102話 ヒントにつき
その後は普通にホットケーキを食べられました。
「このカリカリのちょっぴり焦げたところが妙に美味しいのですよ。市販では無い美味しさなのです」
「わかる〜。ホットケーキって甘い上に味が単調だから、口直しにもなるんだよね。手作りでしか味わえない味!」
ホットケーキ通のサリーちゃんの意見には完全同意。メープルシロップをたっぷりとかけてふわふわ熱々なホットケーキは、口の中でじゅわっと甘さが広がり、ホットケーキの柔らかさとパンの味がして、ほっぺが落ちちゃうくらいに美味しい。
でも、それも半分くらいまで。段々と変わらない味に飽きてきちゃうし、ホットケーキは地味に重くてお腹に溜まるので、焦げた苦さが口の中を浄化してくれるのだ。
決して市販ではできないお焦げ。ご飯ではお焦げを作る炊飯器もあるけど、お焦げを作る鉄板はないのだ。
美味しいねと二人でお焦げを狙い、キラリとフォークを光らせる。その姿は仔猫の如し。
「二人とも私の豚肉狙ってるでしょ! 豚肉がなくなったら、単なる具のない悲しいお好み焼きになっちゃうよ!」
さり気なくターゲットを豚肉に変えたらばれちゃった。
「よくわかったね、瑪瑙ちゃん。もしや」
「テレパスはもういいよ! 天丼よりも豚玉を食べたいんだから、この豚肉は死守するよ!」
豚玉。お好み焼きのタネに二枚の豚肉が上に乗っかっている。焼くとジュワジュワと脂の弾ける良い音をたてて、食べて食べてと誘ってくる悪魔の食べ物だ。お好み焼きを焼いたら、その上にベーコンみたいに細長い豚肉を乗せて豚玉は出来上がりである。
きっと口の中でアチアチのジュワジュワの脂身たっぷりの味が甘ったるい口の中を洗いでくれるはずなのだ。お好み焼きは食べなくともその上に乗っかっている豚肉は食べたい。
これをホールケーキの板チョコ理論と呼ぶ。ケーキを食べないでメリークリスマスと書いてあるケーキの飾りの板チョコだけを食べたくなる理論のことである。だいたいは壮絶な争いが始まります。
なので、食べる食べるとニャァと鳴いて狙う天使な仔猫ズなんだけど、ばれちゃったみたい。たしかにメインが無くなると悲しいけど、豚玉の豚肉って焼けたら最初にカリカリ食べちゃうから、あってもなくても良いと思うよ。
「私は切り分けて食べるからだめー!」
「それは邪道だよ!」
「最初に食べちゃって、しょぼんとするまでが豚玉の食べ方なのです」
まさかの切り分けて食べるという邪道に、ヨミちゃんとサリーちゃんは憤る。
「異端者には罰を!」
「豚肉カジカジの刑にするです!」
初めて会ったのに、息を合わせる天使な仔猫ズに、むむむと唸り、瑪瑙ちゃんは大きく手を広げて舞を始める。
「仕方ない。氷雪の舞! 店員さーん。この子たちにかき氷をお願いしまーす」
「いちごお願いします!」
「私はスイで」
「スイって、なぁに?」
「砂糖を凍らせたものを削って作るかき氷なのです。かき氷の通は必ずスイを頼むです」
「うわぁ、それは甘そ〜。一口ちょーだい」
「それは面白そう。あたしにも一つスイで〜」
「それなら私も! ヨミちゃんにあ~んしてあげるよ」
ヨミちゃんにも一口食べさせてねとお願いして、皆もかき氷を追加で食べて、おやつの時間にお腹をポンポコリンにするのでした。
◇
その後も仲良く波打ちで平和に遊んで、夕方となり───。
ぽてぽてとホテルへと帰る。もう空はオレンジ色で、あと少しで太陽が月に変わるだろう。
「えへへ。同じ年の子と遊ぶの楽しいです」
はにかむ微笑みも儚げだけど嬉しそうなサリーちゃん。すっかりサリーちゃんに懐かれたヨミちゃんはおててを繋いで仲良くホテルに到着。同じ歳じゃないけどね。
「ヨミたちはここに泊まってるのです?」
「そんだよ〜、さっちゃん。あたしたちは天照さんの招待で遊びに来ているんだ〜」
「あぁ、あの金払いの良い人なのです。湯水のようにお金を落としてくれるから、上得意客なのですよ」
天照家と聞いて、なるほどと頷くサリーちゃん。でも、その顔に不審な影が宿っている。どうもあんまり嬉しくなさそうだ。なんでだろう。
