107話 工場につき
「こいつらは放っておくわ。後から来る父様たちに任せましょう」
リーナちゃんが倒れた人たちを見下ろして冷たく言う。そこには敵に対して容赦のない戦士の顔があった。
「生徒たちはどうするのかな?」
倒れている敵の中には、いや、正確には魔人は生徒たちであった。内心は驚きに支配されて、ヨミちゃんの目は呆れて半眼だった。
「なんというか、3割も生徒たちがいなくなった時点で、悪巧みをしているんじゃなかなぁとは思ってたけど。とりあえず驚いたフリをしておくよ」
「鏡花さんもこれに関わっているということ?」
「うーん………たぶんバス襲撃事件の時からだよ。本当はあのバス襲撃事件で少なからず死人が出たんじゃないかな? その事件の収拾、中立派である矢田家への責任問題や犯人の追求などで騒がしくしている最中に鏡花たちがカジノに侵入するつもりだったんだよ。こんなところにいられるかって、帰宅すると言って生徒たちが消えてもおかしくない。そのメンツを侵入に回す予定だったんだろうね」
邪魔なヨミちゃんや雨屋家、他にも死んで欲しい人間を片付ける予定でもあったんだろう。結構悪辣な作戦だったんだと、名探偵ヨミちゃんは推理するよ。言わないけどね。
「あくまでも推理だけどね。でも、作戦を中止にすれば良かったのに、なんで強行したんだろ?」
「鏡花さんの取り巻きが捕まれば鏡花さんが裏にいるってわかるから、おかしいよね。なんでだろ?」
当然の疑問に瑪瑙ちゃんと顔を見合わせてコテリと首を傾げちゃう。
……強行しないといけない理由があるのかもしれない。ちょっとまずいかも?
「理由は後で犯人を捕まえればわかる。それよりも奥に行くからね!」
「たしかにね。鏡花さんが首謀者なら大変なことになるね〜、ニッシッシ」
「それじゃ、先に進もう!」
たしかにリーナちゃんの言うとおりだ。ここは考え込む時間じゃない。バトルの時間だ。
トトッと床を踏み込み、一歩が数メートルの歩幅を見せてリーナちゃんは先に進む。その速さは加速付与もされているので、今のヨミちゃんではまったく追いつけない。
「ヨミちゃん、抱っこするよ!」
「うん!」
身体強化を使った瑪瑙ちゃんに抱っこされて追いかける。その動きは以心伝心、素晴らしい連携ぶりである。ちょこちゃんも同様に身体強化を使い、後についてくる。
「非常用通路は、通常の通路と違い狭いし入り組んでいるの。だから罠に気をつけてね。本来の道はダンジョンになっているから、長い道のりだし、通路も広いんだけどね」
通路は人が一人通れればよいほど狭くなり、たしかに非常用だとわかる。でも、ダンジョンとは……。嫌な予感しかしない。
「展開している蜘蛛よりも前に進まないでね!」
蜘蛛人形の目と共有し、角ごとに確認をしていく。次の角問題なし。その次もパス。次が……いるな。
こちらの動きを知っているのか、奇襲しようと待ち構えている人が複数。亜人だけの部隊だ。狭い通路を想定した百足タイプ。ろくろ首のように体が伸びて、その先端に人間の頭が乗っている。脚は全て百足のものであり、もはや魔物であると言っても良い。かなり不気味な光景だなぁ。
『容赦はしませんわよね?』
「麻酔薬が通じそうに見えないしね」
月の冷淡なる言葉に躊躇いなく頷く。悪いが慈悲の心は簡単に捕縛できる時だけなんだ。何があっても殺さないという選択肢はない。
臥せている亜人に蜘蛛を向かわせて、気づかれないうちに背中に張り付かせる。
『死んでくださいませ』
『自爆』
月が補正をかけて、蜘蛛は小爆発する。ズンと小さな爆発音を立てると、身体を真ん中から引きちぎるように吹き飛ばし、その身体を分断させるのであった。
