109話 ここは任せた先に行くにつき
ヨミちゃんピンチ。謎の軍人たちに人質にとられちゃった。
物を切るためではなく、人を切るために作られた分厚い刃が恐怖を呼び起こす軍用ナイフが首元に突きつけられて、今にも首をかき切られそうだ。
「ははん! 油断したな、貴様ら。すぐに戦闘を止めろ。おとなしくするんだな。そうしなければ、この少女がどうなるか……わかるだろう?」
迷彩服を着込んだ大柄の体格の軍人は醜悪なる歪んだ笑みを見せて脅してきた。その後ろには同じような服装に体格の四人の軍人。合わせて5人か。
「むむ、ヨミちゃんを離しなさいっ、離さないと酷い目にあうからねっ!」
「瑪瑙っち、ここはおとなしく言うことを聞こう。よみっちが殺されちゃうよ〜」
瑪瑙ちゃんが厳しい目で忠告してくる。ちょこちゃんが慌てて瑪瑙ちゃんを押さえようとするが、ガルルと子犬が威嚇するように軍人たちを睨んでおり、あまり効果はない。
というかだ。なんというか、気になることがあるんだけど。
「あの……あれだけド派手に戦闘をしていると、こっちの言葉は届かないよ? 結構離れているし」
すでに白騎士とリーナちゃんとガシャ髑髏の戦闘は激しく、轟音が響きお互いを倒すことしか目に入っていない。こっちの様子なんてまったく気にしていないよ?
「くっ、ボーン、戦闘をやめろ、人質をとったんだ! こちらの勝ちだ、こっちを見ろ、こら!」
怒鳴る軍人だが、人の怒鳴り声がミサイルが爆発するかのような轟音に勝てるわけがない。まったく声は届かないに決まっている。あ、白騎士がこちらをちらりと見た。だけど、すぐにガシャ髑髏へと向き直り戦闘を続けるので、介入する気はない模様。
ちょっと冷たくないかなとは思うけど、ガーディアンってこの地を守るためにいるから人質なんか気にしないのだろう。それがテンプレ、デフォルト、当たり前の設定だ。
「ちっ、こいつを連れてあの戦場まで移動するぞ。あいつらの視界に入るんだ」
舌打ちをして、ヨミちゃんを連れて行こうとする軍人だが、それは困る。
今いる場所を素早く観察して確認する。工場群が広がる地下施設、長方形の工場が立ち並ぶ中で、少し離れた場所が大きく段差ができている。段差というか、崖みたいに大きく地面が下がっており、その先にある一つのドームがやけに目立つ。他は同じような施設ばかりなのに、あれだけ変だ。
となれば、やることは一つ。
ガーディアンたる白騎士がガシャ髑髏と戦闘をしている間に、ドーム内に忍び込む。あからさまに変な施設だからね。
時間稼ぎよろしくと、ガシャ髑髏をラスボスみたいに内心でこっそりと応援しつつ、軍人へと向き直る。
「ヨミちゃんを人質にドーム内に潜入するなんて、なんて悪辣なの! 瑪瑙ちゃん、応援が来るまで安全なところにいてね」
プンスコ怒って正義に燃えるヨミちゃん。瑪瑙ちゃんが心配げな顔で躊躇うので、ウィンクでアイコンタクト。大丈夫、ヨミちゃんは目的を達するよ。この地下施設の動力炉を確認するよ。
たぶん瑪瑙ちゃんが心配しているのはそれではないと思うが、ヨミちゃんは勘違いした。
「はぁ? なにを言ってやがる。ドームに行くわけがないだろうが! 俺たちはここで時間稼ぎを、ぬぉぉぉ」
5人の軍人たちの身体がまるで引っ張られたように飛び上がる。もちろん、人質のヨミちゃんも一緒だ。
高空まで一気に飛び上がると、ヨミちゃんと軍人たちはドーム目掛けて一気に落ちていく。強風が頬を撫でて髪をバタバタと靡かせる。
『ふふ、既に亜音速に入っておりますものね。でも、なにかにぶつからないようにお気をつけくださいませ。『身代わり人形』スキルをヨミは持っていないのですから』
「了解。次はそのスキルを取得しないとね」
亜音速だと小石に当たるだけで、たとえ身体強化をして魔法付与されていない物には影響を受けないといっても、かなり痛いだろう。魔法付与された物だと死んじゃう怪我を負う可能性もある。
『魔法障壁』か『身代わり人形』スキルがないと障害物のない空中でしかこの速度は出せない。
亜音速での飛翔と降下、瑪瑙ちゃんやちょこちゃんがポカンと口を開けて驚いている姿があっという間に小粒になって遠くなる。
「ガグッ、ナ、ナニガ」
軍人たちもなにが起こったのかさっぱりわかっていないためにうめき声をあげて混乱していた。
まぁ、当然だろう。見えない糸が絡んでワイヤー移動しているとは夢にも思うまい。
「くっ、軍人さん、ドームに向かって何をするつもり!」
「ナニヲ、コレハ」
さっきまでの滑らかな会話はできなくなっており、片言になっている軍人がナイフを向けようとして、強風に煽られて失敗する。
『ヨミ、この者たちはあまり術者から離れられないようです』
「だね。戦闘はどうかはわからないけど、言葉は無理っぽい」
頭にしがみつく月ロイドが軍人たちを眺めて推察する。ヨミちゃんも同意だ。敵は近距離でないと繊細な操作はできないのかもしれない。
地面が近づいてきて、糸をドームに向けて発射すると飛ぶ軌道を変更する。地面ぎりぎりで垂直に向きを変えると、ヨミちゃんと愉快な軍人たちは地面すれすれで飛んでいく。
