばたばたと施設から駆け出してきて───。
熱線により、一瞬の内に灰へと変わっていった。まったく容赦ない悪役令嬢である。罪悪感どころか、可笑しそうにケラケラと笑っていたりもしています。
生徒たちだから、少し手加減してあげたらと、ヨミちゃんは少し哀れに思ったりするけど───。
「彼らは転生者だから死んでも大丈夫ですの」
「転生者? よく転生者だってわかったね。というか、転生者だと死んでも大丈夫???」
意味がわからない。ロードやコンテニューなんかあったっけ?
コテリと小首を傾げちゃうヨミちゃんに、うふふと妖しげに月ちゃんは微笑む。
「乙女の秘密というやつです。それよりもどうやら間に合ったようですわね」
ガシャガシャと天井や壁面、通路をルナティックタンクが通路を埋め尽くして進む中で、あっさりと炉心に辿り着いた。隔壁が何枚かあったが、開いており押し留める物がなかったことも理由の一つだ。
見ると、巨大なドーム状の炉心があり、その手前で何人かの生徒たちがいた。真剣な顔で天照鏡花が白金の剣を手にしており、その横で暗い表情で杖を持っている重川がいる。そして、隅で端末を焦った顔で操る数人の生徒たち。
「よくこ」
「撃ってくださいませ」
やっぱり容赦なく、月ちゃんは攻撃するようにルナティックタンクへと命令を出す。狙いは鏡花たちではなく、端末を操作する生徒たちだ。
「ひ」
まさか自分が狙われるとは思っていなかったのだろう。抵抗することもできずに灰へと変わる生徒たち。
閉鎖空間で熱線が放たれたことにより空気が熱せられて、空間が歪む。
「見てくださいませ。建物には熱線の効果がまったく通じておりませんの」
『端末とか溶けるどころか、熱も持ってないもんね。どうなってるんだろ?』
敵は灰となるが、建物は傷一つないことには気づいてたよ。たぶんなにか見えないフィールドが働いているんだろうけど、嬉しそうだね?
「思い切り殺れという言葉ですわ」
『物騒すぎる考え!』
やれという言葉が殺意満々だよ!
ヨミちゃんのツッコミを気にすることなく、月ちゃんは動力炉ごと吹き飛ばす勢いで攻撃をする。
「何者かはわからないが、むちゃくちゃだね、君は!」
「しゃあない。倒すわよっ!」
無数の熱線を受けても抵抗できたのは二人。鏡花と重川だ。鏡花は光のヴェールに覆われて熱線を防ぎ、重川は重力を捻じ曲げているのか、熱線をあらぬ方向にそらしていた。
『超重力』
重川が腰に下げたワンドを振るうと、ルナティックタンク全機に超重力が発生して機体を押し潰そうとしてくる。
『天翔剣』
鏡花が飛び出すと、煌めくような美しい剣の振りを魅せる。剣身が閃光を奔らせると、衝撃波が発生し、ルナティックタンクの機体を通過していき、壁に亀裂を作る。
「なにっ!」
だが、通過なのだ。透過していったのだ。その機体は透明であるかのように通り過ぎて傷一つなく、超重力に押し潰されることもない。
そりゃそうだ。次元の狭間に隠れているのだからダメージは一切与えられない。
「そ、その戦車、ここの防衛兵器でしょっ! そんなに強かったわけ!? 時間稼ぎのやられ役的兵器じゃなかったわけ!」
「説明書を見ないでゲームを始めるのはお勧めしませんわ。妾がナイトメアモードのチュートリアルをして差し上げます」
目を剥く重川にケラケラと笑いながら、月ちゃんは糸を繰る。
「さぁ、人形遣いの力をご覧あれ!」
ババッと大きく両手を振って、ダイナミックなアクションでルナティックタンクを操っていく。その姿は幼女なれど、悪魔の如し。アハハと笑いながら殲滅しようとする。
「くっ、俺たちにはその程度の攻撃は通じないっ」
鏡花が焦った顔で光のヴェールを展開する。重川も同様に重力障壁にて熱線を防ぐが、ルナティックタンクを攻略できる手段が思いつかないのだろう。苦々しい表情だ。
「アハハアハハアハハ、ルナティックアタック! 電撃ピリビリ〜」
もはや調子にのって、月ちゃんは暴走モードだ。ぺしぺしとルナティックタンクを叩いて、鏡花たちを倒すまで止まる気はない。
「あのエンジンも破壊ですの。ついでに破壊して、全ての技術は闇の中に消すのですの!」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ、待てよ、この技術は世界を救うんだ! わかるか? 世界を救うんだよ!」
熱線が炉心を駆け巡り、人が生きていけないレベルの暑さへと変わってゆく。アチアチで目玉焼きが焼けそうな室温だ。身体強化をしても暑くなってきたよ?
