108話 エルフにつき
謎のエルフ、白騎士。騎士というだけあって、清廉な空気を醸し出ており、その立ち姿は熟練の剣士を感じさせる。
どこからどう見ても幼女のサリーちゃんには似ていないのに、なぜかリーナちゃんはサリーちゃんだと確信しているようだった。
背格好はもちろんのこと、立ち姿から振る舞い、口調も全然違うんだけど? なんでわかるわけ? いつもの可愛らしくてドジな幼女とはまったくの別人だよ?
怪訝な表情になるヨミちゃんに、リーナちゃんは勢い込んで言ってくる。
「愛に決まってるでしょ! どんな姿になっても、あたしはサリーがわかるからね! 羊になっていてもわかるからね」
「同意するよ。私もヨミちゃんが全然違う格好になっても気づくもん! 蛙になっていてもわかるよ」
「だよね!」
ガシッと握手をして、二人で強く頷く。どうやらヨミちゃん側の味方はいない模様。たしかに瑪瑙ちゃんだと、ヨミちゃんが羊に変わっても気づきそうだ。
「白騎士たる私がいる限り、敵対的買収は許しませんので!」
白騎士はこちらの様子は無視をしてガシャ髑髏へと接近するべく地を蹴る。たった数歩で数十メートルの間合いを詰める速さを見せるが、ガシャ髑髏も対抗するべく後ろに飛ぶ。
巨体である懐に入られるのを嫌がったのだろうが、意外なことにただの大きなスケルトンだとばかり思われたのに、体重などないように素早い動きだ。瞬時に大きく間合いをとって、ガシャ髑髏は拳を大きく振り上げる。
「このガシャ髑髏はスピード重視だ。肉がない分速く、そして骨の硬度はダイアモンドのように硬い。受けてみなっ!」
せせら笑いをしながら、ガシャ髑髏は握りしめた拳におぞましい瘴気を集めていく。
「不死者の瘴気を食らいなっ!」
『呪怨拳』
接近してくる白騎士の速度にきっちりと合わせて瘴気の拳を振り下ろす。紫のオーラが後に残り、隕石落下のような速さと威力が白騎士へと向かう。
だが、白騎士は躱すこともせずに腰に下げたレイピアを引き抜く。純白の剣身を持つ芸術品のようなきらめきを持つレイピアを、振り下ろされる拳へ対抗するべく振り上げる。
「シッ」
軽く振ったように思われる動きであったが、レイピアが通り過ぎると衝撃波がかまいたちのように生み出されて、上空へと飛んでいく。
そうして、拳とぶつかり合い────ガシャ髑髏の骨の拳は爆発するように砕け散り、粉々となって宙を舞う。
「な、なあっ! ダイアモンドレベルの硬度なのにっ!」
「では、私のレイピアの方が硬いというところでしょうか」
砕け散り白い破片となって宙を舞う骨を横目に、白騎士は淡々と答えると、ガシャ髑髏の腕へと飛び乗り、走り抜けていく。
滑らかで湾曲している不安定な骨の上を、まるで平地を駆け抜けるような驚異のバランス感覚を見せて走る白騎士は合間にレイピアを振るい続け、一振りするごとに骨に亀裂が入り木片のように細かな破片となって散っていく。
白騎士が走り抜けていくあとには、砕かれて舞い散る骨の破片だけとなり、接近してくる白騎士を前にガシャ髑髏はカタカタと歯を鳴らす。
だが、それは恐怖のためのものではなく、不敵な笑みを意味する音であった。
「ふん、俺様の能力は単に巨大な骸骨になるだけじゃねえんだぜ? 見よ、ガシャ髑髏の真の力を!」
『目覚める群体』
ガシャ髑髏から瘴気が風のように周辺へと吹くと、驚くべきことが起きた。宙を舞う骨の破片ひとつひとつが膨れ上がり、それぞれがスケルトンへと変貌したのだ。
『不死王の軍装』
スケルトンたちの手に節くれた杖が召喚されて、その身に元は豪華であったろうボロボロのローブが現れる。その姿は、内包する魔力の大きさはただのスケルトンではない。魔物の中でも最強格であるエルダーリッチであった。
『飛行』
エルダーリッチたちは、浮遊魔法を使い空中でピタリと止まると杖を白騎士に向ける。
