112話 目的にて
敵は強敵だ。強敵である理由は簡単だ、なぜならば、多脚戦車ルナティックタンクと互角に戦っているからである。
ルナティックタンク、次元の狭間に存在を隠し、敵が感知するには同じスキルや魔法を使わなければできない古代の戦車だ。
ルナティックタンク、月ちゃんが名付けました。戦車の名前はわからないので、適当に名付けたのだ。なかなかのセンスだと思います。名付けに困ったときにはルナティックと名付ければかっこいいと考えている可能性も微レ存。
ルナティックって、なんとなく響きが良いもんね。わかるわかる。狂いし月がルナティックなんだよね。満月にはわんわんって、叫びたくなる響きだよ。
「よく逃げれますの。あの方、光の速さで行動してますわね」
『まぁ、あの人は御雷君だろうからね。雷の速さで逃げることができるんでしょ』
そんな月は容赦のない攻撃をルナティックタンクに指示しながら、敵の素早さに感心していた。まぁ、普通に考えて、あの男は御雷君だろうが、雷を得意とするだけあって回避能力はかなり高い。
ルナティックタンクの撃つ熱線は発射を視認した時には命中し、哀れ黒焦げになる威力なのに、驚くことに視認してから、身体を電撃に変換して御雷君は回避していた。
便利な技だ。雷に変形って、羨ましい。百台近いルナティックタンクの熱線が御雷君をライトアップさせるかのように空間を無数に切り裂き交差して、激しい攻撃をしていたが、それでも追いつけない。
「……妾は身体を霧や炎、雷に変化させる能力を見るたびに思うのですが、ああいうのって怖くないですか?」
『怖い? 便利じゃん。良いと思うけど?』
雷になる御雷君を見ながら、いやそーな顔で月が言ってくるので不思議に思いコテンと首を傾げる。あんな能力があれば欲しいんだけど?
でも、月はそうは思わなかったらしい。
「霧になっている最中に水をかけられたり、暴風で散り散りにされたら、身体ってどうなるんですの? 雷の身体に避雷針を当てたら、戻った時の体は?」
『うーん………霧に水をかけたら、元の身体に戻った時はスライムみたいに崩れてる? 雷だと吸収された分、元の体は欠損している可能性が………。やっぱりヨミちゃんには必要ないスキルかな。本体は亜空間に隠れていて、霧や雷はデコイなら問題はないけど』
「でしょう? そう考えると怖くて変化などできません。霧になる魔物と言えばヴァンパイアですが、あれは自己再生できるから怖くはないと思いますの」
霧から水になっちゃうと、溶けかけた身体になる敵、雷なら内臓とか無くて………? うひゃぁ、考えただけで背筋がムズムズして気持ち悪いや。そーゆー考えは駄目だと思います。
「では、どうなるか試してみましょう。てい」
月がパチリと指を鳴らすと、一台のルナティックタンクがバッタのようにジャンプして、雷が奔る軌道上に割って入る。
なるほどね、ルナティックタンクの金属製の胴体に雷を吸収させる作戦か。かなりエグいな。さすがは月。躊躇いと言うものがない。
予想通り、熱線を回避していた雷はルナティックタンクへとぶつかってしまう。機体の表面が放電し、雷変化が解けて、御雷君が悲鳴をあげる。
「アンギャー!」
雷が解けて、地面へと落下してバウンドしながら壁にぶつかった。かなり痛そう。
「な、なにが起こった? 何もないところに急に戦車が現れやがった!」
驚愕の表情で、ぶつかったルナティックタンクを見る御雷君。
そりゃ、見えないだろうね。だって次元の狭間に隠れていたもん。ヨミちゃんたち以外では感知は不可能だ。
そして、こちらの目的は達成した。雷変化がどういう魔法か理解できたぞ。
『小さな雷の核に身体は変化してるんだ。全体はただの雷なんだね』
「分かればたいしたトリックではありませんでしたの」
見えたよ。人間に戻る前に放電しても霧散しない核が一瞬垣間見えたのだ。なるほどね、あれならたとえ避雷針を当てられても痛いだけですむだろう。
「くっ、しょうがねぇ。手加減している様子はなさそうだな。全て倒させてもらうぜ」
両手にマナを集束させて、御雷君が膨大なエネルギーを内包する電撃を集めていく。
「危ないから逃げるのをおすすめするぜ! うへへ、今のって主人公ぽいセリフ!」
『雷神球』
両手を天に掲げると電撃にて魔法陣が描かれて、家を飲み込めそうな程に巨大な雷球が生み出される。
「これは俺の周囲全てに電撃を与える魔法だぁっ! ぼうがくの雷を思い知れっ!」
たぶん暴虐と言いたいのだろう雷神球がスパークして、周囲をなぎ倒すかのように電撃は奔っていく。オゾンだか、イオンだかわからないが、嫌な臭さを漂わせて電撃にて空間を焼いていく。
まぁ、逃げる必要ないんだけど。
ぼーっと、雷撃を見ていると雷は月の乗るルナティックタンクを回避して、他のルナティックタンクを薙ぎ払う。
だが、雷撃はルナティックタンクを透過してしまった。
「は? な、なにが? 僕の雷撃は光速だぞ! 回避なんかできないはずなのに!?」
よほど自信があったのだろう。口をポカンと開けて茫然とする御雷君。
「それは簡単ですの。今貴方が見ているルナティックタンクはこの世界に落とされた影。本体は次元の狭間にいますので、触れることは叶わずですの。ただ妾が操作しやすいように影を見せていたにすぎないのです」
