106話 スタッフルームにつき
「VIPルームはスタッフルームに繋がっている通路があるのよ。所謂隠し通路ってやつ」
難なく倒した店員さんモドキを前に、リーナちゃんは説明をしてくれた。店員さんモドキたちは気絶しており、起きる様子はまったくない。
というか、恐るべき体術の持ち主だ。なんで学園に通っていないのかわからない。きっとSクラスだぞ、リーナちゃん。
「ここは、なぜか動力炉に続く通路に繋がっているスタッフルームが併設されているの。これは家族だけしか知らない話だからあまり警戒していなかったんだけどね。警備兵は本来の動力炉に向かう通路を警備しているわ」
「そういえば、動力炉を狙っている侵入者がいるって言ってたね。ここは貸し切りにされていたのかな?」
「たぶん他の客にはメンテナンスとかリフォーム中と伝えて中に入らせなかったんだわ。でもオーナーの家族にはさすがにその言い訳は通じないから、中に入れたんだろうけど、私の絶対記憶を見誤っていたようね」
サラリと髪をかきあげて、クールな笑みを見せるリーナちゃん。できる女を魅せてくれる。
「リーナおねーちゃんの記憶力は凄いのです。たまに影の薄い人を忘れて何度も殴ったりするので、そ~ゆー人たちは目立つためにパンクな服装になりましたですけど」
ふんふんと鼻息荒くリーナちゃんを褒めるサリーちゃん。リーナちゃんはそっぽを向いて口笛を吹いていた。そっか、だから7割の確率ね。モブな人たちに優しくない女の子だな。
「隠し通路はガチャマシンの後ろに隠されているの。たしか……ここね」
リーナちゃんがガチャマシンの後ろを探すとカチャリと音がして、側で見ていたサリーちゃんの姿が消えた。消えたというか、ぽっかりと穴が開いた。
「うひゃーなのです!」
穴からドップラー効果で、サリーちゃんの悲鳴が聞こえて慌てて駆け寄るとハシゴが付いている穴だった。階段だと思ってたけど、非常用通路のためにハシゴであった模様。
「しょーがないなぁ」
クンと指を動かして、密かに皆に絡ませておいた魔糸のうち、サリーちゃんに絡ませておいた物を手繰り寄せる。
どうやらかなりの深さのようで、サリーちゃんが空中で止まる手応えが返ってきて一安心。危なくぺちゃんこになるところだったよ。
「ぎゃー! サリー! 迂闊だったわ、ちょうどそこに穴が開くんだった。久しぶりで忘れていたわ」
顔面蒼白となり、リーナちゃんが穴へと勢いよく飛び込む。勢いよく飛び込む。飛び込んだよ!?
「うひゃっ」
サリーちゃんの悲鳴に合わせて、糸の重さにずしりとリーナちゃんの重さが加わる。
「きゃー、ごめんね、サリー。痛くない? まさか途中で止まっているとは思わなかったの」
「リーナおねーちゃんは羽のように軽いから大丈夫」
「もぉ〜、可愛らしいことを言うんだから」
穴の底からキャッキャッとはしゃぐ声が聞こえてきたので、どうやら大丈夫らしかった。
「それじゃ私たちも行こっか」
「うん、皆を待っていると駄目そうだしね」
「ちょっと楽しそうだね〜」
これはきっとゲームなら時間経過で敵が目的を果たしちゃうタイプである。嫌な予感しかしないので、仕方ない。奥にエンジンがあったら解析してみたいしね。
ヨミちゃんたちははしごに足をかけると、二人を追って穴を降りてゆくのであった。
◇
穴の底は金属製の通路だった。パイプが壁面を覆っており、どこからか蒸気の音がする。自動ドローンなのだろう。手のついたUFOが空中を飛び、壊れたのか壁を修理していた。
電灯は非常灯だけらしく、赤い光が朧げに周りを照らしているが、影が多い。ガコンガコンとどこからか機械の駆動音まで聞こえてきてシチュエーションはバッチリだ。
「ここが非常用通路?」
