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1話 プロローグにつき

『ブラッディパペッティア:SSSランク』


 目の前に輝くボードが現れていた。手品でも幻覚でもない。何もない空間に突如としてそれは現れた。


『選択してください』


 ぼんやりと非常灯が照らす荒れ果てたオフィスにて、音一つ立てずそのボードは現れると、私へと選択を迫っていた。


 額からぽたりぽたりと汗が流れ落ち、口の中に少し入ってしょっぱさで顔を顰めてしまう。走り続けていたために息は荒く、胸の鼓動はドラムのように煩く鳴り響いている。


 頭がクラクラして、なにかを思い出そうとする。


 なんなのだろうと、その表示を見て眉をしかめるが、前から切迫した声がかけられる。


「ヨミちゃん、急いで逃げないと! もう少しでチームの所だよ」


 その声に考え込んでいた私はすぐに気を取り直す。考えるよりも足を動かさなくてはならない。


「わかった、すぐに行くよ!」


 頷いて、無理矢理息を整えると走り出す。


 土が積もり、もはや床も見えないオフィス。机も椅子も錆びており、埃どころか土が積もりその上にはカビが生えて緑色だ。もはや幾年経過しているかわからない。


 その合間をコケないように気をつけながら走る。石ころでもあったのか、ぶつかってカチンと転がる音がする。


 窓を見るとコンクリートの建材が枠組みだけを残して、ポッカリと穴を開けているようだ。外は星空が垣間見えて、高層にいるために暗闇の中で地面は見えない。周辺も暗闇に支配されていて、他のビルが何棟かぼんやりと部屋内に灯りがついているのが見えるぐらいだ。


 もはやこのビルが廃墟になってから何年経過しているのかもわからないのに、不思議なことに天井はぼんやりと光っている。そのために、暗闇で右往左往することなく走ることができる。


「ギャッギャッ」


 オフィスを飛び出て、入れ替わりに入ってきたのだろう。嫌悪と邪悪を煮詰めたような嗄れた声が聞こえてきて、ガッシャンとデスクを蹴飛ばす荒々しい音が耳に入る。


「ご、ゴブリン、ゴブリンが来たよ!」


 私が追いつくのを待っていてくれたのか、恐怖で顔を強張らせた少女が悲鳴をあげる。私をおいてさっさと逃げれば良かったのにと思いながらも、その優しさに笑みが溢れてしまう。


 少女へとついていこうとすると、後ろから小さな音が響く。


 ガチン


 と、後ろから金属音が聞こえてきた。


「伏せてっ!」


 バッと少女へとタックルをして、無理矢理押し倒す。同時にパンと乾いた音がして、すぐ横の壁に小さな穴が開く。


「ギャッギャッ」


 再びゴブリンの鳴き声が聞こえてきて、舌打ちをして押し倒した少女へと手を差し伸べて立ち上がる。


「大丈夫?」


「す、少し頭を打ったけど、なんとか」


「それじゃ走るよ! ゴブリンが弾込めしている間がチャンスだ!」


「う、うん!」


 手を繋いで再び走り出す。土が積もり、雑草が繁茂している廊下は既に洞窟かなにかと同じにしか見えない。その中を懸命に走って角を曲がる。


 角を曲がる瞬間になにかがオフィスから顔を覗かせるのがちらりと見えた。小学生のような小さな体躯、緑色の肌、鼠のような顔に、口からは小さな牙を覗かせている。


 そして左手はライフルになっていた。粗製濫造されたような錆びたライフルだが、腕と融合しており肉が植物の根っこのように張り付いている。


 ゴブリンだ。のっそりと歩きながら、廊下へと出てくるその足は遅いし、力もないし体力もない。なので不意打ちなら子供ですら勝てる魔物。されど、片手についたバイオライフルの力で大人すらも殺せる化け物であった。


 私たちはその姿を目に入れて、すぐに通路を進むのであった。


 鍾乳洞のような土とカビ、そして雑草だらけの不安と恐怖を覚えさせる通路を走っていくと、通路の前方に非常灯ではない強い光が部屋から漏れて出していることに気づく。


「やったよ、ヨミちゃん、チームの皆だよ!」


「うん、これで安心だね、良かったぁ〜」


 喜びを露わにして少女が笑顔になり、私も安堵して笑みとなる。そうして、部屋の前に辿り着くと、銃口が突きつけられてきた。


「あん? なんだお前らかよ。焦らせるんじゃねぇ」


 頬に強く突きつけられてムッとしてしまうが、もう片方の手に懐中電灯を持っており、その光で照らされた相手の顔は恐怖を空元気で上塗りした表情で、無理矢理笑みを作っていたので黙っておく。


