第十三話 幻覚が使えない
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ファーストに今までの捜査記録を話すと、「同じ顔とかキショイっしょ」と言って、ウゲーと吐く真似をしている。確かに同じ顔にする必要はない。DNAを弄り顔だけ移植者に似せれば良いはずだ。だが、あの顔でなければならない謎がある。それはDNAを弄れないってことだ。
後は一課がクローンを製作している現場を見つけるしか、この事件は進展しないのかもしれない。だがまだやり残したことがあるのではと、フェニクスは真剣に考えている。するとファーストが近づいてきて話し出す。
「フェイスマンって男だけ? 女はどうなんっすか?」
「ん……!」
もし一から作ったのなら、フェイスガールが存在してもおかしくはない。だが全員がフェイスマンだということは、作れなかったのだろう。やはりフェイスマンは偶然の産物か、自然妊娠して誕生した奇跡の子であると言える。
そして割と簡単な性染色体を弄ることすらできない。DNAを弄ると不都合が生じる可能性がますます濃厚になった。可能なのは年齢を変えることくらいで、それは育成中に成長過程を指定すればいい。DNAを弄るのとは違う。
「ナイス。ファースト」
「当り前っす。あたしに任せろっす」
と胸を叩き、コーヒーが気管に入ったのか咳き込んでいる。フェニクスは滅茶苦茶な奴だなと思いながらも、既に仲間入りしている行動力に驚いた。マシューとも普通に話し、アビスは子供扱いされている。「俺はエリートだ」って何回言わせたかな?
すると通報が鳴る。
「第十クラスタ・第一セクタ・エリアGで幻覚系麻薬GODを大量に発見したと通報あり。四課は至急現場へ向かってください」
「ひゃっほーい。任務っす」
フェニクスはゲートコネクションを開くと、それを使って全員が移動する。出た場所は磯の香りがする海岸。遠くには浜辺で海水浴を楽しむ人々が優雅に遊んでいる。目の前には赤レンガの倉庫街が見える。海と陸地との境界には道路があり沢山の車が通行している。
「足跡をみつけた。行くよ!」
すると周りを巨大な白い壁が取り囲む。輪になった縄に、首を入れてぶら下がっている人たちが、風に揺れている。これはマシューのファイアウォールだ。いつもながらいいセンスだ。
すると浜辺で遊んでいた人々が海から上がり、海の家へ避難している。
フェニクスたちはマシューの後を追いながら倉庫街へ目指して走る。すると隣を走るファーストの呼吸が整っている。なんて安定した走りなのかと驚いて話しかけた。
「お前、走るのは得意か?」
「毎日かけっこして遊んでたっす」
何か頼もしく思えてきたファーストを見ながら、No5と書かれた倉庫の扉の前で立ち止まる。引き戸の大きな扉が目の前にそびえ立ち、マシューはフェニクスを見ている。
「あっ、そう言うことね」
と言って力いっぱい引き戸を開けると、中に車が二台停められていた。二台とも黒いセダンでフルスモーク。トランクは開けられたまま、銀色のアタッシュケースが荷台に積まれているのが分かる。黒いスーツを着た者たちが振り返り、もしかして薬の取引現場かと調査員の大手柄に「良くやった」と叫ぶ。
「電脳組織犯罪対策四課だ。全員逮捕する」
とフェニクスの声に、倉庫の中に入り出すメンバー。犯人は一斉にマシンガンや拳銃を取り出して撃ちまくると、マシューとフェニクスの目の前で無数の弾丸は全て止まり、高い金属音を響かせて転がった。
すると暗転して砂漠の世界が眼前に広がり、人を飲み込むほどの大きな砂の蛇が、無数に獲物を喰らっていく。
「四課だぞ。早く車出せ! ばかやろう」
「行かせないっすよ。マユミっち、武装転送っす」
「認識コードを確認しました。ファースト巡査の装備を転送します」
するとファーストの左腰に刀が現れた。幻覚が効かない使えないのイノセント・チャイルドだから、どう戦うのか期待していたが、武器で戦うとは見物だな。フェニクスも武器を使用するから、ファーストの戦いぶりを見ていた。
