第九話 未登録
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人は生まれると認識コードを電脳台帳に登録される。それは二〇二九年から開始され、二〇三〇年二月には、全世界の人々が登録されたことになる。もちろん数人の未登録者も存在するとは思うが、世界は統一に前進し始めた。
認識コードとは、肉体から発せられる生体電波を数値化したものであり、指紋や虹彩認証と同じように固有の物だ。
そして二〇三〇年四月に全世界が出資して作られたメタバースが開始される。それは想像を絶するものであり、リアルとの違いが分からないほど一驚だった。やがて人々は現実から仮想へと住処を移すことになる。
「電脳台帳に登録がないってどういうことだ?」
とバージル課長が怒鳴ると、もう一度検索をし直す刑事。しかし結果は同じで登録されていない者だと分かった。見た目は三十代前半。黒髪茶眼で左目の下にホクロがある。フェイスマンの目撃情報と合致する。
「この歳まで電脳台帳に登録なしで生活するのは不可能だ。支援者の存在を疑うべきだろ」
と驚きのあまり強い口調で話すバージル課長を見て、フェニクスは腕を組み、あらゆる角度から検証を行うが、バージル課長と同じ意見だった。
「お前ら徹底的にこいつの周辺を調べろ。嫌な匂いがする」
一課の刑事が何名も飛び出していった。ここは一課の管轄だから四課は手出しできない。どうにかして四課に持っていきたいのだが、今のところ策がない。
――まいったな。
「中に入っても?」
「あぁ、構わん」
その言葉を訊いて、取調室に入るとフェイスマンの目の前にある椅子に座る。顔は完全にフェイスマンなことに驚いてしまうが、ゆっくり話を訊こう。
「何故、グリフォンに乗ったのか話してくれるか?」
「私は、死にたくない。だからグリフォンに乗って逃げるつもりだった」
「操縦方法は知らないよね? 機密情報だし君が知る手段はないのだけどな?」
グリフォンは世界を統一するために作られた戦闘機で、牙を向ける国をことごとく破壊していった。焦っていたのは地球の環境が危険レベルに達したからで、人類滅亡まであと一年と、AIであるベアトリーチェが導き出した。
「でっ、何故、操縦ができた?」
「知っていた。何故か分からないけど、操縦方法を知っていた。あの機体に乗った記憶がある」
人類連合は「世界は一つになるべきだ。環境破壊を止めよう」と何度も訴えかけた。だが耳を傾ける国は半分にも満たなかった。そこでグリフォンを派遣し武力介入するしかなかった。全てはAIが導き出した救済シナリオ通りだった。
「ここに指を置いてくれるかい?」
フェニクスは、黒い八角形の機械の上に人差し指を乗せて、トントンと叩く。これはメモリスキャンと呼ばれる機械で、脳内のメモリチップを読み取る機械だ。
すると躊躇することもなく、右手を機械の上に乗せる。もしも脳内にメモリチップがあるのなら、これで映像が観えるのだが、黒い画面しか映らない。どうやらメモリチップは持っていないようだ。
フェニクスはメモリスキャンに手を置くと、フェイスマンの顔と『お父さんよ、お母さんよ』と言っている映像を見せた。
「これは君にそっくりだが、どういうことだい?」
「違う。これは俺じゃない。こんな顔はしていないし、こんな声じゃない。俺じゃないんだよ」
「ちょっと鎮静剤を飲もうか、落ち着くから」
と言うと刑事が一人入ってきて、鎮静剤を手の平に乗せる。そして水の入ったコップを机に置くと、フェイスマンの眼に力が入り怯えだした。薬は床に転がり、水はコップから零れて机を濡らす。
「違う。違うって言っているだろ! 何でなんだよ。何で……」
「ちょっと落ち着け。俺たちは何かするわけじゃない。事情を訊いているだけだろ」
フェイスマンは急に立ち上がると、後ろに倒れる椅子。ウロウロと回りながら呟く行動は正常ではない。鎮静剤は拒否されたため、強硬手段に出るしかない。これはフェイスマンを守るためでもある。