「ゴブリンが出たんだろ? お前らは明日から客をとるんだから、身体を大事にしねぇとなぁ」


 へっへとフザケた笑いをしてくるので、同情心を綺麗さっぱり無くす。


 睨むまでもない、軽蔑するほどでもない。この男は軽口を叩いて人を蔑み、弱者をからかい緊張を忘れようとしているだけだ。相手にするだけ時間の無駄というやつである。


「通らせてください。もう後ろにゴブリンたちの群れが来ていますので」


 私の腕を掴んで、守るように引くと、少女は強気の言葉を男に吐く。男は少女の不躾な態度に一瞬不愉快な顔になるが、すぐに舌で自分の唇を舐めるとせせら嗤う。


「へっ、強気だなぁ。だが俺はちょっとは金があるんだ。明日とは言えねぇが、暫くしたらお前の相手をしてやぶっ」


 最後までセリフを口にすることなく、男は頭を跳ねられたように横に揺らして倒れ込む。地面に倒れ込んだ男の額から血が流れていくのが垣間見えた。


「ギャッーギャッ!」


 ナイスショットとでも喜びの鳴き声をあげているのか、通路の奥からゴブリンたちのはしゃぐ声が聞こえてきた。


 暗闇で懐中電灯を照らしていたから、男は良い的になってしまったのだ。


「それでも普通は当たらないよ。命中率が極端に悪いゴブリンライフルに殺られるなんてついてないね」


 倒れ込んだ男の側に寄ると、素早くライフルと懐中電灯をとっておく。もう死者には必要ないものだから、貰っても良いだろう。


「よ、ヨミちゃん。逃げないと!」


「うん、大人たちの邪魔になるもんね」


 部屋から仲間が倒されたことに激昂した大人たちが飛び出してくる。皆がライフルを持っており、気休めの革服を着込んでいる。


「野郎っ、ゴブリン風情がっ!」


「ぶっ殺してやんよ!」


「オラァ、鋼鉄の獅子団を舐めんなよ、こらぁっ!」


 大人たちがライフルを構えて、口汚く罵りながら引き金を引く。


 パンパンと乾いた音がして、通路の奥へと弾丸が飛んでいき、対抗するためにゴブリンたちも撃ってくる。あっという間に銃声が響き渡る戦場へと通路は早変わりした。


 とはいえ、お互いに命中弾はない。ゴブリンもこちらも粗製濫造のボルトアクションライフルを持っているが、その銃身は歪んでおり、とてもではないが20メートルは離れたゴブリンたちに命中はしない。


 先程の男の運がとんでもなく悪かったのだ。


 撃ち終わった男の一人がガチンと撃鉄を引き、集中する。男の身体から靄のような物が発生すると、ライフルに吸い込まれていき、カチャリと弾丸が装填された音がした。すぐに男は通路奥へと銃口を向けて撃つと、再び撃鉄を引き、集中し始める。


 マナを弾丸へと変えるマナ充填式ライフルであるためだ。弾丸は己のマナ、即ち魔法力となる。マナが尽きるまで撃つことができるが、見ての通りゴミに近いバカライフルだ。


 お互いに当たらないのも当然だ。大人たちの持っているライフルはゴブリンライフルを改造した物で、命中率が悪すぎるバカライフルであるからである。


「こっち、こっち。ここなら大丈夫だと思うよ」


「うん、隠れちゃおう」


 少女が壊れた業務用の冷蔵庫の扉を開けて手招きしてくる。扉のマグネットの磁力も弱そうで中から苦もなく開けられそうだ。


 小柄な二人なら何とか入れた。どうやらここは元は食堂のようだった。長机が放置されて椅子が何脚も転がっている。土が積もっていないのは、きっとここにいた男たちが使っていたからだ。


 様子を見ていると、段々とこちらが劣勢になっていっていた。ライフルを持つのは大人5人。相手は少なくとも20匹はいたのだから、どちらが勝つかは目に見えていた。


 部屋にはそれ以外には一人だけ男が後方で立っており、他はいないのでうまく避難したんだろう。立っている男はここのチームのボスだ。


「勝つよね? 大丈夫だよね? 大人たちだもん」


「うん、きっと大丈夫。だってボスが戦いに加わってないし、まだ余裕だよ」


 身を寄せあいながら小声で喋って、震える少女の肩を優しく擦る。


 本当に大丈夫だろうかと見ていると、段々と近づいてきたのか、ゴブリンたちの鳴き声が大きくなっていき、男たちは反対に押し下がる。


 このままだと負けるだろうと思ってみていると、中肉中背で多少顔が厳ついボスが面倒臭そうにようやく助太刀に入ってきた。


「しょうがねぇなぁ。俺様の力を見せてやる。てめぇら下がってろ!」


筋力増加パンプアップ


 その体から靄のようなものが漂うと、驚くべきことが起きた。ボスの身体が膨れ上がり、服がパンパンとなってはちきれんばかりとなったのだ。


 血管が浮き出ていて、筋肉の鎧を身に着けたボス。皆がその様子に心強そうな笑みを向けるが、その隙が致命的となりゴブリンたちが遂に通路から部屋へと踊り込んできた。


 慌てる男たちへと銃弾が撃ち込まれて、次々に倒れていく中で、ボスは舌打ちをしつつ、防御をする様子もなくゴブリンたちへと突っ込んでいく。


「ギャッギャッ」


 至近距離なら外すことはないと、ゴブリンたちがライフルを向ける。弾丸が放たれて、ボスへと命中をするが……。


「いってぇな、このゴミ野郎共めっ!」


 命中したにもかかわらず、ボスの身体には浅い傷しかなかった。


 怒りの声をあげて、ボスが腕を一振りするとメシャリと顔を陥没させて、ゴブリンはあっさりと吹き飛んだ。そのままボスは手近なゴブリンを掴んで壁に叩きつける。穴が開くかというような強い蹴りでゴブリンを蹴っ飛ばす。パンチを繰り出しミンチにする。そうしてゴブリンたちを殺戮する吹き荒れる暴虐の嵐となった。


