10話 現状把握につき
───ログインしたのは、僅か3日前のことだった。
五感を感じさせるフルダイブ、時間を延長させる脳の時間操作、そしてキャラの人生の記憶をインストールして、まるで本当にその世界に生まれたかのような感覚を与える転生システム。
特に転生システムは危険だと私は思う。どうも感覚的には那月ヨミにおっさんの記憶がインストールされたような、思い出したような感覚なのだ。これって反対じゃない?
ヨミの人生は子供であっても多い。おっさんの自我が少女の自我に負けた感じがする。これ、ログアウトして影響でないだろうな。
赤コーナー、青髪青目の仔猫のような可愛らしい美少女那月ヨミ。
青コーナー、平凡すぎて影の薄い、草臥れたおっさん。
カーンとゴングが鳴った瞬間にヨミのワンパンTKO、おっさんダウンで終わり。
以上、バトル終了である。
そして那月ヨミの性格と記憶と自我が残るのだ。
姪っ子が突如として性格が少女に変わってしまった叔父さんを見て悲しむ……。いや、意外と面白がるかもなぁ。
他のプレイヤーはどうなんだろ? 私は少女として違和感がない。というかおっさんの記憶は便利なチートメモリーの感じがしているんだよね
「はぁ………まぁ、仕方ないよね。なにせ報酬は破格だったし」
戻った時に記憶も修正されるのを祈るしかない。首を振って、私は日が昇ってきて明るくなってくるのを、窓からホテルの窓から眺めて嘆息するのであった。
窓には青い艷やかな髪をセミロングにして、澄み切った空色の瞳を持ち、警戒心の強い仔猫のような可愛らしい美少女が映っている。眼力が強いが、力を抜くとフニャアと弱々しい目つきに変わるので擬態に便利だ。
背丈は130センチほど。14歳にして背が低すぎるけど、成長期に栄養が足りなかったからだ。なので、これからたくさんのご飯を食べれば、色々と成長するに違いない。瑪瑙ちゃんと比べるのはノーサンキュー。なぜに瑪瑙ちゃんは同じ環境なのに……。それは考えなくていいかな。
私が割り当てられたキャラ、那月ヨミだ。
今は那月ヨミとして生きよう。それがスポンサーの望みだし、宣伝にもなるからね。
ステータスボードからメインメニューを開くと、ゲーム名が表示されているのが確認できる。
『パラドックスマジック』
今回、私が雇われたゲーム名だ。
ホテルの窓から見れる光景が世界観を示している。
街並みは高層ビルやマンション、家屋に様々な店舗と、建ち並ぶ施設は都会のものだが、遠くになればなるほど廃墟へと変わっている。
とはいえ、さらに遠くにはまともなビルなども見える。要は街が廃墟の森の中に点在しているといった感じだ。
理由は簡単であり、このゲームは未来世界。内容は資源の枯渇した地球をなんとかしようと、当時無限のエネルギーとして発見されたマナを使い、極めてこの世界に近い平行世界との扉を開く実験をした結果である。
当然といえば当然で、赤ん坊でも予想できる結果となった。テンプレといえばテンプレで、見事実験は失敗。扉を開けるのではなく、別次元と融合されてしまったのだ。別次元と融合した結果、その余波で魔物たちが湧き出す世界へと変わってしまったわけ。
で、文明社会は崩壊。人類は大打撃を受けて繁栄の頂点を極めていた科学と魔法の世界は滅亡し、その数百年後、なんとか人類はマナの力を操り生きているといった設定だ。
そして、プレイヤーたちはその地にて何かを成し遂げるために遊ぶ。まぁ、よくありがちなゲームだよね。
ありがちでないのは、フルダイブと転生システムだけだ。
「うぅ〜ん、もぅ食べられないよぅ」
隣のベッドですやすやと寝ている瑪瑙ちゃんの可愛らしい寝言に、自然と優しい笑みが漏れる。
スラム地区では安心して寝れることはない。ふかふかとしたベッドで、暖かい毛布にくるまって寝ることなんかないし、強盗はまだ優しいレベルで、グリズリーラットに食べられて明日の朝日を見ることなどできない者はいくらでもいた。
でも、そろそろ起きないといけない時間だ。
「起きて〜。瑪瑙ちゃん朝だよ〜」