「うん、本当は家族以外は秘密だからナイショにしてね」
「どうやら侵入者がここに来たのは間違いないようだね。あそこの扉、歪んで無理矢理開いてるし」
リーナちゃんの言葉に頷き、瑪瑙ちゃんが真剣な顔で指差す。ちょっと奥の通路に元は隔壁だったろうシャッターが大きく歪んでこじ開けられていた。
「そうね。この扉を無理矢理開けられるなんてかなりの力よ。皆気をつけてね」
「行こうです!」
ふんすと気合を入れて、サリーちゃんが走り出し………ガコンと穴が開くと姿がまた消えた。すぐに消える幼女だなぁ。
「まずいわ。あれは侵入者を捕まえる罠よ。サリーはきっと牢獄行き。後で解放しにいかなくちゃ。でも牢獄なら安全だから置いていくわ。先に進みましょう」
どうやらサリーちゃんは離脱した模様。早足で四人で廊下を駆ける。
『矢田サリーが仲間から外れた』
ちゃららららーんという感じ。まぁ、か弱いサリーちゃんがいない方が良かったか。リーナちゃんの様子から、牢獄は安全そうだしね。
「でも、この先も罠があるんだよね? どうするの?」
「セキュリティを無効にすると、侵入者も罠に引っかからないからできない。一つ一つ対処していくしかないわね」
リーナちゃんはフフンと笑うと前傾姿勢となる。
「でも、罠にかからない方法はあるの。それはね……感知される前に駆け抜ける!」
『疾風足』
リーナちゃんの足元から風が吹き出すと、その姿が見えなくなる。と、かなり先にリーナちゃんが出現していた。
その後に壁からビームシャワーが降り注ぎ、天井が落ちてきて、餅つきみたいに何もないところを何度も叩く。
「え……あんなの無理なんだけど」
「機械の感知よりも速くなんて無理。あたしたちここで待つ?」
ドン引きして顔を引きつらせる瑪瑙ちゃんとちょこちゃん。たしかにヨミちゃんたちには無理だ。
「待たない。蜘蛛たちよ!」
ここは秘匿していた技をみせても、先に進むべきだと勘が言っている。
外骨格が金属製である蜘蛛たちがヨミちゃんの手のひらから生み出されると、前方へと素早い動きで這っていく。
「おぉ、よみっちも召喚系の魔人だったんだ〜」
「うん、だからちょこちゃん、このことはナイショね」
よみっちも、かぁ。誰と一緒なんだろうね。
とはいえ、自然の中に溶け込んでいる魔糸が視認できないから、勘違いしてくれた。今はそれで良いだろう。
「蜘蛛さんたち。糸を吐きながら、前方に展開!」
本来は指示など口にしなくて良いのだけど、わざと口にする。蜘蛛たちがカサカサと展開すると糸を吐き通路を白く染めながら進む。
糸や蜘蛛を感知した罠が起動して、先に進む蜘蛛たちをビームで溶かし、釣り天井で叩き潰す。
真剣な表情でヨミちゃんは糸を繰りながら、罠の数、種類、そして制御盤を確認していく。
『妾の出番というわけですのね』
「月ちゃん、任せたよ」
『お任せあれ。魔法によるものなら、どんなに技術が違っても、妾の敵ではありませんの』
ヨミちゃんの頭にぽふんと現れた月。ちっこい身体で優雅に礼をして、酷薄なる微笑みを浮かべる。
蜘蛛たちが罠で破壊されていく中で、微小なるマナの動きを見逃さず、月が軽く手を振り下ろす。魔糸が中に入り込み、システムへと接続を開始する。
『完全魔法操作』
魔法によるクラッキングを罠に向ける。セキュリティがどんなに固くても、月の『完全魔法操作』には敵わない。すぐに権限を乗っ取られると沈黙するのであった。
「罠は解除したよ。先に進もう!」
「え……なにしたの、よみっち?」
周りからはなにをしたのかわからない。先程の召喚モドキを見た時とは違い、やけに真剣な顔になるちょこちゃん。
「企業秘密。那月ファンドは部員募集中〜」
「部員になったら教えてくれるのかなぁ?」
「それもまた秘密です」