「な、何じゃそりゃ? そんなラスボスとかが使う技だろっ! なんだよ、それっ!」
なんでもないようにサラリと答えを告げると、体を震わせて後退る御雷君。たしかにそういうのって、ボスキャラが使うよね。神様の影とかさ。基本物凄い強いんだ。
「はっ、そうか。攻撃する際に姿を現すんだろ! その隙を狙えば、狙えば……ね、ら、え、ば?」
ずらりと並ぶルナティックタンク。その数に顔を引きつらせる。数台だったら、その戦法もとれただろう。でも百台を前にしては蟷螂の斧。虚しい勇気を示すだけだ。
「では、現状がわかったところで、皆様撃ってくださいませ」
月の再びの命令にて、ルナティックタンクたちが熱線を撃ち始める。そして御雷君は慌てて雷へと身体を変化させると回避しようとする。
だが、小馬鹿にしたように月は鼻で嘲笑う。
「その魔法はたっぷり見せてもらいました。もう飽きましたよ」
今度はルナティックタンクではなく、月は魔糸を展開させる。蜘蛛の網のように細かな目で編まれた糸の結界が雷化した御雷君を阻む。
空中にバチバチと放電が奔り、核が垣間見えると素早く手を繰る。
「妾を殺そうとしなかったようですので、命だけは助けますわ」
『完全魔法操作』
核たる小さな雷球に糸が触れて、月はクラッキングをしてその魔法を奪い取る。放電が止み、人間の姿に戻るはずであった御雷君は小さな飴玉みたいな雷球のままであった。
「な、なんで戻らないんだっ! うぉぉ、戻れぇ!」
「ふふ。無駄ですわ。対魔法防衛魔法も付与されていない貴方のスカスカのセキュリティの魔法は奪わせてもらいました。もはや、妾の許可がなければ元には戻れません。これが身体を変化させる魔法の致命的に恐ろしいところです。通常なら奪われても、その魔法は捨てれば良いだけですが、身体を捨てるわけにはいきませんものね?」
クスクスと嗤って、絶叫する御雷君をからかう月。……なるほどね、勉強になったよ。霧とかにはたしかに怖くて変化できないや。
そうして、月は手のひらに飴玉サイズの雷球を乗せると、むふふと嗤い決め台詞を告げる。
「飴玉になっちゃえー。ビビビビ」
擬音も付けちゃう可愛らしい決め台詞だった。
「飴玉になったら、僕は勝てねーよ! 悪かった、僕の負けだ。完敗だ、降伏する!」
飴玉がどこから声を出しているかはわからないけど、降伏してくるので、手のひらの上でコロコロと転がして月は考え込む。
「では、貴方のお名前を聞いてよろしいですか?」
「クッ……僕の名前は御雷武だ」
「あら、意外に素直ですこと。では、ここに来た特典は?」
「え……? えーっと、世界を救って英雄になれると言われたから? それが特典だな」
「そんな特典でのこのことこんなところに来ましたの。貴方は詐欺に引っかかるタイプですわね」
本当は目的はと聞きたかったのに、特典と言い間違えた月は、頬をちょっぴり赤くして兜に隠れているから誤魔化せるとケロリとその話に乗っかった。
堂々としていれば、言い間違えではないと相手は勝手に考えてくれるのだの術である。ヨミちゃんは間違えた事に気づいたけどね。
というか、御雷君で良かったよ。これで全然違う人なら、どういうふうに誤魔化そうかなと思ってました。
「では、続いての質問です。どうやって世界を救うのでしょうか? もちろんその方法は知っているのですよね? 魔溜まりを消すとか先程は仰っていましたが方法は?」
「えーとだな……これ言っても良いのか? まぁ、この世界の人間には良いことだから別に隠す必要ないよな。ここにある『次元動力炉』の技術を手に入れて世界を蝕む魔溜まりを消す方法を考えるんだってよ。なんか魔溜まりって、他の世界と繋がっている亀裂じゃないかと言われてるんだ」
ホイホイと答える御雷君。
『次元動力炉』だと? そんな物が使われているのか………。
深刻そうに月が御雷君に聞こえないように思念を送ってくる。
「ヨミ、まずいですわ」
『だね。名前からしてまずいエンジンだ。たぶんマナを他の世界から組み上げてるエンジンなんだよ!』
「『次元動力炉』という機械の名前は初めて聞きました。たしかに稼働しているのならば止めることも容易いでしょう。そしてその技術を研究すれば、『繋』を断ち切る技術も開発できるかもしれません」
『この世界は平和になるかもだけど、他の世界は………』
「この世界に奪われたマナが残ったままでは、他の世界はマナが供給できなくなり、全ては凍結してしまいます。これは急がねばなりませんわ」
バッドエンド一直線だ。いや、この世界の人類にとってはハッピーエンドになるんだろう。……本当かなぁ? こういうのってだいたい弊害あるよね?
でも急がなくてはいけないことは間違いない。
「ぬおーっ! 隙ありだ! 早くもこの飴玉を操ることが可能になったぜぇ!」
雄叫びをあげる御雷君。驚いたことに飴玉が勝手にコロコロと転がり、手のひらから落ちていった。
僅かな時間で身体を操れるようになるとは驚きだよ。
「驚きました。驚きましたので、逃して差し上げます。ルナティックタンク前進ですわ!」
感心しきり、パチパチと拍手をすると月はエンジンへと急ぐことにした。
「へ? ちょっとタンマ! やっぱり逃げるの止めるから、ちょっと待ってくれ〜。ここに放置はやめてくれぇ〜」
逃げた勇敢なる飴玉が何かを叫んできたが、きっと感謝の言葉だろう。




