103話 不在につき
「鏡花さんは?」
お夕飯。フォーマルな服でというので、瑪瑙ちゃんと一緒にジャージで参加しようとした夕食会。ちょこちゃんに止められて、ワンピースを買って出席したんだけど………。なぜか3割くらいの生徒たちがいない。鏡花もそうだ。
ホテルの夕食会とあって、ビッフェ形式。シャンデリアの光が照らす広間にて、上品な内装の広々としたホールに長テーブルが置かれており、その上にずらりと料理が並んでいる。
ローストビーフからお寿司、天ぷら、蕎麦にカレーまで、ケーキやアイスも、様々な料理が金に糸目をつけずに。
でも、主催者がいないんだよね。ヨミちゃんお腹空いちゃったんだけど。
他の生徒たちも戸惑った表情で顔を見合わせている。
「なんで天照さんいないんだ?」
「そういや、海からいなかったな。どこにいるんだ?」
「天照様のドレス期待してたんだけどなぁ。でも、襲撃で持ち物無くなったから無理かしら」
皆の話し声が聞こえてくるが、たしかに主催者がいないのは変だ。
周りをキョロキョロと見渡して、ヨミちゃんもローストビーフの置いてあるテーブルの前に並んで戸惑っちゃう。厚切りで二枚ください。分厚いステーキみたいな厚さでよろしく。
もう食べちゃっても良いんじゃないのかな? お腹の空いた子供たちを前にこれは拷問だよ。
ザワザワと騒ぐ生徒たちの前に、一人の少女が出てくる。キツめの目つきをしている美少女で、鏡花の懐刀である重川さんだ。
「あー、あのアホバカはすこーし仕事が入ったので、一旦帰ったわ。まぁ、旅行中には戻ってくるでしょうから、私たちは私たちで旅行を楽しむわよっ」
腰に手を当てて、疲れた表情で投げ槍な言葉を放つ重川さん。3割の生徒たちがいないことは言及しない方が良いのだろうね。
「えぇっ! 主催者が帰ったのかよ」
「ちょ、あり得なくない?」
「酷くないか? 参加してきた私たちをないがしろにしてないかしら」
その言葉に騒然となる生徒たち。彼ら彼女らは大貴族でないけれども、鏡花が招待するくらいに力を持つ貴族たちの子息たちだ。
理不尽な対応をされたら、大貴族の顔を窺わなくてはいけない木っ端貴族たちとは違い、おおっぴらに不満を口にして不愉快な顔になるくらいは力を持っているし、プライドも高い。
「不満はよくわかるわ。私も驚いたしねっ。あり得なくない、旅行中に帰るなんて? でもね、それだけ重要な用件ができたと言うわけよ。なので、そこらへん考慮してくれないかしら? もちろんこの埋め合わせはするつもりよ」
「ニッシッシ〜。主催者なのに帰るなんて、たしかに重要なんだろうね〜。まぁ、仕方ないかっ。ものすごーい穴が開いたから、埋め合わせも期待するけどさ〜」
それを聞いて、いの一番に声をあげたのがちょこちゃんだ。ニマニマと面白そうな顔をして、ホールに響くように言う。
情報屋として、中立派でもあるちょこちゃんの声が広間に広がると、他の生徒たちもそういやそうかと顔を見合わせて、納得した顔で内心は埋め合わせとやらに期待しているのか口元も緩む。
無料の豪華な旅行に、さらに天照家のお詫びとなれば期待できるので、文句をつけることを止める。
仕方ないとの声があがり、料理へと皆が移動し始める。どことなく弛緩した空気にも変わったのは、派閥へ参加するか旗色を鮮明にしなくても良くなったという心もあるのだろう。
「さぁ、よみっち、瑪瑙っち。あたしたちも料理を楽しもう!」
「だね。それじゃ、私は何にしようかなぁって、ヨミちゃん、もうローストビーフを食べてる!」
「分厚いローストビーフって、最高だよね!」