他の百足亜人たちも同様に吹き飛ばしておく。
「かはっ……い、一体何が……」
予想外に二つに分断されても百足亜人は身体をビタンビタンと叩くのみで、死ぬことはなく苦悶の表情となっていた。百足の生命力ってすごいのね。
「なにこれ?」
「自重で千切れたんじゃない?」
すぐに奇襲ポイントに辿り着くが、倒れている敵はスルーしておく。もはやあの様子だと生きているだけだと思う。後で治せるから放置決定。
他にも数か所の角に奇襲しようとするテロリストがいたが、全員百足亜人だったので問題なく殲滅していく。
「そろそろ、炉心前に到着するから気をつけて!」
通用口らしきものが見えてきて、リーナが振り向いて説明をしてくれる。通用口の扉はネジ切られており、何か怪力の者が潜入したんだろう。
止まることなく通り過ぎると一気に視界が広がる。
「これ………工場? 天井が高いし、敷地が広すぎる! ………けど稼働はしてないんだ」
「ふへぇ〜、建物が広がってるね〜」
そこは地下とは思えないだだっ広い空間であった。物音一つしない空間に大規模な建物が建っており、貨物置き場にはなにかの機械の部品が置かれている。建物を囲む壁も高層ビルに迫る高さと、要塞のように壁は分厚い。暗闇に支配されておらず、幽鬼のように青白い明かりが建物から発しており、ぼんやりとした光景が見える。
「まるで墓地みたい……なんか悲しい光景だね」
ひんやりとした風が頬を撫でて、瑪瑙ちゃんが髪を押さえて悲しそうな顔になる。
「元はカジノじゃなくて、色々と製作していた工場区だったみたい。地下に作った工場の上になんでかカジノを建てたみたいなの。なんでだろうって、昔から家では不思議に思われてるのよ」
「───なんとなくわかるかも」
これ、きっと敗北が確実視されてきた頃に諦めて享楽にふけったのだろう。カジノを作って、滅びることから目を背けたに違いない。……でも、そうなるとこの建物群はもしかして……。
「ここってもしかして元兵器工場も含まれるんじゃない!?」
そこでピンと来てしまった。
まずいかも。マナタイトの危険性、いや、その技術力がなにを生産できるかそれとなく情報を流したやつがいるな。おのれ、大国め!
焦った奴が、強行してもここの工場群を手に入れるように仕向けていてもおかしくない。
「うーん、工場を見たけど、部品がちょっと置いてあるだけで兵器とかはなかったわよ?」
「危険な雰囲気が……地震?」
話の途中で地面がグラグラと揺れる。微震でありたいしたことはない。
「こーゆーのって、嫌な予感しかしないんだけど。地震じゃないよね?」
ストーリーイベントというやつだ。だいたい地震じゃなくて、なにかが起こる前触れである。
「見てよ! 建物に次々と明かりが灯っていくよ!」
「本当だ。今まで工場に火が入ったことはなかったのになんで!?」
瑪瑙ちゃんが指差す先、青白いぼんやりとした明かりではなく、工場に次々と蛍光灯のような明かりが注いてネオンのように暗闇に輝く。そして、ウィーンと機械の小さな駆動音が聞こえてきた。
ヨミちゃんたちは工場が稼働したことに内心ではイベントっぽいねと感心していたけど、リーナちゃんだけは一人だけワナワナと体を震わせて驚愕していた。
それを見て、ヨミちゃんもワナワナと身体を震わせることにした。驚いちゃったのだ、ヨミちゃんもストーリーに絡みたいのだ。
幼さ限界突破のヨミちゃんは最近ますます無邪気な幼女になっているような気がするが気のせいでしょう。
「なぜ工場が稼働したか不思議か?」
どこからか男の声が響いてきた。反響しているために、出処がわからずにキョロキョロと周りを見ると……。
「あそこ、あそこに誰かいるよ!」