「上客だったら良いんじゃないのかな? 千客万来じゃないの?」
「その代わりに高天ヶ原派閥に入れとうるさいのです。イアン父様はガンとして首を縦に振らないし、ミホ母様はお茶会とか大嫌いなので、そもそも圧力をかけられないのですが」
「あぁ、なんだか目に映るよ、その光景」
カジノと海。その2つを併せ持つ家門を味方にできれば、そりゃ心強い。リゾート地として成り立つためには神人のお客も大勢集客しないとならないとなれば、高天ヶ原派の種族平等思想に同意してもおかしくない。
そう、おかしくない。
「えっと、なんで入らないの? もっと栄えそうな感じがするけど」
「家訓なのです。うちは中立派として潰されない一定の勢力を持つだけにすることとご先祖様の言葉なのです。大昔の矢田家は困窮して、その日のご飯も困るほどの家でしたが、当時のご先祖様がカジノを稼働させて救ってくれたのです。ほら、あの銅像がご先祖様です」
サリーちゃんが指差す先。ラウンジから見える中庭に一際立派な石像が建っていた。
女性の銅像だ。長い髪に美しい顔立ち。どこか妖艶さを感じさせる微笑みを浮かべて、男女問わず見惚れそうな見事な肢体の美女の銅像だった。コアラのように腕にしがみついている幼い少女の像が、その完璧な美貌の石像に親近感を持たせるアクセントを与えていた。
「あれがご先祖様なんだ。美人さんだね」
「才色兼備のご先祖様は勇敢にも当時はセキュリティが厳しく、たくさんの魔導兵器が守る要塞のようなカジノをたった一人で攻略した勇敢なる英雄なのです。私も家族も尊敬しているです」
誇らしげに語るサリーちゃん。なるほど、旧日本の魔導兵器であれば、現在のSクラスでも苦戦しそうだ。それをソロで攻略とか卓越した魔法使いであったのだろう。
「あのコアラみたいに腕にしがみついている幼女は?」
「知らないのです。ご先祖様の子供だと思われるのです」
なるほどねぇ。なんだか幼女の方は噛みつきそうな顔だけど、きっと当時の芸術家が手を抜いたんだろうね。
「ご先祖様の言葉はえいえいおー盛衰。どんなに有利に見える派閥とかでも、遠ざけることなく近寄ることなく付き合うようにとの言葉なのですよ」
「うはー。そうかもね〜。たしかに勝利に銀行レースは存在しないもん。ご先祖様って、偉いんだぁ」
ちょこちゃんが感心して頷く。やけに真剣な顔だけど、感銘を受けたらしい。
たぶん栄枯盛衰のことだと思うけど、たしかに含蓄がある。中立の立場を崩すと一気に滅ぶ家門など、歴史ではたくさんあったしね。
「それに、最近はカジノに忍び込む連中も増えて困ってるって父様が困ってたし、派閥争いに加わる余裕ゼロです」
ぷんすこと怒るサリーちゃん。まぁ、たしかにカジノには溺れるほどお金がありそうだしね。
「お金の殆どは銀行に預けると良いよ。それかファンド。そういえば有望な那月ファンドっていうのがあってね? 今は設立キャンペーン中で」
さり気なくファンドに誘うヨミちゃん。カジノのオーナーとか莫大な資金を持っているに決まってる。
けど、むぅと眉をひそめるサリーちゃん。首を横にフリフリと振ると、困った顔になる。
「それが金庫じゃないのです。泥棒さんたちはカジノの地下にあるカジノの動力炉を盗もうとしているのですよ。んと、たしかデデデンエンジン」
「──デデデンエンジン?」
何それとコテンと小首を傾げる。聞いたことないエンジン名だね。なんか間違っていそうな感じもするし。
「そうなのです。そんな名前だったのです。デメキンエンジンかもしれないです。旧世界のエンジンなのですよ。魔石を消費しないエンジンです」
うーんと可愛らしい顔をしかめっ面に変えて、エンジン名を金魚型に変えるサリーちゃん。うろ覚えらしい。
「まぁ、エンジン名なんか普通は覚えてないよね」
「どんなエンジンかは知ってるのです。旧世界のエンジンで魔石を使わずにマナを生み出すびっくりエンジンなのですよ」
「魔石を使わずに?」
得意げなサリーちゃんの言葉に、僅かに驚きで目を見開く。魔石を使わないだって? 旧世界のエンジンってそんなのがあるのか?