軽口を叩き合い、先に進むと前方から怒声が響いてきた。通路に反射してクワンクワンと結構うるさい。
「侵入者だっ! 排除しろっ!」
「盗人猛々しい! そっちが侵入者でしょうがぁっ!」
トタタと銃声が響き、リーナちゃんの怒りの声が聞こえる。仄暗い通路にマズルフラッシュの閃光が瞬く。
「どうやら戦闘が始まったらしいよ!」
「だね! 先に舞っておくよ。味方の全て加速の世界となれ!」
バッと手を振ると激しい舞を魅せる瑪瑙ちゃん。優雅にしかし鮮烈なる舞に伴い、瑪瑙ちゃんのマナが膨れ上がり、舞踊魔法が辺りに展開されていく。
『疾風鷲の舞』
ヨミちゃんたちに波動が触れると、身体がまるで羽のように軽くなる。自身の走る速度がまるでチータのように速くなる。
「うわっと! 身体が軽くなったよ?」
「リーナちゃん、瑪瑙ちゃんの支援魔法の効果だよ!」
「助かるわ。それならこいつらなんて相手じゃない!」
警戒していた侵入者と戦闘を繰り広げるリーナちゃんにようやく辿り着く。
敵は20人ほど。銃を装備して後方にはローブを羽織る杖持ちもいる。前方の奴らは……亜人だ。
全員揃って蜘蛛型人間のアラクネタイプだ。背中から蜘蛛の足を生やしており、口に生える牙がカチカチと動く。男のアラクネはオスクネという名前で良いかな?
敵を阻むことに重点した構成なのだろう。
「進ませるな! 蜘蛛糸を展開させて、敵の動きを阻め!」
『蜘蛛網』
白い粘着性のある蜘蛛糸を吐くオスクネ。通路はすっかりと白くなっており、踏むと剥がれにくいことから、リーナちゃんは自身の特性である速度を封じられて苦戦中。
「これでも喰らえっ!」
『稲妻』
後方の敵が稲妻を放ち、オスクネたちを援護をする。稲妻をなんとか躱すリーナちゃんだが、微かに焦げる匂いが漂い、少ならからずダメージを負っている。
よく考えられた構成だ。でも、それはヨミちゃんたちが合流するまでの話。
『ふふっ、ご自分の糸に縛られてくださいませ』
放たれた蜘蛛の網に接続すると、月はその操作権限を奪い取る。クスリと微笑み糸を操り、通路ではなく敵へと網が向かう。
「な、なぜ我らの網が!?」
「もらったぁ!」
『閃光爆裂脚』
自身が吐いた網に囚われて藻掻くオスクネたちへと、リーナちゃんが蹴りを放つ。瞬時に自身のマナを蹴り足に集中させての魔技。
「ゼハ」
「グオッ」
「ガッ」
閃光が奔ると同時に敵の悲鳴が生まれて倒れていく。閃光と化した蹴りは前方に展開していたオスクネたちを次々と倒していく。
「ヨミちゃんの援護もあるよ!」
両手を広げて、蜘蛛型人形を操作する。加速の付与を受けた蜘蛛型人形は弾丸のように空中を飛んでいくと、後方の魔人たちの顔に貼りつく。
「展開! 捕縛モード!」
蜘蛛の背中がパカリと開くと金属製の長い尻尾が展開されて、シャラリと鳴ると首に巻き付き締める。魔人たちが息ができなくなり口を開くと、貼り付いていた蜘蛛のお腹が開き、管が入り込み強力な麻酔薬を投入していくのだった。
「ひいっ、い、嫌だ、卵がグエ」
「ただすげて、お腹を食い破られるのはグフ」
何人かの魔人たちが、なにを思ったのか、泣いて恐怖の声をあげるが容赦なく眠らせていく。なんであんなに恐れているのかわからないや。でも恐怖した奴らは記憶しておこう。
そうして全員が倒れていき、侵入者たちの殲滅を終える。
「見てよ、この人たち旅行に一緒に来た生徒たちだよ」
瑪瑙ちゃんが倒れた魔人の一人を見て、驚きの声をあげる。たしかにその顔はまだ子供で見覚えがある。鏡花といなくなった生徒たちの一人だ。
なるほど、どうやら読めてきたぞ。誰かの策略があったようだね。皆で探検をしているらしい。ヨミちゃんも加えてもらおうかな。