ゆっさゆっさと小さな手で揺する。今起きないと出掛ける時間が遅くなっちゃう。懸命に揺すると、寝ぼけ眼で瑪瑙ちゃんが起床する。
「おあよ〜、ヨミちゃん。もうあさぁ〜?」
「うん、朝だよ。朝ごはんを食べて、身嗜みを整えたら、雨屋地区に向かおうよ」
「朝ごはんっ! もう起きたよ!」
途端にシャキッとなる瑪瑙ちゃん。朝ごはんは宿泊代に含まれるのだ。たっぷりと食べていこうね。
◇
「うぅ……食べすぎた」
「もぉ、ヨミちゃん食べ過ぎだよ。5回もおかわりするんだもん」
「ビッフェタイプだったのがいけないんだよ。全部食べたくなっちゃった」
お腹を押さえて、よろよろ歩くヨミちゃんです。だって、カレーやふりかけ、蕎麦にパンと、全部食べないといけない使命感に燃えたのだ。
なので、お皿を持って、冒険者たちを押し退けて、ちょこまかと子犬のよう食べまくったのだ。
メラメラと燃えて、メラメラと燃え尽きちゃった。
いつもはぺったんこなお腹も今はぽんほこりんと膨らんでいる。
「私も3回もおかわりしちゃったけどね。えへへ」
はにかむ瑪瑙ちゃん。口元にパンくずがついてるよ。
───ホテルをチェックアウトして、目指すは雨屋家の屋敷だ。即ち雨屋家が支配している雨屋地区に向かう必要がある。
日も昇ったばかりなのに、既に大勢の人々が外では歩いている。外地区であるので、武装している冒険者たちもいるが、スーツ姿の人も多い。
外地区らしく、店舗のウィンドウは板が打ち付けられており、警備の用心棒が立っている。屋台がチラチラと見えて、朝ごはん代わりに食べている者たちもいる。
路地裏にはゴミが散乱していて、汚れた服装の疲れきった表情の痩せた人々が隠れるように座り込んでいる。
一歩道がずれれば、どん底に落ちるような社会の縮図が目の前にはあった。
冒険者たちは廃地区へ、スーツ姿の人々は外地区の仕事場に向かうのだろう。私たちは装甲バスの待つバス停だ。
すれ違う冒険者たちから汗と血の匂いが鼻に来る。そのほとんどが体のどこかを改造した亜人たちだ。荷物持ちに神人がついてきているのが見える。
早くも汗だくで必死で重いだろう荷物を運ぶ神人が私たちを見て、髪の色に気づき羨望の眼差しを向けてきていた。
その切実なる眼差しは、自分もいつかは魔人として覚醒できるかもという希望も混じっている。でなければ、身体を改造もせずに冒険者にはならない。
私たちはある意味目立っているが、装甲バス乗り場に向かう方向なので、お忍びで外に来たのかとも思われているのだろう。スーツ姿のサラリーマンはすぐに興味を失っていた。
自然ではない髪の色は単なる身体強化魔法を使う程度の魔法使いではなく、世界の理を歪める未知の法則である魔法を使える者の証なのだ。
それが魔人。人を超えた変異人類である。
希少なる者。身体を改造した亜人よりも場合によっては強靭なる身体と、理を変えてしまう強力な魔法を扱う者たちだ。とはいえ、そのほとんどは貴族から生まれるんだけどね。
ゆえに力と富の象徴でもあるため、皆が羨むわけだ。少し前の私もそうだった。
根拠なく、いつかは私は選ばれし者となると瑪瑙ちゃんへと言ってたわけだけど……根拠あったね。プレイヤーだったよ。
う、うーん。思い出すとは、本当に変な感じだ、この転生システム。まるで本当に過去が存在しているかのようだ。そんなわけないのに。
「あ、見えてきたよ。装甲バス乗り場!」
「始発のためか、あまり人はいないね」
瑪瑙ちゃんが指差す先。戸惑いが頭に残る中で、ようやく装甲バス乗り場へと私たちは到着した。
ここから隣の区である雨屋区へと行かなければならない。
この世界は人間の生息域は決まっている。それぞれにコロニーを作っており、今の私たちは元東京都の23区の一つ、木俣区にいるのだ。木俣家が支配している区というわけ。
ちなみに23区といっても、一つの区は5倍は元の23区よりも広い。
なぜかというと、一つの世界と融合したから、惑星が大きくなったのだ。重力や地軸はと科学者なら憤慨するだろうけど、文明崩壊した理由がまさにそれなのだ。
