第十八話 八咫烏
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「スノーどこだ? スノーはどこ行った?」
と言って盛り上がっている布団をめくると、きゃっきゃっしているスノーの身体をくすぐり、右腕で抱きしめると食堂へ向かって歩き出す。スノーをチャイルドチェアに座らせて食券を二枚買うと、給仕の元へ行き料理を受け取る。
「スノーちゃんいい子に待てるのね。偉いわねー」
「はい、四課のメンバーにも慣れましたし助かりますよ」
と言って両手で持って、スノーが待つテーブルに料理を置いた。スノーが自分で食べられるように専用の箸とスプーンとフォークを買い、スノーはそれを使って料理を食べる。
白米に鮭に目玉焼き、そして豆腐の味噌汁は定番でほっとする。教会で生活していた頃は毎日腹が鳴っていた。こうして腹一杯食べられることに、感謝しなくてはならない。
スノーは料理を上手く口に運び、もぐもぐと噛んで食べている。箸も上手く使い熟すのを見て、この躾はコールドスリープを想定してのものだと分かる。本当の両親から教わったものだろう。将来目覚めた時に、困らないように教えたのだ。自分たちが生きているか分からないから……。
食べ終わり給仕の所へ行くと、今日もおばちゃんがスノーにドングリ型のアイスクリームを口の中に入れてくれる。
スノーは両手でほっぺたに触れ「おいちいのぉー」と満足な顔をする。
四課へ行ったフェニクスは、オフィスに入るとショートカットのファーストが近づいてきた。「スノーちゃんこっちおいでっす」と言いながら抱きかかえると、ジェットコースターと言って遊んでいる。スノーもお気に入りのようできゃっきゃっ言って喜んでいる。
「イメチェンしたのか?」
「はいっす。ロングの時は切る気なかったっすけど、いざ髪を伸ばすとなったらショートもいいかなって思ったっす」
この世界は髪を自在に伸ばすことができる。細胞を活性化させ栄養を与えることで、細胞分裂を促し、髪を急速に成長させる。これはあくまで応用であって、もともとは傷口を塞ぐことに利用されていた。
「第十四クラスタ・第二セクタ・エリアDで強盗事件発生。場所はドゥッカ博物館。四課は至急現場へ向かってください」
「ハルノさん。スノーをよろしくお願いします」
「はい、分かりました。スノーちゃんおいでー」
「あい!」
ハルノさんは婦警で、子供を四人も育てているベテランだ。保育所に預けることも考えたが、二人の数奇な運命を考えたら、一秒でも多く側に寄り添いたいと思ったからだ。
フェニクスたちは潜深仮想機器に入り、目の前が暗転するとメタバース内の四課のオフィスに出た。マシューは深層接続補助機を被り、戦闘態勢は整ったようだ。フェニクスは青いゲートコネクションを開き、接続するとドゥッカ博物館に出る。
マシューの肉体が赤色と緑色の文字に包まれ、ログを解析していると、ある一点を指差した。
「足跡をみつけた。行くよ!」
すると周りに巨大な緑色の壁が現れる。これはマシューのファイアウォールだ。緑色の液体の中に、大量の人の顔が浮沈している。相変わらずセンスがいい。
マシューの後をつけて走り出すと、黒いフード付きローブを纏った二人組が見えた。奴らとの距離五十メートル。こちらに気がついたのか、一瞬で海の上に立っていた。
マシューとファーストは大丈夫。気がかりなのはアビスだ。振り返って見るとイカダのような物の上で、波に揺られている。
「まるでオセロみたいですね」
「それなら白黒つけようじゃないか」
とフェニクスは咄嗟に幻覚を解除し、犯人に言い放つ。すると犯人の一人がローブを脱いで、身の丈よりも大きな両手剣を取り出した。大きな剣を見て負けずにフェニクスも武装転送を要請する。
「マユミ。武装転送してくれ」
「認識コードを確認しました。フェニクス警部補の装備を転送します」
フェニクスはローブを脱ぐと、換装ユニットに装備が転送され、両肩に黒いタワーシールドと、右手に大きな両手剣であるヴォーパルの剣を持つ。大きなタワーシールドを二つも身につけているのに、フェニクスはこの両手剣を片手で振り回す。