フェニクスは立ち上がりフェイスマンの右腕を掴むと、後ろに回り関節をキメて動けなくする。すると一人の警察医が注射器を持って腕に刺すと、強めの鎮静剤は直ぐに効いて、その場に座り込むと眠ってしまった。
「何が起きている?」
四人の刑事に持ち上げられ、留置場へと運ばれて行く。このまま四課に運んでメタバースに入れたいのだが……、と思いながらフェイスマンを見ていた。
するとバージル課長がフェニクスの所にやってきて、不思議そうな顔をしながら腕を組んで話し始める。
「記憶喪失の線で調べるか? まず虚語の可能性はないだろう。素人でもグリフォンは操縦できるのか?」
「グリフォンの操作性は簡略化されている。コクピットに乗れてしまえば誰でも操縦可能だろう。ただし認識コードで照合されるのでパスできればだけどな……」
だが認識コードの照合結果がなしの場合、どのような挙動を示すかは分からない。しかし想定外とはいえ普通に考えてセキュリティーは突破できないだろう。ならどうやってグリフォンを操縦したかという疑問が残る。
「バージル課長。俺は四課に戻るよ」
「分かった。何かあったら知らせる」
そして建物を出て電子タバコを咥えると、青い空に白い雲が見える。地球も綺麗になったものだと呟いて、そよ風に乗って煙が空気に溶けていく。
フェニクスは四課へ戻り電脳台帳を検索してみる。名前の未登録の者はなし、性別も血液型も生年月日も、未登録者はなしだった。次に登録されている顔写真を確認したところ、未登録者はなしだった。
だが気になったのでAIを使い似ている顔を持つ者を集めさせた。膨大なデータのために結果は明日出る。
フェニクスはゲートコネクションを開いてマクベスの所へ飛ぶ。相変わらずの地下通路。水は滴り、蛍光灯は点滅し、切れたコードは火花を散らす。
「なぁ、マクベスさ。協力的になれよ。もうすぐ十八歳だろ。司法取引って手もあるのは知っているだろ? 刑期を減らす方法を考えたらどうだ? トップクラスのその頭脳で考えれば答えが出るだろ?」
「何をしても上が黙ってはいない。奴らの都合の良いようにメタバースを改変するつもりはない」
白髪紅眼のマクベスは首を絞めてきたが、肉体をすり抜けて触ることすらできない。大量の毒蛇が足元を這っていようと、大量のタランチュラが上から降ってこようとも、身動き一つ取らずにマクベスを見る。
「お前の額にある赤いのはニキビか?」
「違う生まれつきだ……、それより何しに来た。言いたいことはそれだけか?」
「お前、この前一人意識不明にしただろ。そのせいで刑期が加算されたぞ」
そう、この前アヤネを意識不明にしたことで裁判が執り行われたのだが、さきほど刑期が決定された通知が届いた。この世界は加算法と言って犯した罪の全ての刑期を合算する。よってマクベスの刑期は三百十年となった。減るどころかますます増えていく。
子供たちが虫を捕まえ死なせてしまうように、当時八歳だったマクベスはメタバースの中で人を殺してしまう。幼い子供が犯した罪よりも、その才能に注目が集まった。情状酌量の余地も残されていたのだが、面接に来る者をことごとく殺したことでそのチャンスを逃した。
人類連合はマクベスをここから出す気はないのだろう。生かして捕まえておく理由は分からない。だが少年法で守られていたマクベスは十八歳となり、死刑という選択肢が増えることになる。
「犯人を捕まえるごとに、一人につき一年の刑期が減らされるとしたらどうだ?」
「それを証明するものはあるのか? 電子契約書を持ってこい」
「いずれ持ってきてやるさ」
と言って鉄格子を左手で握りながら、マクベスを見る。
「闇には光を照らし、争いには話し合いが必要だろう。
苦しみには愛を持って接し、怒りには無欲を示せ。
涙は抱擁で分かち合い、すれ違いには握手を交わそう。
道徳に背いたのなら、手を翳し誓いの言葉を述べよ。
天に捧げる祈りと共に、我らに幸あれとここに願う。
アドナイ旧約聖書:第二章七節」
これは聖書の一節だ。
フェニクスは振り返り、マクベスに背を向けて消えた。
お読みいただきありがとうございました。
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