第十五話 女の子
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二章の始まりです。
さて、洋服は着させたが食事はどうしよう。食堂が閉まってしまう。捜査員全員がそうだが今日は昼食を食べていない。腹の虫はご機嫌斜めで鳴きまくりだ。
フェニクスは女の子を抱きかかえ、人がまばらになった食堂に入る。女の子をベンチ椅子に寝かせると、Aコースの食券を買い給仕から食事を貰う。いつものように山盛りご飯にしてもらい席へ行くとまだ眠っている。
「うーーん」
「おっ! 起きたのか……。腹が減っているだろ、食うか?」
「マーマー?」
と起き上がり、眼を擦りながら食堂を見回している。たくさんの椅子がありテーブルがある。いつもは人で溢れているが、静かな時間帯で良かったのかもしれない。
「自分の名前は分かるか?」
「うんちょね」
名前がないと呼ぶ時に困るし、若干だが苗字を期待している。父親や母親に繋がる情報だし、この子には親が必要だ。病気が治った知らせが届けば迎えに来る手はずだろ。そのためにフェイスマンや、あの研究所に預けたのだから。
クローンは親を求めてはならない。所詮はコピーでしかないし、道具のように使われる役目がある。でも親が生きているのなら遠くから一目見られるだけでいい。戦争孤児と訊いていたから会うことを諦めていたけれど、両親が生きている可能性に喜び、また会えることを諦めなくてはならない。
「うんちょね。うんちょね。わかりゃないの」
「分からないか、まっ、仕方がないな」
ジーーーーーー。
「んっ! 食いたいのか?」
と言ってアジフライを口へ運ぶと、はむっと齧りつきモグモグしている。米を食べ、アジフライを食い凄い食欲に驚いた。最低限必要な栄養はあの緑色の液体から摂れるが、腹の中は空のはずだから目覚めたら空腹になるのだろう。
結構食べたからか、お腹が膨らんでいる。フェニクスは女の子を抱きかかえ部屋へ帰る時だった。給仕のおばちゃんが話しかけてくる。
「アイスクリームあげようか?」
「あいちくりーむなの」
と大声を上げると、食事をとっている数名がこちらを見上げる。するとおばちゃんがドングリ型のアイスクリームを口の中に入れてくれた。頬っぺたを両手で触り、満面の笑みでおばちゃんを見ている。
「ありがとうございます」
「フェニクス警部補の隠し子なのかしら? そっくりよ」
そう、そっくりなんだ。フェニクスの子供の頃の写真を見れば性別の違いはあるが、そっくりだと自分自身でも分かる。育ちによって人格は形成される。だから同じクローンでも、顔つきや体格など変わると言われている。
「隠し子とは違うのですけどねー」
だが、その違いがよりリアルに親子だと勘違いさせる。それならそれで構わない。フェニクスの方が年上なのだから、面倒をみるのは当たり前のことだ。
おばちゃんにお礼を言って部屋へ帰ると、布団に横になった。布団とローテーブルしかない簡素な部屋だが、二人で暮らしていけるだけの広さはある。
すると女の子も布団に入り丸まっている。時計を見て午後九時と分かると欠伸が出た。まだ寝る時間ではないが動けなくなってしまい、スヤスヤと寝息を立てる女の子と共に、フェニクスも目を閉じることにした。
◇◆◇◆
次の日、職場に女の子を連れて行くと、マシューが驚いた顔をして近づいてくる。フェニクスは右腕で抱きかかえ、女の子はフェニクスの顎髭を触り遊んでいる。すると似ていることに気がついたマシューは、「クローン?」と訊いてきた。
研究所へ行ったことを知っているので、状況を把握していればその答えが出るだろう。だが答えは違う。
「俺がクローンでこの子がオリジナル」
「えっ! どういうこと?」
瞳に疑問符が浮かぶマシューを通り過ぎ、フェニクスを見た部長が手招きをしている。その内容はフェニクスの子かという質問だった。そして机から家族寮のパンフレットを出して渡してくる。
「いやー、まだ独身寮でいいですよ。結婚してないし」
「お前が未婚で育てるのか?」
何やら話が当惑しそうなので、笑いながら立ち去ろうとすると、遠くからアビスとファーストがやってくる。