「おらおら、行くっすよ」
と敵の集団の中に攻めていき、拳銃を撃たれると高く飛び、上からその手を斬り落とすと、左からの水平斬りで腹を掻っ捌く。零れ落ちる臓物を拾い上げるようにしている男はファーストに腹部を蹴られ、断末魔の叫びとともに後ろに倒れた。
ファーストは、武器を構える男の腹を蹴飛ばし足場にすると、高く飛び上がり後ろの男の脳天直撃、血飛沫が噴水のように立ち昇る。
「ファースト、弾食らっているよね」
と冷静に見ているマシュー。確かにまともに食らっているが、大丈夫なのだろうか? すると薄暗くなり十字架が並ぶ墓地に変った。二体の骸骨顔の死神が鎌を構えて犯人の首を狩っていく。
「やはり幻覚が使えないのは不利だな」
二人の実力を見るには最適な事件だった。アビスは壁を作り弾丸を防いではいるが、マシューが言うようにファーストは弾丸をまともに食らっている。戦っている時は興奮して痛みに気がつかないが、反動が後になってやってくる。
「食らっているのに、気がついてないとか?」
「それはないだろ……、もしかして精神ダメージなしとか?」
滅茶苦茶すぎる可能性のあるファーストを見ながら、全ての犯人が倒されると、識別コードを取得して転送を開始する。ファーストは刀を肩に担ぎこちらへやってきた。なかなか良い武器だなと刀を見ると、刃こぼれ一つなく輝きを放っている。手入れはおこたっていない。この戦い方で訓練所を卒業したのだろう。
フェニクスは二台の車のトランクにある銀色のアタッシュケースを見る。鍵は簡単に開く程度のセキュリティーで、蓋を開けるとピンク色のメモリチップが並べられている。中身は幻覚系麻薬GODだろう。
「これが薬っすか?」
「そうだ馬鹿者、間違って起動させるなよ」
と先輩風を吹かせるアビスだが、ファーストはアビスを見ることもせずすれ違う。そして後ろからアビスの右肩に手を置くと、振り返るアビスの頬に人差し指が突き刺さる。
「バカっす。アホっす。引っかかったっす。キャハッ」
「なんだと、おまえなっ……、俺はエリートだぞ!」
「お前らそこまでにして、落ちている武器を転送しろ」
と言ってフェニクスは倉庫の中を見回していく。通報した者が何処にも見当たらない。現実と同じで存在しているだけでは幻覚系麻薬GODは検知できない。誰かが通報しなければその存在を知る術はない。犯人の中に通報した者が紛れているのは確かだ。
勢い余って倒してしまった可能性がある。今回は大口取引で神経質になっていたはずだろうし、捜査員も命がけだったはすだ。
マシューが近づいてきて、倉庫の角を指差す。そこには犯人の生き残りが立っていたのだが、彼以外の全員が意識を失っていることを確認すると、外へ行け、と首で合図する。
「おとり捜査員か?」
「だね、彼はお手柄だよ」
これだけの量を検知したのは、過去に例を見ない成果だ。この中にもフェイスマンの映像と声は記録されているのだろうか? だとすれば製造に関わっていることになる。
全ての転送が終ると、フェニクスたちは四課のオフィスへ帰り、コーヒー片手にソファーに座る。するとファーストが立ち上がりながら傷口を指差した。かなり撃たれたようだ。現実だったら重症だぞと思いながら見ていると、フェニクスを見て話し出す。
「沢山、撃たれたっす」
と言って洋服の内側に手を入れて、空いた穴から指を出すファースト。
「服が穴だらけっすよ」
「そっちかよ!」
だが撃たれた穴からは黒い防弾チョッキが見えていた。流石にこれ無しで突撃するほどの馬鹿ではなかったようだ。安心したフェニクスはコーヒーを口にして、そのほろ苦さを楽しんでいた。
するとバージル課長から通話が入ったので、右上で点滅している通話ボタンをタップする。
「フェニクス。見つけたぞ! クローン製造と脳再格納は同じ研究所で行われている。今からガサ入れだが来るか?」
「あぁ、今すぐ行く」
お読みいただきありがとうございました。
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