「すげえっ、さすがはボスッ!」


「頼りにしてまっせ!」


 銃弾をものともしない筋肉の鎧を身に着けたボスに称賛の声をあげる男たち。ボスはニヤリと笑うと他のゴブリンたちも倒していき、やがて全滅させるのであった。


 そうしてびっしょりと汗をかいたボスが周りを見渡して、満足そうに腕を曲げる、


「てめえら、あの程度でオロオロとおたつくんじゃねぇよ! 俺様が後ろにいるんだ。ドシンと構えてな、ドシンとな」


 胸を張り、得意げにするボス。男たちが申し訳なさそうにへつらいの笑みになった時であった。


 ドシンと音がして、ビルの壁が崩れる。


「な、なんだこいつ! がっ、は、離せ、こいつ離せ!」


 崩れた壁から、グローブのような手がぬっと突き出てくるとボスの顔を掴む。


 万力のような手の力により、ぎりぎりと顔を潰されてボスは何度も掴んでいる腕を叩くが、その力は緩むことはなく………。


 グシャッと音がすると、潰れたトマトのように顔は潰されて、ゴミのように捨てられるのであった。


 心強いボスがあっさりと殺されたことに現実感が無いのが、呆然としている男たち。崩れた壁から腕が伸び、身体が抜け出てくる。


 それは3メートルはある背丈の、緑の肌と鉄の肌を半々に持った巨大なゴブリンだった。その筋肉の量を見るに、もはやゴブリンとは呼べずに鬼と呼んでも良いかもしれない。


「は、はゃぁ、ゴブリンリーダーだ!」


「う、撃てっ、うでぇ」


「来るなこらぁ、やんのかゴラァッ!」


 ようやく気を取り直した男たちが恐怖の表情で、銃を撃つ。だが、ゴブリンリーダーと呼ばれた化け物は銃弾がいくら命中しても痛痒を感じることもなく、まるで林檎でももぐかのように男たちをの首を次々とねじ切っていった。


「あぁ……ど、どうしよう、どうしよう………」


 殺戮の光景を目の当たりにして涙ぐむ少女。私も諦観の心になった時に、またもや目の前にボードが現れた。


『ブラッディパペッティア:SSSランク』

『効果:この職業についた場合、全能力がプラス100となる』

『性能:生命体、物質、その他関係なく、自らの血とマナを撃ち込むことにより、人形として操れる世界でヨミしか就けない殺戮の血の傀儡師』


『この職業になりますか?』


『はい・いいえ』


 その表示は信じられないものであった。頭がクラクラして激しい頭痛が走る。


 表示どおりなら、途轍もない力を手に入れることができると確信する。


 きっとゴブリンリーダー如き、操ることをしなくても倒せるだろう。


 それは福音であり、自分の悲惨な運命を変えてくれるものだった。


 ずっと弱者だった私の運命を変えるもの。


 私が何者かを思い出させてくれる衝撃をガツンと与えてくれた。


「ふふふ、クスクスクス」


 だから笑ってしまう。


 心の底から楽しくて笑ってしまう。


「よ、ヨミちゃん?」


 私が嗤っていることに、戸惑った顔になる少女。その瞳にはたしかに可笑しそうに嗤う私の姿が映っていた。


 ザンバラに切った黒髪を肩まで伸ばし、弱さを感じさせるか弱い目つきと泥で汚れた顔と、薄汚れた服を着た少女の姿が映っていた。


 そして、この職業を選べば薔薇色の人生となるだろう私の最後のみすぼらしい姿があった。


 だからこそ、私は楽しげに宣言する。


「いいえと答えます。ノーと返してあげちゃうよ。お断りだと蹴っ飛ばそう」


 にやりと口角を吊り上げて、私は宣言する。


「私はつまらないありがちな極悪に強くて冷徹な殺人鬼の悪役として人生を過ごすつもりはないよ。私はね……」


 そうなんだ。こんな展開はノーサンキュー。


「面白おかしく、時には冷徹で、時にはコメディアン風に、人生を楽しむのが悪役だと思うんだよ」


 そうして、全てを思い出した私は、再び嗤うのであった。

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[良い点] 「いいえと答えます。ノーと返してあげちゃうよ。お断りだと蹴っ飛ばそう」 え?ならんの? (スクロールして作者を確認) うん。ならないよね! この妙な信頼感よ…
[良い点] おもしろい。 [一言] この章をありがとう、先生. 今度こそはよろしくお願いします
[良い点] 更新ありがとうございます。 次も楽しみにしています。 [一言] ゴブリンがゴブリンしていないだとっ!?
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