「こんなに高速で移動できるなんて、何者なのっ! 所属と目的、そして履歴書もください!」
「…………」
情報全部くださいなと、駄菓子屋でお菓子を買う無邪気な少女みたいにお願いをするヨミちゃんだが、軍人たちは反応することなく、その表情も先程の醜悪な下種の笑みどころか、能面のように無表情へと変わっており、リアクションを見せることはない。
なるほどね。やはりそういうことか。なら、遠慮することなく倒すことができる。
「軍人さんは魔物でしょ? なんの魔物かな? こっそりと教えてくれて良いんだよ?」
ヨミちゃんの言葉に、軍人はピクリと反応すると手を顔に添える。
「ワタシハナンノマモノダトオモウ?」
反応してきたね。たぶん魔物の本能的な行動なのだ。
「どんな魔物かな? ヨミちゃんはさっぱりわからないよ」
「ワタシハコウイウヤツダヨゥ」
するりと顔を撫でる軍人。その手が通ったあとにはなにもなかった。つるりと向けたゆで卵のように白い肌だけで、目も鼻も口もない。
「のっぺらぼう!」
「ソノトオリダ。コンナカオカァァ」
人型の魔物の中でも使いやすい魔物なんだろうね。純和風で面白いけど強いのかしらん。口もないのに声をあげるのっぺらぼうに、ニマリと笑ってみせると、スゥと息を吸う。
「助けてー、誰か助けて〜!」
天才的な演技を魅せるヨミちゃんである。やっぱり人質になったら、助けに来るヒーローがいるものなんだよね。
「チ」
下手くそな舌打ちをして、軍人はヨミちゃんを投げ捨てる。強く身体をひねり、見えない糸を引きちぎると地面に足を擦るようにつけて、軍用ナイフを横に構えてみせた。
ヨミちゃんはコロンコロンと転がって地面に着地した。ちょっと痛い。
のっぺらぼう、危険を感知する能力は高いのか。
「テキダ」
のっぺらぼうたちは見えない敵を切るようにナイフを振るう。鋭い振りで熟練の兵士を思わせる身のこなしだ。きっと鍛えているんだろうなぁ。人型魔物で自由に顔を変えられるのは使い勝手良さそうだし。
「だけど、破壊されてもらう!」
両手を広げて、糸を繰る。見えない糸の先端には手乗りサイズの小さな蜘蛛たちが接続されており、のっぺらぼうたちを襲う。
『グレネードスパイダー!』
蜘蛛たちの能力はというと簡単だ。マナタンクを背負った蜘蛛たちは自爆するのが攻撃手段だ。
床を蹴り宙を舞い、三次元的な行動でのっぺらぼうへと向かう。小さな蜘蛛が弾丸のような高速で肉薄するのを見て、のっぺらぼうは叩き落とす。
危険性を感知しているのだろうけど、ね。地面に落としても無駄なんだ。
「破裂せよ!」
『自爆』
地面に落ちた蜘蛛たちが爆発していく。爆発の威力は然程ではないが、生み出す煙は辺りを覆い、視界を埋め尽くす。
戸惑うのっぺらぼうたちに、どこからか機械音声が響く。
「人質は返してもらった」
「イツノマニ!」
少女の姿はどこにもなく、つるりとした顔にしわを寄せるのっぺらぼう。煙がユラリと揺れて、なにかが近づいてくるのを感じて、軍用ナイフを横薙ぎにする。
煙により視界が使えなくとも、そもそものっぺらぼうの器官は視力ではない。空気の揺れ、敵の気配、そしてマナを鋭敏に感知することがその身体でできるのだ。
前方からやってくる敵へと、タイミングを合わせて振られたナイフはその鋭き刃で敵を切り裂くはずであった。
だが、敵はナイフをかいくぐり、懐に一瞬で入ってくる。
「!」
動揺するのっぺらぼうの横を通り過ぎ、風が首に吹きかけられたと感じた時には、身体からずり落ちて、地面へとのっぺらぼうの首が落ちるのであった。
「Aガヤラレタ!」
「ユダンスルナ」
「セナカアワセニナルノダ」
のっぺらぼうたちは先頭の仲間が殺されたことに気づき、円形へと陣形を組み、身を守ろうとする。通常ならば間違ってはいない行動であった。
敵を感知する鋭敏なる器官と、一流のナイフ術を持つのっぺらぼうたちは、接近戦を仕掛けてくる敵にフォローしあい対抗できたであろう。
だが集まったことはマイナスに働く。
『月光斬モドキ』
光輪がのっぺらぼうたちの身体を通過して、軌跡をその胴体に刻む。
「アレ」
構えていた軍用ナイフがパキンと折れて、のっぺらぼうたちは身体を分断されて倒れ伏すのであった。
そうして煙が風に吹かれて消えていく中で、一人の人間だけが立っていた。
騎士の兜を被り面頬をおろしており、その顔はわからない。分厚い装甲で作られた重装鎧を着込み、自身よりも遥かに長い大剣を持つ者だ。
「妖魔たちよ、おとなしく元の世界に戻るが良い。この力のまほーつかいの力によってな」
肩当てに『力』と書いてあり、ちょっとダサいが気に入っているので謎のまほーつかいだ。
誰なのかはさっぱりわからない。アンデッドナイトの鎧を使って、グレーターリビングメイルを作ったまほーつかいかもしれないが、正体不明だ。
大剣が2メートル近くあって長すぎたよねと、背丈が1メートルちょっとの小柄な重装騎士はてこてことドームへと歩いていくのであった。