ちょこちゃんが笑って、料理を食べようと誘ってくる。瑪瑙ちゃんはどの料理を食べようかと迷うが、ヨミちゃんはまずはローストビーフだよ。
ステーキみたいに分厚いローストビーフって、本当に美味しいのだ。赤身のお肉はとっても柔らかくて食べごたえがある。薄切りでは味わえないし、高級感もあるんだよね。贅沢贅沢。
「ほら、お口が汚れてるよ」
「ありがとう、瑪瑙ちゃん!」
フォークとナイフを手にして、もっきゅもっきゅと食べるヨミちゃんだ。お口にソースをチビッとつけちゃって、瑪瑙ちゃんが嬉しそうにハンカチで拭ってくれる。
「ローストビーフを食べたら、高価な物から食べていかないとね。安いビッフェならお寿司はお腹に溜まるし、あんまり美味しくないから敬遠するけど、ここのは高級だから迷っちゃう」
うぬぬとテーブルに並ぶ料理を見て迷っちゃう。だって、中トロもあるし、ウニもいくらもある。しかも寿司職人が目の前で握ってくれるんだ。
でも、ここは北京ダックかな? 豚の丸焼きも良いかも。こういう時ってローストビーフや北京ダック、豚の丸焼きのようにインパクトのある大きさの料理じゃないから、和食はどうしてもスルーしちゃう。でも、天ぷらも目の前で揚げてくれてるなぁ。あ、伊勢海老がある!
あっちに行って、こっちに行ってと、ちょこまかと料理を食べる。生徒たちも挨拶してくることもなく、グループを作って和気藹々と話している。ここで、高天ヶ原の派閥のグループと話し込んでも面倒くさいことになると思っているんだろう。
橋渡し役の鏡花がいなければこんなもんだ。重川さんは自身で活動するつもりはないらしい。なので楽しそうだけど、この旅行は失敗だ。
「あ、これってなにかな? ムース?」
「甘くないね。でも美味しい!」
「やっぱり天照家はお金に糸目をつけないね〜」
イクラの乗ったプリンみたいなのを食べて、瑪瑙ちゃんとちょこちゃんが感想を言う。
本当に美味しい。でも、やけにちょこちゃんの………。気のせいなら良いんだけど。
結局、夕食会は楽しげだけど、盛り上がることはなく終えたのであった。
───その後の二日間。結局鏡花は帰って来ずに、思い思いに皆は旅行を楽しむことになったのである。
◇
───旅行は一週間だ。そのうち、三日間が経過して、のんびりとヨミちゃんは旅行を満喫していた。
「準備できたのです! VIPルームのチケットなのですよ!」
三日目となると少し疲れてきて、ホテルの自室にて瑪瑙ちゃんと一緒にベッドに寝っ転がり、のんびりぐてんとしていたら、サリーちゃんが訪問してきた。嬉しそうに、ブラックカードを手にしてぽてぽてと入ってきて、コロリンと転びそうに───。
「危ないよ、サリー!」
なったけど、後ろにいた少女が手慣れた様子で受け止める。リーナちゃんだ。
「もぉ〜、サリーは身体が弱いんだから気をつけないといけないわよ」
「ありあと〜、リーナおねーちゃん」
身体の弱いサリーちゃんを心配そうに見るリーナちゃん。
「カジノにお友だちが行きたいって、珍しくサリーが駄々を捏ねるからついてきたのよ」
「はじめまして、那月ヨミです。雨屋家の次女で那月ファンドっていう部活をしてます。ちょっとしたお小遣い稼ぎに投資してみませんか?」
投資家を募ることに余念がないヨミちゃんである。
「改めまして、矢田リーナです。サリーのお友だちになってくれてありがとうね。この子はか弱くてあんまり外で遊べないから、仲良くしてあげてほしいの」
「こほっ、こほっなのです。こほっこほっなのです」
なぜか急に咳をし始めるサリーちゃん。
「ほら、この間も風邪を引いて寝込んでたでしょう? 近くの魔溜まりが急に消えた時くらいの時期に。気をつけないといけないわ」