そうか。魔石を使わない動力炉なんかあるのか。そういえば、トラムとかも通路の壁の結界維持に魔石を消費しているとは聞いたことがない。トラム自体は魔石を消費しているとは聞くけど。………いや、そもそも伝え聞く話だけで、魔石を使っているって本当なのか?
カジノを解放したという時点でピンと来なければいけなかった。ここのカジノは旧世界のエンジンで動いているのだ。
だからこそエリクサーなどもあるのだろう。マナは魔法として発現するだけじゃない。本来は無から有を作り出す創造の力があるからだ。
旧世界のエンジンはそれを可能にしているというわけだ。
だが、マナが無ければ無から有を作り出すことはできない。なので、正確には無からではない。マナから有を作り出すのだ。
そのマナはどこから来ている? 旧世界のエンジン……。無限のエネルギーとは偽りだ。だからこそ旧世界は滅んだ。
もしかして………他世界から汲みだしているんじゃないか?
マナを汲み出すなら、石油を汲みだすようにその地とパイプラインを繋げなければならないだろう。次元の狭間ではなく、他の世界と繋がってしまった? あり得る話だ。
そう。今の魔溜まりと同じシステム。人工の『魔溜まり』というわけ。いや、今の『魔溜まり』は人工の『魔溜まり』を支配者たちが真似したのかも。
うーん、まだまだ情報が足りないな。この地のカジノに使われているエンジンを調べたいところだ。
この地のエンジンが問題点であるとは考えにくい。恐らくはもっと大規模なエンジンがどこかに稼働しているのではなかろうか?
調べる先として、候補にあげるのが、魔石を必要としない旧世界の魔道具だろう。帰ったら、目星をつけて調査できるに違いない。やったね。これまでは闇夜の中の針を探すように難しかったからね。
「ヨミちゃんもカジノに行きたいな〜。誰かお友だちが誘ってくれないかなぁ」
さり気なくお強請りをするヨミちゃんに、お友だちと聞いて、サリーちゃんが目を輝かせて胸元に手を入れてゴソゴソと動かす。
そして引き抜かれたおててには……何もなく、しょんぼりとしたサリーちゃん。
「なにか出てくるのかと思ったです」
「もう少し成長すれば、なにかを取り出せるよ!」
「来月辺りに胸元が異次元空間になる自信あるです」
「ヨミちゃんと同じ考えだ! 奇遇だね!」
「仕方ないので、今度カジノに案内するのです。ふふふ、仕方ないのです」
グフフと含み笑いをして、ちっこく丸まるサリーちゃん。これは策だ! きっと自分がカジノに行きたいからだ。策士こーめいだよ!
「この策はきっとうまく行くでしょう、なのです」
こーめいさんの自信有りげな顔に頼もしさを感じつつ、カジノを調べようと決意するヨミちゃんだった。
「そろそろご飯の時間だね! 豪華なご馳走でるかなぁ」
今日は疲れたからご飯を食べたら寝ちゃうけどね。