というか、焦って素が出ているのか、言葉遣いが男みたいだな。鏡花ってもしかして………?
なんか強敵だと思ってたけど、月にとってはこの世界の人は相手にならない様子。でも、あんまりしつこく叫ぶし、こっちも攻撃が通じないので、月ちゃんは諦めておててを下ろすとジト目を向ける。
「それは御雷とかいうのに聞きましたの。次元の穴を塞いで、魔溜まりを封印するんでしょう?」
「くっ、御雷はバラしたのかよ。でも、そのとおりだ。俺たちは英雄になるんだよ。ほら、魔溜まりが消失すれば、魔物は現れなくなる。世界は平和に……はならないとは思うけど、今よりもずっと楽になるんだ! 歴史に載る英雄になれるんだ、良い話じゃないか?」
なんか男言葉と宝塚的な気障な言葉を言う鏡花。重川はコクコクと頷き、正義のためだとその目が語っている。
英雄、英雄って、主人公的な行動が好きそうだなぁ。………元の世界の友だちを思い出すよ。
『ルシファー君みたいな人だなぁ』
「ルシファー?」
『いつも主人公的な行動をとろうとして、自爆する人。結構面白いお友達だったの』
「あぁ、そういえばそんなカモがいましたわね。あの言葉遣いに転生者……。仕方ありませんの。話を聞いてみますか」
ヨミちゃんの言葉に嘆息する月ちゃん。なんか意見が違うようだけど、たしかに敵からするとカモだったかもなぁ。
「魔溜まりを封印するために、暴動とかを起こす必要はなかったと思いますが?」
以前の騒ぎを思い出し、冷たい視線で月ちゃんが尋ねる。兜を被っているから相手にはわからないんだけど。
しかし、そこをつくと鏡花たちは気まずそうに目を逸らす。高天ヶ原派と関係ない話だと惚ければ良いのに素直な反応だこと。
「魔物がいなくなったら、魔法使いたちのための選民思想を描く者たちが積極的に活動するかもしれないだろう? あれは大切なことだったんだ」
「では、バスを襲撃して生徒たちを殺そうとしたのは? あれも大切なことでしたの?」
月ちゃんの詰問に苦々しい顔になる鏡花たち。黙して語らずというけど、丸わかりだ。
「ゲームではないのです。悪事にて犠牲を伴うなら、偽善を前に出さないでくださいませ。ようは貴方たちは救世主となって、ちやほやされたかっただけなのでしょう?」
「違うっ! 俺たちは人類を救うためにこの世界に転生したんだ。『良きエンディングを目指す』んだ!」
月ちゃんの言葉を否定して、怒鳴り返す鏡花。でも良きエンディング? どこかで聞いたことがあるね?
真剣な顔になる月ちゃんが、ゆっくりとした口調で問い返す。
「良きエンディング? それはどなたから押し付けられた思想でしょう? そして、本当に魔溜まりを塞ぐだけで終えるつもりでしたか? この世界に満ちるマナはどうするおつもりでしたか?」
この世界には他の世界から汲み出した膨大なマナが溜まっている。このまま塞いでも大丈夫なのか?