リーナちゃんが、サリーちゃんの頭を優しく撫でて心配げな表情となる。そっかか弱いんだ。でも、この間の海の家では元気そうだったんだけど。元気すぎたんだけど。
「気をつけるのです。で、カジノ行くです? お友だちと一緒でリーナおねーちゃんが保護者になってくれるならって、父様が許してくれたのですよ」
ジャジャーンと真っ黒なカードを手にして、サリーちゃんがニヘラと嬉しそうに笑う。
「VIPカードで入れる部屋は特別なコイン交換所もあるのです。そこでは珍しいアイテムとも交換できるのですよ。その分レートも高いですけど」
「ありがとうね、サリーちゃん! ぶいあいぴールームとは楽しみだよ!」
ゲームだとそういうのって、イベントか、一定のコインを稼がないといけないんだよね。これはイベント的な展開かな? か弱い薄幸の美少女とたまたま仲良くなるイベントをこなしたのだ。
「それじゃ、今日はカジノ三昧だね! ちょこちゃん呼んでくるよ!」
瑪瑙ちゃんが勢いよく起き上がると、部屋をダッシュで出ていく。ヨミちゃんも準備するとしようかな。
◇
カジノは少し離れた森林の奥にあった。森林といっても8車線ほどの大きさの道路が敷設されているので、多くの車が行き交っている。
この世界で車を使用している時点で、ここは金持ち専用だといっているようなものだ。
「あれがカジノかぁ、アラビアン風だね!」
「エキゾチックだね! 楽しそうな雰囲気を感じるよ」
矢田家の用意してくれた車に乗って移動すること暫し。見えてきたカジノの建物はアラビアン風だった。マハラジャが住んでたり、ランプの魔神が隠れてそうだ。
昼間でもネオンもピカピカと光っており、『アタミへようこそ』と看板がデカデカと立っている。
カジノって、否が応でもワクワクしちゃう。正面玄関に到着して車から降りると、建物の大きさに感激しちゃう。
神殿のように太い柱が何本も立っていて、建物自体も見上げても全容はわからない。建物は100メートルくらいの高さで、広さがとんでもないのだ。どこまでも建物が広がっていたりする。
正面玄関からして、古代神殿のように階段が坂のように高く積み重なっており、登るのが大変そう。百段はないかな? エスカレーターはどこ?
「これどれくらいの大きさなの?」
「アルティメットランド3個分らしいです」
「ホへぇ〜、アルティメットランドも広いって聞くけど、それよりも広いんだ」
アルティメットランドとは、有名な遊園地のことだ。広々とした土地にあり、小さな町一つくらいなら楽々に入ると言われている。
「さ、入るのです! 私がいちばーん!」
サリーちゃんがとてちたと階段を登る。が、か弱いからあっさりと階段を踏み外すと、コロリンと転がって落ちていくと、玄関に到着しようとした車に跳ね飛ばされてボールのように吹き飛ぶと壁に勢いよくぶつかった。
「きゃー! サリー大丈夫?」
血相を変えて、リーナちゃんがサリーちゃんへと駆け寄る。
「ちょっと失敗なのです。転ぶ寸前にダメージを緩和するべく自分から飛んだから大丈夫ですよ」
でも、ケロリとした顔で立ち上がるサリーちゃんは傷一つない。身体強化上手いなぁ。
「良かったぁ。もぅ、慌てちゃ駄目でしょ。私が抱っこして運ぶから!」
ヒョイとサリーちゃんを抱き上げて、赤ん坊のように抱えると、リーナちゃんはカジノに向かう。か弱いサリーちゃんの相手に慣れているんだね。
「それじゃ、私はヨミちゃんを抱っこするね!」
「私はか弱くないから大丈夫だよ!」
「階段は長いよ?」
「やっぱりか弱いからよろしく」
子供扱いされるよりも、階段登るのが面倒くさいヨミちゃんは、抱っこを選ぶのであった。