最初に気づいたのはちょこちゃんであった。工場の一角をビシリと指差す。そこには誰かが立っていた。人ではない、人型には見えるが遠くから見てもわかるほどに巨大な体格の化け物だ。
「なにあれ? ん〜………スケルトン?」
目を凝らして敵の様子を見ると、スケルトンであった。巨大なスケルトンが工場の屋根にへばりついており、そのぽっかりと開いた眼窩に青白い炎が灯っている。
「くくく、我こそは屍の王ボーン。死者の王よ」
カラカラと骨を鳴らして立ち上がる。骨の足が地面に踏み込み、ズズンと大きな音がして地面が揺れる。
「ボーン!? こんなところで何をしているわけ! 工場をどうやって稼働したか教えなさいよ! 昔から稼働させようとしていたのに、パスワードはあるし、セキュリティが厳しくて全然稼働できなかったのに!」
先祖代々工場を稼働しようとしていたのだろう。悔しさを目に宿しリーナちゃんが激高して睨むと、眼窩の青白い炎。一際大きく燃やすと歯を鳴らす。
「死の王と言っただろうがっ! 頭が空っぽか? 死霊術師にはこういうこともできるんだぜ?」
その図体が30メートルはあるスケルトンが骨の腕を持ち上げる。その白い大木のような腕が持ち上げられると、スケルトンの横に幽鬼がゆらりと現れる。
その姿は今の服装のセンスではない、なにかエスエフチックなスーツだ。マジか、もしかしてネクロマンサーの裏技ってやつか。
「幽鬼? もしかして昔の人間の霊を喚び出した?」
「そのとおりだ。この地に死んだ遥かな昔の霊すらも俺様は操れることができるんだぜ。管理権限を持つ霊なら、パスワードもセキュリティコードも全て覚えていたんだ」
「そんな魔法が! 何百年昔の霊を召喚したのよ!」
「本来ならここまで昔の霊なぞ召喚はできない。だが、俺様の『悠久の世界』スキルなら、どんなに昔の霊でも、その地で死んでいれば召喚できるんだ」
リーナちゃんが歯噛みして悔しがる。まぁ、解析など頑張っていたのに、そんな裏技を使われたら悔しいよね。
「さて、理解できたらここでお前らには帰ってもらう! 魔人装『ガシャ髑髏』モードの力を見せてやるぜ!」
ガシャ髑髏が立ち上がり、大きく口を広げて哄笑する。
だが、その頭が上から降ってきたなにかに押し潰されて地面にめり込む。
轟音が響き、砂煙が吹き上がる。パラパラと砂埃が落ちてくる中で、ガシャ髑髏が半分砕けた頭となり起き上がる。
「な、なんだぁっ? クソがっ、いきなり攻撃かよ。どこのどいつだ!」
頭を振って立ち上がるガシャ髑髏は、砕けた骨が再生していき、憎々しげに怒鳴る。
砂煙の中から誰かが歩み出てきて、風鈴のなるような透き通る美しい声を出す。
「そうはまいりません。この地を守るガーディアンたる私がこの工場群を稼働させることは許しませんので」
現れたのは美しいエルフであった。金糸のような滑らかな髪を背中まで伸ばしており、絵画のような整った顔立ちの笹のような耳を持つ女性だ。
緩やかな緑色の上着とホットパンツを着込んでおり、その腰には意匠の入った鞘を腰には差していた。背丈は160センチほどでエルフらしく装甲は残念だけど、そこがエルフっぽくて良い。
「ガーディアン? そんなものがここにいたってのか?」
「そのとおりです。アタミを守護すべくこのガーディアン、白騎士がお相手しましょう!」
「妹だ! なんでそんな姿なの? やーん、そんな姿も似合ってるわ!」
「ボ、ボーンよ、お相手します!」
リーナちゃんが白騎士を見て、頬に手を当ててくねくねと身体をくねらせて、きゃあきゃあと黄色い声をあげるけど白騎士はスルーして、ボーンへと向かうのであった。
少し動揺してたけど。