「俺の方が先に入ったんだからな」
「いんや、違うっす。あたいの方が先に入りましたー」
「何やっているんだ、お前ら」
と言うと、どっちが先に出社したかで競い合っているそうだ。何か世の中は平和だなと思っていると、アビスがフェニクスを見て口を開けたままフリーズした。そんなにおかしなことかとファーストを見ると、女の子の頬っぺたを触り遊んでいる。
こういう時は女の子の方が、扱いが上手いなと見ていると、きゃっきゃっして嬉しがっている。両手を広げて抱っこを要求するファースト。仕方がないなと渡すと走り回ってジェットコースターとか言って騒いでいる。
「この子、誰の子っすか?」
「こんだけ似てれば分かるだろ。だから凡人は……」
と言ってフェニクスの方を向くアビス。変な想像はよせと肩に手を乗せて顔を見ると、親指を立てられて「分かっていますよ」と言われてしまう。絶対勘違いしているのは見て分かるのだが、説明が面倒臭い。
すると通話が入ったので繋げると、科捜研のマチルダだった。
「押収した幻覚系麻薬GODを確認したわよ。フェイスマンの映像はなし、変な声の類もなし、元の薬に戻ったようね」
「そうか分かった。ここで大量に押収できたのはラッキーだったよ。決して無くなりはしないが地道に活動するしかないだろう」
そう言って回線を切ると、コーヒーを入れてソファーに座る。すると目の前にマシューがコーヒーを持って座る。その目は真剣そのものだった。何の件か分からないが話しを訊くとしようか。
「フェイスマンはどうなったの? それと脳再格納は完成したの?」
するとアビスもファーストも近づいてきた。丁度良いから話しをすることにしよう。オリジナルのフェイスマンはリーガル博士の研究成果なこと、フェイスマンは人の手によって創られた生命体であることを話した。
幻覚系麻薬GODに、フェイスマンの映像と声を入れたのはこの組織だった。金を払い薬のデータ内に情報を書き込んだと分かった。それが製造元なのか販売元なのかは分からない。
今回の一件で逮捕者はなしだったこと。人類連合が研究員を派遣して、管理する組織になるだろうことを話した。
「人類連合は独り占めするつもりですか?」
「その可能性は高い。魅力的な研究だからな。そして成果もあげている。フェイスマンは拒絶反応を示さない特異体質だ。脳再格納にとって理想的な肉体だと言える」
「その組織でフェイスマンのクローンを作っているってことですか?」
アビスの質問に頷いて答えた。コーヒーを口にして喉を潤すとファーストに抱かれている女の子を見た。この子を助けるためにフェイスマンを用意した。リーガル博士の研究成果があれば、世の中は大きく変わるだろう。
「生まれながらの体質ですか? それとも作られたとか?」
アビスの質問に対して天井を見上げた。そして真っ直ぐに視線を戻すと女の子が笑っている。人間のクローンが日常茶飯事に行われている。規制してもそこに魅力的なものがあるのなら、人間は手を出してしまう生き物だ。禁断の果実を食べたアダムとイヴのように人間の本質は変わらないのだろう。
「今から二十年以上も前の話しだ。そんな昔にリーガル博士がフェイスマンを創り上げてしまう。神の奇跡が起きたとしか言えない」
神が脳再格納を認めた。人間が行ってきた実験の全てを許し、フェイスマンを授けてくれた。そう思うと肩の荷が下りるが、これが神の怒りを買い破滅への序曲だとしたら、人間は滅びの道を歩むのかもしれない。
そして滅亡時計が二十年を差したと、テレビで報道されている。人間は滅びを回避した。破滅まで一年と言われてから、積極的に武力介入をして世界を変えてきた。結果、滅んだ国の方が多く、沢山の血が流された。
それでも地球滅亡を阻止するための戦争だったんだ――聖戦と呼ぶ者さえ見かける。
「武器を持つなら水を汲め。
剣を掲げるのなら大地を耕せ。
拳を握るのなら種を撒け。
実るまで歌いなさい。恵みの雨に感謝して
アドナイ旧約聖書:第十五章二節」
お読みいただきありがとうございました。
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