『連鎖稲妻』
「むっ!」
杖から極太の稲妻が放たれて白騎士に向かうと、白騎士はガシャ髑髏へと走るのを止めて、稲妻を避けるべく飛翔するが、本来ならば直線的にしか飛ばない稲妻が鎖のようにしなると、白騎士を追尾していった。
無数の稲妻が白騎士を囲み、その身を電撃にして焼き尽くそうとする。だが、白騎士の顔には恐怖どころか、動揺すらなく、面倒そうに軽くため息を吐くのみであった。
「あまり力を使いたくはなかったのですが」
『次元転移』
その姿が稲妻が命中する瞬間に歪むと姿を消す。そうして、躱されたために対象を失った稲妻の鎖たちが絡み合い爆発する中で、少し離れた工場の屋根へと白騎士は現れた。
その様子に怒りを纏わせて、ガシャ髑髏が怒鳴る。
「瞬間転移だと! 舐めやがって、手加減して俺様を倒す気だったな? 本当は一瞬で俺様に接近できたんだろうが!」
「そのとおりです。あまり疲れるようなことはしたくありませんでしたので。ですが予想と違う力をお持ちだった様子。見損ないました。あっさりと倒されてくれると期待しておりましたので」
肩をすくめて、淡々とつまらなそうに答える白騎士に、ガシャ髑髏はますますヒートアップして、ドシンドシンと地団駄を踏む。
「はんっ! なんだ、最強キャラのつもりか、この年増野郎。だが、そういう奴こそ簡単に倒されるんだよ。俺様みたいなやつになあっ。このガシャ髑髏はスケルトンの集合体。一つ一つの骨がスケルトン、いや、最強格のエルダーリッチ。ふはは砕いてもエルダーリッチを量産するだけだぜ」
砕かれて肘から先がない骨の腕をガシャ髑髏は持ち上げるとマナを這い巡らせていく。骨の腕は瘴気に覆われると再生していき、みるみるうちに元の姿へと戻ってしまう。
「見たか? みぃたぁかぁ、そぉしてぇぇぇ、このガシャ髑髏はマナを流せばすぐに修復できる。もちろんのこと砕けばエルダーリッチへと復元もされる。一個軍団をも倒す無敵の身体。そぉれぇがぁ、ガシャ髑髏よ! エルダーリッチも当たり前だが本来の不死王たる回復能力もあるし強大な魔法も操ることができる。たとえ一体でも倒すのは至難の業だっ! うひゃひゃひゃー!」
巨大なるスケルトンにして、エルダーリッチの集合体たるガシャ髑髏。そして最悪級の魔物不死王エルダーリッチたちが無数に創造されて、白騎士を囲む。
「圧倒的ではないか、俺様の軍は! 絶望しろ、恐怖しろ、そこの外野はさっさと尻尾を巻いて逃げるんだな。今なら追いかけないぜ! 絶対に追いかけないから逃げるんだな!」
ガシャ髑髏の余裕からのヨミちゃんたちへのやけに優しいセリフを聞いて、小首をコテリと傾げる白騎士。
「本当に圧倒的か試してみましょうか」
屋根の上でタタンと軽やかにステップを踏むと、レイピアをゆらりと揺らす。
『鏡像刺突』
ステップを踏む白騎士の姿が残像が重なり合うように生まれて、実体が朧になる。レイピアを突き出すと、細い糸のような光条となって剣撃が放たれていく。ゆらゆらと揺れて残像も同様に突きを繰り出し、光のシャワーのように空中を飛ぶ。
光条は空中を飛ぶエルダーリッチへと命中し、肋骨の先端、足の骨の付け根や、骨盤に一センチにも満たない穴を開けていき貫通していった。
「はっ、ははっ、その程度のしょぼい攻撃でエルダーリッチが倒されるとで、も………」
余裕の哄笑をあげようとするガシャ髑髏だが、その声が小さくなり、震えていく。
なぜならば、たいしたダメージを負っていないはずのエルダーリッチたちがボロボロと崩れていき、砂へと変わり、地へと次々と落ちていったからだ。
「な、なんだぁっ! な、なぜだ!? エルダーリッチがあんな攻撃でなぜだあっ?」
信じられないと叫び声をあげるガシャ髑髏へと、レイピアをヒュンと一振りすると、白騎士は言う。