だが、鏡花は瞳を虚ろに変えると、呟くように答えてくる。身体が傾いで明らかに様子が変だ。
「………マナが溜まるとその世界には悪影響が出る。だから一つだけ世界との繋がりを保ったままで、その世界にマナを送り込む。そうしてこの世界のマナだけを残して終えるんだ。それがトゥルーエンディング。誰もが幸せになるルートなんだ………」
「はっ、そんなことだろうと思ってましたわ。そんなことにはさせられないので、残念ですが死んでくださいませ」
鼻で嘲笑うと、魔糸を月ちゃんは繰り出す。鏡花たちが張り続ける障壁をクラッキングして消失させるつもりだ。敵には相変わらず容赦なさすぎだ。
「生かして差し上げようと思ってましたが、予想外になっている様子。ここでゲームオーバーになってくださいませ」
熱線を防ぐ障壁が消されれば、鏡花たちはおしまいだ。光のヴェールに魔糸が接続されると、クラッキングを開始する。
光のヴェールが明滅すると、あっさりと消失する。
そうして熱線の雨に晒されて、鏡花は灰とな───。
『天照鏡花のプレイヤーが変更されました』
見たことのないログが表示された。
「それは困ります。えぇ、とっても困ります」
俯く鏡花が白金の剣を振るう。たった一振りであるのに、衝撃波は扇状に広がり、熱線を捻じ曲げてかき消してしまう。
それどころか、次元の狭間に隠れているはずのルナティックタンクをも衝撃波により破壊していってしまう。
「むむ!」
月ちゃんが叫ぶと、腕を前にして衝撃波を防ごうとするが、鎧は砕けて吹き飛んでしまう。
「この力は……?」
「あぁ、今はこの程度ですね。もうマナが尽きてしまった」
先程のクールな美少女ではなく、胡散臭い笑みを浮かべる鏡花が剣をつまらなそうに鞘にしまっていた。
「良かった。なぜか皆さんと連絡がとれなかったから困っていたんですよ。どうやら無事に『次元動力炉』の側まで来れましたか。通路を確保できたので、これで一体はなんとか操れます」
飄々とした口調で鏡花は嗤うと小馬鹿にしたように頭を下げる。
「どうやら妨害者がいたようですね。どこかの誰かさんが皆を守っていましたね? 迂闊でした。本物の魔法使いだとわかっても良かったのにね。ですが、これって恩知らずと言っても良いのか迷います」
「やっぱり身体を操れるウィルスを用意してましたか。恐らくは最初のジョブ決定ですわね? ジョブに仕込んでたでしょう?」
「理解が早すぎるのも困りものです。貴方は誘わなければ良かった──むっ!?」
月ちゃんと鏡花が睨み合う。が、鏡花が僅かに驚きの顔となると──。
「シッ」
突然月ちゃんの横合いからエルフさんが飛び出してきた。鏡花へと肉薄してレイピアを突き出す。どうやら白騎士さんが追いついてきた模様。
だが、レイピアの一撃は白金の剣に防がれて、爆発するように衝撃波が広がり突風が巻き起こる。
「おっと長話は二流の証。この世界の支配者も現れたとなれば、今の私では負けてしまいます。既にデータは頂きました。なのでさようなら」
『転移』
薄笑いを浮かべて、鏡花の姿がかききえる。
「逃しましたか」
白騎士さんが舌打ちするとレイピアをこちらに向けて殺気を向けてきて──。
まずいと焦っちゃう。状況が変化しすぎてついていけないよ?
「切り札を使いますの!」
強く呟くと月ちゃんはパタリと倒れた。虚をつかれた白騎士さんは不思議そうに近づいてくる。
「それはなんのつもりですか?」
「死んだふりですの! 私の友だちがピンチの時は死んだふりをすれば良いと言ってました!」
「それ、お友達に騙されてますよ」
月ちゃんは切り札のカードを切った模様。切らないほうが良い切り札である。そのお友達とは付き合いを考えたほうが良いよ。
はぁ〜、と深くため息をつくとやる気がなくなったのか、白騎士さんは殺意は無くなり、どうやら今回のヨミちゃんのミッションは失敗した模様である。