犯人の顔を見て、犯罪者リストのデータが、ある男を指し示す。
「へー、S級犯罪者のイントとはね。確か八咫烏のメンバーだろ。隣もS級犯罪者みたいだし、何を盗んだのか気になるね」
「警察のエースであるフェニクスとマシューですか、相手にとって不足なしですね」
ショートカットの青髪に碧眼、そして目の下にまっすぐ伸びたタトゥーが印象的だ。そして百八十五センチと長身だが、二メートルのフェニクスの前では、その高身長も小さく見える。
そして走り出すイント。剣と剣が交わると金属音を散らし、にらみ合いが続くが、二メートルの高さから振り下ろされる両手剣の威力を見て、イントは後ろに下がり次の一手を考えているようだ。
すると一面が砂漠になって、砂のドラゴンがもう一人に喰らいつく、かぶり笠が脱げて顔が露わになると、それを見たフェニクスが声を張り上げる。
「おいおい、S級犯罪者のロングかよ。こんな所で会うとわな」
「お二人には会いたくはありませんでしたね」
ロングは髪を後ろで結び、黒髪紅眼の百七十八センチの男だ。ローブに両手が隠れ、どんな戦い方をするのか不明だ。
黒いコアに砂が集まると五メートルほどのゴーレムが出来上がった。ロングに突進すると、急に真っ暗闇に包まれた。近くだったマシューすら見えない。
とっさに盾を構えるフェニクス。敵の攻撃を盾によって受け止めると、金属のぶつかり合う音が広がる。マシューは音を光に変換すると、暗闇に光が灯され奴らの姿を捉えた。
走り出すフェニクスとゴーレム。フェニクスはゴーレムの肩に乗ると、ジャンプして高い位置から剣を振り落とす。狙いはロング。だが後ろに下がるロングは闇の中に姿を消した。
ゴーレムがイントを狙って殴りかかると、剣で受け止めるが後ろに吹き飛ばされる。マシューはその衝撃を反対に変換すると、こちらに吹き飛んでくるイント。ゴーレムの拳をダイレクトに食らい、手放した剣が宙を舞い、回転して大地に突き刺さる。
フェニクスは上空からイント目がけて剣を振り下ろすと、飛散するパーティクルのように姿が消えた。
「逃がしたか?」
「まだだ、奴らはファイアウォールの中だ」
一瞬で暗闇が砂漠に変った。すると無数の砂の蛇が、ある一点に向かって襲いかかると、イントが姿を現し砂に埋もれていく。それと同時にアイアン・メイデンが現れ無数の鎖がイントに絡みつく――その瞬間マシューの後ろに現れるロング。
首元を切られたマシューは、姿が砂に変り砂時計のように崩れていく。そして待ち構えていたように、棺桶が現れ無数の縄がロングを捕らえると、拘束して棺桶に入れ砂漠に埋まっていく。
アイアン・メイデンの蓋が閉まり、大量の血が砂に染み込んでいく。こちらも砂漠に埋まり空気がなくなり窒息している頃だ。
「やったか?」
「分からない……けど、手応えはあったよ」
開くアイアン・メイデンの中には、アビスが串刺しになって血を流していた。
「先輩、痛いですよー、助けてください」
容赦なく剣を突き刺すと、飛散するパーティクルのように姿を消した。もしやと思い棺桶を開けると中身は空だった。捕まえた手応えはあったのだが、どう逃げ出したかは不明だ。
「追うよ」
と言うマシューの後についていくと、堅固なファイアウォールに穴が空いていた。まるで溶けたように断面がぐにゃぐにゃだ。
「これはバックドアだね。そんな短時間に設置できるものじゃない。二人を逃がした第三者の存在が疑われる」
「マシューのファイアウォールに、穴を開けるとはな……」
「相手はやり手だね。これから何を盗まれたか調査する。護衛よろしく」
と言って沢山の文字に包まれていく。赤色や緑色の文字がスクロールして、早過ぎてその残像しか見えない。今、マシューの頭の中では無数の演算が行われているのだろう……、すると文字が止まった。
「盗んだのは回る砂時計だ。何故、これを盗んだのかは調査する必要があるね」
お読みいただきありがとうございました。
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