かつては機械を利用して限定的にマナと魔法を使っていたらしい。水晶とかの形で使用していたとか。それは極めて限定的で、その効果は世界を変えるほどではなかった。
だが世界が融合したために、全世界にマナは満ちて、魔法は念じるだけで使えるようになってしまった。
物理法則が崩壊してしまったわけ。
原子力発電所には原子の精霊が生まれて大暴れをして、火薬庫にはサラマンダーが餌とばかりに食べに来る。電子の世界を彷徨く雷の精霊により、データは破損。
そして重力も地軸の変更も、地球は全ては精霊と魔法の支配下となってしまったわけだ。なので、巨大化した地球でも、重力は変わらない。気温はというと、これまた不自然な環境だらけとなるんだけどね。
ぶっちゃけ冒険をするのに、日本は土地が狭すぎるからゲーム的なご都合主義だろと思ってはいるが、お口チャック。ゲームの世界観に文句をつけてはいけません。
今は封印魔術や魔道具の力で、コンピュータも使えるようになっているが、インターネットをするための衛星は全て魔物や精霊に破壊されたから、ローカルネットでの使用が精々だ。
なるほど、よく考えられた設定だよ。プログラマーは頑張ったな。
つらつらと考えながら歩いていく。分厚い魔法金属製の装甲を備えている観光バスの3倍くらいの大きさのバスが何両も停車している。
そして各区へと向かうための行列ができていた。ビジネスマン、行商人、冒険者たち。様々な人種が眠そうにしていた。
「雨屋区に向かうバスはどれかな?」
「隣の地区だから……あれかな?」
看板に従い、てこてこと歩くとガランとしたバス停があった。他のバス停は数十人は並んでいるのに、ここはたった10人程度だよ。
幼い女の子と男の子を連れている家族連れ4人に、武装した亜人の冒険者たち4人。それにフードを被ったローブ姿の大柄な男。背負子を背負った行商人ぽいのが1人。それにバスの運転手と警戒するための要員として、弓を背負ったレンジャーが一人ずつか……。
切符売り場で暇そうにあくびをしている受付へとてこてこと近づく。
「こんにちは、おねーさん」
ちょっと埃で汚れている受付カウンターに背伸びをして寄りかかり、ニパッと元気よく笑顔でおばさんにご挨拶。社交辞令って大切だよね。
「あら……バスに乗るのかしら?」
「うん。雨屋地区に行くんだ!」
青髪がさらりと流れて、期待でワクワクとぱっちりおめめを輝かせるヨミを見て、おばさんは可愛らしい娘だと相好を崩す。
だが、すぐに目に皺を寄せて小声で伝えてくる。
「雨屋区にはなにしに行くの? あそこは23区で最低の治安よ。遊びに行くなら天照区とか大国区がお勧めよ?」
私たちの髪の色を見て、お忍びで遊ぶ娘たちに見えたのだろう。新品の服に、石鹸の香り、よく寝てたっぷりとご飯を食べたので、血色の良い肌。ガッシャンガッシャンついてくる掃除機ロボット。
ロボットは護衛魔道具だとでも思われているのかも。掃除機ロボットはあれから錆取りをして、装甲を磨いたから、見た目は一応ピカピカなのだ。
どう見ても良いところのお嬢様にしか見えないのだろう。親切に忠告してくるが、ノーサンキュー。
私たちは雨屋区に絶対に行かないといけない。
「雨屋区に知り合いがいるから、会いに行くの。おねーさん、切符はいくら?」
「知り合いねぇ……。まぁ、魔人なら大丈夫かねぇ。でも気をつけるんだよ。あんたみたいのを食べようとする狼にパクリとやられちゃうからね」
「パクリ! 気をつけまーす!」
アーンと口を大きく開けて、パクリと狼の真似をする。少女の可愛らしい行動におばさんと瑪瑙ちゃんはクスクスと笑う。
受けたようだ。好感度上昇間違いなし。
なので、女は愛嬌、美少女はスマイルと、フンスと無邪気な笑顔でおばさんに尋ねる。
「だからバスに乗るの! おいくらですか?」
「一人銀貨2枚だね」
「値引きして?」
コテリと首を傾げて、瞳を潤ませてみる。
「現金払いオンリー。値引きは利かないわよ」
きっぱりと答えるおばさん。なかなかしっかりとしているね、ちくせう。
 