「核を潰しました。不死者たる者たちは全て同じく身体を構成する核を持っているでしょう? だからこそ、私の最初の攻撃で砕けた骨の中で、核の残った骨だけがエルダーリッチへと変わり、細かく砕かれた骨の破片は地へと落ちている」
「そ、そんな馬鹿なっ! エルダーリッチの核は指先ほどのちっぽけな大きさだ。し、しかもそれぞれ身体に収まっている場所は違うというのに! 全部見抜いたというのかよっ!」
その意味するところは精緻にして繊細なる攻撃が可能な、達人を超えた人外レベルの腕を持つ剣士であるということなのだ。
ガシャ髑髏のセリフに初めて白騎士はクスリと微笑む。野花のような可憐な笑みでレイピアを構え直すと、口を開く。
「ガシャ髑髏さんも存外甘い、とセリフを贈りましょう」
『白光撃』
白騎士がレイピアを繰り出し、白光が先端から放たれて、ガシャ髑髏の頭蓋骨を貫く。聖なる光が毒のように頭蓋骨を駆け巡り溶かして浄化する。
「う、うぉぉ、まだだ、このガシャ髑髏を甘く見るなよ!」
頭蓋骨を失ったガシャ髑髏だが、すぐに回復していき、再び白騎士に向き直る。砕けた骨からエルダーリッチが生まれて、ガシャ髑髏の周りに展開していく。
「やれやれ、ではもう少しお付き合いしましょうか」
どうやらまだまだ戦闘は続くらしい。不死者の面倒くさいところだ。
───でもね。
「あれ、ホントにサリーちゃん? かっこよすぎるんだけど? 物凄くかっこよすぎるんだけど?」
なにあのヒーロー? ヨミちゃんもあんな感じで戦いたい。テコマコサリーちゃん、変身少女になぁれと掛け声をあげれば良いのかな?
「どこからどう見てもサリーじゃん! あたしも戦闘に加わるからねっ!」
サリーであることを確信している様子のリーナちゃんが地を蹴り大きく飛翔すると、エルダーリッチへと殴りかかる。拳の衝撃波が体内を駆け巡り、骨の身体全体を粉々にしてしまう。
「ようは骨の身体全部を壊せば核も壊れるんでしょ? おねーちゃんも戦いに加わるわよ!」
「サリーという幼女がどこの矢田家の娘かは知りませんが助かります」
顔を僅かに引きつらせる白騎士さん。懸命に別人だとアピールしているけど無駄に見えるよ。リーナちゃんはサリーちゃんだと確信しているよ。
リーナちゃんも加わり激しい戦闘が始まる。稲妻が宙を奔り火球が飛んでいく。ガシャ髑髏が拳を繰り出して、衝撃波を放つ。
だが白騎士は稲妻を切り払い、リーナちゃんが火球を叩き潰し、ガシャ髑髏の拳は受け流されて、衝撃波は躱す。
「むむ、ヨミちゃん、私はなんの舞を使えば良いかな?」
白騎士たちの方が戦局は有利であり、瑪瑙ちゃんがどうやって援護をしようか迷う。たしかにここで援護しなくても勝てそうだ。
この先で鏡花たちとの戦闘も待っているとなると無駄にマナは使いたくはない。
「あぁ〜、あれは負けそうだね〜、そっかぁ、ガーディアンなんていたんだね〜」
「ん? ちょこちゃんなにか、グッ」
横から小さな呟きが聞こえてきて、顔を向けようとして───首元を掴まれてしまう。
「動くなっ! お前らこの小娘を死なせたくなかったら、戦闘を止めるんだな!」
いつの間にか後ろに迷彩服を着た男がいた。ヨミちゃんの首元を掴み持ち上げてきたのだ。ちょっと息が苦しいんだけど。
ナイフを首に突きつけてきて、男が声をあげる。その後ろにも数人の男たちが現れる。
しまったな、気配に全然気づかなかったぞ? どこに隠れていたわけ?
『空間から出てきたように見せかけていますが、そこのそばかす少女の影から現れました。妾の目からは逃れませんの』
さすがは月だ。あっさりと種明かしをしてくれた。なるほどね、ちょこちゃんの影に隠れていたわけか。
ならばちょうど良いや。ヨミちゃんが鏡花を追いかけるチャンスに変えようかな。




